第三十一話:インターミッション(15)
続きです、よろしくお願いいたします。
「――非常に言いにくいのですが………………」
エメラルドグリーンの海に浮かぶ小さな島。『異界化迷宮:レムリア』の隣に存在するこの島には、枝のようにいくつもの桟橋が陸から海へと伸びている。桟橋はさらに枝分かれしており、その先には個人のものから企業のものまで――色とりどりのコテージが建てられている。
「う……うぅ。せんせ……」
そんな海上のコテージのなかでも、ひと際大きなコテージがあった。『レムリア』を訪れる『冒険者』用医療施設としての役割を持つそこではいま。高齢ながらも背筋が伸び、日に焼けた健康的な肌を持つ医師が、ひとりの少女の診察を終えようとしていた。
少女――皇雛子は、体中を駆け回る痛みに震えながら、医師の言葉に耳を傾けていた。そして医師は気まずそうにほほ笑み、雛子へと告げる。
「……ただの筋肉痛ですな」
「うぁぁぁ……。やっぱり……」
情けなさに雛子がガックリとうなだれる。
「はは。ここを利用する『冒険者』のなかでは珍しい症例ではありますけどね。当院特製の湿布をお渡ししますから、しばらくは安静にしていてください」
「うぅ……。ありがとうございます……」
診察を終えた医師に礼を告げると、車いすに座った雛子は、そのまま看護師の手で病室まで運ばれていく。
そして雛子が去って行ったことを確認すると、医師はつぶやく――
「――ふむ……。衛府君……いや、いまは寺場か……。これで良かったのかねぇ……?」
すると医師の声に反応して、机上の電話からザザッとノイズが走り、そこから少しだけ枯れたような、息苦しそうな、女性の声が流れる。
『ずヴぃ……ズヴィッ……。あぁ、すみません先生……それで大丈夫です。詳しいことは、後輩ちゃんから説明するらしいので。――それにしても筋肉痛とはまた……。適当過ぎやしませんか?』
「ん? 筋肉痛は本当だよ? まあ、特に悪影響はないようだし、命の危機って言う意味なら、いまの君の方が心配だよ」
『………………ずヴィ。おとなしく寝てます…………』
「はい、お大事に」
苦笑しながら医師は寺場博士との通信を終了させるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぅ……。体が痛い……」
病室に戻った雛子は、窓から見える景色を見ながらつぶやく。
「早く帰りたいなぁ……。コラキちゃん、どうしてるかな……」
――なぜ、雛子たちがいまだに『レムリア』に隣接するこの島にいるのか?
それは二日前。コラキたちが虎の『複合獣』を撃退し、無事に保護された時のことであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――両者ノックアウト……なの」
口から泡を吹いて倒れたコラキと、顔を真っ赤にして倒れたキーラを見下ろしてペリがつぶやく。
「ふぉぁ……。なんであの姿に……です?」
イグルはなぜかコラキがカラス――『魔獣』形態になっていたのか、首をかしげる。
「さぁ? ボクも露出狂に育てた覚えはないんですが……」
そんなイグルの意図は、うまく美空には伝わらず。美空はコラキに毛布を掛けながらつぶやき、コラキに不名誉な称号を与えると、深くため息をつく。
「なんにしても、無事でよかった。洞子博士と連絡を取って、さっさと帰りましょう?」
そして美空は雛子とコラキの無事に安堵すると、そのままトランシーバを手に取る――
『あ……? もし……。もしもし……?』
「? 洞子博士?」
『ヴぁ……。あ、ああ。すまないね。少し、ボゥッとしてたようだ。――そでで? カラス君たちは見つかっだのかね?』
会話の途中で不意に反応が鈍くなる寺場博士を訝しがりながら、美空は現状報告を続けていく。
「――で、コラキたちは見つけたのですが、なぜか『魔獣』形態になっていまして……」
『ぁ……うん。それ……については、『午王宝印』からデータが来てる……から』
そしてその言葉を最後に、寺場博士の言葉が途切れる。
「博士? 洞子博士? あれ……もしかしてまた……?」
美空は通信妨害がふたたび起きたのかと警戒し、ペリとイグルに注意を促す。すると――
『――あ、ああ……。すまない。どうやら、心配させたみたいだね……』
「――っ。あ、寺場……博士?」
トランシーバから聞こえてくるのは、女性――ではなく。太い男性の声。
『うむ。どうやら、うちのかみさん……。風邪を引いたらしくてな。いま見たら、机に突っ伏して気を失っててな……』
男性――寺場博士の夫である寺場久利博士はそう言うと、ふたたび美空に「スマン」と告げる。
『――本当にすまない。病院に連れていかねば詳細は分からんが……。たぶん、インフルかな……と』
気まずそうに。寺場博士(夫)は、ポリポリとほほをかき、ベッドでうなる寺場博士(妻)を見ながら美空に再々度、謝罪する。
「えっと……つまり?」
美空はすがるように。自分のなかで出た結論を否定したいと言う希望とともに。寺場博士(夫)に対して聞き返す。
しかし、返ってくる言葉はある意味予想通り――できれば聞きたくなかった言葉。
『洞子のスキルはしばらくは使えん。――迎えは海路か空路になると思う』
「…………うそぉ……」
美空は通信終了後、その場にうずくまってしまった。
――そしてその後。
高熱にうなされながらも、寺場博士(妻)が、コラキと雛子の治療、そして身体検査の必要があることを訴えかけたきたため。さらには『現場でなにが起きたのか』を検証、調査する必要があると訴えかけてきたため。結局。美空たちはこの場にとどまる羽目になり、おとなしく寺場洞子博士の回復と迎えを待つこととなり、いまに至る。
――そして二日後の現在。場所は『レムリア』と隣接する島に存在する『冒険者』用の養護施設。
「ほッ……ほっ!」
コテージ風の養護施設内を、雛子は車いすの車輪を動かしながら突き進む。
つい先ほど。雛子が病室でぼおっとしていると、そんな彼女のもとに看護師からの知らせが――『コラキが目覚めた』との知らせが届いたのだ。
そして雛子は筋肉痛の痛みも忘れ。看護師からの「廊下を走るな」と言う注意も聞かず。コラキの病室へと急ぐ。
そして――
「コラキちゃんっ!」
「……よぉ」
駆け付けた先ではミイラのごとく。全身包帯まみれのヒト型――コラキ? が、右手を上げて無言で雛子を出迎えた。ぶっきらぼうな返事ではあるが、右手をしきりに振っている様子から、雛子の姿を見ることができたうれしさが見て取れる。
そんなコラキの周りにはペリ、イグル、美空、キーラが集まり、雛子に視線を集中させていた。
そしてベッドサイドの椅子に座っていた美空が、にこやかにほほ笑みながら雛子に告げる。
「お待ちしていましたよ、ひっこさん。それでは……始めましょうか?」
美空いわく――『コラキのあの姿を見た者、知っている者』が集まってから、そのことに関して事情を説明するつもりであったらしい。
「はぁ……。それは分かりましたけど……。どうして……その……トキワさん……が?」
雛子はチラチラと。先ほどから気になって仕方がなかったと言う様子で、キーラを見る。
キーラはしばし「トキワ……?」と、首をかしげていたが、やがてなにかを思い出したかのように「あっ」と叫ぶと雛子に声を掛ける。
「にゃは? え、えとね……。実は、キー…………あ、わ、私の本当の名前って『トキワ=コーラ』じゃにゃ――なくて、『キーラ=コトワ』って言うの……。あの時はちょっと事情があって……ごめんね?」
「えっ? あ、そ、そうだったんですか? えっと、『冒険者』……ですよね? なら、まあ仕方ないですよ。気にしないでください」
若干、モヤっとしたなにかを感じつつ。雛子とキーラは握手を交わす。
そしてそんなふたりの様子をうかがっていた美空は、小さくせき払いをしてから、ふたりに話を進めても良いかと尋ねる。
雛子とキーラは慌ててうなずく。そして――
「では……。そうですね。当事者から話してもらった方が良いかもしれませんね……」
美空はそう言うと、コラキ、ペリ、イグルを見る。
「じゃあ、わた「ウチが言うです」………………お願いするの」
スッと立ち上がったペリを押さえ付け、イグルが立ち上がり雛子とキーラを見る。
イグルはしょんぼりとしたペリ、包帯まみれで表情が読めないコラキ、目をつぶったままの美空、ニッパリとほほ笑むキーラ、穏やかな表情を浮かべている雛子を見て、スゥッと息を吸い込み、口を開く。
「結論から言ってしまいますと……。ウチたちは……。コラキ、ペリ、イグルの三人は『魔獣』から進化した存在です……」
「――にゃっ?」
「………………」
イグルの告白に、キーラは目を見開き、すでにコラキがそうであると聞いていた雛子は表情を変えずに。それぞれ、見せる反応は違えども、ジッとイグルを見つめていた。
イグルはキーラの反応を見て「思ったよりも平気そう」と思い、雛子の反応にホッとしつつ。話し続ける。
「――もう薄っすらとしか覚えていませんですが、ウチは元は異世界の――こちらで言う『鷹』っぽい『魔獣』がもともとの姿です。同様にペリは『鳩』っぽい異世界の『魔獣』。コラキは――」
「――俺は、地球生まれの『烏』だよ……」
「………………です」
自分の前身をイグルから言われたくはなかったのか。なかば割り込むような形で包帯をもごもごさせながらコラキがつぶやく。そのコラキの様子に、イグル、ペリ、そして美空の表情がわずかにゆがむ。
「?」
数秒ほど、病室内にピリッとした空気が流れていく。
「――あ、す、すみませんです……。えっと、そんな訳なのです。もし……。もしウチたちが怖いとか……、気持ち悪いと言うな――」
「ふふ……」
イグルは泣きそうな顔で。それでも、「もし気持ち悪いなら、この場でお別れする」と告げて、『幻想商店街』から去るつもりであった。
しかし、その言葉は最後まで告げられず。雛子の笑い声によって途切れた。
「ひっこ……さん?」
突然、クスリと笑いだした雛子に動揺しながら。イグルは雛子を見つめる。
「――あ、ごめんね? おんなじようなこと。あの洞穴でコラキちゃんも言ってたから……。つい、兄妹なんだなぁ……って」
「………………」
クスクスと笑う雛子がコラキを見ると、気まずいのか、照れているのか、コラキがフイッと顔をそらす。
「あのね、イグルちゃん。私は『魔獣』のイグルちゃんたちを好きになったんじゃなくて……。好きになったイグルちゃんたちが昔……? あれ、いまも? ともかく好きな人たちが『魔獣』だったってだけだから。コラキちゃんにも言ったけど……さ。これからもずっと……仲良くしてくれると、うれしいなぁ……?」
「ふぉ……ふぉぁ……?」
イグルは目をパチパチとしながら、雛子を見つめる。
「ほぁ……。コラキにも言った……? つ、つまり、私たち、この状況でさり気なく……。のろ気られたのっ! ――あ痛っ!」
ペリは鼻の穴をぷくっと膨らませ、コラキをからかうようにつつく。――しかし直後、コラキに拳骨を落とされ、涙目になりながらその場にしゃがみ込む。
そんな兄妹と雛子の様子を黙ってうかがっていた美空は、大きくため息を――安堵のため息を大きくつき、椅子から立ち上がった。
そしてポカンと口を開けたままのキーラを見ると、少しだけ迷ったような表情を浮かべたが、すぐに頭を左右にふり、その場の全員に声を掛ける。
「――どうやら……。一番の難所は過ぎたようですし……。ここからは、『あの時』なにが起きたのか。その調査結果を……。公表されていない『魔獣』の情報も絡めて説明しましょう」
それから小一時間。美空の口から『魔獣』に関しての情報が説明されていく。
――生物はなんらかの要因で『獣』から『魔獣』へと進化する。
――『魔獣』はなんらかの条件を満たすと知識、自我を得る。
――知識と自我を得た『魔獣』は、異世界では『変異種』、『鎧獣』などと呼ばれ、恐れられている。
――『変異種』はさらに特定の条件を満たすと、人間と変わらぬ姿を獲得することができるようになる。
――人間の姿を取れるようになった『魔獣』が現在のコラキ、ペリ、イグル。そして――今回襲撃してきた敵である。
「そして、現在確認されている『生物』の最終進化は……。『獣士』と呼ばれる――神の如き力を持つ存在です。――地球でも異世界でも、それらの存在はあまり広めるべきではないと考えられていまして、いまのところ『冒険者ギルド』と各国とが協力して隠ぺいしています」
「えっと……。異世界でも秘密……にゃ……なんですか?」
キーラの質問に、美空はコクリとうなずく。
「現在確認されている『獣士』は両世界で十名。『東のペタリューダ』、『西のモモ缶』、『南のスプリギティス』、『北のらっ――ヴィドラ』、そして『中央のアーグニャ』。この五名は皆さんが知っている『五柱』の守護者です。あとの五人のうち、ひとりはいま行方不――あ、胃が……。――すみません。えっと、もうひとりは異世界のある国で、ほそぼそと生活していると聞いています。残りの三人は――省略……ですかね」
美空は最後に「微妙なラインがあと数名」と告げたのち。話を区切るように、大きな、大きなため息をつき、「さて」と前置きする。
「ここからが本題です。今回、このおばかさんは、敵の――『半獣士』の力を無理やり。しかも未加工な『カラス像』の状態で。さらに未熟な体で、取込もうとしてしまいました」
「――だっ……」
あきれ顔で、美空はコラキの頭に拳を振り落とす。
「――その結果。『午王宝印』はエラーを起こし、異常動作によって、コラキはその所有エネルギーだけ『獣士』レベルまで引き上げられました。当然、そんな膨大なエネルギーに、未熟な体が耐え切れるわけもなく。コラキの体は崩壊していく――はずでした」
そう言うと美空は。今度は雛子を見て、目を細める。
「――あっ……。あの時の……?」
コラキの全身から噴き出す血を思い出し、雛子は顔を青くして美空を見上げる。美空はそんな雛子にニコリとほほ笑み、うなずくとふたたび口を開く。
「コラキの崩壊。――これを防いでくれたのはほかでもない。あなたですよ、ひっこさん」
「私……?」
「えぇ……。実は不安定な『獣士』化には前例がありまして……。暴走――体の崩壊を止めるためには、『獣士』化時にその抑えきれないエネルギーを分散させてしまえば良いらしいんです。単純な話ではありますが、しかし――」
そこまで話すと、美空はチラリと腕時計を見る。そして「そろそろ……かな」とつぶやくと、雛子から目をそらさず話の続きを始める。
「――その余剰分のエネルギーを受け止めることができるのは……。『祝福のメロディ』によってその『獣士』との『絆』を祝福されたものだけらしいのです」
「はぁ……?」
ジッと見つめてくる美空の目に。雛子はむずがゆくなり、気の抜けた声で応える。
そしてその時――
「失礼しまっす!」
どかどかと数名の人間がやって来て、なにやら机や水晶やらを病室に設置していく。
「はい。ご苦労さまです。山内さん」
美空は数名のうち、リーダーらしき人物が持つ書類にポンと判子を押すと、こんどはニヤリと言った表情で雛子を見る。
「え、え? な、なんです……か?」
オドオドとした様子の雛子を見ながら、美空は告げる。
「これが……最後です。その『祝福された者』ですが……。報告された前例通りならば、その者もまた――変化を起こすはずです……」
「――っ」
思わずと言った感じで。雛子は自らの頭を……。ちょうど耳の上あたりを押さえる。
その様子に、美空はますますニヤニヤを強くする。
「さあ……『天啓』……してみましょうか?」
「あ、あぅ……あぅ。コ、コラキちゃん……? なんか、こわい」
「――すまん」
顔をそらすコラキに、雛子がガンっと。ショックを受けたように口をパクパクと開く。
「面白そうだにゃっ」
そしてうろたえる雛子の両脇を美空とキーラ。好奇心に駆られたふたりが押さえ、『天啓の儀式』が行われる。
その結果――
「うーん……。出たっス。皇さんの『ジョブ』と、『適性武具』が変化してるっスね。『スキル』についても変わってるみたいですけど、それはご自分で確認するっスよ?」
「それで……? どのように変わったんですか?」
「――気になるにゃっ」
もはや好奇心のみで動くふたりに、雛子も、コラキたち兄妹もついていけず。ぼう然とそのやり取りを見守っていた。
「えっとっスね……。『ジョブ』が『コラキ使い』で、『適性武具』が『コラキ』ってなってるっスね」
そして嵐のように『天啓』のスタッフたちが去って行った――
そのあとには、無言で腹を押さえるキーラと、「あぁ……。この感じ、懐かしい」とつぶやく美空とうなずく天鳥家の三兄妹。
最後に、肝心の雛子は顔を真っ赤にしてコラキを見つめ、ポツリとつぶやく。
「え、えっと……? コラキちゃん……。使って……良いの?」
「――えっ! い、え、お……。おぅ……」
包帯が邪魔してその表情は読めないものの。コラキのその声は、静かに弾んでいた。
そして――
「ふふ。ちょうど『妖精王』が抜けてしまいましたし……。うん。好都合ですね」
美空はそんなふたりを見つめながら、なにかをたくらんでいるかのように。ニタリとほほ笑んでいた。




