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ポケットの中のビスケット  作者: 葦原葛西
天使は名前を棄てる
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 がたがたと舗装されてない道路を走る車に乗って私は揺られている。周囲には物資を満載にしたトラックが走っていて、私の仕事はそのトラックの護衛である。同じ車両にはエイハブ兄さんが乗っている。煙草をくゆらせていて、その表情はひどくつまらなそうである。

 実際、エイハブ兄さんには退屈な仕事だろうと思うけれど、これも仕事である。ご飯と寝床のために働かないといけないのだけど。

 私はバックパックの中に入れてあったビスケットを頬張る。

 退屈だな、とさすがに私も思うのだけど。


□□□


 装具の具合を直して、短機関銃を肩から吊る。用意された武器庫から出て周囲を見回す。視界にはどこまでも続く水平線がある。いまだに尾行をくすぐる生臭い臭いには慣れないが、しばらくするときにならなくなるから不思議だ。武器庫の前にはハマオカが待っていて、書類の挟まれたボードに目を落としていた。


「ハマオカ」

「ん。弾薬はフルで持ったか?」

「うん」


 頷くと、ハマオカは私を見ることなく、歩き始める。私は周囲を警戒しながら、そのあとに続いた。ここが男の会社の持ち物で、ここには男の会社の社員しかいないのは間違いないが、何が起こるかなんてのは一切予想できない。だからこそ、ハマオカを筆頭とした警備要員がここ周辺を警備している。そもそも、の話なのだが、男の仕事は多岐に渡り、戦争業務は事業の一つでしかないのだ。とはいえ、名目上はこの港も海運会社も、船舶も男の名義ではなく別の人間の名前で登録され、登録されたものが社長として業務を行っている。

 今、ここに運び込まれているのは補給物資だ。名目上は国連軍、PKOを宛の復興物資、食料、衣類、医薬品だ。弾薬は武器は運ばれておらず、物資の供給元は日本である。


「ハマオカさん、お疲れ様です」


 そう言って近付いてくる黒く日焼けした男に私は銃口をわずかに向ける。日焼けした男は私をちらりと一瞥したあと、気にする素振りもなくハマオカと握手を交わす。この港の責任者であるオーバクトは二、三言葉を交わし、ハマオカに書類を手渡した。船舶に積まれていた荷物の受け取り証明書だとハマオカは言った。私は文字を読めないから、書類を見せられても困る。だからこそ、口頭での説明だ。


「トラックに積み込みが終わったそうだ。シッタはそのままエイハブと合流しなさい」

「ん」

「俺はこのまま日本に戻るから、気を付けるんだよ」

「・・・・・・ん」


 適当に頷いて、私は踵を返す。

 ハマオカは何を言ってるんだろう。気を付けないわけがない。私は、戦場に行く。懐かしい我が家ともいえる戦場に。血と肉と脳漿が撒き散らされる農場に戻るのだ。男は、ハマオカのボスはそこで待っているのだから。


 エイハブ兄さんは装甲車の横合いに立って、ぼんやりとした顔で紫煙を吐き出していた。既に何台もの装甲車がアイドリング状態で待機していた。もしかして私を待っていたのかと思うと申し訳ないかもしれない、という思いが浮かんでくる。少しだけど。

 エイハブ兄さん、と声をかけると手で乗れと指示してきた。私は頷いて装甲車の後部座席に乗り込む。

 すぐにエイハブ兄さんもそれに続いて助手席に乗り込む。


「シッタ、お前がガナーだ」

「了解」


 頷いて天蓋を開けて身を乗り出す。ゴーグルとマスクを装着して砂埃と日差しから自分を守る準備をし、固定された機関銃に弾丸を叩き込む。完了の意を伝えると、ゆっくりと車列は動き始めた。荷物を積んだトラックに合流するために。

 ・・・・・とはいえ、何かが起こる、ということはなく、私たちは無事に荷物を納入先に収めた。私の損失はバックパックに入れていたビスケットが全部なくなったことだけ。

 装甲車から降りると、つまらなそうにしていると思っていたエイハブ兄さんは緊張を漲らせて立っていた。その視線の先に目を向けると、若い女を引き連れて男が歩いていた。こちらに近付いてきていたのだ。


「ボス! お久しぶりです!」

「ああ、エイハブ、久しぶりだな。シッタも」


 そう言って、男は葉巻を咥えた。エイハブ兄さんは素早くライターを取り出して男の葉巻に火を灯す。紫煙が男の口から洩れた。


「シッタ。だいぶ大きくなったな」

「ん」

「そろそろ小銃も使えるか」


 私の体を上から下まで眺めて、どうでもいいことのように男は呟いた。


「5.56なら使えると思います、ボス」

「そうか。なら射撃訓練をさせるか」

「何日もらえますか」

「一週間やる。最低限叩き込め」

「わかりました、ボス」

「ついでに、フィア、お前もやれ。鈍っているだろ?」

「はい、ボス」


 男の横合いに立っていた若い女が艶めくような声で答えた。私よりも濃い褐色の肌をむき出しにした場違いなドレスを着た若い女は私を、青い瞳で見つめて美々しく微笑んだ。そして、男から離れてゆっくりと私ではなくエイハブに近付き、親し気に抱擁する。


「久しぶりね、お兄さん」

「ああ、フィア。壮健そうだ。まだトレーニングは続けているようだな」

「銃を撃ってないけれど、最低限はね。・・・・・・この娘が私たちの末の子ね」

「そうだ。シッタだ」


 フィアと呼ばれた女は私のゴーグルと防塵マスク代わりの布を外して私の頬にキスをした。お返しをほしがるように頬を近付けてくるが、私は唇の代わりに片手を押し当てた。この女のつけている香水の匂いが体にまとわりつく別の臭いを消すためのものだと私の嗅覚が告げていた。


「うふふ。恥ずかしがりやね」

「・・・・・・」

「香水は嫌い?」

「香水は嫌い。人の臭いを隠す。それが清廉な香気であれ、汚泥の腐臭であれ」

「・・・・・・うふふ、あはははははははっ! 「仕事」の「におい」が好きなのね!」

「・・・・・・」

香水これも仕事のためのものよ。だから、そんなに嫌わないで」


 フィアは私の頭を優しく撫でる。暴力のかけらも見えない、けれど職人の手だ。働く人の尊い手だ。私は、フィアの言葉にそんなつもりはないと答えて、呆れたように私たちを見るエイハブ兄さんに視線を移した。


「挨拶は済んだか?」

「うん」

「行きましょう、お兄さん」

「ああ」


 敷地内にある射撃場に向かって歩くエイハブ兄さんの後ろに続く。フィアは私の横をゆっくりと歩いていた。射撃場に備え付けられていた小銃を幾つか手に持ってから、エイハブ兄さんはその中から一つ以外を置いて私に手渡してきた。複数の小銃はフィアに渡される。


「全部試せ」

「わかったわ」


 頷いて、フィアは素早く小銃の安全確認を行ってから、綺麗なドレスを汚すことを意に介さず伏撃ちの体制を取った。素早く槓桿を引いて瞬く間に弾丸を打ち出していく。流れるような動作、素早い照準、そして複数の的に瞬く間にヒットする腕前。・・・・・・化け物か、と吐き捨てたくなる技術。私ではまだ到達できない境地。そもそも私は小銃をまともに撃ったことがない。固定されたものぐらいで命中率はこの半分あるかないか。

 用意された弾倉を全て打ち尽くして、フィアは軽やかに立ち上がる。


「あまり良い銃はないわね。全部使い難いわ」

「そうか。・・・・・まぁばら撒くぐらいは使えるか」

「これは整備不良ね」


 肩を竦めて、一度だけ弾詰まりをした小銃をエイハブ兄さんに手渡す。エイハブ兄さんは苦々し気にそれを受け取って、自分の近くに置いた。


「まだまだ自社開発は難しいか・・・・・・フィア、適当にあとは遊んでくれ」

「小銃は適当に選んでいい?」

「ああ、好きにしてくれ。・・・・・シッタ、お前はこっちだ」


 私の射撃は散々だったのはいうまでもない。

 私が不貞腐れていると、フィアが近づいてきて私の頭を撫でた。なんのつもりだろうかと見上げると、フィアは私ではなくエイハブ兄さんのほうを向いていた。


「お兄さん。少しいいかしら?」

「なんだ?」


 咥えていた煙草を揉み消して、面倒そうにエイハブ兄さんはフィアに視線をやった。眉間には皺が寄り、私の射撃結果を見てどうしたものかと苦悩している様をまざまざと見せつけてくる。そんな顔しなくてもいいじゃないか、最初から当てられたら苦労しないのだ。長年線上にいすぎてそんな感覚もエイハブ兄さんはなくしてしまったのだろうか。それとも拳銃と比べて当たらな過ぎて困惑しているのか。


「一週間たって上手くならないようだったら、私にこの娘を貸してもらってもいいかしら。ボスにはちゃんと私から言うわ」

「・・・・・・・自分は構わない、ボスの許可があるなら、だが」

「ありがとう。じゃ、少し席を外すわね」


 私を見ずに私の頭を撫でて、フィアは踵を返した。

 エイハブ兄さんはため息をついて、それから私にオレンジジュースを手渡してきた。一口飲んで、私も盛大にため息をついた。


 結果を語ろう。

 私は次の日にはフィアに手を引かれていた。正確には彼女を送る車に押し込められていた。フィアに相談を受けたボスは、すぐにエイハブ兄さんからフィアに私を預けることを決定した。エイハブ兄さんは不服そうだったが文句を言わなかったし、それどころか数秒後には上機嫌になっていた。

 理由としては簡単で、久しぶりに男と仕事ができるとのこと。エイハブ兄さんははしゃいでいた。何せ鼻歌を歌いながら弾倉に弾を込め始めたのだから。捨てやがったこの男、と思ったのは内緒だ。

 私は男に新たに買ってもらったビスケットをがりがりと齧って、この何とも言えない気分を吹き飛ばそうと努力して、一時間後にはその微妙な気分も忘れていた。


「これからあなたには、私の職場で仕事をしてもらうわ。といっても、変なことはない。ただ、私の職場の警備をしてもらうだけ。空いた時間で・・・・・・射撃訓練をする。教官は私がするからね」


 これでも射撃は得意なの、と呟いて、私の食べていたビスケットを横から一枚取っていった。


「フィアの職場って・・・・・・」

「私は娼婦を生業としていてね・・・・・・ボスが支配している村の責任者でもあるの。村そのものが売春街なのよ。男の子もいるけれど、ありとあらゆるニーズに応えるのには色んな子が必要なの。まぁ、あなたには関係ないわ。あなたの仕事は時たま出てくる馬鹿から村民を守ること。あとは小さい子と遊んであげることかしら」

「ふぅん・・・・・」

「あまり良いイメージはないかしら」

「ううん。別に。仕事は大事」


 どんな職業でも食っていくことが出来るのなら、貴賤はない。その人ができることで食い扶持を得るのは正しいことだ。私は殺すことを選んだ。どっちが卑しいかは、考えない。


「そう言ってくれと嬉しいわ。・・・・・大体の人は見下すもの。こういう仕事」

「・・・・・うん」


 その言葉にだけは、私は心の底から同意することが出来た。

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