第二十三話：明けて、明かして！（４）
続きです、よろしくお願いいたします。
『ファファアッ！』
金属がぶつかり合う高い音が、森のなかに響き渡る。
コラキは、『キツネザル型魔獣』。そのボスが逆手に持つ刀を、自身の錫杖で振り払い、周囲の様子をうかがっていた。
「――さすが美空さん……。うまいこと、距離を取ってくれたみたいだな」
コラキは、少なくとも自分の目が届く範囲に、ほかの皆が――雛子がいないことを確認し、ホッと息を吐く。
「さすがに、心の準備が――なっ！」
コラキは、『魔獣』が上段から振り下ろしてきた刀を、錫杖で受け止めると、そのまま『魔獣』の腹を目掛けて、右足を突き出す。
『――ファっ！』
――コキャッと。『魔獣』の腹が乾いた音を出す。
『――……っ！』
『魔獣』は、声にならない叫び声を上げながらコラキをにらみ付ける。その間も、蹴り飛ばされた『魔獣』の体は止まることなく、背後の木に向かって行く。
腹を押さえる『魔獣』は、このままでは木にたたき付けられると気付いたのか、背後をチラリと見ると、口からボッと水晶を数個吐き、その勢いでもってクルリと身をひるがえし、体を九十度傾ける。
『ファァァッ！』
そしてひと際かん高い声を上げ、足が木の幹に触れたことを確認すると、そのままグッと身をかがめ、木と衝突した勢いを利用して高く舞いあがる。
「――っ！ 利用したっ？」
コラキが思わず叫び、その行動に感心していると、『魔獣』はコラキが動揺していると見たのか、ニタァっと笑みを浮かべる。
そしてそのまま、目の前に現れた木を前にふたたび。その身を反転させ、ふたたび木の幹を蹴り付ける。
「お……。おぉっ？ 跳弾殺法？ いや、空中殺法？ 実際にやる『魔獣』なんざ、初めて見た……」
ギッギッギッと。自分の周囲から聞こえてくる、木を蹴る音。コラキは、少しずつ上に昇っていくその音に、感心したような声を出す。
そしてコラキが、蹴り音をたどって首を上に傾けると――
『ファッファァァァァッ！』
――そこには、太陽を背負い、刀を構える『魔獣』がいた。
「――チッ！」
まぶしさに目を細めながら、コラキは『魔獣』を見上げる。
『――ファッ！』
コラキが目を細めたことを好機と判断したのか。『魔獣』はすうっと大きく息を吸い込み、同時に刀をコラキへと投げ付ける。
「――当たるかよッ！」
飛んで来た刀を、コラキが錫杖で払いのけると――
『ファーーーーーーーーーーーーーーーー』
――『魔獣』は、大きく膨らんだ胸から、空気を思いっきり吐き出すように、口から大量の水晶を吐き出す。重力の助けを借りた水晶は、錫杖を大きく横に振り抜いた直後のコラキへと容赦なく降り注がれていく。
やがて水晶の雨が止んだあと……。
『ファ……。ファファファファファファファファファファ――』
大きくえぐられた地面を見て、『魔獣』が勝ち誇っているかのように鳴きはじめる。
――しかし……。えぐられた地面にコラキの姿はなく。
「――あぁ……。やっぱりたまには飛ばねえとなぁ……」
その姿は、『魔獣』がいる場所よりさらに上。木もなにもない。大空にあり、『魔獣』の体に影を落としていた。
『――ファっ！』
「――『灰』」
『魔獣』がコラキに気が付いたのとほぼ同時。コラキはスキルを発動し、錫杖をサラサラの灰に、変化させる。
その形を失った錫杖は、やがて別の形へと変わり、コラキの両手に巻き付き始める。
ほどなくして、錫杖がその形を特異な形状――ジャマダハル状に変えたその瞬間――
「あばよ……」
――コラキはつぶやき、その背中から生えた、黒いつややかな翼を、バサリと羽ばたかせる。
『……ファ？』
ポッカリと大口を開けた『魔獣』が、そんな間の抜けた声を発したころには、既にコラキの影は『魔獣』の上から消え去っていた。
その姿は『魔獣』の真下。ちょうど『魔獣』と背中あわせになるように、止まっていた。
『――ファ――』
そしてそれに気が付いた『魔獣』が、コラキと向かい合おうと体をひねる。
「うし……。終了！」
そしてすっきりとした、晴れやかな表情で。コラキは両手に持った元錫杖――現ジャマダハルを、左右にひとなぎする。――すると、ジャマダハルはふたたび灰になり、やがて錫杖の姿へと戻っていく。
錫杖が完全に元の姿を取り戻したその頃には既に、『魔獣』の姿はどこにもなく。
ただ――その断末魔の残響だけが、空に響いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、コラキ。お疲れさまなの！」
「うぃ～……。もしかしなくても……俺が最後？」
「そうです。ふぅ……。たった一匹に情けないです」
からかうように「おにいちゃんっ」と付け足したイグルに、コラキは「うっせぇ」とチョップを落とし、集ったメンバーを見渡す。
イグルの『鷹の目』による案内で、迷うことなく集合場所にたどり着いたコラキだったが……。どうやらコラキが最後のひとりであるらしく。そこには既に、コラキを除く全員が集まっていた。
「――ほぁっ？」
ついでとばかりにペリにもチョップして、コラキは美空の姿を目にとめる。美空の傍では雛子がいた。美空と雛子はなにかを話し合っているらしく、ふたりはコラキが来たことに気が付くと、小さく手を振り、コラキを呼び寄せていた。
「どうした？」
コラキが尋ねると、美空と雛子は苦笑しながら答える。
「うん。ちょっとね……」
「ひっこさんが、なにか気が付いたらしくて」
どうやらコラキが来るまでに、『魔獣』に追われていた小人から事情を聴こうとしたらしいのだが、小人は体力の消耗が激しいらしく。スプリギティスとパルカが『魔獣』を倒した直後に、気を失ってしまったらしい。
仕方なく小人が目覚めるまで。ここで休憩しようと言うことになったらしいのだが、そこで考える時間ができたおかげで、雛子がとあることに気が付いたらしい。
「えっとね？ もしかしたら私の記憶違いかもしれないんだけど――」
そう前置きしてから、雛子はコラキの目を見て、話し始める。
『レムリア』もしくは『モフモフ天国』と呼ばれるこの迷宮に生息する『魔獣』たち。そのなかでも『迷宮の主』と呼ばれる『キツネザル型魔獣』――『レムール』。
そんな『レムール』たちは、本来であれば三匹ワンセットを絶対に崩さずに、侵入者を襲う『魔獣』であるとのことだった。
「――ああ……。そう言えば確かに十三匹って、微妙な数だよな……。でもそれくらいなら、変――イレギュラーとか、そんな感じであるんじゃないか？」
コラキの質問に、雛子はコクリと一度、頭を縦に振り、そして続けて答える。
「うん。だから、私の勘違いかなって思ってたんだけど……」
雛子が言いながら小首をかしげると、今度は少し離れた所で玲人を説教していたこたつが、にゅっと現れて、天板に文字を表示させる。
『ミィも実家にいる時に、チャットでほかの『冒険者』さんに聞きました。ひっこさんの情報は、正しいと思います。たしか……『レムール』は、三匹ワンセットの状態が崩れると、すぐさま撤退するから、全滅させるのが面倒だとか……』
さてどう言うことだ？ コラキたちが、これらの情報がなにを意味するのかと頭を捻っていると、パルカとスプリギティスが、「あっ」と声を上げた。
「ん……。んん……？ こ、ここは……？」
「…………キュ……？ …………おきた……？」
パルカは、頭の上で目を擦る小人に声を掛ける。
「えっと……………………。――あっ！」
小人はしばらくの間、寝ぼけていたらしく。パルカの髪をまさぐり、自分の足元がなんであるかを確認していた様子であったが、やがて意識がはっきりしてきたらしく。途端に、その表情を青く染め上げていった。
「い、いまは、いつ？ あ、私が無事だから……主も……？ いえ……それより！」
「…………キュゥ……。…………うるさい……」
パルカは頭上の小人を両手でつかむ。そして「ぐぇ」と、ヒキガエルのような声で鳴く小人を、美空の前に突き出す。
「…………あと、よろしく……」
「――えっと……。はい……」
そして美空は戸惑い気味に小人を受け取ると、こたつを呼び寄せ、小人をその天板に座らせる。
「さて……。やっと事情を聴けそうですね？」
「は、はいっ！ お待たせいたしまし……た？」
美空と小人が互いに頭を下げてあいさつを交わすなか。コラキはイグルを呼びつけ、『鷹の目』での録画を指示する。
そして小人の前に、美空、コラキ、雛子、イグル。さらにその後ろにペリ、玲人。小人の真下にはこたつ。そこから少し離れた所に、スプリギティスとパルカが寝息を立て始めたなか。小人の話が始まった。
「――ではまず。私は『ラストワン』。『冒険者ギルドに』所属する『Ｓランク』序列十四位『冒険者』。通称――『妖精王』と呼ばれている方にお仕えするものです……」
自らの所属を明らかにしたラストワンは、静かに……。この地でなにが起こったのかを語り始めた。
ラストワンの主――『妖精王』は、とある調査のため。もうひとりの『Ｓランク』とともに、『レムリア』を訪れていたらしい。
そこで『妖精王』たちは、所属不明の敵と、詳細不明の『魔獣』に襲撃されたらしい。
なんとか最初の襲撃は返り討ちにしたらしいのだが……。
「披露したところを、第二陣に襲われてしまいまして……」
そうしてあっ気なく捕まってしまった――かのように思われた『妖精王』であったが、こうしてラストワンを解き放ち、救助を待っているらしい。
ラストワンはその後。主を助けるためにと、『レムリア』内をさまよっていたらしいのだが、敵が放ったのか、訓練された『レムール』や、その他の『魔獣』に追われていまに至るとのことだった。
「その……『妖精王』がいる場所は？」
話を聞き終えた美空は、腕を組み考え込みながら、ラストワンに尋ねる。
「えっと……。私の足元から、主のいる場所に向けて、強く引っ張られる感触があるので、すぐわかると思います。――でも……。助けを求めておいてなんですが……。本当に……？」
ラストワンは「助けてくれますか？」のひと言を、グッと飲み込むように告げて、美空たちの顔を見渡す。
ラストワンの不安を感じ取ったのか、美空はフッとほほ笑み、ラストワンの頭をなでて告げる。
「大丈夫ですよ？ ボクたちはそのために来たんですから……」
美空の発言にホッとしたのか、ラストワンは相好を崩し、その腕をとある方向に向ける。
「――かなり遠くですけれど……。向こうから、主の……。私の『根』を感じます」
こうして、ラストワンの案内のもと。コラキたちは、移動を開始した。
――そして数時間後。
「――あっ！ 近いです！」
スプリギティスの胸にはさまれたラストワンが、うれしそうに声を上げた。
移動の間、『レムール』や、ほかの『魔獣』から襲撃を繰り返され、一部の者以外は皆、疲労困ぱいと言った様子であった。
しかし、そんな時に告げられた、目的地が近いと言う情報に、一行はホッと息を吐き、緊張感がほぐれる。
――それでも、その油断は一瞬だけのはず……だった。
「――キュッ！」
「えっ？ パルカさ――はぼぁっ？」
突如として、パルカが玲人に飛びつき、地面に押し倒す。
玲人は一瞬。にやけた表情を浮かべたが、次の瞬間――
『グゥシャ？』
――自分の頭があった場所を通り過ぎていく飛び蹴りに、顔を青くする。
「こ、こいつです！ 最初は主が倒したはずなのに、金髪のイケメンがなにかしたと思ったら……。い、いきなり強く、小さくなって！」
ガクガクと震えるラストワンの腕は、飛び蹴りの犯人を指している。
『グゥ……？』
ゆらりと首だけを動かしたその『魔獣』は、体の色、形、大きさ。その全てがちぐはぐであった。
トカゲを思わせる顔に、白と黒のしま模様の毛皮に包まれた右腕と、その先の爪。マッチ棒のように細い、紫色の左腕。背中には甲羅。足は右腕と同じくしま模様の、太いモノ。
「あ……らぁ？」
その姿に、なにか感じるモノがあるのか、スプリギティスは両手の人差し指でこめかみを押さえ、頭を左右に揺らしている。
異形の『魔獣』に、スプリギティス以外のメンバーがつばを飲み込み。そして恐怖を振り払うように、武器を構える。
『グフォ……？』
『魔獣』はしばらく、焦点が合わない目のまま。頭を前後左右にふらつかせていたが……。
やがてラストワンの姿を目にとめると――
『ウホっ！』
――一足飛びに、そこを。スプリギティスの胸にはさまれたラストワンを目指す。
「――いやん？」
『――うぼ？』
しかし……。『魔獣』の巨体は次の瞬間。はにかむスプリギティスのビンタによって、真横へと吹き飛ばされていた。
「――あ……。み、皆っ！ 構えて！」
その光景が衝撃的だったせいか、美空はようやくわれに返り、指示を飛ばす。
『グ……ググググ。グフォフォフォッ！』
スプリギティスに吹き飛ばされた『魔獣』はそれでもなお立ち上がる。
いままで焦点が定まっていなかった目は、既にスプリギティスへと向けられている。
「――ティスさん……。ラストワンをお願いします……。ここは……。ボクたちでなんとかしますから……」
「………………はぁい」
なにかを言いたげな美空の様子に、スプリギティスは静かにうなずき、数歩下がる。
『魔獣』は、そんなスプリギティスに近付こうと一歩踏み出すが――
「ママが出るまでもないの！」
「――ここを通りたければ、ウチたちを倒してからいくです！」
――その歩みは、ペリとイグルによって阻まれる。
『グゥゥゥゥゥゥ……』
うっとおしそうに『魔獣』がうなる。
それでも、姉妹はそこから動こうとせず、ペリは『棍棒の様なモノ』を担ぎ、イグルは脚を上げて、『魔獣』をにらみ付ける。
しかしそこに――
「ほぁっ？」
「ふぉぅっ？」
――あきれ顔のコラキが、チョップを落とす。
コラキは、涙目になったペリとイグルの顔を見比べると、クスリと笑い、今度はその頭をぽふぽふとなでる。
「お前ら……。アイツは、佐竹さんでも苦戦したって話だ。相手は俺がするから、ふたりはひっこたちを頼む」
「え、え～……？」
「ウチらの見せ場ぁ……」
ふくれっ面の姉妹を反転させ。コラキはその背中を押す。そして改めて『魔獣』と向き合うと、小さな声でつぶやく。
「――最悪でも……。ふたりの方が戦力的には上だしなぁ……」
そして今度は大声で。顔は『魔獣』と向き合ったまま。雛子に語り掛ける。
「ひっこっ！」
「――うひゃっ？ え、えと……。なぁに、コラキちゃん？」
この場面で、まさか自分に声が掛けられると思っていなかった雛子は、飛び上がりそうなほど驚きながら、返事をする。
コラキはそんな雛子の声に、クスリと笑いながら――
「さっきの話……。『上位『冒険者』って、どう言うこと』なのか……。その答え……。いま、見せるから！」
――そう叫ぶ。そして懐から小さな……。赤く輝く丸いレンズを取り出した。
「――ぇ……？」
雛子のかすれた、小さな声を聞きながら、コラキは背筋を伸ばし、大きく深呼吸をして、肩幅に足を広げる。
そして『魔獣』をにらみ付けながら、錫杖を地面に突き刺す。
「もう少し待ってろよ？ 『午王宝印』……起動。セット『八咫』」
コラキがつぶやき、『午王宝印』が機械音声とともに、赤く点滅し始める――
『――システム・ブート…………スキル………………セット………………モデル・クロウ………………ロード……ＯＫ』
やがて「ブゥン」と言う音が鳴り、『午王宝印』の輝きが強くなる。
「……………………きれい……」
ぼう然とその様子を伺う雛子は、『午王宝印』の輝きにそんな言葉を贈る。
そして『午王宝印』の輝きはやがて、帯状になり、コラキの体を覆い始める。そしてその帯が、黒い革のような質感へと変わり始めたころ。
コラキはチラリと横目で雛子の顔を見て、そして叫ぶ。
「――『大千世界』！」
2015/01/13：「そののボス」を「そのボス」に修正。ご指摘ありがとうございます。
