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宅配!異世界☆ランチ  作者: ほうとう。
1/15

□日替わり:コカトリスの味噌焼き

ごはんの話。

おいしいごはんはがんばる素

「そーしん、と」

どうせこのデータの受け取り先である相手は帰っている。

朝1でみてもらえるなら行幸で、明日中に確認の連絡がくれば上々。

そんなことはわかっていても、今日終わらせないと明日朝イチでおしかりがくる。

それが仕事というものだと、彼女は日々学んでしまっている。

ぎしりと抗議をあげるイスに気遣いなど働かず、そのまま逆さの視界で確認した時間はまだ日付が変わっていない。はらしょー。

くぅう、とあがったのは祝福の拍手ではなく空腹からの救難信号だ。

安心は随分と食いしん坊であるらしい。顔を出した途端に腹が減ったとわめき出す。

「どーするかなぁ」

腹が減った。

それはいい、みとめよう。

事実だ。

では次は、なにを食うかだ。

あいにく行きつけのお通しだけで飯並の量を出すバーは定休日だ。

ファミレスや牛丼屋というにはちと腹が重い気がする。

コンビニでは味気なさすぎる。

家に帰ってしたくなど死亡フラグにしかなりはしない。

「うぅ意外と難易度高い」

思考とは切り離し、帰り支度をしながら最良の手段を探してはみるがピンとこない。結果的に味気ないとはいえ選択肢の多いコンビニに寄って適当に食べてまた明日なのだろうなーーと思って放り出していた携帯端末をみる。

この仕草もなにがあってのことではなく、ある意味習慣のようなものだが、その習慣故に異様が目に留まる。

「ん?」

見知らぬーーアプリがDLされていたのだ。

「え、やだなんかウィルス?」

そう考えてしまっても仕方ないだろう。もはや電話というよりも小型コンピューターの度合いが強い携帯端末。実際乗っ取りだのゴーストだの眉をしかめるような話も多く聞く。

彼女にしてみると心配するほどさわってないけどさ、と若干卑屈な思考回路が機能してしまうところなのだが、こういうのはタイミングだと実感したような感じだった。筈だ。

しかし結果といえばその限りではない。

「弁当宅配、ねぇ」

角の取れた四角いアイコン。

小さな範囲に書かれた情報量はそんなに多くない。

冷静になってみればネットワークにつながっているアイコンのデザイン変更は珍しくないのでまさかいきなり消すわけにもいかず、よくよく観察はしてみるがやはりDLした記憶はないアプリだ。

とりあえず調べてみるか。直接アクセスしないで、ネットかなんかで家にかえってからーーなどと悠長に思った彼女は、結果的にコンビニの30円引き揚げ物とおにぎりで腹を満たし、シャワーを浴びて寝落ちることでその予定をすっかり忘れてしまった。


彼女が次にそのアイコンを思い出したのは、翌日の昼ご飯前のことだ。

始業しばらくして確認を終えたクライアントから感謝とともに、誤差範囲の仕様変更が連絡された。頼み方も指摘も丁寧なもので、作業意欲もしっかり湧くとなればやっぱりさっさと終わらせようと考えた彼女は気がつけば昼をいくらかすぎたところで一息をついていた。

あ、しまったごはん。

思わずつぶやくと、半分ほど減っている弁当を広げていた隣の後輩がぶふっ、と変な笑い声をあげた。笑いをかみ殺しそこねたらしい。うっさいぞ。

「先輩、あーん」

「施しなどいらぬ」

「あ、ハイ」

後輩が差し出したインゲンのベーコン巻きはおいしそうだった。

だがその一口がよけい腹を減らせることを彼女は実感として知っていたから単純に拒否をしただけのこと。

「ごはん、ごはんか」

おなかが空いた。

ごはんを食べたい。

そう思ってやっぱり無意識にみたのは携帯端末。単純に時間を確認するつもりだったが、無意識にスライドさせていて、昨日保留にしたアプリを再度確認する。

弁当宅配。

現状において魅惑の単語である。

「とはいえここが圏内かどうかもわからないしなぁ」

大抵食事の宅配というのは範囲が決まっているものだ。

どこでDLしたのかもイマイチわからないようなものが相手では期待度は低い。

そもそもウィルスの可能性だって捨てきれない。

「まぁどうせ消えてこまるデータがあるわけではないしーー」

「あぁ先輩、若干血糖値下がりすぎていろいろ投げやりになってる!」

後輩の声に痛く感じる耳はあいにく持ってない。

ぴっ、とふれるアイコン。つながったのはシンプルなHP。もしかしたらいわゆるガラケにも対応しているのかもしれないほど素っ気ない。



ようこそ異世界ランチHPへ


メニューは日替わりが1種類。一律500円(税込)です。

メイン及びサブが2つが基本形態となっております。

ただし、主食はパン・ごはん・麦飯・十六穀米・より選択可能。

パンについては日替わり。金曜日は炊き込みご飯があり。但し品切れの場合はご容赦ください。

スープかプチデザートの選択ができますがこちらも日替わりとなっておりますのでご了承下さい。

当店の食材・調味料に関しましては一切の遺伝子組み替えをつかってはございません。

アレルギーに関しましては、毎日HPにて16品目の掲載をさせていただいておりますのでご参考ください。

購入方法は現在、ネットでのみの受付となっております。

ご注文後、5分以内にお届けしますので、500円を机の上に置いてお待ち下さい。


「なんだこりゃ」

のぞき見していた後輩が声を上げて、はたと彼女は気づいた。

なるほど確かに「なんだこりゃ」だ。これはそうというにふさわしい。

下の方に注文フォーム。

住所を打ち込む箇所はなく、書いてある主食とデザート・スープを選択する項目と「注文する」というボタンがあるだけだ。

胡散臭い割にどこか抜けている。

そんな印象が彼女たちをおそった。

しかも本日のメインとおかずについての案内に至ってみれば、冗談としか思えなくても仕方あるまい。


メイン:コカトリスの味噌焼き

サブ①:夏野菜らしきラタトゥユ

サブ②:ジャガイモ系チーズグラタン

スープ:クスクス入りトマトっぽいスープ

プチフルール:トマトっぽい果肉のゼリー


「なるほど異世界」

「そこですか」

つっこみでも敬語を忘れない律儀な後輩に頭が下がる思いだと思いながらも、彼女の好奇心は注文フォームに指を滑らせることで行動となった。

気になったのだ。

この若干説明投げやりなラインナップが。

あとこのトマト(ぽいもの)買いすぎた感が。

「あ、そうだ。先輩トマト好きでしたもんね」

「うん」

社の飲み会で冷やしトマトを自腹追加するのは恒例にして伝説だ。

そういう意味ではこのHPはねらったかのようなラインナップだったといえる。ラタトゥユもトマトが主力だ。

逆にだめな人は絶対注文しなさそうなところもある意味愉快である。

「とはいえメインに興味惹かれてほしいだろうスタッフを思うとなんか切ないですね」

「それはさすがにでっかいお世話でしょ。むぅ、どっちかしか選べないのがつらい。追加料金で両方頼めないかな」

「まぁ500円なら量も知れてるだろうですしねぇ。届くかどうかが先だけど」

「それよね」

500円を「置いて」お待ちください。

胡散臭いことこの上ない上に、他の様子も含めてあまりにも中途半端だ。こんな書類自分があげたら説教必須だろうなぁ、と若干口うるさい上司を思う。

最後の最後で踏ん切りがつかない上に時間もかかっていた彼女だったが、今日の主食部分を確認して気がつけば注文ボタンを押していた。後輩の「あ、」という声が遠い。

主食:本日のごはんは「トマトっぽいの入り炊き込みご飯になります」


ちょうどあった500円玉とテーブルの上において5分。

固唾をのんでその1枚のコインを睨みつけていた二人のOLは幸い周囲に注目されることはなかった。

なかったから不意に彼女たちは飯いかないのか、とお節介な声に呼ばれーー


その瞬間を見逃した。


「ほんとうにきた」

「さすが異世界」

「だからきっとそこじゃないです。いや、異世界なんだけど」


後輩がそんな風に認めたのは種も仕掛けもハンドパワーも見あたらないマジックを確認したからではない。

500円玉が消え失せた代わりにぽてん、とA5を一回り大きくしたほどのサイズある包みがテーブルには置かれている。添えるようにして割り箸と紙ではなく蓋付きの木でできたカップが上にのっかっている。その弁当と思われる包み紙に注目したからだ。

みたことのない言語の、しかも手書きで書かれたそれは「新聞」のようだった。

昭和かよ!とツッコミを入れることもできようが、現実味のない文字とさらにお遊びで作られたとしか思えないやはり手書きのイラストで構成されたそれらは異国情緒という言葉をぶっちぎっていた。

「先輩」

「私は食べてるから、新聞はみていいよ。先に」

「あざっす!」

お互い優先事項が分かれているのはいいことだった。

上に乗っているものをどかし、がさがさと意外と丁寧に包まれていたのはプラスチックや発泡スチロールではなく薄い木でできた弁当箱。力を入れてしまえば割れてしまいそうなほどに薄いが、つくりはしっかりしてみえる。どっかのあんこに包まれた餅菓子がぽってりと入っているのがこんな感じだったろうか。

もってみるとまだ暖かい。

蓋はコストダウンの為だろうか。ちゃんと閉まるのではなく乗せられているだけで、だから新聞紙で包んであったのかと納得する。

ずらして開くと、鮮やかな赤が目に飛び込んできた。

「おぉ。トマト弁当」

トマトとガーリック、オリーブオイルの香りがほのかにしている炊き込みご飯は半分ほど。乾燥バジルまで散らされている。中央辺りにしきりがあり、丁寧に四角いカップでラタトゥユが積められているのと、同じくカップであつあつの湯気を立てているチーズグラタンが脇に並べられて、これで残り4分の1。たっぷりのレタス(店の方針でいうならこれも「らしきもの」なのか)の上に乗っているメインのさいころ型味噌付けは、まぁ鶏肉だろう。コカトリスというモンスターが昔遊んだゲームそのものであるならそう考えた方が心の平安だから。

予想以上にちゃんとバランスが考えられているが、やはりごはんのせいか全体的に赤いランチ。トマトを主とつぶやいた彼女はたぶんおそらく悪くはなかろう。

「っていうかぼりゅーみぃ・・・・・・」

追加したのをゼリーにしたのは正解だっただろう。あとでおやつに食べよう。彼女は心に決めて手を合わせた。

いただきます。


まずはごはんを一口。

もちろんごはんとともに炊き込まれくったりとなっているトマトと一緒にだ。まだ十分に暖かいが、これがあつあつならさいころチーズ追加してもおいしそう。カロリーなんて知ったことじゃないとばかりにじゅわりとした味わいが口いっぱいに広がる。にんにくの香りがたまらない。あとで口臭抑制薬をかもう、と思うがこの味わいを忘れたくないとも思ってしまう。あぁジレンマ。

ごはんの後にメインにその箸をのばした。ついていた箸だが使いやすい。普段つかうのよりも程良い重さがあるためか。

その先で摘んだ肉からはじわりと油と肉汁があふれた。つかんだだけだ。思わず目を見張りながら口元に迎える。イエス、とかはこんな時に叫びたくなるのだと自分を知った。

再度ごはん。おいしい。味噌とトマトの相性はむしろいい。彼女はそれをよく知っていた。

次はポテトグラタン。拍子切りにされていてつかみやすいのもポイントが高い。直接牛乳で煮たのか。チーズと絡まって程良く崩れていたが箸にはしっかりとついてきて、口の中でほろける。その食感が絶妙すぎて悲鳴をあげそうだ。

ではこちらはとラタトゥユに箸を延ばす。こちらもとろりとしているのに箸でつかみやすい。なすっぽいのを口に入れる。あぁもうたまらん。どれもごはんに合うが、きっとパンにも合うだろうなと素直に思った。

「あぁもう幸せ」

たとえ午後からまた仕事でも。

今感じている充足感まで否定したくない。

「先輩。せーんぱい」

「味見ならだめだからね。気になるなら自分で買って?ごめん悪いけど人に譲る心の余裕が今の私には皆無だから」

「かっこいいほどきっぱりと心の狭い発言しないでください尊敬します。そこじゃなくって、この新聞」

「後輩」

「はい?」

「ごはんは、おいしく食べなきゃだめだと思うの」

「弁当ってさめてもおいしいのが売りじゃないですか?」

「異世界仕様だからその辺気にしたら負けよ」

「あ、はい」

異世界という言葉の便利さに、二人ともいささかの適当さを伴ってその会話は正直、会話として成立していなかった。




3~5話で一巡したいなぁ

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