第十二話:インターミッション(12)
続きです、よろしくお願いいたします。
――健祐少年による。ポチの捜索依頼から数日。
「す、すみません。いま、お時間いただいても、よろしいでしょうか?」
「あらあらぁ? どちらさまでしたっけ~?」
休日。昼下がりの『天鳥探偵事務所』に、ひとりの女性が訪れていた。事務所の玄関先で、その女性を出迎えたのは、『天鳥家』の母――スプリギティスである。
スプリギティスは、しきりに小首をかしげる。そして、ずい、ずずいと、来客の女性に、顔を近づけ、記憶のなかから、その女性を思い出そうと、もがいている。
「母さん……、たぶん初対面だし。事務所のお客さんだからさ……」
「じむ……? そうねぇ、そうだと思っていたわ~? じむ、じむよね~?」
スプリギティスは、何かに納得すると、そのまま給湯室へとスキップしていく。そして、そこでおそらく、来客用のお茶を用意しているイグルに、「じむよ!」と報告している。
コラキは、そんな母の様子を、苦笑して見送る。そして改めて、女性の顔をながめる。するとコラキの表情は、知りあいを見るソレへと変わっていく。
「ああ、お待たせして申し訳ありませんって――」
「あ、その、いつぞやは、お世話になりました」
――そこに立っていたのは、健祐の母だった。健祐の母は、コラキにほほ笑みかけ、頭を下げる。
「立ちっぱなしもあれですし。どうぞ中へ……」
「はい、おじゃま致します」
コラキは、左手で玄関ドアを大きく開く。そして右手で、健祐の母を、事務所内に据え置かれた来客用ソファへと導く。
健祐の母がソファに座ると、コラキもまた、対面のソファに腰掛ける。そしてイグルと、その後ろをちょろつくスプリギティスが持ってきたお茶を、健祐の母に勧めると、ゆっくりと口を開いた。
「それで……。今日はいったい、どの様なご用件でしょうか? もしかして、健祐になにか……?」
「あ、いいえ……。うちの子は、いたって元気です。けど、無関係ではないと言いますか……」
健祐の母は、少し戸惑い気味に、その右手を頬に添える。
コラキは、もしかしたら、男性には言いづらい事かと考え、イグルともうひとり――
「ほぁぁぁ……。けんちゃん、なにかしでかしたの?」
「イグ――って。おあああっ? ペ、ペリ? そこでいったい、何をしてんだ?」
――ペリを呼ぼうと、口を開きかけて……。ソファの下から、もぞもぞと出てきたペリに、問い掛けてみる。
「ほぁ……。最近、せまい所がマイブームなの」
「はぁ……? お前……まあいいや。取り敢えず、健祐のお母さんから、話を聞いてみてくれ。なんか、男って言うか、俺には言いづらそうな感じ「ああ、違うんですよ!」……じゃないみたいだ。一緒に聞いてくれ」
こうして、コラキと、ソファの下から顔をのぞかせるペリ。ふたりによる、事情の聞き取りが、開始される……。
「えっと、信じてもらえないかも、なんですが――」
健祐の母は、そう前置きして、ぽつぽつと語り始めた。
「じつは、ここ最近。わが家の庭に、不審者が常駐していまして」
「は? じょ、常駐……ですか?」
ポカンとするコラキに、健祐の母は、苦笑しながらうなずき。そして、続ける。
「そこまでは……まあ、全国を探しまわれば……。多少はいそうなんですが……。その、わが家の庭にいる不審者……って言うのがその……真っ裸で。そして――頭が犬なんです……」
「よし、いますぐ行きましょう!」
「ママ、イグル! おでかけの準備するの!」
「了解です。ママ、お湯飲みは、食べちゃダメです! 行くですよ!」
こうして……。コラキたち『天鳥探偵事務所』のメンバーは、長崎家へ足を運ぶこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
長崎家に到着したこらきたちが目にしたものは……。
「ポチ、ポーチ! 肩車して!」
「へぇい……。男の子がそんな簡単に、『漢の上に乗る』だなんて……。そんなこと言っちゃノォウよぉ?」
ポチに向かって、ひたすらに手を振る幼児――健祐と。そんな健祐を、犬小屋の屋根の上で腕を組み、にこやかに見下ろしている。仁王立ちの、人身犬頭の存在――ポチであった。
「ねぇ……。あれ、どう言う状況です?」
「俺に聞くなよ……」
「あの不審者……ポチと名乗っているんですが……。数日前に突然、「私はポチ。健祐ボゥイの、犬。ポチ・ザ・ドォッグ!」って現れまして……。それからずっと。ああして、犬小屋の屋根の上で、仁王立ちしているんです……」
健祐の母によれば……。ポチと名乗る不審者――ポチ本人――は、とくに何か悪さをする訳でもなく。毎日毎日……。不審者がいないか。健祐に危険が迫っていないか。ご近所を見張っているとのことらしい。
「さすがに、ご近所さんも苦情ではないんですが……。その……、教育上……ねぇ? と言う感じで、苦言をいただいてまして……」
という事で。なんとか説得して、出ていってもらうか。最低限、服だけでも着ていただけないかと……。わりと切羽詰まった状況であるらしい。
健祐の母に、すがる様な目で相談され――
「まあ……。やってみます」
――コラキはそう言って、スプリギティスをチラリと見る。そして、そのまま犬小屋へと近づいていき……。
「あ、おにいちゃんっ!」
「ポチさん。元気にしていましたか?」
「んぅ? あぁら、カラスの坊や。元気か……って? そうねぇ……、健祐ボゥイが元気なら。それが私の元気……かしらねぇ」
コラキがつとめて明るく。ポチに手を上げると、ポチは、コラキと健祐を見比べて。空を見上げながら、気だるげにそう、答えた……。
コラキは、そんなポチを見ながら……。若干……。うっとおしいと言う感情を抱きつつ。そのまま、平静を保ち、ポチに話し掛ける。
「えっと……。単刀直入に言いますよ? 元のマメシバにもどる「ノォウ」気はないんですね……」
「えぇ。そぉよ? と言うよりも、戻れない。元の私を忘れてしまったの。私はポチ。ただただ、健祐ボゥイを見守る漢……」
ポチはうっとりと。コラキの顔を見ることなく。健祐の頭をなでる。
「なら……。せめて、家の中に入るかしたらどうッスか? 健祐のお母さん……。ご近所からの、苦言やら好奇の視線やらで、結構まいってるみたいなんですよ……」
コラキはなおも食い下がる。そして、遠まわしに「お母さんの苦労を考えてみろ」と、ポチに告げる。
「あはは、ポチ、あせくさぁい!」
しかし、ポチは健祐をひょいと持ち上げ。その肩に乗せると。さびしげにコラキの顔を見つめて、やさしく語る……。
「へぇい……。カラスの坊や? 私にはこの子を見守ると言う、生まれながらの使命があるの。うちにこもっていたぁら……。大切なことが見えないじゃなぁい? 私はポチ。健祐ボゥイを守って見せるわ? マァマに伝えてちょうだい? お気遣いなく……とね?」
「いやいやいや! 気遣うべきは、ポチさんだから! ねぇ? せめて、服着ませんか?」
「ノォウ……。昔からチクチクしてて、お洋服は嫌いなのぉよ」
「おまっ……。犬時代は忘れたんじゃねぇのかよ……!」
少しずつ、少しずつ……。話の通じないポチに気が付き、コラキは声を荒げていく。
その時だった――
「コラキィ? ちょっと助っ人呼んでみたの!」
――ペリが妙な機転を利かせて……。
「んっはぁい? なんか、ペリちゃんから「お仲間発見」って、合コンのお呼ばれしたんだ・け・ど?」
「……キュキュ……遊んで……?」
爆弾と、パルカを連れて来た……。
「んっはぁ……。なに? なになになぁに? なっかなかいい筋肉じゃなぁい?」
「へぇい……。ユー、ヴェリィなへんたいね? 私の健祐ボゥイに……、それ以上、近付かないで……?」
ポチとスファーノは、その距離をじわじわと詰めていく。
「あらあらぁ? なんだか、お客さんがいっぱいね~?」
「ウチは、もう知らないです……」
「あぁ……。ご近所が……。ご近所の目が……」
――その後、ふたりの対決が始まり。当然ながら、ご近所にうわさが広まっていき……。
「……ラッセラ……」
後日、『異世界大使』の一般家庭への訪問と、そのための余興。そんなでっち上げによって、事態は収束し……。
「ふ……、ふふふ。トンだ……」
コラキたちの、ここ数日の報酬金が、その工作代金によって無に帰した……。
ちなみに、ポチは――
「へぇい。ブロス……。よぉこそ、私のルゥムへ……」
「んっはん! なかなか、イイ雰囲気じゃない?」
――コラキたちが住むアパート。『二鷹荘』の、一〇三号室へと移住していた。




