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現世鳥の三枚者  作者: ひんべぇ
第三章:母来たる!
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第二十九話:太陽の啼き声!(6)

続きです、よろしくお願いいたします。

「――ひっこぉっ!」


 地上からふたたび穴の底へ落ちていくコラキは、もうろうとした意識のなかで、自分を追って落ちてくる雛子の姿を目にとめた。


「コラキちゃんっ」


「こっち――だっ! 『アッシュ』!」


 スキルを発動し、コラキは錫杖の姿を崩し、灰と化す。そしてその灰を自らの背に展開すると、大きな傘のような形に固定する。


 そしてそのまま、落下速度をゆるめて雛子を受け止める。


「――きゃっ」


「――ふぅ……」


 なんとか落下の衝撃を最小限に押さえたコラキは、そのわずかな衝撃で、もうろうとした意識をはっきりとさせることにも成功した。


 そしてすぐさま錫杖の形を元に戻すと、雛子を自らの背後へと押しやり、天を見上げる。


 そこに見えるのは、穴の壁面を駆けまわるボゾア。


『ひゃっ! はっはっ! やべぇ、こいつぁ良い……肉体だぁ!』


「ボゾア……。やっぱり、見逃す気は……ない……か」


 歯を食いしばり、腹部の痛みに耐えながら。コラキは錫杖を握りしめ、ボゾアの動きを追う。


「に、逃げよう……? コラキちゃん、なんとかして、逃げよう?」


 そして雛子がそう告げるが、時、すでに遅く。


『無理だって。いまの俺なら、地球の反対側にいたって――』


「――っ」


「ひっ……」


『――お嬢ちゃんのニオイ……。追えるんだぜ?』


 コラキはボゾアから目を離したつもりは、なかった。


 しかしボゾアは、いつの間にかコラキと雛子。ふたりの背後に回り込んでおり、スンスンと、雛子の首筋に鼻を近づけていた。


『あっは……。待ってなよ、お嬢ちゃん。――あとで食ってやっからよ』


「――い……」


 ボゾアがニチャリと笑い、その舌を雛子の首すじへと伸ばす。


『――はっ?』


「やらせる……はずが、ねぇ……だろ……」


 しかし――ボゾアの舌が、その首を舐めることをコラキは当然許さず……。ボゾアの舌は、ぼたぼたと血を流し、真っ二つになっていた。


『オイオイ……。やることひでえな、コラキくんよぉ……』


「――だま……れっ」


 舌を切り取られ、尚も余裕たっぷりのボゾアに対して。コラキはその腹を目掛けて全力の蹴りをお見舞いする。


『やっべぇ、吹き飛ぶわっは!』


 壁に向かって吹き飛びながら、ボゾアはニヤニヤと笑いながらコラキたちに手を振る。


「――ひっこ……。少し、下がってろ……」


「えっ、でも……コラキちゃん……」


 言いかける雛子を無言で数歩。後ろに下がらせると、コラキはよろよろと立ち上がり、その懐から、赤と青の、ふたつのカラス像を取り出した。


 コラキはチラリと、ふたつの像に視線を落とすと、そのまま大きく息を吸う。


『コラキよぉ、残念だぜ? せっかく、『魔獣』同士。『伯獣』同士。仲良くやれっと思ったのによぉ……。ここまで主の邪魔されっと、さすがにもう……見逃せねぇよぉ……』


「――えっ……?」


 そんなコラキたちの視界の先では、首を回し、コキコキと音を鳴らしながらボゾアがゆっくりと立ち上がっていた。


『せめてもの情けでよ? お前ら生け捕りにして……。主の新しい研究を手伝わせてやろうと思うんだが、どうよ? お嬢ちゃんなんか若いから、『生まれつきの複合獣(キメラ)』研究に役立つと思うんだよなぁ……』


「――っ」


 空を見上げ、ボーっとした様子で告げるボゾアに、雛子は底知れぬ恐怖と、もし捕まったらどうなるかを想像し、震える。


 しかし、そんな雛子とボゾアの間に、コラキがゆらりと立ちふさがる。そしてボゾアから目を離さず、見据えたまま。雛子へと語り掛ける。


「――お断りだよ……。そんなことは絶対にさせない。お前はいま、ここで、俺が片付ける! ひっこ、絶対に守るから……」


『――クッ……。ハハッ! イイね、良いねぇ! 『中途半端』なコラキくぅん? いまの俺と! お前とじゃあ、『魔獣』としての格が違うこと。忘れちゃいねぇよなぁ? どうすんの? ねぇ、どうすんの?』


 腹を抱えて笑うボゾアを見ながら、コラキは赤と青のカラス像を、胸部の赤いレンズ――『午王宝印(ごおうほういん)』へと近付ける。


「ふぅ……。『午王宝印(ごおうほういん)』、ロード、実行」


 そして静かに、キーワードをつぶやいた。


 次の瞬間――


『――…………モデル………………アンノウン。ロード……エラー……』


 ――バチっと小さな火花を出しながら、『午王宝印(ごおうほういん)』がふたつの像をはじき出す。


「無理でも……やるんだっ! ロード、実行!」


『――…………モデル………………アンノウン。ロード……エラー……』


 ふたたびはじき出される像をコラキは押さえつけ、『午王宝印(ごおうほういん)』へと押し込んでいく。


『――…………モデル………………アンノウン。ロード……エラー。エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー』


 バチバチと火花を鳴らしながら、『午王宝印(ごおうほういん)』は狂ったように『エラー』と、機械音声を発し続ける。


『はっ! なにやってんだ!』


 笑い転げていたボゾアは、これ以上は見苦しいとばかりに、その爪を振り上げ、ゆっくりとコラキに近付いていく。


『大丈夫だって……。ふたりとも、死にはしない……と、思うぜ?』


『エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー……』


 ボゾアの下卑た笑い声と、機械音声が空洞のなかで響く。そんな状況のなか、コラキは構わず、カラス像を『午王宝印(ごおうほういん)』へと押し込み続け――


「――っ! 入れぇ!」


『――オーバーヒート!』


 ついに、ふたつの像が『午王宝印(ごおうほういん)』へと飲み込まれていった。


『予期せぬ障害が発生いたしました。『午王宝印(ごおうほういん)』をご利用のお客さまにおかれましては――』


 コラキの胸部の『午王宝印(ごおうほういん)』からは、エラーと不良動作を告げる機械音声が流れ続けている。


「ガ……アアアアア……。アアアアアアアアアアアアアアアア――」


 そして胸部の赤い光はやがて濃い赤色へ、陽の光のようなオレンジ色へ、そして――金色へと変わっていく。


『お……。オイオイ……』


 その様子に、ボゾアはあきれたようにつぶやき、興ざめしたかのような表情を浮かべ始める。


「アアアアアアアァァ――」


「――コラキちゃんっ! 血、血が……」


 まるで爆発寸前であるかのように。金色の光を放つコラキの全身が、裂け、弾け、血を噴き出していく。


『――っとに興ざめだぜ……。まさか、自滅とはな……』


 ボゾアは、ハァっとため息をつくと、ふたたび静かに歩き始める。


『お前を持って帰れねぇのは、ほんっと残念だがよ……。その分、こっちのお嬢ちゃんに頑張ってもらうわ』


 ゆっくりと、満身創痍のコラキの介錯をするつもりであるかのように。ボゾアはコラキに近付き、その爪を振り上げる。


 そしてそのまま振り下ろそうとした時――


「――だめっ」


 ――雛子がその前に立ちふさがった。


『――っと』


 ボゾアは思わずその動きを止め、鬱陶しそうに雛子を見下ろす。


「ひ……こ……。に……ゲ……」


 コラキは雛子に「逃げろ」と。その体をつかむが、雛子は動かず。逆に、コラキを守るように、その頭をつかみ、自らの体に抱きかかえる。


『お嬢ちゃん……。どけよ、無傷で捕えねぇと、母体に障んだろうが……』


「………………」


 雛子は無言で首を振る。


『オイオイ……。美しい愛だがよ? そいつぁ、さっきも言ったが、俺と同じ『魔獣』だぜ? お嬢ちゃん、そんな趣味は捨てちまいな? いや、まあこれから相手すんのも同じようなもんだがよぉ』


 しかし、雛子はもう一度。首を左右に振る。


『――っとおぃいっ!』


 そんな雛子にしびれを切らしたのか、ボゾアは右足の蹴りを雛子に目掛けて放つ。


「――っ」


「……アアッ」


 次の瞬間。その蹴りは雛子の手前で止められ、代わりにコラキの腕をへし折った。


『チッ……』


 いまだ光を放ち、血を噴き出すコラキがボゾアをにらみ付けると、ボゾアはなんとも言えない悪寒を感じ、コラキと雛子から大きく距離を取る。


「わ……り。ひ……っこ」


「コラキちゃんっ、しゃべっちゃダメだよ!」


「お……れ、だま……てた。まじゅ……んだ」


 コラキは目を赤くしながら、雛子に謝る。


 ――『自分は『魔獣』だった。騙していた』と。


「ソ……れ、でも……。ぜ……たい、まもる……から」


 コラキは震える足で、立ち上がる。


「いのち……を、かけ……て……でも! 守って……みせ……るっ!」


 コラキは飛びそうな意識を、心を、魂を。限界以上に震わせて、引き戻す。


 そんなコラキを、雛子はジッと。それまでジッと見つめていたが、やがてゆっくりと。立ち上がったコラキの、割れたバイザーからはみ出した髪をクシャリとなでて語り掛ける。


「――コラキちゃんが、『魔獣』でも、なんでもね? 私はコラキちゃんを……。コラキちゃんを信じてるよ? コラキちゃんは、絶対に負けないし、絶対に勝つって。――だけどね、命なんて掛けちゃダメ! 生きて! 勝って! ずっと一緒にいて!」


 そして最後に「ん、一千万度!」と告げると、コラキの頬に口をつける。


「は……。はは……。ひっこ……。お……ま……きビ……し……ぁ……」


「ふふ……」


 コラキと雛子はいつものように、笑い合う。


 そんなふたりの様子を黙って見ていたボゾアは、それまで浮かべていた下卑た笑みをひっこめ、それまでとは打って変わった冷たい表情を浮かべていた。


『チッ……。くだらねぇ……。――もう良い。本当の情けだ。お前ら、まとめてあの世に送ってやるよ!』


 ボゾアはそう言い捨てると、地面を強く蹴り、ひと呼吸の間にコラキたちの前に迫っていた。


『――ガアアアアッ!』


「――っ」


 振り下ろされてくる爪から、ボゾアから。雛子は目をそらさず。強くにらみ付ける。


「させ……るかあああああああああああ」


 そしてそんな雛子を抱えながら、コラキが渾身の力を込めて、ボゾアの爪に、自らの拳をたたき付ける。


『――なっ。まだ……。んな力が!』


 爪と拳がぶつかり合ったその瞬間――


『なんだ……? この……空気』


 ――パキパキパキ……。


 そんな音が響き始めた。


 そして変化はそれだけでは終わらなかった。


「――傷が……」


 コラキの傷が光とともに消えていき――


「な、なに、この音……。――あ、違う……メロディ?」


 ――コラキと雛子を中心に、メロディが鳴り始める。


『なんだよ……。なにが……? 増援……か? ――っ? 動け……ね』


 ボゾアもこの事態に動揺し、振り上げた爪をそのままに。金縛りにあったように、その場で停止して、首だけをキョロキョロと動かしている。


 この異常事態のなか、ただひとり――


「これ……は。おや……っさんの? 『祝福のメロディ』……?」


 ――かつて、『サラリーマン』がなんとなしに口ずさんでいた、『天啓の儀式』で流れたと言うメロディ。


 コラキは遠い記憶のなかにあったソレを思い出していた。


 ――ジャラララッ!


「――コラキちゃんっ」


 そして、誰かに向けてエールを贈るようなメロディが鳴り響き続けるなか。雛子が驚いたように、コラキの腕を引っ張る。


「いって……。なんだよ、ひっこ…………って。――えっ? くさ、鎖?」


 気が付けば……。コラキの首には、銀色の首輪がつけられていた。


 その首輪からは桃色のリードが伸びており、リードの先は雛子の手に握られている。


「「――え?」」


『グ……ギッギ……。こんな……モォンッ!』


 突然現れた首輪とリードを調べる間もなく。金縛りを破ったらしいボゾアがふたたび動き始める。


『――サッサと……。仲良く! くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!』


「――っ!」


 振り下ろされてくる爪に、コラキと雛子は思わず。いま現れたばかりのリードで防ごうと、ボゾアの爪の前にリードを差し出した。


 ――直後。


『ガッ? ギャアアアアアッ!』


 爪とリードの接点で爆発が起き、同時にまばゆい光が発生し、ボゾアは目を押さえながら後ろに跳びのく。


「――あ、メロディと光が……」


 雛子はそんな光のなかで、なにが起こったのか理解できなかったらしく。光と音がおさまった後に見えてきたボゾアの様子にキョトンとした表情を浮かべている。


『てっめぇら……。なに、しやが……………………あ?』


 光が収まり、それによって焼かれた目がようやく戻りかけた時。


 ――そこに見えてきたぼんやりとした光景に。そこにいる存在に。ボゾアは思わずポカンと口を開いた。


「?」


「?」


 そこにあるのはふたつの存在。


「うぅ……。まぶしい……。コラキちゃん、どこぉ?」


 ――ひとつはヒトらしき姿であった。


 そのヒトは、純白の巫女装束に、同じく純白の千早を羽織っている。光の反射で純白にも白銀にも見えるその巫女装束の少女は、その手に桃色のリード。そしてその頭部には――


『なんだ……ありゃ……。兎の……耳?』


 ――ぴょこぴょこと忙しなく動く。白く、長い、兎の耳。


「――ねぇ、コラキちゃん!」


「クァッ!」


 ――そしてもうひとつは、ヒトの姿ではなかった。


 ソレは小さな……。野球の球よりも、少しだけ大きい程度の――鳥であった。


「クァって……えっ?」


 その鳥の全身は金色の羽毛に覆われていた。ヨチヨチと雛子に近付き、右の翼を元気よく掲げ、あいさつをしている。


「クァックァ!」


「――え? コラキちゃん……なの?」


 金色の鳥は、三本の足で地面を蹴り、雛子の手のひらへと飛び乗ると、雛子の疑問を肯定するように、コクコクと頭をシェイクする。


『おい……。これ以上……。俺を笑わせんなよ……クク……』


 そして巫女装束の少女――雛子と、金色のカラス――コラキが見つめ合い、なにかを話し、うなずき合っていると、それまでぼう然としていたボゾアが、笑いながら近付いてきた。


「や、やるよ……。コラキちゃん……」


「クァッ!」


 雛子とコラキはうなずき合うと、強く、強く。ボゾアを見据える。


『――あぁ……。それでも……やる気なんだ? ――まあ良い……。面白れぇコントの礼だ! 痛くないように! 一瞬でやってやんよぉ!』


 迫りくるボゾアに対して――


「ふぅ……。なんとなく……分かるよ、コラキちゃん。『紅炎』!」


 雛子はその手に握られているリードを投げ縄の要領でクルクルと回し、そのままリードの先端にあるモノ――コラキを、ボゾアに向かって投げつけた。


「クゥゥゥウゥァァァァァァァァァァァッ!」


 リードの先端に繋がれたコラキは叫ぶ。すると同時に、コラキの体が金色の炎に包まれ、ボゾアの爪とぶつかり合う。


『――なっ! オイオイ……。鵜飼かってのっ!』


「クァッ! クックァ!」


 時間にしてわずかに五秒。


『――ぁっ』


 気が付けばボゾアの爪は、その腕ごと消えていた。


『あ……? なにが……?』


 ボゾアは痛みすら感じていなかった。消えた腕は、元からそうであったかのごとく。出血もなく。傷が消えたあともない。


 そんなボゾアの目の前にひゅんひゅんと。ふたたびコラキを振り回しながら、雛子がゆっくりと近付いていく。


『あぁ? お、おい……。待て……』


 雛子の頭上では、コラキが「クァァァァ――」と鳴きながら、回っている。


「…………『黒点』!」


 ひゅんひゅんと回るコラキが、ふたたび金色の炎に包まれていく。その炎は徐々に大きくなっていき、やがて中心のコラキが大きく脚と翼を広げ、そのままボゾアへと向かって行く。


『オイ……オイオイオイオイオイオイオイオイッ!』


 金色の炎。その中心に大きく影として映ったコラキが、あらん限りの声で叫ぶ――


「クァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


『オ……オオオオオオオオオオ――』


 ――やがて空洞内が、ひときわ大きな光に包まれる。


 そして光が収まったあとには、チアガール姿の雛子と、黒い、小さなカラスだけが倒れていた。

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