第二話:払いたまえ!(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
「――まったく……」
ソファに座りお茶をすすりながら。美空は目の前の若者ふたりをチラリと見る。
「幸い、ボクだったから良かったものの……。本当に初見のお客さまだったらどうするつもりだったんですか?」
「うぅ……。すみません……」
「軽率でした……」
こうして美空に説教されているのは、コラキと雛子。『冒険者養成学校』の三年生が自由登校期間に入ったと言うこともあり、ふたりは『天鳥探偵事務所』にてダラダラと過ごしていたのだが……。
「ふぅ……。もう少ししたら警戒システムを改良しますから。それまで『魔獣』形態になるのは抑えてくださいね? ひっこさんも、モフモフは我慢してください」
「「はぃ……」」
その現場を美空に見つかり、警戒心が薄すぎると説教されてしまった。
ふたりのしょぼくれた様子をしばらくにらみ付けると、美空はフッとため息をつき、「では、本題です」と前置きする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――家賃回収……ですか?」
「はい。それが今回の依頼です。――とは言っても。余りに少額の依頼で申し訳ないんだけれどね……」
美空が持ち込んできた『依頼』。その内容とは、大企業『ファルマコピオス』が管理・運営する特異なアパート――通称『六荘』の滞納家賃を回収して欲しいと言うものであった。
「本来ならば、大家として。そして管理人として。ボクがやらなきゃいけない仕事なんだけどね……。ちょっと、予定が立て込んでて……」
湯飲みをガラステーブルの上に置くと、美空はウンザリと言った表情を浮かべて肩をすくめる。
「それにしても……六荘ですか」
「あそこって、高ランクの『冒険者』ばっかりだから、滞納とかないって思ってた……」
コラキと雛子は『六荘』と聞き。微妙な表情になる。
――『六荘』。
それはおよそ十年前。『(サラ)リーマンクライシス』初期。当時はまだそこそこの企業であった『ファルマコピオス』が、今後増えていくであろう『冒険者』を。有能な『冒険者』を囲い込むために、格安の家賃や当時最先端の設備によって建築した六つのアパートである。
六つのアパートには、それぞれ順位づけがなされている。住人たちは『冒険者ギルド』および『ファルマコピオス』への貢献度によって、若い番号のアパートに住むことが許可されている。
――『いちふじ庵』。主に『ファルマコピオス』の重役が住む駅近、『スキル』を駆使した完全防犯など。十年たったいまでも入居希望者が絶えない物件である。
――『二鷹荘』。『ファルマコピオス』子飼いの『冒険者』や、ビップ御用達。防犯、居心地の良さなどは非常に優れているが、カモフラージュの意味もあり、外観がぼろアパートであるため、非常に不人気。
――『メゾン・ド・ミーナス』。家庭持ち『冒険者』向けの物件。また、『冒険者ギルド』の職員も数多く住んでいる。幽霊の目撃証言多数。
――『アパート フォーファン』。女性『冒険者』専用のアパート。オシャレな外観が人気であり、ここに住みたくて『冒険者』になる女性もいる。
――『コーポ ウーインツァ』。二階建て四部屋の小さなアパート。『忍』、『戦闘狂』、『子嫁』、『女王様』など。『冒険者ギルド』によって正体不明な『冒険者』の表札がかけられている。
――『ろくざとハイム』。主に『冒険者養成学校』の関係者が住んでいる。家賃が非常に安く。所帯持ちにとっては非常にありがたい物件である。砦が丘のふもとにある。
「いやぁ。いつもなら、ボクが直接出向くから、滞納なんてないんだけどね。――皆、ずぼらですから……」
ガックリと肩を落とす美空によれば。その『六荘』の住人のうち数名が、ここ二、三カ月ほど、家賃を滞納しているとのこと。
美空が忙しくて集金できなかったからと言う負い目もあるが、それもそろそろ限界であるらしい。
「これが滞納者のリストです」
「あ、これは断れないってことっすね……」
「もちろん、どうせ暇なんでしょ?」
コラキは苦笑しながら、ペイッと投げ出されたリストに目を落としていく。
そしてそこに載っている名前にピクリと反応し、思わずと言った感じで美空を見つめる。
「あの……。うちの名前が……」
「はい。引き落としが出来なかったみたいですよ?」
美空はにこりと笑うと、コラキに向けて「はい。頂戴?」と言いたげに手を差し出す。
コラキは「おかしい……」と。首をかしげながらも渋々、事務所の金庫を開ける。
「………………ひっこ。一万貸して……」
「――あぁ……。ないんだね、コラキちゃん……」
雛子は目を泳がせるコラキを切なげに見つめると、自らの財布を確認する。そして「ちょっと待ってて」と伝え、事務所の向かいにある『皇ツアーズ』へと駆けていった。
「コラキ……。君は『カラス』でしたよね?」
「はい……」
「――頑張りなさいよ?」
「………………はい」
その後、雛子が戻り、『天鳥家』の滞納分を払い終わるまで。なんとも気まずい空気が流れていき――
「それじゃあ、お願いしますね?」
美空はいそいそと事務所を去って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで、コラキちゃん? どこから行くの?」
美空を見送った雛子は、来客用の湯飲みをカチャカチャと洗いながらコラキに尋ねる。
コラキは口をへの字に曲げながら、リストの先頭に太字で書かれた『二鷹荘:二〇三号室』の文字を赤ペンで塗りつぶしながら答える。
「――まずは、リストの再確認してから決めようと思う」
「ん~……じゃあ、私お昼ご飯の用意して来ようか?」
キュッと。満足げに赤ペンのキャップを締めたコラキをクスクスと眺めながら。雛子はコラキの髪をもみ解しながら聞く。
「――あっ。そうだった……。確か、母さんが弁当を持って来るって言ってた気がするんだが……。どうしよっか……」
「じゃあじゃあ、お買い物ついでにティスさん連れてくるね?」
「うーん……。じゃあ、頼めるかな?」
元気よく「うん」と返事した雛子を見送ったあと。コラキは美空から手渡されたリストに改めて目を通す。
そこに書かれた滞納者の名前と、アパートの名前を確認したコラキは、数名の厄介な滞納者を思い浮かべ、深く、深く。ため息をつく。
「これ……。回る順番考えねぇと……。今日中には終わらねぇぞ……」
美空としては、もともと『今日中』と言うつもりはなかったのだが……。コラキはいつの間にか、『今日中』に片付けなければと思い込み、冷や汗を流していた。
そんな美空とのすれ違いには気付かず。コラキは最悪戦闘すら覚悟して、家賃回収ルートを組み立てていく。
「まず……。メンバーは……?」
コラキはリストの名前を、誰に聞かせるでもなく。読み上げていく。
「――『いちふじ庵』が……七○五号室? ――これは後回し……だな」
そして早速、厄介な人物の部屋を思い浮かべ、名前の横に『最後』と書き記す。コラキ自身。その人物を十年前からずっと、『黒い影』としてしか見たことないが、愉快犯的なその行動が苦手であった。
コラキはぶるっとひとつ。身震いすると、リストの次の行――『二鷹荘:二〇三号室』を満足げに見つめ、さらに次の行へと視線を移す。
そこに書かれているのは『アパート フォーファン:三〇一号室』の文字。
「あれ? これって、確か……水泳部の?」
コラキは部屋番号を見ると、かすかに覚えのある住所を見かける。そしてそのままペリの使用しているデスクまで移動すると、引き出しをガサゴソとあさり始める。
「あいつ……。少しは片付けろよ……。お菓子だらけじゃねぇか……。あ、やっぱりか」
コラキは帰ったらペリに説教することを誓いつつ。引き出しの奥からボロボロのメモ用紙を発見する。そこに書かれているのは、リストに載っている住所と同じ住所。そしてそこの住人の名前であろう『影平智咲』の文字。
コラキは「そう言えばひとり暮らしなんだっけ?」と、記憶をたどりつつ。さすがにひとり暮らしの少女の家にいきなり向かうことに抵抗を感じる。
「……うん。ペリにメールしておこう」
コラキはペリに「今日、影平さん家にお邪魔して良いか、聞いてくれ」とメールすると、満足げにうなずく。――この時のコラキは、ペリに徴収をお願いすれば良いと言うことに気がついていなかった……。
ひと仕事を終えた気になったコラキは、興が乗って来たのか、鼻歌まじりにリストの次へと視線を移す。
「えぇっと。『コーポ ウーインツァ:一〇一号室』? そう言えば、『五煙草』は行ったことなかったな……」
コラキは眉根を寄せ、住人に関して一切知らない、そのアパートを思い浮かべる。
「――うーん。どうすっか……。次は『ろくざとハイム:五〇三号室』? って、これ『講師棟』じゃねぇか……。誰だよ……」
コラキはリストの次の行。『ろくざとハイム』の文字を目にした時点で、時計を確認する。――時間は午後一時過ぎ。学校はまだ終わっていない時間である。
「さすがに、学校に行くのはマズイだろうしな……。やっぱ、『五煙草』から行くか」
コラキはひとり。うんうんと、自分を納得させるようにうなずく。
「『三茄子』に該当者がいないのは、さすがだな……。――ミッチーさんの奥さんに捕まると厄介だしな……」
そして『メゾン・ド・ミーナス』に滞納者がいないことに感心し、家賃回収に向かう順番を書き記していると――
「たっだいまっ!」
「あらあら~。コラキちゃん、良い子にしてたかしら~?」
雛子が勢いよく玄関ドアを開き、その後ろからスプリギティスが顔をのぞかせてやって来た。
雛子が言うには。スプリギティスを迎えに行こうと『二鷹荘』に向かっている最中に、ふらふらと歩くスプリギティスに遭遇し、そのまま戻ってきたとのことだった。
ついでに『皇ツアーズ』の台所を使って昼食を作ってきたらしく。その手には三人分の食事が乗ったおぼんがあった。
「えぇっとね~……。なにかしなきゃ~って思ってたんだけど、うまく思い出せなかったのよ~……。――とりあえず、ここには来なきゃ~ってことは覚えてたのよ~? ママ、頑張ったでしょ~?」
タユンっと胸を張って誇らしげなスプリギティスに。コラキは若干大げさに「おぉ~」と拍手し、配膳を終えた雛子に「ありがとう」と頭を下げる。
そして三人で食事を済ませると、コラキはグッとお茶を飲み干す。
「コラキちゃん、それでどこから行くか決めたの?」
「ああ、とりあえず『五煙草』――『コーポ ウーインツァ』の『一〇一号室』から回ろうかなって。んで『一富士』。次が『四扇』。それから最後に『六座頭』って感じかな?」
「あ、そっか。『ろくざとハイム』って、先生たちの……」
雛子はポンと手を打つと、時計を見て納得顔でつぶやく。
「えっと、私、ついて行って良いかな?」
「あれ、店は良いのか?」
「うん。今日は客入りが壊滅的なんだって……。ただ、ちょっとバイト代が欲しいなぁ?」
雛子の申し出に、コラキはわずかにゾクリとしたモノを感じるが……。
「ん……。じゃ、頼むわ……」
雛子の視線がスプリギティスに注がれていることに気が付くと、それでも良いかと了承する。
「ん……。じゃあ、ママは~?」
「あぁ、悪いんだけど。事務所の留守番、任せても良いかな? 五時くらいになったら、ペリたちも帰って来ると思うんだけど……」
コラキは、さびしげなスプリギティスに向かって申し訳なさそうに頼む。
「うふふ~……。任せてちょうだ~い? ママ、完璧に守ってあげる~!」
しかしスプリギティスは、どうやら息子に頼られたことがうれしいらしく。鼻息を荒くしながら、ポヨンっと胸をたたく。
そしてコラキと雛子のふたりは、「がんばって~」と残像が出るほどに手を振るスプリギティスに見送られて、事務所を出発した。
そして数分後――『コーポ ウーインツァ』の『一〇一号室』前。
「は、速っ!」
「コラキちゃぁん……。アレ……なにぃ?」
コラキは早速――
「ニンニンッ! 嫌でござる、嫌でござる! 払いたくないでござる!」
自らの選択ミスを激しく後悔していた。




