■第27回定例会議
お店側の事情
「んでは第27回定例幹部会議を始めます。進行はレジュメに乗っ取って、追加事項がありましたらその他にて発言してください」
お決まりの一言を前に、席に着く全員が反射のようにして一つうなづいた。
若干眠たげな司会の調子はいつものことで、たまたま今回の進行担当になっただけのことだから不満もあがらない。さっさと進めればサクサク終わるのもお互い承知なのだからなおさらだ。
参加者の手元にはレジュメが4枚。大体普段の平均枚数が収まっている。
「んじゃとりあえず社長の一言」
「えー。今月は上手いこと話題になる食材の確保に成功したために持ち帰り部門も若干にぎわってます。話題になっていけばこちらも忙しくなる可能性があるのでみなさんは社畜時代を思い出し是非がんばってください」
ありがたくもなにもないそのコメントに数人がブホッ、と吹き出した。
どちらかというと吐血せん勢いの吹き出し具合で。
恨みがましくみられることをどこ吹く風と、社長と呼ばれたまだ10代半ばのような少女は、にんまりと笑って見せた。
まだ店は軌道にのったとはいえない。
従業員一同踏ん張りどころで、人を増やしたくても増やせないのは皆承知のことでもある。
「というわけで会議を始めます。まず経理、お願いします」
「はい。ではレジュメ2P目確認お願いします」
立ち上がった経理担当は堂々とした態度で記載されている出納帳の写しの中で要点を絞って説明していく。
売り上げにもまして重要なのが出費の部分だ。
この店は二つの通貨を使っている状態であるため、少々の補足をつけないとこんがらがってしまう。
殊更、デリバリ部門の収入については重要だ。
ほかの部分をさらりと聞き流していたメンツも、そこだけはかじりつくようにして耳を傾ける。
「というわけで一応うちの店としては右肩上がり。但し、今後事業拡大するなら従業員増やさないとブラックになるのは必須かな」
びくり、と例外なくメンバーがその身をすくめて恨めしそうにその言葉を結んだ経理担当をみつめてみせた。
「まぁこっちには労基法ってないけどね」
「趣味や娯楽が増えたから休みがほしくなるっていう人もいたよねぇ」
店の主ーーここでは社長というーーが半ば自棄に言い放ち、司会が苦く笑う。
口調のフランクさから立場に縛られたわけではないのは目に見えたが、ここで「思い出話」にスライドしては会議は延々と終わらない。
今の話をしよう。
店に協力する人間、誰もが重要とする思考の基盤である。
「調理部門、報告を」
経理担当に入れ替わり、今度は調理部部長が立ち上がる。
勢いよく手を挙げ、仕草も口調も幼く前の会議から行われた改善点やその成果、その逆などに始まり5S活動のまとめまでを丁寧に読み上げた後、ちょっとだけ気を取り直したように口を開く。
「けーりの報告に付随して、うちも若干人手不足感がありまーす。いかんせんこっちだと作りなれてない人がおーくて手際わるいのもげーいんですね。企業スパイもおーいですが、まぁ調理法くらいは別にいーんですけど、それでサイクル短いのが困っちゃいますねぇ」
「なれたらいなくなっちゃうのは打撃だよね」
「調理法に関してはこっちだって事前知識でしかないから目くじらたてるつもりはないけどさ」
デリバリの方はともかく、メインであるテイクアウトの方は思ったよりも話題になって地域に定着しつつある。
その結果従業員が増えはするものの、問題は多かった。
社員教育だの愛社精神だのとは無縁な彼らは自分の興味が満たされればすぐに店から離れてしまうのだ。調理部長のいう「企業スパイ」はそれを指し示す。相手企業がつぶれかけた宿屋なのか客を取られた飲食店なのかはたまたホレた相手を振り向かせる為なのかまでは知ったことじゃないのだが。
「いっそ料理教室部門やる?」
「場所がない。てかこれ以上ウチでなんかやろうってのは無理!」
仕事を増やすなとはなしてた直後にこれだ。
勤勉というべきなのか考えなしととらえるのかは微妙なところだ。
「ただですら衛生面の部分で時間とられてるんだよ。一瞬でざぁっ、と滅菌できるような魔法開発は無理?」
「ごめん。転移魔法に手いっぱいだ」
「わかってるよ」
徹底的な洗浄と熱湯による滅菌作業。生ゴミの処理どころか作業に入る直前のスタッフに対する体調調査などそもそも衛生面についてこれほど神経を裂く方が珍しいのだ。
その場にいる人間の当たり前は、それこそ興味本位でここに着た人間に首を傾げさせる。
馴れたことではあるが。
「次。デリバリWEB担当」
「うぃーっす。DL200突破、利用率は平均20パーセント。リピーター率は一週間に1度以上を算出対象にして7割。まぁ上々」
ほか詳細は資料確認のこと。
さくさくと説明を混ぜてすとんと座る。
ここの部分は話を発展させるでもない。大体ほかの意見を受けて手を加えるからだ。実際質問も雑談も起こらない。
「はい、んじゃぁその辺は以上で。えーっと次がその他になるんだけど、利用者さんからの要望等がきたのでそっちを紹介するよ」
ざわ。意外とばかりに空気が戸惑いに揺れた。
なにをいっているんだという様は当然の反応だ。
一人だけデリバリ担当ーー転移魔法担当者が渋い顔をしてはいたがおとなしい物だった。受け取り、報告した当人なので立ち上がる。
「というわけで500円玉にくっついていた付箋に要望がついていた。
デザートとスープの追加料金による同時注文、追加料金による大盛り設定、あとはオードブルやスイーツのお使い物などの特別販売」
「ハイ無理」
調理担当がばっさり声を上げる。
「そもそも転送出来ないんじゃないか?500円1枚であのセットが手いっぱいなんだろ?」
首をひねる声もある。
「なんとなくレベルあがったからデザート・スープのセットと600円なら」
「レベルあがったんだ!」
「おぉ。じゃぁ調理見直ししなきゃ、でもさすがにオードブルとかスイーツとか無理よ。そっちは悪いけど保留。あとは大盛もちょっと困る」
「サイトも手を加えないと」
「大盛りだめなのはなんで?」
「意外と原価の話」
「じゃぁわかんないからいーや」
「うん」
そのわかんない人間が書記担当のようで、かりかりとシャーペンでノートに情報を書き付けている。
深く考えることを放棄したのは単純に面倒だからだろう。
ーー文字はこの世界の人間には基本的に読めない。
クセがあるとかそういう意味ではなく、単純に本来であれば存在しないからだ。そもそも鉛筆に類似する類自体、みるものからすれば驚異だろう。
「んじゃぁサイトの注文枠での対応を。設定終わったら連絡よろしく」
「りょーかい」
「わすれんなよ」
「リョーカイ」
とげとげしい再度の強調の後にあるのは気を取り直したような宣言だ。
「とりあえずじゃぁあとは購入検討だね」
最後の仕上げとばかりの調子で司会がその話題を振ったとたん場は張りつめた。
これこそこの店が営業されている最大の理由だからだ。
「日本円ーー外貨で稼げた金額で購入可能なリストです。ほしいものは明日中にこちらに提出してください。また個人の希望については別途金額を確認します」
キリリ、と告げたのは再び経理だ。
これを最後に、別枠扱いにしているのにはちゃんと理由がある。
例外なくここにいるメンツの意識が自分たちの各欲望に思考を流されてしまうからだ。
リストは多岐にわたっているが、化粧だの便利グッズなどよりも大半の人間が趣味のリストに目を投げている。
ここがまたメンバーの趣味を重々理解している経理担当が作り上げたものなのである意味の威力も高い。
「はんたぁああああ新刊んんんんん?!まじでぇえええ」
「え?え??P○Wの一族の、復活、だと」
「あれ?さん?君じゃなくて?ん??」
「あ。J○J○、もう4部まで、アニメ、に、まじでか」
「はにゃ~ん、復活ちゅーがくせーって、え?え?」
「これいつの時代の資料だよ」
「いや間違いなく最新情報だよ。ここ半年のだけど」
「時代がわからん。わからんけど。うぅ映画館で映画みたいよぅ」
ひとしきりの絶叫のあと、いつものこととばかりにするりと声が入り込む。
「じゃぁ今回の報告会を終了します。最後に店長」
「あ、はい。相変わらずすてきにときめく店名が決まらないので誰か提案してください」
「今更変えてもお客さん混乱するだけだとおもいまーす」
「説明だけでいったら分かりやすいですからね、なんだかんだで」
「まぁランチだけじゃなくなってるけどね、実質」
異世界の食材と異世界の調理法と知識が交わる店ーー
「異世界ランチ」の実質株主会議は今回もいつものオチで閉められた。
というわけで店舗サイドの話でした
実質外貨獲得のための株式(株=労働)と思っていただければ