□日替わり:オークの生姜っぽい焼き
1話に出てきた後輩ちゃんメイン
「どうしよう。若干食欲がそそられない」
「まぁビジュアルイメージがアレだもんねぇ」
彼女のつぶやきに、先輩がうんうん、と大きくうなづいた。
反面で早く決めな?と目がいっている。実際悩んでいては文字通り外に食べにいく時間がなくなってしまうのだ。
昼休み。
朝寝坊をしたために普段であれば用意する弁当をつくれず、今彼女はささやかな人生の岐路に立っている。
睨みつける先は彼女の先輩が持つ携帯端末、その画面。
彼女の先輩が最近ご贔屓のデリバリー弁当屋、その注文画面である。
文字の羅列だけのシンプルという以上に営業努力にツッコミを入れたくなる画面なのだが、それ以上にメニューがおかしい。ついでにサービスについてもおかしいが、そこはもう馴れた。平日毎日みているから。
注文するであれば一緒にしてしまおう、というのは先輩の厚意にほかならない。ちなみに別に個数割引はないので打算もない。
閑話休題。
メニューがおかしい。彼女がためらって悩んで困っている理由だ。
腹が減った。飯食いたい。この店が意外とおいしいのも知っている。
でも、そこじゃないのだ。
「なんでよりによって今日のメニューがオークなの」
オーク。
ファンタジー世界における王道モンスター。二足歩行した豚。これがだいたい基本イメージだろう。因みにエロ担当としてもその地位は不動のものとなってる気がする。あくまで気がする。いや襲われる方じゃなくて。
どの道「おいしそう」って思えるモンスターではない。どこまで「本当」かはわからなくても。
現代日本、いやさもっと広い範囲で「そんなのいるわけないじゃん」としかいいようがない「食材」が、この宅配弁当の売りとなっている。
異世界ランチ。
ランチというには営業時間は記載されておらず、先輩が残業になった際に注文したら大丈夫だったというからもしかしたら24時間営業なのかもしれない。それはともかくとしてメイン食材は奇々怪々にして耳になじみのあるモンスター。味付けは比較的一般的というか王道的だしサブの方はあまり奇をてらってはいない。ただし食材についてはトマトっぽい、だとかタマネギ的な、とかごぼうだとおもう、とかあきれるほかない表記がされている。そのくせアレルギー表記があるとか配慮してるんだかいないんだか。
いろいろあって先輩のファーストコンタクトに同席していた彼女は、首をひねるやら苦笑いするやらしながら今まではスルーしていた。おいしいならなによりだ。それだけを考えていたのだが、今その苦笑いされる側になろうと誘われている。
だが、オークだ。
「本当は」豚肉だとは信じている。信じることにしているが、かといってもうちょっとネーミングがあったろうに。脂身多そうじゃまいかーーそれが彼女の懸念である。
正直むちゃくちゃな思考回路をしているが、本人にその自覚はない。
空腹の人間というのは柄としてそういうものなのかもしれない。
「まぁここで配達するのに手間がどうとかって話はないだろうから私の食べるのみてる?」
「拷問か」
「はいはい。じゃぁ今日は先輩がおごってあげよう。スープとフールどっちがいい?生姜焼きだからやっぱご飯?」
いい加減しびれを切らした先輩の提案は聞くに限り非常に優しいものだ。一食500円。おごってあげよう、という言葉に燦然たる輝きはないが、背中を押すには十分、かもしれない。
選択できるスープ、今日はカボチャらしき味わいのポタージュ。フールは同じくカボチャのシフォン。
相変わらず偏った仕入れをにおわせている。
因みにサブの二つはズッキーニ的フライとオニオンサラダ。てかズッキーニもカボチャじゃなかったっけ?
「ごはんと、スープで」
了解、といった先輩は、手慣れた作業をしながら500円玉をふたつ、机の隅に置いた。
異世界ランチ。
売り文句の通り、5分後に500円玉はふたつとも消え、代わりにこの地球上知られている言語のどれにも当てはまらない文字でつづられた新聞らしき紙に包まれて、二つの箱がぽんっ、と届けられる。
脇にはそっと添えられた二つの蓋付きカップ。そしてありがたい割り箸ふたつ。
メイン食材を気にすれば負けなのだが、一口食べ始めれば悩んだ時間が無駄になる。
「ふぉおおお、甘い。脂身が甘い。その甘さに負けない生姜の風味とほんのりしんなりのキャベツの千切り、醤油の香り!ごはんがおいしいっ」
「まったりとしたスープの味がおなかのそこから暖めてくれる。あぁ体冷えてたんだなーおにくおいしいなー畜生美味いじゃねぇかオークのくせに」
「あータマネギしゃきしゃきしてるのに辛くない。旨いなー。しんたまかなー。たぶんポン酢とオリーブオイルとパセリだけのシンプルなのに。てか今度真似しよ」
「ズッキーニって水分多いからなかなかこんな美味く揚がらないのになぁ。うまい。あと添えてあるマヨ、手作りかな。増量希望」
「なんかこう連絡欄とかあればいいんだけどね。スイーツお使い物にしても喜ばれそう」
「店聞かれたらどうするんですか」
「ネットっていう店だと思うわよ、ご年輩は」
先輩のからかい気味のそんな言葉に、あぁわかるなぁと彼女は思った。
自分の実家でまだ健在の祖母は自分がパウンドケーキを作ってもホットケーキを作ってもスコーンを作っても全部「パン」と呼ぶ。なんか哲学。
まぁ今はどうにもならないのだけれども。
「とはいえ要望も伝えられないしなぁ」
「今度500円玉に付箋でも貼っときます?」
「それよ!」
いいんだ?!
「試す価値はあるんじゃない?たぶんだけど召還魔法とかそういうもんなんだろうし」
「あーまぁ、うん」
召還魔法。
だって異世界だもの。
ちわーす、もお待たせしましたー、もなくて500円玉がごはんにすり替わるんだもの。なるほど異世界だと二人で結論づけた結果だ。
思考放棄とはお互いいわない。
こんな風なやりとりがあるのは、選択制のプチフールがおいしいからだ。だいたい先輩はランチの時に大体そちらを選ぶもののその場では食べず、おやつの時の楽しみにとっておく。そのためランチそのものよりも彼女がその店で出ているものを食べる機会はそちらの方が早かった。
だから今日はあえてスープを選んだのだが、前に先輩がいっていたように両方を頼めるコースがほしい。割高上等。もし可能ならデザートだけでもデリバリしていただけたらなおさらだ。
彼女はそんな思いをしながら、もう一つの楽しみである包み紙ーー新聞を眺め見る。
文書としての内容は全くわからないままであるが、一応写真代わりのイラストなどもあるので雰囲気読みはできなくもない。例えば海らしきバックに東洋系龍と戦士の対峙。脇には独特の文字が踊っていて、詳細が描かれていると思われる。こちらと仕様が同じなのかもしれない。大きく書かれている見出しと見比べ、かろうじて「ドラゴン」を示す記号を判別する。この謎の戦士の名前かもしれないが。
つらっとみてたら幼女が持っていたらテンションの上がる武器ランキング常連のモーニングスターらしきものが描かれたイラストもみつける。脇にあるのはおそらく店名と武器の仕様だろう。直ぐ下にはおそらくクッキー。あぁ広告枠かここ。
あくまでも可能性の単語を並べ、せっせと翻訳ノートを作っていく。
さすがにセンテンスに関しては怖くて決めつけられない。
こちらの言葉を向こうは苦もなく操っているみたいだから、教えてくれたら楽だろうに、と思う反面でこの解読は彼女にとってかなり日々にメリハリをつける清涼剤となっている。
「そのちゅーにノートも潤ってきてるよね。仲間が増えれば資料が増えると思うけど」
「ちゅーにいわんでください。向こうさんには日常ですよ」
「それもそうか」
「そもそも結果出してよかったねー、って話でもないですし」
発表できる場があるでなし、ネットで仲間探しするにもあまりにも内容が突拍子もない。つっこみどころ満載のネットデリバリ限定弁当知ってますか?そのうちここに書いてあるドラゴンのステーキとか出そうなんですけどなんて声をかける意味もなかろう。
「まぁおいしけりゃいいんだけどさ。私は」
「先輩らしいっちゃぁらしいですけどね」
ぬ、このズッキーニのフライ、実は間にチーズを挟んでいた、だと。
もう一人ばっか増えます