第二十五話:太陽の啼き声!(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
「――ったくよぉ……。クリッさんから引き継いでみりゃあよぉ……」
黒髪に細目、執事服姿のボゾアは、苛立たしげに頭をガシガシとかきながら、「……でも」と小さくつぶやく。
「まさかこんなとこで会えるとはなぁ? ――スプリギティスさんよぉ……」
ボゾアは少し落ち着きを取り戻したのか、頭をかく手を止め、ニコリとスプリギティスに向けてほほ笑む。そのまま、ボゾアはスプリギティスに向けてうやうやしく頭を下げる。
「ずぅっと……。アンタを探してたんだぜ? 俺も……。主も……。クリッさんも……な」
そして頭を上げたボゾアの表情は喜色を含んでいた。
コラキ、イグル、ペリの三人は、そんなボゾアに対して警戒を強め、スプリギティスとボゾアの間に立つように、それぞれの武器を構える。
ボゾアはそんな三兄妹のことなど、気にも留めず。しゃべり続ける。
「――十年前……。あん時、アンタが抜けたせいで、アンタのお守りしてた鳥系の『伯獣』……。その主力四匹もいなくなっちまうし……」
ボゾアとコラキの視線がぶつかる。
コラキがどう言う表情を浮かべていたのか……。ボゾアはニヤリと笑う。
「それに続けて、鳥系の『伯獣』は好き勝手散らばりやがるし……。おかげで、俺たちの戦力は大幅にダウン。当時は気にしちゃいなかったが……。いまになって思えば、俺たちがこうして日陰の生活を送ってるのは、アンタのせいだ……。少なくとも俺は、そう思っている」
ボゾアはほんの一瞬。少しだけ憎しみの目でコラキ、ペリ、イグル、スプリギティスを見ると、すぐに柔らかな表情に戻る。
「――はくじゅう?」
雛子が不思議そうに吐き出した言葉に、コラキがびくりと震える。
「いまなぁ……? 俺の中には『四伯』が三匹分詰まってんだ……。――あとはアンタがいりゃ、コンプリート……ってやつなんだ。だから……アンタが欲しいんだよぉっ! なぁっ、スプリギティス様よぉ?」
それまでの柔和な表情とは打って変わり。ボゾアはその細い目を限界まで開き。鋭い歯を持つ口を、限界まで開いている。
「――皆っ!」
コラキは息をのみ。仲間に警戒するように呼びかける。
「コ、コラキ……。あの糸目……。お前の知り合いか?」
『なんだか、不気味です……』
玲人はバットを持ち、こたつの前に。こたつは天板を宙に浮かせて玲人の前に。――互いに互いを守ろうと、武器を構える。
「――まあ……。昔のバイト先のひと……かな?」
実際。コラキは最近までボゾアの存在を知らずにいた。そのため、あいまいな返事になってしまったが、玲人もこたつもそれで納得してくれたらしく。ふたりはそれ以上深く考えなかったらしく。
「お前……。金欠でもバイトは選べよ……?」
『ひっこさん、泣きますよ……?』
それだけ言って、ボゾアへと向き直った。
――一方……。
「あらぁ~……? あらあらぁ~? ねぇねぇ、イグルちゃん? ママ、いま告白されたのかしらぁ~……? やぁん……。「アンタが欲しい」だなんて……。人生初の告白が、こんなに情熱的だなんて~……。ママ、困っちゃう! ――あらぁ~? 初だったかしらぁ? ねぇ、ママどうしましょう!」
自ら告白してしまったように。スプリギティスは人生初の告白――らしき言葉に舞い上がっていた。
スプリギティスは「いやんやん」と身をよじりながら、熱っぽい表情でボゾアを見上げる。
「あらぁ~? でも、顔はいまいち? う~ん……。もう少し、犬っぽい感じが良いかしら~……?」
小声で「三十点……。う~ん……。でも……四十点……?」などとつぶやき、その様子に周囲は……。ボゾアですら言葉を失い、あぜんとしていた。
「か、母さん……? えっと………………どうしたん……ですか?」
コラキは痛くなる頭を押さえながら。辛うじてその言葉を絞り出す。
スプリギティスは、キョトンとした表情で――
「――えぇ~? だって、ママ。告白されたでしょ~?」
――はにかみながら答える。
「い……いやいやいや!」
「ママっ! それは私でも違うと分かるのっ!」
「落ち着くです! あの糸目、ママの体が目当てなだけですよっ?」
子供たちの全力否定に、スプリギティスはつまらなそうに口をとがらせ、「え~」とつぶやく。そしてそのまま、スプリギティスはぼう然としたままのボゾアに声を掛ける。
「そうなの~?」
「――えっ? あ、まあ……。だいたい……あってる……かな? ――んんっ……。もちろん、いま、ここでっ! いただくつもりだけど――なっ!」
ボゾアはスプリギティスに問われ、ぼう然としたまま答えたが、首を左右に数度振り、気を取り直して不敵な笑みを浮かべ、中指と親指でパチンと、弾けるような音を出す。
「――逃がさねぇぜ……?」
「これ……は」
美空がのどをゴクリと音を鳴らす。
『ガァァァ――』
ボゾアの背後に、いつのまにか立っている白色の虎。
「さっきのヤツ……? いや、ちょっと違う?」
玲人はカタカタと震えながら、バットを強く握りしめる。
『ディィィィィス――』
そこにさらに続けてもう一体。灰色のトカゲ。
『あれ……。さっきのより弱いってこと……ないですよね……』
天板に表示された文字に、コラキが無言でうなずき、ボゾアがニタリと笑う。
『ふぉ……ふぉふぉふぉふぉ……』
そして最後に。背中に甲羅を背負った、二足歩行の亀が現れる。
「…………キュ……。……ちゅーとはんぱがみっつ……。そして……いやなこと、おもいだす……」
その亀を見て、パルカの周囲がビリビリと震えはじめる。
「どうだ? 俺とクリッさんで開発した『複魔獣』だ。さっきお前らが倒した試作品より、
少しだけ完成品に近いやつでな? 速度、防御、生命力に、それぞれ特化させてある。――知ってるやつに分かるように言えば――『半獣士』て感じかな?」
ボゾアの言葉で、美空の体がびくりと震える。
そして冷や汗を流す美空を満足そうに見ると、ボゾアはそのまま話を続ける。
「――まあ、本当に『半』なのかどうかは知らねぇけどな? こんだけいりゃあ……。足手まといだらけの、アンタくらい。あっさりと捕まえられんだろ? ――なぁ、スプリギテ――」
優越感からか、ペラペラと口を動かすボゾア。そのボゾアの横を、なにかが通り過ぎ、風がボゾアの頬を切り裂く。
「え~い」
『――ふぉふぁっ!』
次の瞬間。亀の『複魔獣』が勢いよく飛んでいく。
「――は……? えっ?」
戸惑いながらボゾアは、飛んでいった亀を見る。
亀の『複魔獣』は、背後の大樹にぶつかり、その幹にめり込み、その全身はズタズタになり、ピクピクッと小刻みに震えている。
ボゾアはギギギ……っと。関節が固まっているかのように。その首を、隣に立つ女性へと向ける。
「んも~……。乙女の純情は踏みにじったらダメなのよ~?」
――子供に言い聞かせるように。スプリギティスは頬をパンパンに膨らませ、腰に手を当てて「ぷんぷん」とうなっている。
「あ……。あ、ああっ? ちょ、ちょっとま――」
「――めっ」
右目をつぶり、ウィンクをボゾアに贈りながら。スプリギティスはその指でボゾアの額を弾く。
「――っ!」
ボゾアの体はその場でクルクルと。風車のごとく回転し、その後地面に四つんばいになる。
「さあ~! 天罰~!」
「――ヒッ」
そしてその場の皆があっ気に取られるなか。スプリギティスはその拳を振り上げる。
しかし――
「え……? かあ……さん?」
――その拳は振り下ろされることなく。ピタリと止まっていた。
「しまった……。およそ一カ月……。それが限界……ですか……」
ギリリと下唇をかみながら。美空は口惜しそうにつぶやく。
「あらあらぁ……。時間切れ……かしらぁ……?」
スプリギティスは「つまんなぁい」とつぶやく。その体はまばゆいほどの光に包まれており、徐々にその姿が薄れていく。
「ど、どういうことなの、美空さん?」
「マ、ママは……? どうなるです?」
ペリとイグルは、動揺を顕わに。美空に詰め寄る。
美空はそんなふたりの頭をなでると、静かに口を開く。
「――『柱』の『守護者』は、外に出歩くことは自由ですが、その活動時間には限界があります。地球でその『外出時間』は不明でしたが……。どうやら約一カ月ほどみたいですね。――そして間の悪いことに……。それが今日――いま、起こってしまいました……」
美空はさらに「別に死ぬわけではありません」と付け加える。
「――そういや、そんなこと……言ってたっけ……?」
コラキは錫杖をグッと握りしめ、遠い昔に思いをはせる。
「ん~……。これ、もう触れないのねぇ~……」
拳をボゾアの顔に、数度突き刺しながら、スプリギティスは「残念だわぁ~」と肩を落とす。
拳が顔面を通過する度に、ボゾアは「ひっ」と震える。
スプリギティスはそんなボゾアに興味を失ったのか、今度はクルリとコラキたちへと向き直る。
「じゃあ、ママ行くわね~? またすぐに帰るから~? あと、パルカちゃん。『睨んで』くれててありがとう~? もう、良いわ~? それとこの子もよろしくね~」
スプリギティスは胸から小人を拾い上げると、ヒョイとパルカの頭に向けて投げる。
そのまま、まるで「ちょっとそこまでお買い物」のような軽さで。スプリギティスは皆に向けてほほ笑み、手を振り、そして消えていった。
――しばしの沈黙。
それを最初に破ったのはボゾアであった。
「逃げ……られた? は、はは……。逃げやがった……。逃げ……やがった! あの女っ!」
命からがら。ギリギリで生き延びた安心感と、『自信作』をあっ気なく吹き飛ばされた屈辱感。そんなふたつの感情を、ボゾアは『スプリギティスが逃げた』と口に出し、悔しがることでなんとかごまかそうと、ほえる。
「畜生……畜生……畜生……。――――はぁ……」
やがてひとしきり叫ぶと、ボゾアは頭をかきむしり、それまでの醜態がうそだったかのように。目を元の細い目へと戻し、背筋を伸ばす。
「さて……。スプリギティスには逃げられたが……。お前らは逃がさねえぞ? ――動けなくして、主の実験体にでもなってもらう……」
ボゾアは指を鳴らす。
『ガァァァ――』
『ディィィィィス――』
すると少しだけ動きづらそうに。虎とトカゲがゆっくりと動きだす。
『ふぉ……ふぉぉ……』
そして一拍遅れて……。スプリギティスにボロボロにされた亀が立ち上がる。
「――やれ」
「来るぞっ!」
ボゾアとコラキがほぼ同時に叫ぶ。
『ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――』
ボゾアの合図で、亀がその身を甲羅に収納し、ギュルギュルと回転を始める。
そして大きく跳び上がり、コラキたちを目指して落ちてくる――
「皆! よけ――」
素早くその場から散開する仲間たち。
しかしコラキはそのなかでただひとり……。
「あぅ……。コラキちゃん……」
それまでの一連のできごとに、腰を抜かした少女を目に映す。
「――ひっこっ! 『大千世界』!」
赤い輝きが周囲を覆い尽くす。
『ふぉっ?』
その直後。亀は大地に激突し、地面が大きく割れる。
「――コラキっ、ひっこさんっ!」
風圧に吹き飛ばされながら、美空はふたりに向けて手を伸ばす。
『ふぉぉうっ!』
しかしその手をコラキたちが握ることはなく。下衆な笑みを浮かべた亀が、飛び付いてくる。
「ペペペペ『ペイント・ブラウン!』」
「レイさん! ――皆、レイさんの後ろにっ!」
玲人の呼びかけに、ペリ、イグル、美空がこたつの後ろに回り込む。
するとこたつの天板を中心に、周囲の土や石が集まってくる。
「ロロロロロロ『ロック・ストライク』!」
『ウッふぉぉぉぉぉ!』
ゴリゴリと。亀と岩がぶつかり合う。
――一方、その頃。パルカとその頭に乗っかるラストワンは……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………………キュゥ……。………………はずれ……」
「うぅ……。目が回るぅ……」
――地面が割れた瞬間。
パルカはその中心部に突撃し、敵っぽいなにかを殴り飛ばしていた。
その敵っぽいなにかは、森を越え、浜辺を越え。最終的にエメラルドグリーンの海へと落下していた。
「………………キュ……。………………亀のカメさん……つぶしたかった……」
「愛らしい顔で、そんなこと言っちゃダメですよ……」
しょぼんと肩を落としたパルカは現在。海面で体育座りをして、海面にののじを書いている。
そしてそんなパルカの背後には――
『ディィィィィィィ――』
――トカゲの『複合獣』がいた。
「………………キュ……。…………はんぱもんがぁ……」
パルカはスッと立ち上がり、シュシュッと拳で威嚇しながら、海面から頭を現したトカゲを見下ろす。
そしてプクッと、いじけたように頬を膨らますと、静かに口を開いた……。
「――『大人魚』」




