第六話:旅立つ者へ!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
――とある昼下がり。
「自由登校の日々が続くなかで……。久々にこうして集まってもらって、皆の顔が見られたことをうれしく思う……」
『冒険者養成学校』の校舎三階――『三年S組』の教室ではいま。自由登校となっているこの時期にもかかわらず。半数以上の席に、その主が座っていた。
「なぜ……今日集まってもらったかは、皆にメールした件で……だ」
教壇に立つ眼鏡の生徒は、ブリッジ部分を中指でクイッと持ち上げ、陽光を反射させるとひとが座っていない席をながめてため息をつく。
「ここにいないと言うことは……」
「――ああ。確認したけど……来なかったんだってさ」
眼鏡のつぶやきに頭部から白い光を放つ少年が答える。
「お前ですら……いると言うのにな――『勇者』よ」
――ザワワっと。教室内が騒然とする。そのざわめきのなかには「玲人が? ウソだ」や、「レイさんか? そうなのか?」などと、あり得ないと評する声が目立っている。
「――静まれ!」
眼鏡の隣に立つ書記係の少年が大きな声とともに、かしわ手を打つ。書記係の少年のつり上がった目に、教室内に静けさが戻って来る。
「…………良いぜ、委員ちょ――『眼鏡』。続けてくれ……」
「ああ、すまないな『時限爆弾』。――くたばれ……」
今回の議題中は学校内での称号で呼ぶ――それがルールとなっている。
良かれと思ってフォローしたはずが、なぜか舌打ちされてしまった。その事実に、ヒクヒクと片頬を引きつらせながら。ツリ目の少年は黒板に本日の議題を書きだしていく。
「そう――『告白戦』についてだ」
バンッと黒板に書かれた白い文字をたたきながら。眼鏡の少年は集まった少年少女たちひとりひとりを見渡していく。
――『告白戦』。
それはいつ頃から始まったのか……。『冒険者養成学校』卒業シーズンの風物詩である。
もともとは普通の高校でもごくまれに見られる『お礼参り』的な行事だったらしく。挑まれる対象が『有力、有名な生徒』、『教師陣』であり、基本は返り討ちである。――その難易度からか、いつからか『もし挑戦者が勝ったらなんでもひとつ。言うことを聞く』と言うルールが出来あがってしまった。
こうなってしまっては、学校側としても無視するわけにいかず。――仕方なしに公式なイベントとして卒業式のなかに組み込んでしまった。――ちなみに記録映像は『冒険者ギルド』で購入が可能であり、毎年飛ぶように売れている。
挑戦の申し込みは卒業式の二週間前まで。挑戦対象は『三年生』『教師』限定で、『三年生』同士でも挑戦可。挑戦された者は勝負を断れない。挑戦者が勝った場合、なんでも――とまでもはいかないが、その手の『スキル』を持つ教師によって、可能な限りひとつだけ言うことを聞かせることができる。
正式名称は『卒業記念試合』なのだが……。――『異性に勝ったら相手と付き合える』と言う意味合いも含みだしてしまったのが近年の『告白戦』と言う通称である。相手が好みであれば、わざと負けることで『告白をOK』する者もいたりする。
ただし、挑戦される側――特に女子生徒――にとって幸いなのは、挑戦を申し込める相手は自分よりも同格以上にしか出来ないと言うことであろう。
例えば――『Aクラス』は『Bクラス以下』に挑戦は出来ない。『Sクラス』は『Sクラス』にしか挑戦できない。つまり『基本は無理ゲー』なのである。――ちなみに過去、女教師を相手に交際を申し込み、返り討ちにあった女子生徒もいる。
「ここにいる……と言うことは、君たちは『ラブレター』を受けたと判断する」
とにも角にも。三年生にとっては、最後のイベントでもある。――万が一にも恥をかかないようにと、ほかのクラスでも作戦会議の真っ最中のはず――である。
「んじゃ、このなかで『告白』以外の要求を出されている者と、『OKしたくない相手がいる』者は?」
ツリ目の少年が肩越しに背後のクラスメイト――特にツインアップの少女――を見ながら、ギュッと手を握りしめる。
すると、数名の生徒が手を挙げ、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。――そのなかにはツインアップの少女もいる。
この『告白戦』。申込時に『相手への要求』を必ず書かなくてはならない。ここ数年は、男子生徒から女子生徒へ、女子生徒から男子生徒への『お付き合い』が大半を占めている。
しかし……。なかには当然、例外もある。
「ふむ。じゃあ、内容は言わなくていいから、対戦相手の名前をいまから回すリストに書いてくれ」
眼鏡はそう言うと、ツリ目の少年に指示を出す。
「――『斥候系』のやつらは、リストを受け取ったら情報収集を始めてくれ。とりあえず、今日はこれで解散だ!」
ツリ目の少年は、戻ってきたリストに自分の対戦相手の名前を書き連ねていくと、『斥候系』の班長へとリストを手渡した。
そしてその後、生徒たちは微妙に重い空気から解放される。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……。疲れたぁ……」
会議から十数分後。『砦が丘』麓の喫茶店『サンザシ』に『冒険者養成学校』の制服を着た少年少女三人と、白いこたつが一席。集まっていた。
「あぁ、コラキ、すっげぇにらまれてたな?」
「そのにらんでたなかのひとりが言うなよ……」
からかうように、いがぐり頭の少年――『梧桐玲人』が、目の前に座るツリ目の少年――『天鳥コラキ』に話しかける。
『むぅ……? ミィには、よく分からない会議でした……』
そんなふたりの会話に、ピコンッと音を発しながら。喫茶店の空間を大きく占領したこたつ――『レイ=ハーン』が、天板に文字を表示させる。
「あはは。たぶん『日本校』だけの行事かもね」
ピコピコと『?』マークを連続で表示させていくこたつに苦笑しながら、ツインアップの少女――『皇雛子』が、机に立て掛け、ながめていたメニュー表から顔を出す。
「――で? コラキは、何通もらったんだよ?」
学校内では数日ぶりに会った親友に、玲人はニヤニヤとしながら『告白戦』の申込人数を尋ねる。
コラキは、「うっ」と小さくうめいたあと。横目でチラリと、隣に座って「なにが良いかなぁ」と頭を悩ませる雛子を見る。
「――私は二通だよ~?」
雛子はコラキの視線に気づいていたのか、メニュー表から視線をそらさずに、そう答えた。
「ひ、ひっこ? 二通……? 誰から……?」
コラキは『二』と言う数字にびくりと反応し、自分と目を合わせようとしない雛子にくらい付く。
「――一通は後輩からで、もう一通は同級生だよ?」
相変わらず視線はメニュー表に向けられたままだが……。雛子はうれしそうな、弾むような声で答えた。それがコラキの反応に気をよくしたからなのか、それともその『告白』がうれしいからなのかは、コラキには分からない。
その結果――
「――ぷふぅ……」
玲人はコラキのなんとも言えない表情に、思わず吹き出してしまった。
「それで? コラキちゃんは?」
コラキの表情をチラリと見た雛子は、さらに機嫌をよくして、今度こそコラキの顔を見て口を開いた。
「五通……」
への字に口を曲げたコラキは、すねたような表情でもらった枚数を答える。
「……えふぇ?」
コラキの回答に、今度は雛子が動揺を顕わにして、震える手で水を飲む。
「へ、へぇ? 多いねぇ? ――でも、コラキちゃん、それは少し受け過ぎじゃないかな?」
まだ少し震える声で。雛子は口元を引きつらせながらコラキに告げる。
「い、いや。それを言ったらひっこだって――っつうか、そもそも拒否できないから仕方ないだろ?」
「――むっ……。そうだけどさぁ……。――んがっ!」
雛子はコラキの反論を肯定しながら、それでもふに落ちないらしく。ぷくっとふくれっ面のまま、コラキの髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「ちょ、やめろって! れ、玲人! そう言うお前はどうなんだよ!」
「それを……聞くか?」
コラキに話を振られた玲人は、途端に目が虚ろになる。そしてテーブルの上に、一通の手紙を置き、ポツリとつぶやく。
「『返さなくても良いので、弁償してください。――女子水泳部、ならびに陸上部女子一同より』……だとさ……」
机の背もたれに体重をかけ。手足をダラッと投げ出した玲人の目は、すでにどこを見ているのか分からない。その目には薄っすらと涙が浮かんでいるが、隣でガタンと天板を傾げるこたつを見ることで、わずかに生気を残している。
「――例の……事件か?」
「ああ……。俺、無実なのになぁ……。それに、陸上部とか……。知らねえっつうの! 『弁償しろ』っつうなら、せめて――くれよ! もしくは見せろよ!」
――魂の叫びであった。
「玲人……!」
勢いに乗せられて、コラキはなぜか。はらはらと涙をこぼしていた。
「――あ、レイちゃん、ジャンボティラミスだって。はんぶんこしない?」
『ふぇ? あ、えっと……はい?』
雛子とこたつは、そんな男の子ふたりを華麗に無視して、「すみませ~ん」と丸刈りのマスターを呼びつける。
「……ジャンティラッスね? 承りました。それと……これはサービスッス。――コラキ、そっちのアンちゃんにやってくれッス」
マスターはそう言って、恭しく頭を下げる。そして去り際に玲人の肩をポンとたたき、「頑張るッス」と告げると、厨房へと入っていった。
去って行くマスターの背を見送る玲人の前には……。小さな白い皿が残っていた。――皿の上には、薄っすらと焦げ目が付いた三角形のホットサンド。その三角形の長辺中心には、リボン状の焦げ目。――それは玲人が望んだ『聖骸布』の模造品であった。
「「――マスターっ」」
コラキと玲人は、マスターの優しさに触れ。グッと天井を見上げる。
『えぇっと。おふたりはどうしたんでしょうか?』
「――ん~……。ほっとこう? そのうち戻って来るよ」
――コラキと玲人にとって。他人の優しさが身に染みる一日であった。




