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現世鳥の三枚者  作者: ひんべぇ
第四章:門出!
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第五話:インターミッション(17)

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――時刻はすでに午後三時を過ぎようとしている。


 ――パンパンッ!


 とある料亭の女性用化粧室のなか。肌を打つ乾いた音が鳴り響く。


「――頑張れ、ボク……。いや、わ、わたくし?」


 鏡の前ですでになんど自らの頬を打ったのか。近年の女性としては若干低めの背丈。肩口まである髪を、今日はバレッタではなくかんざしで留め。――結果として。『七五三』のような見た目になってしまった女性――『薬屋美空(くすりやみそら)』(二十九)は、これから始まる戦場に思いをはせていた。


「ひと……人……ヒト……ヒート……メタル……違う……」


 手のひらになんども文字を書き、飲み込みながら。美空は心臓の鼓動を静めていく。


「大丈夫。ボク……わたくしは、出来る……」


 ――とあるコンプレックスから。彼女は男女の付き合いはおろか、真っ当な恋愛経験すらないまま、大台(三十代)へと向かおうとしていた。


 外見こそ、私服であればいまだに補導されかけてしまうほど若く見える美空ではあるが、しかし……。周囲の友人や後輩が次々と結婚し、ひとによっては子供を産むなかで、彼女はひそかにあせっていた。


『美空ちゃんもねぇ……? 仕事を頑張るのは良いのだけれど……』


 めったに会わない親戚からの、微妙に苛立つ言葉が怖い。


『ぼく、おっきくなったら、みそらちゃんのおよめさんになる!』


 そんな状況下で。昨年初めて対面した、かわいい甥っ子からの言葉に狂喜し。『理想通りに育てれば……』と、九割ほど本気で考える自分も恐ろしい。


「うぅ……。胃が痛い……」


 大企業の若き辣腕専務として。ふがいない、異世界帰りの『総帥(先輩)』を支える彼女とて――年の割には――その中身は夢見る乙女である。


 これから顔合わせを行う対戦相手が、果たして『好敵手(白馬の王子様)』であるかどうか、期待と不安で胃痛に頭を悩ませていた。


「――どうして、こんなことに……。こんな……ことで……」


 美空は鏡に映る『七五三(じぶん)』を見ながら、昨日のことを思い出す……。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――んがぁ……。なんか、多くない?」


 ――『ファルマコピオス』本社ビル。その最上階に位置する『専務室』。


 午前中の会議が終了し、人払いを済ませた美空は秘書から渡された『六荘資料』と書かれた書類に目を通し、椅子の上で頭を抱えながらクルクルと椅子ごと回っていた。


 現在確認している情報は『家賃回収状況』についてだった。


「えぇ……? 昭代までですか? ――あ、でもあの子ならやりかねないか……」


 少なくとも五年は留年していたはずの後輩を思い浮かべ。美空は椅子の上で膝を抱えてため息をつく。


「『忍者』さんはいつも通り……。『影平』さんは、初めて……。――げ、ママがいる……。――あ、コラキ君。またですか……」


 美空は「身内多いなぁ……」と。実母と、自分が後見人として接してきた『義弟のような子』の名前を見つけると、再度ため息をつく。


 そして回転が弱まってきた椅子を、再度クルクルと回し始めると、そのまま手帳を開く。


「明日一日空けて……散歩ついでに行って来ようかなぁ……」


 椅子の背もたれに抱き着く形で、クルクルと回る景色をチラリと見ると、美空はそうつぶやく。


 その時のことだった……。


「美空ちゃん、いるかしらっ?」


「――わ、わわっ? え、えっと、おばさん?」


 ズルズルと。「困ります!」とすがりつく美空の専属秘書を引きずりながら、四十代、もしくは五十代に見える女性が専務室の扉を勢いよく開いてやって来た。


 椅子の背もたれに、だれるように乗りかかっていた美空は、飛び上がるように慌ててキッチリと椅子に座り直すと、秘書官を下がらせて来客者――叔母をソファに座るように促す。


「えっと、おばさん。今日はどうしたんですか?」


「んふふ……。今日はね、おばちゃん、良いお話を持ってきたのよぉ……」


 言葉にしながら、叔母はソファから立ち上がり、美空のオフィスデスクの上に。一枚の薄いバインダをたたきつける。


「これは……写真――っ?」


 ペラリと。何気なく表紙をめくった美空は、思わず目を丸くする。


「どう? どうどう? 似てるでしょ?」


「――もしかしなくても……。これ、お見合いの……?」


「そうよぉ? 美空ちゃんがなかなか乗り気になってくれないから……。おばちゃん、頑張ったのよ!」


 王者の風格を漂わせながら。叔母は胸の前で腕を組み、そのバインダ――つりがきを、あごで指し示す。


 ――これまで何度も。この叔母は、美空に『見合い話』を持ち込んできた。


 美空はその度に『忙しいので』『タイプじゃありません』と、すげなく断ってきた。


「今日こそは……いえ。このひとならば……気にいるはずよ! ね、明日空いてるかしら?」


 叔母の声が届いているのかいないのか。――美空の視線は確かに、その写真の人物にくぎづけになっている。


「…………」


 写真の人物は、お見合いのつりがきにしては――ぼさぼさ頭に無精ひげと、そぐわない状態で写っていた。


 しかし、その状態は美空のコンプレックスを、じわりじわりと。ボディブローのように刺激し、確実にダメージを与えていた。


 叔母はそんな美空を見て「手応え有り」と言った表情を浮かべている。


「で、でも……ボク。家賃の回収が……」


「あら? それならほかのひとでもいいじゃない? ほら、あの子……コラキ君だっけ? あの子に頼みなさいな? それなら信頼できるでしょ?」


 逃げ道をふさがれていく美空はしかし――プルプルとにやけていた。


 そこに勝機を見いだした叔母は、止めの一撃を美空にくらわせる。


「――このひとねぇ……。とぉっても良いひとなんだけれど……。なんでか、良かれと思って行動したことが裏目裏目に出るばかりでねぇ……。誰かしっかりとしたひとに支えてもらいたいって感じなのよぉ……」


 直後、美空の耳がピクピクッと震え――


「――やります!」


 美空は無意識のうちに叫んでいた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さて――


 いきなりではあるが。ここで彼女の称号――『BLOL』の由来について。そのきっかけとなった会話を公開する。


『うぃック……。後輩ちゃぁん。ここ、なに部屋ぁ?』


 十年前。成人式を迎えた美空は、親交のある高ランク『冒険者』たち。『闇黒(ブラック・ダークネス)騎士ライトイエロー・マジシャン』、『大毒婦(あねご)』、『子煩悩』、『恋剣(サンザシ)』によってお祝いパーティを開いてもらっていた。


 場所は、当時、美空が住んでいたアパートである。


『あ、そこはボクの部屋ですよ?』


 酔いが回った『闇黒(ブラック・ダークネス)騎士ライトイエロー・マジシャン』は、その引き戸を開けてしまったことに激しく後悔し、一気に酔いが醒めていた。


『? どうしたっスか、サッチ――ッ』


 続けて部屋のなかを見てしまった『恋剣(サンザシ)』が、吹き出しそうになり腹を抱える。


『どうしたんですか……? ――あ、ステキ……』


 さらに続けてのぞき込んだ『大毒婦(あねご)』が目を輝かせる。


『三人とも? どうしましたかあああああって! なんですか、これは?』


 最後にやって来た『子煩悩』は、部屋の中央にデカデカと存在を主張してくるポスターを指差し、美空に問い掛ける。


『――えっ? なにって、先輩ですよ? 知ってますよね?』


『え、いや、聞きたいのはそう言うことじゃなくて……』


『? 家族の写真を持つのは当然ですよ?』


 当時。まだまだ未熟であり。父母のいたずら心で『家族写真は引き伸ばす』と言う。間違った常識を持っていた美空は、キョトンと小首をかしげていた。


 ――『大毒婦(あねご)』以外のメンバーがドン引きするなか。『闇黒(ブラック・ダークネス)騎士ライトイエロー・マジシャン』はつぶやいた。


『――パネェ……。マジ、お兄ちゃん大好きOLかよ……』


 こうしてなにげなくつぶやいた一言がとある『社長』に伝わり。そこからさらに『冒険者ギルド』へと伝わり……。そのまま、面白がった『社長』のかなりのゴリ押しで……。


 ――『Brother(お兄ちゃん、)Love(大好き、)Office(事務、)Lady(淑女)』。略して『BLOL』として登録されてしまったのである。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――時は戻り。化粧室のなか。


「あぁ……。反射的に……どうしてこんなことに……」


 コンプレックスを大いに刺激された結果。美空はここにいる。


 美空は再度、鏡とにらめっこをしたあと。もう一度頬を打ち。戦場(お見合いの場)へと足を運んだ。


「――失礼……いたします」


「あ、どうぞ」


 ふすま越しに聞こえる『先輩』に似た声に、美空は思わずドキリとする。


 そしてスッと開いていくふすま。美空はソレが開ききるまでのわずかな時間を……。心躍らせながら過ごす。


 やがてふすまが開ききったのか。スッと、木と木がすれ合う音が止まる。


「初めまして……。わたくし、『薬屋美空』と申します……」


 美空はほほを染めながら顔を上げる。


 そこにはオールバックがよく似合う整った顔。背筋のピンと伸びた――イケメンがいた。


「これは、ご丁寧に……。私は――と申します」


 つりがきの写真とは、似ても似つかない男性に美空は――


「えぇ……。なんか、違う……」


 そこから先のことを覚えていない。


 かすかに覚えているのは「これはなんか違う」と言う感触と。「ふぅ……。美空ちゃんは強敵ね」と言う。なぜかやり切った表情の叔母と。「いえ、気にしないでください」と、涙目で告げる『微妙にずれた』男性の言葉だった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな訳で――


「うぅ……。白馬の王子様(お兄ちゃん似)は、いないのかなぁ……」


「――だから、先輩。そんなのはいませんって……」


 美空はその日の帰り。仕事を終えた後輩の家に押しかけ、愚痴をこぼしていた。


「うん。やっぱり、トミ君を育てよう……」


 そしてわずか五歳の『一番理想に近い』甥っ子を、本気で『好み』に仕立てようと。固い決意をした所でピンポンと、後輩の住むアパート――『ろくざとハイム:五〇三号室』の呼び出しベルが鳴り響く。


「あ、夜分遅くに申し訳ありません……。えっと、実は――」


 そして――地獄の一夜が始まった。


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