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現世鳥の三枚者  作者: ひんべぇ
第四章:門出!
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第三話:払いたまえ!(3)

続きです、よろしくお願いいたします。

 ――タタタタタタタタタタッ。


「ニンニンニニンッ!」


 屋根瓦の上を、男? が走る。


「なんだ、あいつ! 速いぞっ」


「コ、コラキちゃん、私じゃ無理ぃっ! さき、行ってっ!」


 コラキと雛子は屋根を走る影を見上げ、驚きの声を上げる。


 若干ヨレヨレの白いもこもこセーター。ダメージジーンズにピンクのサンダル。そして――黒い頭巾にサングラス。


「そもそも俺、あいつに『家賃』の『やち』までしか言ってねぇぞ? ――どんだけ敏感になってんだよっ」


 屋根の上を走る人物――『忍び(仮)』を指差し、コラキが叫ぶ。


「ふははははっはぁ! そう簡単に、それがしの財布を開けると思うなぁっ!」


 コラキの声に反応して、忍びのひとはチラリと地面のコラキたちを見て宣誓する。その間も忍び(仮)は大きく足を伸ばし、屋根の上を進んでいく。


 コラキは一歩、二歩と。足を進める度に伸びていく歩幅にギョッとすると、速度を落とさないまま雛子へと振り返る。


「――ひっこ! そこで待っててくれ!」


「え……う、うん!」


 そしてコラキは直後――強く地面を蹴る。その背中からは、大きく艶やかな黒い翼が現れており、飛び上がったコラキをそのまま宙へ押し出すように。バサッと羽ばたく――


「――これでっ!」


 一回、二回、三回と。翼を羽ばたかせたコラキの体はすでに。屋根よりも高く。忍びのひとを見下ろす形となっていた。


「――なっ。ま、まさかこの世界の住人は『変異種』を使ってまで、それがしから金をとろうと言うのでござるかっ? ――えぇい……ならばっ!」


 空を見上げた忍びのひとは、悔しげに歯ぎしりの音をギリギリと鳴らしながら、両手を胸もとで組み、気合を入れる。


「クッ……。煙幕かっ?」


 するとポンッと言う弾ける音とともに、白い煙が立ち上がり、一瞬だけ。コラキは相手の姿を見失う。


 それから数秒後――


「「「ふははははっはぁ!」」」


 忍びのひとは、三人に増えていた。


「――なっ。分身のスキル?」


「「「ふふんっ! 『スキル』などではないっ! それがしの、十年にもおよぶ。たゆまぬ努力の結果でござる!」」」


「クッ……。見分けが……」


「「「くっくっく。『スキル』なんぞに頼りっきりの小童などに、見分けなどつくものか!」」」


 胸の前で腕を組む忍びのひとは、調子に乗っているのか。「ふはははは」と笑いながら、コラキを取り囲み、走り回る。


 そしてその余りのウザったさに、コラキの堪忍袋の緒が切れる――


「――『八咫』!」


「「「――ぬぅっ?」」」


 コラキは幻惑系の『スキル』である『八咫』を使い、自らの分身を生み出す。


 ――その数、五体。


「「「「「ふふんっ。『スキル』がどうしたってっ?」」」」」


「ひぃ……ふぅ……みぃ……よぉ……………………いつ? いつ……? 五つ……だと? そ、それがしですら、三体分身が……限界なのに……。こんな、『スキル』使いごときに……」


 忍びのひとは「努力が……」とつぶやきながら、その場に崩れ落ちていく。同時に二体の分身も悔しげに四つんばいの体勢になり、煙のように消えていく。


「――ふっ……。勝った」


 コラキは崩れ落ちた忍びのひとを満足げに見下ろすと、足もとで手を振る雛子に気が付く。そして自らも上機嫌で手を振り返しながら、屋根の下へと舞い降りた。


「どうだ、ひっこ! 勝ったぞ!」


「――えっ? コラキちゃん、違うよっ! 目的、間違えちゃってるって! ――ほらっ」


 ニッと笑ったコラキに対して、雛子は思わず頭に手を伸ばし、なでようとするが。すぐにハッとし、コラキの間違いを指摘する。


 雛子に間違いを指摘されたコラキは、一瞬「はて?」と首をかしげるが――


「――あっ。家賃っ」


 当初の目的を思い出して屋根の上を見上げる。


「か、案山子……か、アレ?」


「逃げられちゃった……かな?」


 コラキと雛子の視線の先。どこかの家の屋根の上には、すでに忍びのひとはおらず。代わりに犬を模したような、デカイぬいぐるみが十字架にはりつけられていた。


「や、やば……」


「――もぉ! コラキちゃんのバカァっ! まだその辺にいるかもだし、行こう!」


「あ、ああっ」


 うろたえるコラキの頭上から。雛子はペチンペチンとチョップを入れると、その手をグッと引っ張る。その一撃でコラキはわれに返り、雛子のあとに続いてその場から駆け出して行く。


 そしてふたりがその場をあとにしてから数分後。


「…………ふぅ」


 ぬいぐるみ犬の形をした案山子がもぞもぞと動き始める。


「――とぅ!」


 そして煙幕が上がり、それから遅れること数秒して、案山子がくぱあっとふたつに割れる。


 なかから出てきたのは、先ほどまでコラキと追いかけっこに興じていた忍びのひとであった。


「ふははははっはぁ! まだまだ青いな、小僧……。それがしは……。絶対に……。絶対に! 家賃など払わんぞぉぉ!」


 忍びのひとは、コラキと雛子が去って行った方角を見てさけぶと、コラキたちとは真逆の方向――『コーポ ウーインツァ』に向けて走り出した。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『――あぁ……。やっぱり、コラキたちでも無理でしたか……』


「『でも』?」


 屋根の上の追跡劇から小一時間。コラキたちは、現状の報告と謝罪の意味を込めて美空に電話を掛けていた。


『いえ、あのひと……。ボクはもちろん、『ファルマコピオス(うちの社)』の誰にも、家賃回収はおろか――接触すらできなくて……』


「――えっ? じゃあ、いままではどうしていたんですか?」


 ため息をつきながらつぶやく美空の発言に、雛子は小首をかしげて尋ねる。


『えぇっと。あのひとの紹介者って言うのが、うちのお偉いさんでして……。そのひとを締め上――お願いして立て替えてもらっているんですよ』


 美空はそう言うと、『さすがにそろそろ、ご自分で払っていただきたいのですけれど……』と付け加え、再度ため息をつく。


『なので、あのひとに関しては『美空さん、先方がいらっしゃいましたよ』――と、すみません。とりあえず、あのひとはこちらでいつも通りに対応します。なので、残りの『美空さぁん?』――はぁい! 残りの所を回ってくださいね? ――では!』


 慌てた様子で電話を切った美空であったが……。どうしたものかと途方に暮れていたコラキたちは、忍びのひとに負けたわずかな敗北感と、美空から許してもらえたと言うわずかな安ど感を手にして、次の目的地――『いちふじ庵』へと向かった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「相変わらず良い所だよなぁ……」


「うん。私が小学生の頃から、立派なままだよ……」


 そびえ立つアパート――と言い張るマンションを見上げると、コラキと雛子の口からそんな感想がもれる。


 コラキたちは現在、オートロックの自動ドアの前で、呼び出し用のインターフォンに『七○五』と入力し、住人の反応を待っているところである。


「ねぇ……。なんで、こんなところに住めるひとが家賃滞納なんてするんだろうね?」


「――たぶん、うっかりだな……。もしくは、美空さんをからかうついで……とか?」


「あれ? コラキちゃん、もしかして――」


『――はぁい? おや、コラキ君?』


 雛子がコラキの様子から、ここの住人と知り合いなのかと感じ、聞こうとする。するとその時、ブツッと言う音が鳴り、部屋の住人らしき人物――女性の声がインターフォンから聞こえてきた。


 その直後。オートロックが解除され、自動ドアがゆっくりと開く。


 そして女性の『どうぞ』と言う言葉に従い、コラキたちはエレベーターで七階へと昇っていく――


 そして七階奥の部屋へと進んでいき、玄関ドアの前で呼び出しブザーを押す。


「――どうぞぉ!」


 するとなかから先ほど応対してくれた女性の声が聞こえ、コラキたちはその指示に従って部屋のなかへと踏み込んでいく。


「ふふふ……。いらっしゃい」


 聞こえてくる女性の声。コラキはすぐ目の前から聞こえてくるその声に、ウンザリしたような表情を浮かべて答える。


「――お久しぶりです」


「ふぇ?」


 一方。雛子は初対面のその女性に対して、どう反応したものかと、口をポッカリと開けてコラキに視線で助けを求めていた。


「ん? ああ、このひとは基本、こんな感じだから気にしないで?」


「そうそう。気にしないで?」


「――えっと……。はい……」


 コラキたちの目の前にはいま、白いカーテンだけが見えている。


 そしてカーテンには女性の影が映り込んでおり、声はその影から聞こえて来ている。


「それで、今日はどうしたの?」


 女性の影が、足を組むようなしぐさとともにコラキに語り掛ける。


「あ、えっと。実は、美空さんから家賃を滞納していると聞きまして……」


 コラキは女性に促され、美空に変わって家賃を回収しにきたことを説明する。


「いやねぇ……。あの子ったら。忙しいだなんて理由をつけて……」


 どこか拗ねたような女性は、カーテンの向こうでスッと立ち上がり、そのまま指をパチンと鳴らす。


 するといつの間にか。コラキたちの前にあるダイニングテーブルに、薄い冊子が現れる。


「えっと、これは?」


 コラキが問い掛けている間に、暇を持て余していたのか、雛子が冊子を開く。


「――わぁ、美空さん、かわいい」


 冊子には一枚の写真が載っていた。


「ふっふっふ……。今日、あの子が忙しい理由ってのはね、『お見合い』なのよ!」


 雛子の反応がうれしかったのか、女性がそう言うと同時に『ジャジャーン』と言う効果音が室内に響く。


「ってことは、これは美空さんのお見合い写真ってやつですか?」


 コラキもまた、育ての親と言っても過言ではない美空の『お見合い』と聞き、そわそわしながら雛子の手元の写真をのぞき込み、女性に問い掛ける。


「そうよぉ? あの子ったら……。私にばれないとでも思っているのかしら? ――そうそう。肝心のお見合いの様子は、いま撮影中でそのうちディスクにするから。――またいらっしゃいな?」


 それからしばらく。コラキたちはカーテン越しに、女性の影と雑談を交わし、無事に家賃を回収し、『いちふじ庵』をあとにした。


 思ったよりもスムーズに進んだ回収に、コラキと雛子――特にコラキは、キツネにつままれたような気持ちになりながら残りの家賃滞納者ふたりを目指し、歩きはじめたところで――


「に~んにんにに~ん♪ にんにんにに~ん………………」


「「「――あっ!」」」


 ふたたび、遭遇してしまった。コラキ、雛子、忍びのひと。――三人の声が重なり、いま。家賃を巡る第二ラウンドの幕が上がろうと……しているのかもしれなかった。

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