第二十四話:太陽の啼き声!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
木々の隙間からわずかに降り注ぐ陽光を、黒いスーツが吸い込んでいる。風にたなびく二房のマフラーは翼のごとく。頭部のバイザーと、胸部のレンズは強く、赤く輝き、目前の『魔獣』を強く威圧している。
「――あれ……って」
黒いスーツの胸部。そこにはめ込まれた赤いレンズ――『午王宝印』の輝きは、地面にひとつの影を作り出している。肩幅に開いた足と、地面に突き刺した錫杖は三本の足を形づくり。風にたなびくマフラーは、翼を彷彿させる。鋭くとがったバイザーは、くちばしのように映っている。
「三本足の……カラス……?」
赤い輝きと、地面の影に雛子は目を奪われている。そして、テレビの画面で。『幻想商店街』の街頭ポスターで。『冒険者ギルド』の広告で目にしたことのあるその姿に、ポツリとつぶやき、そのまま口をポカンと開く。
「――詳しいことは……あとでな?」
「えっ……?」
ぼう然とした様子の雛子に、黒いスーツをまとったコラキが声を掛ける。そして雛子がそれに対して、なにかの反応を返す前に……。
『グァッ!』
「――シッ!」
コラキの錫杖と、『魔獣』の爪が火花を散らす。
「ひっこちゃ~ん? こっち来るの」
「そこはちょっと危ないです」
「――えっ……?」
ぶつかり合うコラキと『魔獣』。その様子を雛子がぼう然とうかがっていると、そんな雛子の手を、ペりとイグルがグッと引っ張る。
戸惑う雛子の体が、ペリのクッションに埋まるように倒れ込む。
それを合図に、コラキと『魔獣』がふたたび動き始める。
「――セっ!」
『グゥオッ!』
錫杖が斜めに振り下ろされ、『魔獣』が大きく飛び退く。
――一瞬。コラキと『魔獣』は互いの目をのぞき込む。
そして互いに。地面を強く蹴り、飛び出す。
『グッ!』
「あっぶなっ――」
『魔獣』が突き出した腕を、コラキは錫杖で受け止め、そのまま勢いの向きを変え、地面へと誘導する。
地面に深く。『魔獣』の腕が突き刺さる
コラキはその様子を確認することなく。錫杖を大きく振りかぶる。
その瞬間。コラキのバイザーが、赤く輝く――
「――『灰』!」
――コラキがスキルを発動すると、錫杖の杖頭の輪に通された遊環が、シャラシャラと音を立て、回転を始める。
「――『金剛牙』!」
錫杖はそのままボロボロと形を変えていく。柄は拳ふたつ分の長さになり、その分だけ、杖頭の輪が、人の頭ほどに大きく。輪の外輪が鋭い刃へと変わる。
『――ォッ!』
コラキが『魔獣』の足を両断すべく錫杖を振る。しかし『魔獣』は体をひねり、地面に突き刺さった腕を犠牲に、その場から解き放たれる。
『――グゥゥゥオオオオオッ――』
コラキから離れた『魔獣』は、切断された腕の切り口を押さえ、叫び声を上げる。
「――チッ……。再生か……。厄介だな……」
コラキは再生した『魔獣』の腕を一べつすると、ため息まじりに舌打ちする。
『ゥゥルオオオオオオオオオ!』
「――あっ、足っ?」
コラキの驚きはさらに続く。
『魔獣』はコラキと大きく離れた場所から、回し蹴りのような動作を行う。それにコラキがけげんな表情を浮かべたのは一瞬だけ。『魔獣』の足は、『魔獣』本体から切り離され、コラキを目指して飛んで来る。
「ロ、ロケット・キック?」
思わず玲人が叫ぶ。
コラキはそんな玲人をチラリと見ると、心配するなと言いたげにチラリと振り返り、飛んで来る蹴り足に、錫杖の刃を向ける。
「――『灰』」
ふたたび錫杖の形が崩れる。その形はすぐさま大きな盾になり、コラキは盾を支えるように、手を重ね合わせる。
――ゴンッ。
すぐにそんな衝突音が響き、盾と蹴り足の間に火花が飛び散る。
「――『灰』!」
火花が散るなか、コラキはさらにスキルを発動させる。
形を崩し、灰となった錫杖はコラキの両腕にまとわりつく。
「ふっ!」
変化の終わりを待たず。コラキは重ね合わせていた手を、大きく左右に広げ、眼前の障害物を切り裂く。
『グフォ!』
切り裂かれた障害物の先には、『魔獣』が迫っていた。
コラキは広げた両腕を、内側へと振り、交差させる。形の変化はすでに終わり、ジャマダハル状となった錫杖は『魔獣』の腹部を斜め十字に鋭く切り裂く。
大きく血を吹きだした『魔獣』は、その場から二、三歩。ふらつきながら、後ずさる。
そして上体を大きくのけ反らせた『魔獣』に対し。コラキはさらに一歩踏み込み、両腕を広げる。
「――ひぃっ!」
右腕の刃が、『魔獣』の左太ももを大きく切り裂く。
「――ふぅっ! みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁっ!」
コラキはたたき込むように。踊るように。次々と『魔獣』に刃を通していく。
『――ッ』
そして『魔獣』の体が大きく後ろに倒れ込む。
「――ッ! まだ再生するのかっ? なら――」
コラキはふたたびスキルを発動し、錫杖の形をジャマダハルから手甲へと変える。
コラキはそのまま手甲を『魔獣』の腹に突き入れる。
「――ラァッ!」
『グゥウゥゥ?』
その瞬間――
『――『過労嗣』。フォース・リプロダクション………………『起請文』……スタート……』
――機械音声とともに、コラキの胸部が赤く輝く。
「ク……ァァァあぁ――」
『グゥアア――』
ズズズズッと。コラキは『魔獣』の腹から手を引き抜く。その手には赤色と青色。ふたつのカラス像。
「うま……く…………いったっ! ――美空さんっ!」
コラキは自身の試みがうまくいったことに驚きつつ。『魔獣』から取り出したふたつのカラス像を美空へと投げ渡す。
『グゥゥゥ………………シャァルァァァァ――』
『魔獣』は像を抜き取られたことが。『スキル』と『身体能力』を抜き取られたことが分かるのか。それともそれによって痛みが生じたのか。地面に転がったまま立ち上がることなく。敵でありながらも同情してしまいそうなほど、悲痛な叫び声を上げている。
「それでも……再生するのか……」
転がる『魔獣』に近付き、手甲のままの錫杖を、コラキは振り上げ、『魔獣』の再生能力に驚きの声を上げる。
そんなコラキの眼前で、先ほどまでよりゆるゆると……。それでも少しずつ。『魔獣』の体から傷が消えていく。
「――コラキっ! 油断したら駄目です! 止めをっ!」
痛々しい姿の『魔獣』に、コラキは振り上げた拳をわずかに止めていた。
しかし美空からの声に、ハッとわれに返り――
「…………『灰』」
――ふたたびジャマダハル状にした錫杖で、『魔獣』を切り刻んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――と言う訳でさ……。俺、『Sランク』です……」
「あ、俺はつい最近……。ちょっとしたごたごたに巻き込まれて『Aランク』に……」
『ミ、ミィも『S』です……』
「『A』なのっ!」
「『A』です……」
無事に『魔獣』を退治したあと。
コラキ、玲人、こたつ、ペリ、イグルは地面に正座し、雛子に謝っていた。
「あらぁ~? なぁに~? 私は『F』……だったかしらぁ?」
「ティスさん……。それはカップ数です。……って、へぇ~……。――チッ」
小首をかしげて美空に自分の数値を尋ねるスプリギティスは、憎々しげに舌打ちをする美空に引っ張られてその場から離れる。
雛子がその様子を眺めながら「……え……えふ……」とつぶやいていると、正座した状態のまま、器用にコラキがすり寄ってきた。
「――ひっこ……。その……ごめん……」
気まずそうな。怒られることを恐れるような。そんな子供のような顔で、コラキは雛子を見上げていた。
雛子はそんなコラキをキョトンと見ていたが、やがてその顔を赤く染めていく。
「え……? なに? 私はむむ……胸のことなんてそんなに気にしてないよ? 気にしてないもんっ!」
そしてまくし立てるようにコラキに告げる。
しかし、そんな雛子をポカンと見つめるコラキの表情を見て、コラキが謝っていることが、全然別のことだと気が付き、そして――
「えぇっと……。もしかして、ポスターのアレのこと?」
「――ゥグッ! ま、まあ……な。ソレのことだ……」
既にコラキはアレ――『大千世界』状態。つまり『八咫烏』の姿を解除している。
コラキがさらに気まずそうな顔で雛子の反応を待っていると、雛子は大きく息を吐き、そして無言でコラキを見下ろす。
それから数秒――いや数分。雛子はジィッとコラキの顔を見つめていた。
「ね、コラキちゃん……? アレって……。ポスターって、もしかしてそのためだけに、あんなことやってたの……?」
――あんなこと。
コラキの頭に、自分が『大千世界』発動によって『八咫烏』モードになるまでのプロセスが再生される。
「…………………………うん」
顔を真っ赤にして、コラキは雛子から顔を背け、恥ずかしげにうなずく。
すると雛子は、そんなコラキを見て静かに口を開く。
「あのね、コラキちゃん? そりゃあ、コラキちゃんが『冒険者ギルド』のマスコ――ポスターの人だってのはビックリしたけど……。私だって一応『冒険者』なんだよ? ――高ランクの『冒険者』が、その重要性とか能力とかでいろいろとあるから、基本的に正体とか個人情報が秘匿情報だってのは知っているんだよ? だから……それを謝る必要なんてない」
「――ひっこ……」
崇めるように、コラキは雛子を見上げる。
雛子はニコニコとほほ笑みながら、静かにコラキの頭に手を伸ばす。
「――で・もっ! それを黙っていたことを、私が怒るだなんて……。もし、そんな無理解な女だなんて思ってたんなら……怒るよ?」
「――っ! そんなことはないッ! ただ、俺は……」
コラキが開きかけた口を、雛子は人差し指を押し付けてふさぐ。
そのまま、コラキの髪をクシャクシャともみながら、しゃがみ込み、小さな声でささやく。
「良いよ……。分かってる。ただ……。これからはテレビで見かける度に、ニヤニヤしちゃうけどね? ――うん。百度!」
いたずらが成功したかのような雛子のほほ笑みに、コラキは真っ青な表情になる。
「――だぁっ! だから知られたくなかったのにっ!」
頭を抱えて叫ぶコラキを見て、周囲のメンバーもホッと胸をなでおろす。
そんななか――
「はいはいはい……。なに? これがこっちで言うところの、『リア充』ってやつか?」
――パチパチと言う小さな拍手が、森のなかに響き渡る。
「――っ」
コラキたちは一斉に。拍手の音がする方向を向く。
そこにいたのは、黒髪の無造作ヘアーに、糸のような細い目。そして南国の、森のなかでは場違いな執事服。見た目はただの日本人と言った男が立っていた。
「いやいやいや……。ったく……。せっかく、俺とクリッさんで頑張ってたのによぉ……」
男はわずかに不機嫌そうに。その細い目を、少しだけ開いていた。そしてコラキ、ペリ、イグル。最後に――スプリギティスをにらみ付けて、クパァっとその口を三日月のように開く。
「――ボゾア……」
コラキは、笑みを浮かべる眼前の男の名を呼び、ふたたび錫杖を構えた……。




