第七話:バイトしない? Part1(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
――『異界小学校』。
ここ数年、『冒険者』達の育成が進んだお蔭で五層までが制覇・確認されている『異界化迷宮』であり、難易度は比較的低く、『冒険者』登録直後の初心者向け『迷宮』として、時には海外からの『冒険者』も訪れる人気の『迷宮』である。
現在、確認されている五層とは――。
――第一層:通称『ウサギ小屋』と呼ばれており、その名の通り、階層全域に様々な種類の『ウサギ型魔獣』が存在している。
――第二層:通称『金二郎サーキット』と呼ばれており、階層全体が運動場で、そのトラックを大量の『金二郎像型魔獣』が走り回っている。
――第三層:通称『メタル音楽室』と呼ばれており、階層自体は一般的な体育館程の広さで、それまでの二層とは異なり、『ピアノ型魔獣』、『木琴型魔獣』、『アコーディオン型魔獣』、『著名音楽家の肖像画型魔獣』など、多種多様な『魔獣』が存在している。
――第四層:通称『体育館』と呼ばれており、前層と見た目は変わらないが、うろつく『魔獣』が、『スパッツ着用ウサギ型魔獣』、『ブルマ着用金二郎型魔獣』など、前三層までの『魔獣』のマイナーチェンジな『魔獣』がうろついている。
――第五層:通称『校長室』、一室で構成されており、敵対『魔獣』も一種一匹のみ、『ウサギ型』と『金二郎型』を合成した様な見た目と、立派な風貌から『校長型魔獣』と呼ばれている。
「――と言う訳で、『異界化』する前は、普通の小学校だったせいか、出て来る『魔獣』も、配置されたトラップも、学校絡みのモノが多いんです」
『異界小学校』の一層へと突入したバスの前方で、今回のガイド役を務める事になったひっこが、『迷宮』の説明を行っている。
「おぉ、成程なぁ……、おっ、あれ見ろ、『魔獣』同士が殴りあっとるっ! ――ひっこちゃん……じゃなかった、ガイドさんっ、アレは縄張り争いか?」
ビール缶を掲げながら、近所のオッチャンが、ひっこに解説を求める。その瞬間、バスの運転手を務めるひっこの父――大樹がバスを停車させ、目線でひっこに「仕事だよ」と合図する。
そして、ひっこは――。
「んぇ? えっと……、どれど――れっ!」
――目の前の光景……、三匹の『魔獣』が集い、その内の二匹が争う様を見て、ビクッと身震いした後、少しだけ頬を赤く染める。
「――えと、その……、アレは……」
――『冒険者養成学校』では、既知の『魔獣』に関しての情報も、座学として教え込まれており、一番近くである『異界小学校』については、入学後の初授業で、みっちりと教え込まれる。
そんな訳で、学生であるひっこにも、『迷宮』のガイドが務まるのだが――。
「その……その……」
見れば、『魔獣』同士の戦いには決着が付いた様で、倒れた『魔獣』を除いた二匹の『魔獣』がそっと距離を縮めていく――。
ツアー参加者達は、「おぅ、第二回戦かっ?」と、赤くなるひっこを他所に、窓の外に釘付けになる。
「――ひっこ、あんまり気にしすぎる事じゃねぇよ?」
「だ、だって……」
見かねたコラキが助言してみるものの、今から行われる筈の、『ウサギ型魔獣』達の行動を知っているひっこは尚も顔を赤くする。
それに釣られるように、同じく『ウサギ型魔獣』達の知識を持つイグルも、若干、顔を赤らめている。
「――はぁ……、分かった、俺が世間話程度に教えて来る」
「うぅ……、ゴメンね?」
――『魔獣』は、基本的には、元となるモノが存在する。
今回の『迷宮』の場合、『魔獣』の元となった生物が『ウサギ』なだけあり、基本的に草食で、敵対行動さえなければ、襲い掛かって来る事は無い。
但し、『ウサギ小屋』のウサギ達は、敵対行動以外では、『ある行動』を邪魔されたり、目撃される事を極端に恐れ、嫌う。
その『ある行動』とは――。
「要は生殖行動だな」
「ん? ――おぅ、子作りかっ、そりゃあ怒るわなっ!」
酒が入ったオッチャン達は、顔を赤らめるひっこに手を振り、嬉しそうに「危うくセクハラだべ?」と、再び酒盛りを始め、窓の外に目を向ける。
そこでは、決闘に勝った『魔獣』が、もう一匹の『魔獣』に馬乗りになった状態で、「何見てんだこらぁ?」とでも言いたげに、バスを睨み付けていた。
「あっ、やべ……、大樹さんっ、バス出してっ、早くっ!」
「――え? あ、そ、そっかっ!」
オッチャン達に、これから始まる筈の活動を見られた『魔獣』達が、顔を真っ赤にしてバスに向かって来る。
「くっ、エ、エンジンがっ!」
「お、おいっ、大ちゃん、何やってんだっ! は、早くっ、あいつ等――」
焦るオッチャン達の思いは届かない様で、バスは「キュルルル」と、セルが空回る音を発し、バスはその場から動けないでいた。
そして、いよいよ『魔獣』達がバスに接触し――。
「ギィィィィィッ!」
と、その拳でバスの車体を殴りつけ――。
「フギィィィィッ?」
――次の瞬間には、涙目になり、その場で転げまわり始めていた。
「「「――ぇ?」」」
呆然とするオッチャン達。
すると、そこに顔の赤みが未だに残るひっこが、マイクを再び取り出し――。
「――はいっ、と言う訳で、このバスは『ギルドメタル』製の特殊装甲で、一層のウサギの攻撃程度じゃ、ビクともしませんので、ご安心くださぁいっ!」
――「むふんっ」と、得意げな、悪戯が成功したような顔でそう告げた。
安堵したオッチャン達は、力が抜けた様に座席に座り込むと、口々に「肝が冷えた」、「先に言ってくれよ」等、ひっこと大樹による演出の感想を酒の肴にして、再び酒盛りを始める。
「――ふょ? 今の、ゴッコだったの?」
「うん、お父さんと色々考えて、ちょっとはこう言う演出があった方が良いかなって。――まぁ、後でアンケート取って、不評だったら止めるんだけどね?」
「それ……、出来たら打ち合わせの時にウチ達にも教えておいて欲しかったです……」
ペリとイグルからの責める様な視線に、ひっこは、「ゴメンね?」と言いながら頭を下げる。
すると、その様子を見ていたコラキが、呆れた様な表情を浮かべて、ペリとイグルの頭にチョップをお見舞いし――。
「お前ら……、どっちにしても、バスの情報見た時に、それ位察しろよ……。――見てみろ、田中のお婆ちゃんなんか、どっしり構えて動じもしなかったぞ?」
コラキは鼻提灯を作り出し、首を前後に動かし続ける老婆を指し示す。
「むぅ……、『Sランク』達と比べられても、困るです……」
「そうそう、コラキだっ――痛いの……」
「まあまあ、コラキちゃん、皆に言ってなかった私達も悪いんだし、そんな怒んないで? ね?」
不満に頬を膨らませてコラキを睨む、イグルとペリ、そして、コラキの間に、ひっこは立ち、コラキの髪を軽くワシャると、ひっこは、三人に耳打ちを始める。
「――で、ここからが昨日の打ち合わせで言ってた、『冒険者』による『魔獣』狩り実演なんだけど……、イケる?」
「ん? イケるイケる……って……、何か、妙にタイミングが良いけど……、ひっこ、お前……もしかして、スキルか何か……使ってる?」
すると、ひっこは、少し照れながら、コラキに『学生ギルドカード』を見せ付ける。
そして、『スキル一覧』と書かれた項目の一番下の部分を指で押さえ付け――。
「何でだか分かんないんだけど、『魔獣たらし』ってスキル覚えたんだぁ……、で、お父さんに、ツアーの提案してみたの……。――ただ……、その、あ、ああ言う場面になるとは……思ってなくて……」
顔を真っ赤にしながら、ひっこはしきりに首を傾げ、「覚えが無いんだけどなぁ」と不思議そうにしているが――。
「――コラキ……、コラキのせいです……絶対……」
「あぁ……、やっぱりなの……、何時かこうなると……、あれ? 特には思って無かったの……」
「――反省は……する……」
そして、三人の内緒話が終了し、ひっこと大樹に「バスの扉を開けて」と伝え――。
「じゃあ、よろしくね? 後、こっちから呼んでおいて、退治するってのも、可哀想だから……、出来れば追い払うだけでよろしくね?」
――ひっこからの、そんな注文を受けて、コラキ達は今、バスの外に居る。
「追い払うか……、となると、俺かペリ……だな?」
「――えっ? ウ、ウチだって追い払う位、出来るですっ! 寧ろ、ペリの方が危ないです!」
「うーん、私もそう思うの……」
流石に全員がバスから離れる訳にもいかず、三人は誰が『魔獣』を追い払う役目をするかを話し合っている。
イグルも、ペリも、戦闘能力と言う点では、申し分無いのだが、敵を追い払うなどの手加減は苦手としており、どちらかと言えば、敵を殲滅したり、蹂躙したりなどを得意としている。
と言う事で、当然――。
「――分かったっ! じゃあ、やっぱり俺がやるわっ!」
――揉めに揉めた後、コラキはそう言って二人をバスに押しやる。
「ちょっ! コラキ?」
「――イイとこ見せたいだけなのっ!」
「ふはは……、何とでも言えっ! 恨むなら、技術不足の自分達を恨めっ!」
そう、勝ち誇った表情を浮かべ、妹達をバスに押し込めたコラキは、そのまま錫杖を手に、バスを殴り続ける『魔獣』達の元に近付く。
そして、バスの中から酒を片手に手を振るツアー参加者達へ向けて、にこやかに手を振る。
「――悪いな? あんまり痛くしないから……、ちょっと我慢してくれよ?」
「「ギギィッ?」」
近付くコラキを警戒してか、『魔獣』達は二、三歩後退り、その耳を逆立てる。
一方、その頃、バスの中では――。
「――はい、今、耳を立てたのがお分かりになりましたか? ――実は、『ウサギ型』は、世界中で確認されているのですが、その強さは主にその耳を見れば分かります。見方としては、長いか、短いか、毛が多いか、少ないか、垂れているか、いないのか、これらの外見情報だけでも、危険性が分かるので、ぜひ覚えて下さいね?」
そんなひっこの、イラストを織り交ぜた説明に、元気よく返事するツアー参加者達の視線の先では、錫杖を振り回すコラキが飛び回っている。
「――相変わらず、飛ぶみたいに空中戦上手いよねぇ……」
――頬を染め、呟くひっこの目に、錫杖に打ちのめされた『魔獣』達が、「お、覚えてやがれ」と言っているかの様に、何度も何度もコラキを睨みながら、何処かへと去って行く様子が写っている。
そんな感じで、一時間弱の『迷宮』内ドライブを終え――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日は、ありがとうね?」
「良いデータが取れたよ」
ひっこと大樹が笑顔で、そう告げると、コラキ、ペリ、イグルは、少しだけ照れつつ――。
「いや、こっちこそ助かったよ……、これで、少しは退学が遠のいた……」
「んふふ……、楽々だったのっ! こんな仕事ばっかりなら、良いと思うの……」
「雛子さんも、大樹さんも、良ければまた、ご指名して下さいね?」
――そう言って握手を交わし、『皇ツアーズ』の目の前の事務所へと帰って行く。
そして、特に意識することなく、鍵が掛かっていたはずの事務所の扉を、鍵を開ける事無く開き、事務所に入った事で……、違和感に気付いた。
「――あれ? 今朝……、鍵……掛けた……よな?」
そんなコラキの問いに反応したのは、ペリでも、イグルでも無く――。
「――そんなの、ボクがマスターキー使ったに決まってるじゃないですか?」
肩ほどまである髪をバレッタで後ろに止め、パンツルックスーツを着こなしている、身長百四十程の、若い女性であった――。
――――『迷宮探索ツアーを護衛して』End――――
取り敢えず、次回でプロローグ終了予定です。
本格的な『迷宮』やら、『魔獣討伐』やら、『探偵的な依頼』やらは、次章以降からになります。……なる予定です。……なって下さい。