第十五話:独り地獄に、鈴は鳴る!(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
『え~、こちらAチーム……もといイグル。ただいま、マルタイの追跡中です。位置情報を送るです』
イグルの声が、コラキ、ペリ、雛子、スプリギティスの頭に響く。
『こちらコラキ。えぇっと……、俺とひっこは現在、英語の小テスト中。できれば『鷹の目』の送信回数を控えてくれ、どうぞ』
『あ、えっと……こちら雛子です。やっぱり、イグルちゃんのスキルいいなぁ……。携帯代金とか要らないんだよねぇ……? あ、どうぞ』
『それでも、役所やギルドに使用期間とか、対象とかいろいろ申請しなきゃですから、実は携帯の方が楽ですよ、どうぞ』
時刻は午前十一時。平日のこの時間、そして期末試験が迫っているこの時期、さすがに学校を休んでまで調査を行う許可が――美空から――下りる事はなく。コラキたちは仕方なしに、イグルの『鷹の目』で調査対象にマーキングだけを行い、その行動を監視している。
イグルは普段使用している半透明のスクリーンに代わり。眼鏡タイプのスクリーンを使用しており、小さな画面を目を細めて見ている。そのせいか、彼女のチャームポイントでもある鋭い三白眼が、さらに細く、鋭くなっており、一部の男子生徒たちの心がわしづかみになっている。
『あら~、どうもありがとう? 勝手に使っちゃダメなのねぇ? 向こうとずいぶん違うわね~。……ところで、この『どうぞ』って、私、何をもらっているのかしら~?』
『ん~? たぶん、半分は『やさしさ』だと、私は推測しているの! ところでペリ。『テンガ』って、漢字でどう書くの? どうぞ』
そんなイグルの苦労を露と知らず。スプリギティスとペリは、世間話とカンニングに精を出している。
『――だぁっ! ちょっと静かにするです。見失う……ことはないですけど、頭がガンガンするです』
『了解。ペリ、母さん、少し静かにな? それと……やべぇ、サッチーがこっち見てる。俺とひっこは、しばらく通信できない! 検討を祈る!』
『ご、ごめんね、イグルちゃん!』
そんなやり取りが、午前、午後と繰り広げられ――
「ふゅぃっきょ!」
「ふぉぁっ! ペリ、ビックリしたですよ」
「ズズ……。ごめんなの」
――放課後。コラキたちは、授業が終わるなり即座に合流していた。
「あらあら。ペリちゃん、えっと……何だったかしら~? アレなの?」
くしゃみをしたペリに、スプリギティスは机上のティッシュ箱から、二、三枚のティッシュを引き出す。そしてペリの鼻にそれらを当てながら、右拳をペリの額に押し付ける。
「あ、えっと、違いますよ? こうやって、手のひらを当てるんですよ」
「あら~? そうだったかしらぁ? いつの間に、やり方が変わったのかしら~?」
そして「うっかり」と言った感じのスプリギティスを中心に、四人の女性がほほ笑み合っていると、ティッシュ箱の真下。こたつの天板がチカチカと点滅し、文字が表示される。
『あ、あの……。ミィはここにいても良いのですか? と言うか、どうしてここにいるのでしょうか……?』
「ほぁ? 良いと思うの! むしろ手伝ってくれないと、私たちが凍死するかもなの」
「ふぁぁ……。とても、とてもありがたいです。ウチたちは、越冬できないので……。寒さ対策が、生死を分けるのです……」
現在コラキたち一行は、イグルの報告に従って、とある繁華街に向けて移動中である。
当初は周囲に警戒しながら、移動を行っていたのだが、道中でこたつ娘――『レイ・ハーン』と遭遇したこと。そして思ったよりも風が強く寒かったことが災いし、こうして移動手段がこたつとなった次第である。
「ご、ごめんね、レイちゃん? 後でケーキおごるから……」
『えっと、ミィは別に構いませんが……』
雛子がこたつ内部のレイに向けて両手を合わせる。すると天板に文字が表示され、同時に顔文字がピコピコと、こたつの外に立つ人物に向けられる……。
「えっと……えへ?」
「――気にすんな。俺はいま、この状況をごまかすことで精一杯なんだ……」
顔文字の顔がチラチラと視線を向ける先では、その手に錫杖を持ったコラキがいる。そして何度も何度もスキルをかけ直し、こたつで温もりながら移動する四人を、風景に同化させている。
そうこうしている内に、調査対象の青年――『掛川あさひ』――に、動きの変化が現れた。
それまで掛川は、ビルの建設現場でバイトに励んでいた。それからおよそ三時間。コラキたちが、『冒険者養成学校』の授業を終えていま、ようやく現場に到着したかと思えば――
「じゃあ、お先に失礼します!」
「おうっ? もう帰んのかい? どうだい、少し待ってくれりゃあ、アタシも上がりなんだが……ねぇ?」
「「「「「『――っ!』」」」」」
――いま、まさにそのバイトが終了しようとしていた。そして、恐らくはその建設現場の監督らしき女性が、さらしをはだけさせ、シナを作り、掛川青年へと迫っていた。
コラキたちは、かたずを飲んでその様子を伺っている。
コラキたち六人の間に、恐らくは掛川青年や、現場監督以上に張りつめた空気が訪れる……。
「えっと――」
「うん、なんだい?」
「「「「「『なにっ?』」」」」」
掛川青年の一挙手一投足に、現場監督とコラキたちが、グビリと喉を鳴らす。そして――
「スンマセン。自分、次のバイトがあるんで!」
「ぬぐぅっ! そ、そうかい……………………はぁ……」
「「「「「『――ほッ……』」」」」」
――掛川青年はさわやかに。額にピタリとつけていた人差し指と中指をそろえて、前に放り投げるように突き出す。そして、「じゃあっ」と告げて、その建設現場から立ち去った……。
「アレは……どうなんだ?」
コラキは、イグルに再度『鷹の目』で、掛川青年を追跡するように指示していた。そして、その準備が整うと、こたつの上に置かれたかごからミカンをひとつ取り、女性陣に意見を求める。
「ん~………………。私は、セーフかな? あ、コラキちゃん。私にもひとつ頂戴?」
雛子はそう告げて、口を「あーん」と開ける。そしてコラキから、ミカンの実を放り込まれると、そのままこたつの天板に上体を預け、緊張からの解放感によってか、思いきり背伸びをする。
「ウチもです」
イグルはそう言うと、コラキ同様にかごからミカンをひとつ取る。そして皮もむかずに丸ごとを、その口に放り込み、モムモムと食べ始める。
そんな中、こたつの所持者。こたつ本人であるレイは、消えたミカンを即座に補充しながら、天板にメッセージを表示させる。
『ミ、ミィは……もし、れ……好きな人がこんな風に、誰かに言いよられていたら、少し嫌かもです』
「ほぁ? 玲人先輩にそんな心配は無用なの。でも、私はアウトだと思うの?」
そしてペリの一言に、レイが『そ、そんなことは――』と反論しながら、ショボンとした顔文字を表示させる。
そんな五人の議論を、それまで黙って見ていたスプリギティスは――
「あらあら……。じゃあ、ママ。間を取って半殺しにすればいいのかしらぁ?」
「母さん。少し、俺とお話ししましょう?」
――誇らしげにそう告げて、コラキに説教されていた……。
そして数分後。
「あ、マルタイの動きが止まったです」
『あっ、じゃあ移動しますよ?』
イグルの報告で、ふたたびこたつが動き始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今度は……?」
「ふぉ? どうやら和菓子屋みたいです」
イグルの案内によってたどり着いた場所。そこは『幻想商店街』から少し離れた場所にある、小さな和菓子屋であった。
雛子はしきりに首をかしげ、イグルは興味深そうに店舗を見上げている。
「むむっ? ――『抜刀』なの」
『ですねぇ……』
「あれ? ペリ、ハーンさん、知っているのか?」
そして古ぼけた、店名の読めない看板を見上げてつぶやいたペリに、コラキが反応する。するとペリは、そんなコラキを不思議そうに眺めて告げる。
「何言ってるの? 玲人先輩のご実家さんなの。コラキ、まさか知らないの?」
ペリの発言に、コラキは「へぇ~」と答える。そしてそんなコラキや雛子に対して、ペリの情報を補足する。
『お大福がとてもおいしいですよ?』
「コラキちゃん。ママ……欲しいのぅ~」
「あ~……。はいはい、後で買いますから……。っと、ちょっと待って!」
コラキは、おねだりしてくるスプリギティスを軽くあしらいつつ、店の様子を伺う。すると、店のレジと思われる場所に、掛川青年の姿を見つける。
コラキはスプリギティスの口を押さえつけながら、慎重にスキルを発動する……。
「これで外からは姿が見えないはず……。それにしてもすげえ……」
「すごいの……」
「彼女さんが心配するのも仕方ないです……」
掛川青年がレジにつくなり群がる女性客。コラキたちの視界には、そんなコントのような光景が映し出されている。そして――
「あれ……。たぶん、梧桐君だよね……?」
『ハンカチを噛みしめる姿もそれはそれで……うん』
――そんな掛川青年の背後では、白光をまとう『仮性仁』の姿があった。彼は両手でハンカチを握りしめ、さらにハンカチの端を口でくわえている。
「うわぁ……。ウチの目には血涙が幻視できるです……」
「――奇遇だな。俺もだ……」
コラキたちの生暖かい視線の中。『仮性仁』――梧桐玲人は、背後から伸びてきた手にその頭をつかまれて姿を消す。
「あ、引っ込んだの」
ペリのつぶやきで、一同は玲人に手を合わせ、掛川青年の観察に戻る。
『いまのお客さんで五人目ですね』
「マジでっ? 何だあの人……。誘惑系のスキルでも持ってんのか……?」
コラキは若干恨めし気な視線を掛川青年へと送り、つぶやく。そうこうしているうちに時間は過ぎていき、ふたたび掛川青年が動き始める。
「お疲れさまでした!」
「あ、掛川さん。今日はもう上がりなんですか?」
「はぁい。お疲れさんっす……チッ……」
掛川青年がにこやかに、バイト仲間の女性や玲人に声を掛ける。すると女性バイトの一人がススッと近付き、彼の耳元で何かをささやくが……。
「スンマセンっ! 自分、次があるんで!」
「あぁん……」
「「……チッ……」」
先ほどの工事現場と同じく、誘いをさわやかにかわす。思わずコラキと玲人が離れた距離で同調し、舌打ちをするが、コラキはその直後、ふと、われに返り――
「なぁ……? ちょっと俺、玲人と話してくる。皆は引き続き、監視頼むわ」
――そう告げて、玲人の元へと駆け寄っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせ………………って、なんだこの状況?」
ペリたちに追跡を任せてから小一時間。コラキが合流すると、そこには不可思議な光景が繰り広げられていた。
「た、たすけ……て」
「「「『アウト!』」」」
現在、掛川青年は縄でグルグル巻きにされており、イグルの『棍棒の様なモノ』の先につるされている。
コラキが頭を抱えてイグルに状況を確認すると――
「怪しげなお店に入ったです。そこからまた出てきたかと思えば突然、ナ、ナ、ナンパを始めたですよ!」
「ナンパ……って。お前……」
「誤解ッス……」
コラキはため息をつき、掛川青年の格好を見る。紫色の縦じまの入ったスーツに、胸もとを大きく開いたワイシャツ。
「どう見ても、これもバイトだろうに……」
「? どう言うことなの?」
小首をかしげるペリに、コラキは玲人からの聞き込み情報を語り始める……。
玲人によれば、掛川青年は彼女――つまりは依頼人に、奮発したクリスマスプレゼントを贈るために、バイトを掛け持ちしていたらしく。一見ナンパに見える行動も、ただ単にバーの呼び込みのバイトであるらしい。
さらに玲人の証言によると――
「気にくわねえけどよ。あの人、どんな美人からの誘いも断ってんだよ……チッ……。それがまた、評判よくってさ……チッ……」
――とのことである。ちなみに、情報提供のお礼として、コラキは彼にクリスマスパーティをしようと持ち掛けている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後……。
「残念ながら……白です」
「――そんなっ! やっぱり………………って、えっ? し、白? 浮気は……?」
「ありません。……チッ……」
コラキの心は現在、非常に荒んでいた。
それと言うのも、あれから念のためにと掛川青年の動向を探っていたのだが……。
「えっと、ただ……ですね? あの人、一日平均で十二人ほど。女性から逆ナンされています。何らかのわなを仕掛けられる可能性が大きいです」
やさぐれたコラキに代わり、イグルが調査結果の写真を提出する。女性はしばらくの間、表情を固めてそれらの写真を眺めていたが……。
「で、でもですね? その、バイトを増やしていた理由が――」
――そんな雛子のフォローによって、徐々にその顔がふにゃけたものへと変わっていく。
こうしてなんとか女性の誤解と機嫌をとりなし、掛川青年の名誉を回復させたコラキたちであった。
「どうもありがとうございます」
「自分も、少しサプライズ狙い過ぎたっス!」
依頼人と青年を見送った一同は、打ち上げを兼ねて外食へと出かけていく。その後に起こる悲劇を知らずに……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「コラキ遅ぇなぁ……。今日……だったよな?」
コラキたちが調査を終えたのは、とある聖夜。『幻想商店街』が一年で一番にぎやかになるこの日。『幻想商店街』の外れにある『天鳥探偵事務所』の前では、白光を放つ少年が、体育座りをしている。
「やっぱり、シングルベルよりは、友達とパーティの方が良いよなぁ。へへ、ちょっと……早く来ちまった……かな? あれ……、何か……ねむ……い……」
数時間後、玲人からの着信にコラキが気付くまで。彼は友人とのクリスマスパーティを夢見て、グヘグヘとほほ笑んでいた……。
「ラッキースケベなんてあるのかなぁ……? あったら……良いなぁ……」
――――『彼の挙動が怪しいの!』End――――
すいません、体調が戻らずで遅くなってます。




