□ナイトメアの天ぷら
第3セクション(とはいえ章分けするほどではない
メニューは日替わりが1種類。一律500円(税込)です。
メイン及びサブが2つが基本形態となっております。
ただし、主食はパン・ごはん・麦飯・十六穀米・より選択可能。
パンについては日替わり。金曜日は炊き込みご飯があり。但し品切れの場合はご容赦ください。
スープかプチデザートの選択ができますがこちらも日替わりとなっておりますのでご了承下さい。
当店の食材・調味料に関しましては一切の遺伝子組み替えをつかってはございません。
アレルギーに関しましては、毎日HPにて16品目の掲載をさせていただいておりますのでご参考ください。
購入方法は現在、ネットでのみの受付となっております。
ご注文後、5分以内にお届けしますので、500円を机の上に置いてお待ち下さい。
※+100円追加料金により、スープ・プチフールの両方の注文が可能になりました。また、大盛りにつきましては検討中です。ご了承ください。
それを食べた瞬間の衝撃は表現しがたいものだった。
さくっとした衣の奥、歯ごたえがあるそれはしっかりとした赤身肉の食感で味わい深く、そして噛みしめた際にあふれだした肉汁がのどをさらりと通っていく。それは至福の時間を与えてくれるものだったからだ。
おいしい。
噛みしめるような呟きの代わりに、思わず米をかき込んだ。
ーー飯を旨いと思えたのはいつぶりのことだろう。
ぼんやりと自分に聞いてみた。
答えは残念ながら明瞭には形なく、噛みしめる味だけがただ心を慰める。
ちらりとーー"久しぶり"に首をもたげた好奇心に従いーー検索したネット情報によれば、ナイトメアとは馬っぽい悪魔であるらしい。人を悪夢に誘い、その絶望を食むという。
果たして悪魔を人が食っても平気なのか、そもそも「肉」があるのか。っていうか人体に悪影響はないのか。疑念を抱くのはいささか無粋という言葉に溶けてしまうだろう。そういう意味では今食べているのは本当にただの馬肉なのかもしれないのだし。
しかし今の自分にはあつらえ向きだと思っただけに戸惑ったはいる。
「彼女」との思い出をちっぽけなタブレット端末のデータの中で繰り返しみていた折りに、なんの拍子にか起動したアプリの向こうには本日のメニュー。
デリバリの弁当屋のアプリなど、はて何時自分はDLとしたのかとんと記憶にはない。
ナイトメアの天ぷら。
ジャック・オ・ランタン品種の蕪サラダ
マイタケ系キノコとじゃがいもの炒めもの
蕪葉の味噌汁
定型文ともいえる案内のあと、本日のメニューと書かれた文書も見知った社会に照らしあわせれば異様なものだった。
割にシンプルな画面に、冗談サイトなのかもしれないと思った自分がイタズラ心めいたモノを抱いたというのも珍しい。
結果として住所だの連絡先だのを入れない気楽さに、うっかり注文してしまったのもその時の彼が持っていた心情からすれば不思議なものだった。「うっかり」なんて遊び心とはこの数ヶ月、すっかり疎遠だったからだ。
結果がどうなったかと言えば、ごとっ、という怪しい音を鞄から聞き、なにがあったかとみればーー奇妙な紙に包まれた固まりがひとつ、というわけだ。
よくみれば財布の小銭入れ部分がひしゃげている。
それも内側からものすごい圧がかかったようにーー
ここにあって「500円玉を机の上において」とわざわざ指定されていた意味を実感をもって察する。
幸い、スープ用のカップはしっかりとふたが閉まるものだったしメインの方も汁が出るわけでもなくすんだ。
タイミングが悪ければ気づかずに保たれた熱気と湿気に鞄の中身が泣くことになったかもしれないが、まぁ結果オーライだろう。
(とはいえ、まともな書類なんてないか)
すっかり惚けてしまっている彼は、職場からクビこそまだ言い渡されていないが傷病扱いで半日勤務になっている。
忙しい方がまだいろいろ考えずにすむのかもしれないが、そもそもでやるべき行動が本来の半分以下のスピードでしかできない事実がそこにあった。
きっかけがあるまでは会社で貢献していたその優秀な才覚も、いつまで温情を以て甘くみてもらえるかはわからない。
そんなヌケガラ状態が好奇心を動かされ、胡散臭いことこの上ない手段で届けられた弁当に半ば自棄になって食らいつき、そして美味いという感情を抱いた。
自分を縛る悪夢そのものにかぶりついて飲み込んで、美味いといって次にかぶりつく。
「はは、変なの」
自分をバカにする言葉がカラカラと乾いて砕けて肉と一緒に飲み込まれていく。
そこへ口を付けた味噌汁が、すぅっと後味すら消して心地よさで潤してくるのだから不思議なものだ。
食べている、という当たり前の行動を妙に一つひとつ実感する。
「あー」
蕪のサラダ。本当に蕪と、たぶん甘酢。カボチャはない。そういえば昔だかどっかの地域だかは蕪だったんだったな、ジャック・オ・ランタン。異世界って書いてあるけど、そっちにもいんの?あ、なんかモンスターでいた記憶があるな。あれ?ジャックさん量産型?
思考がまとまらない。
冗談めいたメニューを改めて意識して、誰も聞いてないような分析をぽろぽろ思いつくままこぼしては捨て置く。
誰かと議論したら面白そうなことなのに、あいにく周りには誰もいない。当たり前だ。今は自分から一人になっている。
はて誰もいないことが不満なのか、誰でもいい訳じゃないから不満なのか。
キノコとジャガイモはバターたっぷりで胡椒が利いている。少し粗めだからその分、偏りに一口一口に変化があるのも楽しい。
「おいしいな」
おいしい、楽しい。不思議に思う。
それらは感情だ。
あの日、根こそぎもっていかれたと思っていた、自分の内側にあるものだ。
「ちくしょう」
己の内側が憎々しく、そしてひどく心地よい。
失ったものを嘆くだけの閉鎖的な心地よさに甘んじていた自分をワラえば次は不思議と深い呼吸ができた。
「おいしいってのは、生きてるってことだ」
なら生きているらしい行動をしないとな。
ただの食い物一つで、こんなに気分が盛り上がるとは思わなかった驚きはある。
それでも悪夢を自分で腹に納めたという単純な事実が思わぬ効力を発揮したとでも思えば気分は悪くない。
「仕事しよ」
そしてーー美味いモノを食おうとするなら、するべきことをしなければ。
若干ご都合は承知の助
うっかり押したら怖いのが普通。




