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ポケットの中のビスケット  作者: 葦原葛西
天使は名前を棄てる
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 そこは村、というよりも都市と言ったほうが正しい有様だった。

 巨大なビルがあるわけではないが、しっかりと舗装された道路に、完備された上下水道。道ばたにゴミはなく、街灯まで常設されている。フィアの話によると、送電線等は地下に埋設されているということで、頭上を遮るものさえない。ここが一大売春村と言われても納得出来ない。本当に、普通の都市なのだ。それも、ただ一つのことに目を閉じれば、だが。

 この都市は四方を壁に囲われている。はっきりと内と外で世界を区分しているのだ。出入りに制限は設けられていないが、ここに入るには決められた一方向・・・・・日によって変わるのだが、そこにある門からしか入れない。壁の上には外に向けられた警備員が巡回している。無論、男の会社の社員だ。

 そこまでして何に警戒しているのかといえば、盗賊の類だ。

 ここは、言ってしまえばありとあらゆる富が集まる場所である。国に属しているわけではない。ここのルールは全てここの管理者であるフィアの胸の内次第で決まり、その方針の根本はあの男が握っている。周辺の国、そしてこの都市を内包する国にとって、ここは目の上のたんこぶであると同時に貴重な収入源でもある。そこに集積される富を狙って国軍崩れ、反政府軍、時たま私利私欲に駆られたバカが率いる正規軍がまとまった金を求めて襲撃をかけてくる。

 それを嫌ったのが商人どもだ。内戦で壊れた国と、その煽りを食って両親を失った子供たち、夫を亡くした女どもを食い物にしている奴隷商たち。それらはここが平和であることを望んだ。ここの内側は銃弾と死からは無縁であるように、と。それに答えたのが男であり、この壁だ。そして、この都市は様々な国のありといあらゆるものたちの『ヘイブン』となった。

 ここは欲望の発散場所であり、様々な欲望を肯定し、提供し、溜め込む場所。腐敗政治家、商人どもの金を綺麗にし、外に提供する場にもなった。ここで求められないものは何一つしてない、と言われるほどに。


「どう? ここが私たちの住処。『カナン』よ」

「・・・・・・『理想郷カナン』・・・・・ね」


 一通り都市の中を案内され、私はため息をついた。私は、しばらく・・・・・・それがどのくらいになるかは解らないが、ここで生活することになるらしい。あの男に呼び戻されない限り、私は外の戦場に行けない。閉じ込められた、と正直思った。

 むっつりと黙り込む私の頭を撫でた。


「明日もお休みにするからね。・・・・・・あなたには、ちょっと対人スキルが足りないから、共同生活をしてもらうわ。私が世話している子がいるから、一緒の部屋で寝起きしてね」


 フィアの住まいはこの都市の一等地・・・・・ではなく、ごく普通のアパートメントだった。四階建てのビルで、そこ一棟まるまる彼女の所有物であるらしく、ここには彼女が個人的に経営している店の男女が住んでいるということだった。一人一部屋を宛がわれていて、この街のどこよりも優遇されているのは間違いない。

 その内の一室に私は案内された。

 慎ましい部屋だった。子供には過ぎた部屋とも言えるが。キッチンがありダイニングがある。風呂もトイレも備え付けだった。奥の部屋に二段ベッドがあり、それも大人用の大きなベットで、その脇に置いてある学習机が置いてあった。そこに私の同居人が何かノートに書きつけていたところだった。

 歳は私と同じぐらいの、癖のある金髪を腰まで伸ばした碧眼の少女だった。

 私ではなくフィアが部屋に入ってきたのに気付いて、少女は駆け寄ってきた。


「こんにちは、お仕事終わったんですか? その子は新しい子ですか?」

「ええ、恙なく。あと、レイチェル、この子は私のお店の子じゃないの。わけがあって、しばらく預かるから、あなたのところで一緒に生活させてちょうだいな」

「ん~・・・・・・はいっ。解りました」


 視線をフィアから切って、レイチェルと呼ばれた少女は私の方を見た。その瞳が一瞬見開かれる。それを隠すように蕩ける様な笑みを浮かべた。

 ゆっくりと伸ばされた手を払い除けるか考えて、私は思考を切った。

 目の前にるこれは脅威になり得ない。

 ペタペタと私の顔を白くて細い手指が這い回る。


「えへへ~」

「・・・・・何?」

「んーん。なんでもない。よろしくね・・・・・・えぇっと・・・・・」

「シッタ。・・・・・私のベッドはどっち?」

「どっちでもいいよ! 好きな方を使って。荷物は適当に置いておいて。ご飯はどうする? よかったら、私が作るから!」

「じゃあ、下のベッドを使わせて。ご飯は任せるから」

「うん!」

「レイチェル、今日明日は仕事を休んでもいいわ」

「え、でもそれだとそのまま四日ぐらい休んじゃう・・・・・」

「ええ、それで構わないわ。この子の面倒をよろしくね。ぶっきら棒な子だけど・・・・・悪い子じゃないから」

「・・・・・・はい! 解りました!」


 その会話を聞きながら、私はベッドの上に荷物を放り投げた。どうせ、私の荷物はバックパックだけ。着替えも何もかも、現地で適当に揃えるか支給される戦闘服が常だから。



 この部屋には化粧品や装飾品が実は多かった。箪笥には子供には似つかわしくない薄手のドレスがあったし、装飾品も化粧机の小箱に丁寧に収められていた。とはいえ、それはレイチェルが購入したものではなく、客が買ってくれたものが多数だった。あとはフィアや同僚のお下がりといったところで、それらを私に勧めてきたが丁寧に断った。

 私の仕事には大体必要ないものだし、興味もない。そう言ったら、悲しそうな顔で「ん~・・・・そっか」と、レイチェルは呟いた。

 そのレイチェルの手作りの夕食をとっているとき、あっけらかんとした調子で彼女は身の上話を始めた。

 それはありきたりな物語だった。

 彼女は北欧出身の傭兵の娘で、この近辺で稼ぎを叩き出し、家族そろって移住したところで新たに始まった内戦で両親を失った。孤児になって瓦礫の街をさまよっているときに拉致され、レイプされた。奴隷として何人かに売り払われて、最後に正規軍と思われる将校に買われた。その将校というのが変態で、子供を甚振ることに性的快感を得ていたそうだ。異物を膣の中に突っ込まれるというのは常で、殴る蹴る、ナイフを使う、首を締め上げられるというのも日常だった。・・・・・・幼い体には酷な責めだったろう。死にかけているところを、男に救われ、ここに預けられた、と彼女は締めくくった。


「・・・・・・ふぅん」

「シッタちゃんは、ボスに似てるね」

「・・・・・・え」

「目元とか、仕草とか、興味がないフリをしているところとか」

「興味、ないよ。どこにでもあることだし」

「うふふ。ここ、皺寄ってるよ」


 とんとんと人差し指で自分の眉間を叩いて見せた。私は自分の眉間に触れてみる。皮膚が隆起している感触があった。・・・・・別に私は怒ってないのに、なんでこんなことになってるんだろう。・・・・・疑問をかみ殺す。


「フィアさんもそうだって聞いたよ。この街を大きくしたのもボスなんだって。ボスは本当に何でも出来るんだね」


 死にかけの子供を助け、街を大きくし、その平穏を守る。ただし、それは別の犠牲を払って、だ。当事者には解らないだろうが、そうなるまでにもっと多くの『彼女たち』を生み出している。それに助けたのも気まぐれだということを私は知っている。

 たまたま戦闘が終了し、その場に死にかけの子供がいたから助けた。大人であればそのまま見捨てていただろう。あるいは武器を持っていたならば止めをさしていたはずだ。


「買いかぶりすぎ」

「そうかなぁ?」


 良くも悪くもあの男は利益にならないことはほとんどしない。買うより拾ったほうが安くつくし、恩で縛って働かせることができるというわけだ。それにここの労働環境は悪くない。治ったからと言って外に放り出されても彼女たちに生き抜く術はなく、結局元の木阿弥になるのなら少しでも労働環境がいいところにいたほうがいいというわけだ。

 まぁ、それを彼女たちが理解できているかは解らないし、そこら辺の大人たちに比べればずっとずっとましだ。善意だけで動いて、助けるだけ助けたら後は知らないとかいう先進国の大人や、私たちを食い物にすることしか考えていない大人どもに比べれば。

 でも、私はそれを口にしない。

 良いことが一つもないからだ。


「あ、そうだ。お洋服、明日買いに行こうよ。私のお洋服は嫌なんでしょ? やっぱり何枚かはもっておいたほうがいいよ」

「うーん・・・・・・・でも、ここの服ねぇ」

「大丈夫だよ! ここには男の子も住んでるし、ボーイッシュな子が好きっていう人のために動きやすい服もちゃんとあるから」

「・・・・・ああ、そう。じゃあお願いしようか・・・・・な?」

「うんうん。まっかせて! ちゃんとシッタに似合ったの選んであげるから!」

「・・・・・・・はは」


 私は明日、もしかしたら着せ替え人形で一日を終えることになるかもしれない。そう思うと、遣る瀬無い笑みがこぼれて、無性に煙草を吸いたくなった。・・・・・や、吸ったことはないんだけど。

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