第三十話:太陽の啼き声!(7)
続きです、よろしくお願いいたします。
――雛子の頭にぴょこぴょことした耳が生えた直後。
「あにゃ?」
地面に空いた大穴の傍では、膝丈のアオザイを着た銀髪の少女が、頭に乗せた三度笠の下で小首をかしげていた。
そんな三度笠の少女――キーラは、ちょこんとしゃがみ込み、ひざの上に手とあごを乗せて、暗い大穴の底をのぞき込んでいる。
「やっぱり、このなか……?」
キーラはつい先ほど。穴のなかからあふれ出た光を遠くから目撃し、「もしや『八咫烏』!」と意気込んでこの場に駆け付けたものの――
「ん~……。見えないにゃ」
お目当てが見つからず。仕方なしに、大穴をのぞき込み、なかに入ろうかどうかと、首を左右にかしげながらうなっていた。
「――お試し~……」
キーラは取り敢えずその辺に転がっていた、おそらくは穴が空いた際に出来た岩を穴に投げ入れてみる。
「………………」
数秒後――ドスンと言う音が響いてくる。どうやら底なしではないらしい。
「だいたい……四、五十メートルかにゃ? んむぅ……。飛び込んでみるか――にゃ?」
目を細め、「ふんむぅ」と、うなりながらあごに手をあてて。キーラは穴の底と自分が足を付けている大地とを見比べる。するとその時、キーラの体からブブブという音が鳴り始めた。
「んにゃ?」
キーラは小さく身震いをしてから、胸もとに手を突っ込み、そこから迷彩色のトランシーバを取り出す。
「もっしもーし? キーラちゃんだよ?」
『――あいあい、キーラちゃんかい? おばあちゃんですよ?』
トランシーバから聞こえてくるのはキーラの心の祖母――『田中のおばあちゃん』であった。
おばあちゃんによれば、先ほどの光からしばらくして。おばあちゃんや、美空たちが持っていた通信機器がすべて使用可能になったとのことであった。
『そう言う訳でね、キーラちゃん。――え、美空ちゃんが言うのかい? はいはい、いま代わりますからね? キーラちゃん、少し美空ちゃんがお話があるんだって。ちょっとお電話代わるわね?』
「は~い!」
トランシーバの向こうからおばあちゃんと美空の、ぼそぼそとしたやり取りが聞こえてくる。キーラが鼻歌まじりに待機していると、しばし間を置いてトランシーバから美空の声が聞こえてくる。
『――お待たせして申し訳ありません、キーラさん』
キーラは小さな声で「よいしょ」とつぶやき、大穴の縁に腰を掛け、足をプラプラとさせながら、美空に「いいよ」と答える。
『ありがとうございます。――では早速ですが、いまの状況を報告いたします。――現在、キーラさん含めた四人以外は一カ所に集まっています。これから洞子博士と連絡を取り、私とあとふたりを残してひと足先に帰還させる予定です』
「え~……。おばあちゃんも帰っちゃうの? キーラちゃん、まだ『八咫烏』見つけてにゃいのに~……」
そうぼやくキーラに対して、美空は「すみません」と前置きして、ふたたび話し始める。
『ええ。――あまりにも長時間……。『Sランク』が皆不在、という状況に国が過剰反応を示して、通信が回復した途端に各方面から苦情が寄せられまして……。そう言った事情で、田中さんにはひと足お先に帰還していただくことになります。――キーラさんは、どうなさいますか?』
他国所属の『Sランク』であるキーラには、日本からの帰還命令に従う必要はない。美空は最後にそんな意味のことを付け加え、キーラの返事を待つ。
「ん~……。おばあちゃん帰っちゃうのか~」
美空の言葉に対してキーラは不満げに、足をパタパタと動かしながら答える。その声色自体は確かに不満げではある。しかし、その視線はずっと足もと――大穴の底に向けられている。
キーラの瞳はバトルジャンキーとしての勘からなのか、それとも求めていた人物がそこにいると感じているからなのか。大穴の底から、恐怖とも、歓喜とも、好奇心ともとれる胸の高鳴りを感じてその瞳をキラキラと輝かせていた。
そして次の瞬間――
「――っ! また光った?」
キーラは勢いよく立ち上がり、そしてトランシーバの向こうの美空に告げる。
「キーラちゃん、あとで帰るにゃ!」
『――えっ? よろしいん……』
「んにゃっ」
美空の確認を最後まで聞かず――キーラは穴のなかへと飛び込んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――切れた……」
電波が届かなくなってしまったトランシーバをながめながら、美空はポカンと口を開けたまま、立ち尽くしていた。
「ごめんなさいねぇ? キーラちゃん、ぴゃあって行っちゃう子だから。うふふ……」
「い、いえ……。キーラさんが残ってくれるなら、コラキたちの救助をお願いしようと思っていたので……。ボクとしても、都合は良いんだけど……。――勢いにびっくりしちゃった」
ほほ笑むおばあちゃんに頭をなでられながら、美空はビックリしたと語る。
そしてそんなふたりから少し離れた所では、ペリ、イグル、玲人、こたつ。そして無事に保護された『Sランク』のふたりが座り込み、互いの労をねぎらっていた。
「マジで……疲れた……。高ランクの『冒険者』って、いつもこんな感じ?」
『いえ……。さすがに、今回はハード過ぎです。いつもはこれより一段下って感じかな?』
こたつ布団から取り出した飲み物を全員分射出しながら、こたつはピコんと天板に文字を表示させる。玲人はその答えを読みながら、「マジか……」と何度も繰り返しつぶやいている。
「――でも、皆無事でよかったです」
「佐竹さんも毛が? 怪我? なくて良かったの!」
イグルとペリはそう言うと、地面に寝かされたふたり――佐竹とロドルフに、こたつから受け取った飲み物を手渡す。
コラキたちによって解放されたふたりはその後、美空たちに無事合流し、保護されていた。その際、コラキたちが戦闘中であり、苦戦していることを伝えたのだが――直後、通信が回復したことで、美空とペリたちが「おそらくは勝った」と主張。その前提の元で帰還準備を進めることになり、衰弱していたふたりは、こうして地面に転がされる羽目になっていた。
「う、うん……。怪我はあるんだよ? 怪我は……」
ペリの意図しない口撃に、佐竹は頭に手を置き、平常心を保とうとそのまま、なで始める。
「――おっさん、どうすんだ? これから……」
そんな寂しげな表情でススススッと頭をなでる佐竹に、ロドルフは気まずそうに声を掛けた。――佐竹はしばし、空を見上げていたが、やがてポツリと。どこか晴れやかな表情で口を開く……。
「そう……ですね。――私を『Sランク』たらしめていたのは『ヘアリーズ』……ですから。こうなってしまった以上。もう『冒険者』として、大きな働きはできないでしょうね。まあ、幸いにも私は『冒険者ギルド』の職員でもありますから。――これからは裏方で頑張りますよ」
「……そうか」
それっきり。ふたりは言葉を交わすことなく。仰向けになったまま空を見上げていた。――そしてロドルフはひそかに決意する。――「あの『複合獣』とタイマンで勝てるほど強くなってみせる」と……。
「――皆さん、お迎えが来ましたよ!」
佐竹たちの会話にキリが付くのを待っていたのか、美空がタイミングよく声を掛ける。その後ろには、珍しく動揺していたのか、青ざめた表情で「や」と、右手を上げた寺場博士が立っていた。
そのひと言で、それまで、まだどこかピリピリとしていた空気が緩み、誰からともなく安堵の息が漏れる。
そして一行は寺場博士とともに、日本へと戻っていった。――この場に美空、ペリ、イグルを残して……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんか、すっごいにゃぁ……」
大穴の底に舞い降りたキーラは、目の前に広がった光景に素直に感心していた。
ぼんやりと。わずかに差し込む陽光に映るのは破壊のあと。地面はアイスクリームをすくう道具ですくい取られたかのように、丸くえぐられていた。
その傷痕からは、その丸いくぼみがただ削られたのではなく、高熱で溶かされたのであろうと言うことが分かり、キーラはなにが起きたのかと、興味しんしんな様子でくぼみを観察している。
「――あ、この欠片は奇麗だ……にゃん?」
ヒョイとくぼみのそばに転がっていたガラス片を摘み上げた所で――キーラは気が付いた。
ガラスを拾った場所から五メートルほど先に、チアガール姿の少女と、小さな愛らしいカラスが寝そべっていた。
キーラは周囲に気を付けながら、少女に近付き、その顔をのぞき込む。
「ん~……? ――あっ、確か――雛子ちゃん?」
キーラは名前をなんとか思い出し、うつぶせになっていた雛子の体を仰向けにひっくり返す。そしてペチペチとそのほほを軽くたたき、「おーい」と呼びかける。
「――起きないにゃぁ……。仕方ない、ここでほかの人を待つかにゃ。――にしても、こっちのカラスちゃんは…………? ――良かった、生きてるにゃ」
キーラはカラスの足を持ち、目の高さまで摘み上げると、そのおなかをツンツンと突き、わずかな反応から生きていることを確認し、ほっと息を吐く。
そうこうしているうちに――
「コ――ひっこさんっ! 生きてる?」
「コ――ひっこさんっ! 無事ですっ?」
「コラキ、ひっこちゃん、無事なのっ? どうなのっ? ――むぐぅ?」
駆け付けた美空とイグル、ペリが飛び込んで来た。美空とイグルは、ペリの口を押さえつけながら、キーラにふたり――ひとりと一匹の様子を尋ねる。
「? 大丈夫。たぶん、生きてる感じ? ――で、おばあちゃんたちは? もう帰っちゃったかにゃ?」
小首をかしげながら両者の生存を告げると、キーラは美空に、今度はおばあちゃんたちはどうしたのかと尋ね返す。
「ええ。まだこの『レムリア』にいるのは、ここにいるボクたちと、連絡が取れないもうひとり……と一匹? だけです。ほかの人たちは寺場博士が、無事に日本に送り返しているはずです。――それにしても……。ああ……もう……。外交問題にならないと良いけど……あのお転婆姫……」
キリキリと痛む腹を押さえながら。美空は最後のあたりは半ばつぶやくように、キーラの質問に答えた。
キーラは「ふぅん」とつぶやくと、ふたたび摘み上げていたカラスに目をやる。
「「ぁぁ……」」
「?」
背後から緊張をはらんだ声が聞こえ、キーラが振り返ったその時だった――
「――ぎゃっ」
一瞬だけ、カラスの体が光りを放った。そしてその直後、ゴンッと言うなにかが落ちる音と、少年らしき者の声が、キーラの手元から聞こえてきた。
「――んにゃ?」
「「あぁっ!」」
「だ、だめなのっ」
イグル、美空、ペリが叫ぶなか、キーラはフイッと前を……。カラスを摘み上げていた自分の手元を……。いきなり重みを帯びた自分の手を、見た。
「ん……。あ……れ、俺……?」
そこにいたのは、キーラとも面識のある褐色肌のツリ目少年――コラキ。
その場の空気が冷え固まっていくなか。あお向け状態のコラキは、後頭部を地面に付けたまま。目をグシグシとこすりながら、キョロキョロと周囲を見渡す。
そしてまずは……。スゥスゥと、隣で安らかな寝息をたてる雛子を見てフッと笑い。
「………………」
「――おぅ……のぉ……です」
「コラキ、アウトなの……」
続けて……。目尻を押さえる美空。ポカンと口を開けたイグル。顔を両手で覆いながらも、指を開いてそこから目をのぞかせるペリを見上げて、恥ずかしげに手を上げる。
そして最期に――
「にゃ……にゃ……にゃにゃにゃっ! ――いにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――コラキの足首を持ち上げ、顔を真っ赤にしてコラキを見下ろすキーラを……。そのキーラが絶叫しながら、拳をコラキの丹田の下あたりに、勢いよく振り下ろしてくる恐怖映像と直後の衝撃を経験して、ふたたび意識を手放した。
「にゃ……にゃふゃ――」
そしてコラキに会心の一撃をお見舞いしたキーラもまた。その直後、ぷしゅぅと言う音が聞こえてきそうなほどに顔を真っ赤にして、その場に倒れてしまった。
「――両者ノックアウト……なの」
――ポツリとつぶやかれたペリの言葉が深く……深く。泡を吹くコラキの耳に焼き付いてしまった……。
――『行方不明の『冒険者』を探して?』End――
インターミッションをあとふたつ、みっつほど挟んでから本章終了予定です。
――どうでも良い話ですが、『八咫烏』の装備は装着後、あまり大きな伸縮には対応できない感じです。




