第十六話:インターミッション(13)
続きです、よろしくお願いいたします。
「いやぁ。こっちは温かい……。いや暑いくらいですねぇ……」
「おぅ、おっさん。はぐれるんじゃねぇぞ?」
「おっと……。すみません」
コラキたちが、クリスマスパーティを開いてから数日後。さらに言えば新年早々。
ふたりの男性が汗を流しながら、水晶に囲まれた、幻想的な高原を歩いている。
『うん、うん……。個人的には嫌いではないが、むさ苦しいねぇ……』
そんなふたりの様子を、どこからうかがっているのか、ふたりがおそろいで肩にかけたトランシーバから、苦笑するような女性の声が響く。
「マダム・ホラコ……。その言葉は俺が言いたい所なんですがね?」
肩をすくめてトランシーバ越しの女性に抗議する、ソフト・モヒカンのブロンドヘア。彼の名前は『ロドルフ・サヌーヌ』。『冒険者ギルド』、『Sランク』序列十三位、通称『河川敷』である。
「ひぃ……ヒィ……。いやはや、おっしゃる通りですけれど、もう少しですから……」
そしてそんなロドルフから遅れること五メートル。耳と耳を後頭部で、帯状につなぐ黒髪。そして頭頂部に走る黒のまばらなライン。ピンク地に金色の線が入ったスーツと、同色のハーフパンツで構成された『冒険者ギルド』の制服。そんな格好をした、『Sランク』序列十四位、通称『妖精王』――『佐竹廉太郎』は、丸眼鏡を外し、顔中の汗を拭いながらロドルフに手を伸ばす。
「チッ! っとにむさ苦しい……」
ロドルフはうっとうしそうに佐竹をにらみつつも、手を伸ばして佐竹を引き寄せる。
「いやぁ。申し訳ありませんねぇ」
佐竹がハンカチをポケットに仕舞い、ロドルフに頭を下げる。するとふたたび、トランシーバから女性――『寺場洞子』博士の声が響き始める。
『ふふ。どうやら『翻訳』の人工スキルは、うまく稼働しているみたいだね?』
人工スキル――それは主に、『異世界転移経験者』を参考にして電子的に、電気的に、機械的に造られたスキルである。
「マダム……。残念ながら、その通りです……」
「いやぁ。さすが博士!」
ロドルフと佐竹は、洞子に対してそれぞれの反応を見せながら。その表情は真剣そのもので、水晶の高原を見渡す。
彼らの現在地は、インド洋上に浮かぶ『異界化迷宮』――『レムリア』である。
「しっかし……。出どころが分からん情報を『冒険者ギルド』は信じてんのか?」
「はい。むしろ、どのようなスキルを使っても、情報の出どころが分からなかったものですから……」
コッコッと。水晶を踏み締めながらふたりは今回の目的を確認する。
――周辺『魔獣』が食い散らかされている。
いつの間にか周辺の『冒険者ギルド』でささやかれ始めた、うわさに過ぎない情報ではある。
当初は『冒険者ギルド』も、うわさ話として無視していた。しかし――
『どうにも、気になるんだよね。これが……』
――と言う洞子の一言によって、『冒険者ギルド』は調査に乗り出した。
その結果。うわさ話が、どこから、誰から、どのようにして伝わり始めたのかが分からない。と言うことが判明した。そして『冒険者ギルド』は、ここ最近『ブローカー』がらみの微妙な事件が続いていることから用心に用心を重ね……。
「まぁ、マダム・ホラコの頼みなら仕方ねぇか……」
「いやはや、誠に申し訳ございません」
序列十三位と十四位を、うわさの『レムリア』へと派遣したのであった。
いまは調査開始から、一週間経過している。佐竹とロドルフは念のために、半年は『レムリア』にこもれるように準備はしている。しかし――
「――っ! おっさん……」
「ええ。はい。どうやら早く帰れそうですね……ふぅ」
――その準備もむなしく。うわさの現場に、ふたりは遭遇した……。
『どうしたんだい? なにやら緊迫した様子だが……。それにこちらの観測機器でも、妙な反応が……。なんだか、嫌な予感がする。君たち。いったん退避することをおすすめするよ……』
「マダム……。忠告はありがたいのですがね……」
「いや……はは。なるほどなるほど……」
『――? ど……た? つ……んが……』
洞子からの通信が、徐々に薄れていく……。トランシーバから聞こえてくる、ノイズ混じりの声を聞きながら、佐竹とロドルフはその表情をこわばらせ、構える……。
「チッ……。通信妨害かよ。むさい中、微かなうるおいもなくなっちまったなぁ……おっさんよ?」
「いや全く。その通りですね……はい……」
そして完全にトランシーバから洞子の声が聞えなくなる。ノイズしか出さなくなったトランシーバのスイッチを切ると同時、うわさの正体がふたりにようやく向き合う……。
「なんだぁ? 人気ねぇ『迷宮』かと思えばこれかよ……。――ん? なんだ、栗井さん? ああ……。ああそうかよ。こいつらで試験運転しろってか?」
ふたりの前に立つ、恐らくはうわさの正体。金髪の青年は、誰かと通信を取りながら不機嫌そうな表情を浮かべている。
「いやはや。まさか、『食い散らかされた』ではなく……」
「……『組み換え』とはなぁ」
佐竹とロドルフの視線は、青年の後ろに注がれていた。そこではバラバラになった『魔獣』と、その『魔獣』のパーツを接ぎ合わせて造られたようなちぐはぐな『魔獣』が存在しており――
「ぐぁぅ……ルぉ……」
――いまもなお、生命活動を続けていた。
「ははっ! すっげぇだろ? ここらの『魔獣』の良い所を、特製の『粒子』をつなぎにして造り上げた『複魔獣』だ! こっちじゃぽぴゅらーってやつらしいけどな」
金髪の青年は、誇らしげに声を張り上げる。そして『複魔獣』の姿を目の前のふたりに見せつけると、ニヤニヤと下卑た表情を浮かべ始めた。
「いや全く。誰かがやるとは思っていましたが……。どうする気なのですか? どこかに売るおつもりですか?」
「あ? どうだろうな? あの人、最近は、ただ造りたいからってだけだからなぁ……」
一方。佐竹は冷静に、目の前の青年から情報を引き出そうと話し掛ける。金髪の青年は、佐竹からの質問に、小さくうなりながら首をかしげ、目をつぶる。
「ほう? それは興味をそそられるお話です……が!」
佐竹は、青年が目をつぶった瞬間にすかさず駆け出す。
「――っ! はっ! お上品な口振りのわりにゃあ、好戦的だ……な! 動きやがれ『複魔獣』!」
「グァラォッ!」
「ふっ! 致し方ありません!」
青年に詰め寄ろうとした佐竹の前に、『複魔獣』が立ちふさがる。佐竹はその状況にため息をつき、自らの髪を三本引っこ抜くと、フゥッと息を吹きかける。
さらに佐竹は、懐からタンバリンを取り出し、小刻みにたたく。すると佐竹の履いていたハーフパンツが、パチンッと言う音とともに弾け飛び、そこから群青色の三角ビキニが顔をのぞかせる。
「さあ……。レッツ『ダンシンッ』! 輝け『オーロラ・ウィング』!」
『――システム・ブート………………』
佐竹は、目に涙を浮かべてスキルを発動する。するとビキニの中心部から機械音声が発せられ、翼が生える。
『モデル・ディスペア………………ロード……OK』
ビキニの両サイドに生えた翼は、そのまま輝き始め、その光を宙に浮いた三本の毛に注ぎ込む……。
「グラシャァ!」
そうこうしているうちに『複魔獣』の爪が、佐竹に振り下ろされるが――
「しゃらぁっ!」
「ひゅー!」
「えいたぁ!」
――その爪は佐竹に届くことはなく。数センチ手前で、三本の毛に阻まれる。
「グァラォ?」
佐竹は眼前の『複魔獣』に恐れることなく。冷静に丸眼鏡のレンズを磨きながら、『複魔獣』の攻撃を防ぐ『毛髪』たちに語り掛ける。
「いやはや……。いつもすまないねぇ、『マイ・ヘアリーズ』?」
三本の『毛髪』はいつの間にか、ブリーフ姿のかわいらしい妖精へと変わっていた。そして妖精たちは、繰り返される『複魔獣』の攻撃を阻みながら、佐竹に笑い掛ける。
「は、気にすんねぇ!」
「どうせ短い命だ!」
「この命尽きるまで、王に従います!」
佐竹は、そんな少女たちを愛おしげな表情で眺め、自らの頭頂部を優しくなでると、『複魔獣』と、その背後の青年に語り掛け始める……。
「見ての通り……。私の『スキル』は使用回数ありです……が! その分、比類なき力を持っています。投降するなら今のうちですよ?」
「は……ははっ! ハ―ハッハアアアアアアアアアア! やべぇ、面白ぇぜ、おっさん! まさかまさか、ここまでやるたぁ………………。あん? もうひとりのアンちゃんはどうし――」
佐竹の忠告に青年は大声で笑っていた。しかし、もうひとり――ロドルフの姿が見えないことに気が付き、不思議そうにあたりを見まわす。
「――ここだよっ」
すると青年の目の前に、いつの間にかロドルフが現れ、その拳を振りかぶっていた。
「――っ! いつの間にっ?」
「チッ……。妖精のいたずらってやつだよ! 『ガチンコ』!」
ロドルフは不機嫌そうに佐竹の横髪をにらみ付けると、その右拳を青年の左頬にめり込ませる。
「ガッ?」
『――システム・ブート………………モデル・ユースフルデイズ………………ロード……OK』
すると、ロドルフの右拳のメリケンサックから、機械音声が発せらる。そしてあたり一面が、青い光が包み込む。
「なに……を、しやがった?」
青年は左頬をさすりながら、ロドルフをにらみ付ける。ロドルフはそんな青年を見て、ニヤリと笑い、ファイティングポーズを取る。
「なにって言われてもなぁ。こっから先、俺とお前の間に『スキル』はない。ただ単に、殴り合おうぜ? ってことだよ!」
ロドルフはそう告げると、大きく一歩を踏み出す。そして構えた右拳を、ふたたび青年の左頬目掛けて放つ。
「そう言う……ことかよっ! なめんなぁっ」
しかし、青年も自分が何をされたかを瞬時に理解する。そして同じくファイティングポーズを取り、右拳をロドルフに向けて打ち込む……。
――一方……。
「いやはや。向こうはなんともきれいなクロスカウンターですねぇ……」
佐竹は眼鏡のレンズをしきりに拭き取りながら。ロドルフと青年の殴り合いを、ほほ笑ましそうに眺めていた。
そしてレンズを拭き終ると、眼前の少女たちに優しく声を掛ける。
「どれ、こちらもそろそろ決めましょうかねぇ……? いいですか、『マイ・ヘアリーズ』?」
「「「おうともさっ!」」」
「グラォルゥ……」
――いまだ、コラキたちが知らない所で……。新たなる事件の種が芽吹きつつあった。
取り敢えず、海外編の準備です。情報収集しなきゃ……。




