一章
「別に、職員室でも良かったんじゃないですか?わざわざ移動しなくても」
朝早くから連れまわされることへの不満が無意識にでてしまったのか、ぶっきらぼうな口調になりながら俺は裕美子さんに尋ねた。
「君のためを思って移動しているんだがな」
「と、言いますと?」
「君の性格だとちゃんと考える時間と場所を与えないと私の頼み事だからとすぐに承諾するだろう?君はこう見えて律儀で優しいからな」
「別にそんなことないですよ。断りたければ断ります。今までだって断るべきだと判断すれば断ってました」
「だがそれは一度たりともなかったな。もうこれを言うのはかなりの回数になるが、借りを返すだなんて考えなくていいんだぞ。もう何年も前のことじゃないか」
「……そういわれても、あの時、裕美子さんがいなければ今頃どうなっていたかわかりません。裕美子さんの助けになるのは、俺のけじめであり、自己満足なんです」
「わかった、何も君の気持ちが嫌なわけではないからな。但し今回は君にちゃんと考えてもらう。それが私の君への希望だ。それだけ、今回のことは君の今後を左右するんだ。今までのような荷物運びなんかの比にならん」
いつになく真剣な声のトーンの裕美子さんと話しながら歩いていると、いつの間にか応接室へ着いていた。裕美子さんはノックをして誰かが使用中でないことを確認すると、
「入った入った」
と言い、俺を応接室へ押し込んだ。
応接室はそれほど寒くなく、4月らしい暖かさを保っている。俺と裕美子さんは会議机を挟み、向かい合うように座った。
「来るときにも行ったが、今回私が君に頼みたいことは君の今後に深くかかわる。具体的に言うと一年間だな」
「一年間?!」
「ああ、だから真剣に考えてほしいんだ」
正直、予想外だった。今まで雑用程度のことしか頼まれなかったのに、今後一年間に関わるだと?
俺が真剣な面持ちになったのを確認したのか、裕美子さんが話を続ける。
「初めてこの学校に来た時のことを覚えてるか?」
なんだいきなり…、と思ったが口には出さず、おとなしく初めてここに来た時のことを思い出す。
そうだ、確か何年も前に裕美子さんに連れられてきたのだ。自分がここを受験するから、お前もここを目指せ、と。
「それだけでここを目指したわけじゃないだろう?」
お見通しか。
「確かに裕美子さんに言われたのもあります。だけどそれ以上になんだか生徒がかっこよく見えて。それで、ですかね」
「じゃあ、実際入学してどうだ。あのときの憧れは見えたか?」
「まあ、普通ですよ。特に何もない普通ですかね。どこもこんなもんかなと」
「だが、教師陣はこれを普通とみていない。以前はもっと生徒も環境もしっかりしていた、と主張する人が大半だ。そこで、試験的にだが、生徒が主体となり、生徒自身や環境をよくしようと、そのような組織を作ることが決定してな。名付けて、『学校生活改善委員会』。君はそのメンバーに推薦された」
「…なんで俺なんですか。というかそれ、生徒会の仕事じゃないんですか」
「君は定期テスト学年総合3位ながら、部活に所属していない暇人。こんな都合のいい奴はそうそういない。それに生徒会はこれ以上仕事が増えたらパンクするといわれてな。会長に」
「なるほど。まあ、わかりました。引き受けますよ。どうせ暇が少し暇になるくらいですし」
「私としては1年間もやっていかなければいけないんだからもう少し真剣に考えて欲しかったんだけどな…。引き受けてくれるならそれに越したことはないが。じゃあ、承諾ということで書類をつくるぞ」
「よろしくお願いします」
裕美子さんが部屋から出て行った。俺は今になってもう少し悩むべきではなかったのかと、せめて他のメンバーくらい聞いておくべきではなかったのではないかと考えていた。だが、もう決まってしまったのだから仕方がないと、考えることをやめて部屋を後にすることにした。