第八話:カムバック!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
――『天鳥探偵事務所』の、中央に据えられた、来客用のソファ。
二台一組の、そのソファの片側には、今、コラキが座っている。
「それで、ポチさんがどうしたって?」
コラキは、そうつぶやくと、そのまま、対面のソファに座る、幼児の顔をのぞく。
「えっと……?」
前髪をパッツンとそろえた幼児は、そう質問を投げ掛けられて、チラリと顔を上げる。
「ほぁ? 私の事は、あまり気にするな、なの」
すると、少年と目が合ったペリが、さも不思議そうに、キョトンと首をかしげる。
「う、うん、でも……」
幼児の名は、『長崎健祐』。――健祐は、かつて、コラキたちの依頼人であった幼児である。
その健祐が今、再び、助けを求めて『天鳥探偵事務所』を訪れている。
そして、健祐は、なぜか今、ペリの膝の上で、コラキに接客されている。
その状態が落ち着かないのか、健祐は、なんとなく居心地悪そうに、もがいている。
すると、健祐の隣で、同様に、豊満な女性に、抱っこされている幼児から、声がかかる。
「そうそう、けんちゃん、それよりも、ポチだよ!」
健祐の友人である、その少年は、ニパッと八重歯を見せると、自分を抱きかかえる女性に向かって、「ね~っ?」と、語り掛ける。
「あらぁ……、この子、どこかであったかしらぁ?」
少年を抱きかかえているのは、赤い、ストレートの長髪、ペリに及ばずながら、なかなかに豊満な女性――スプリギティスである。
スプリギティスは、抱きかかえた少年を、じっと見つめていたが――
「ふぅ……、トミ君? 初めて会った人には?」
――突如、隣に座っている美空から、そんな声が上がり、視線を美空に移す。
「あぅ……、みそらちゃん……、ごめんなさい……」
少年は、どうやら、美空に怒られたと思ったのか、ショボンとしながら、スプリギティスに、小さな紙を差し出した……。
「えと、ぼくは、イクトミです、よろしくね?」
「あらぁ……? はい、ご丁寧……にぃ?」
少年――イクトミが、お手製の名刺を差し出すと、思わず、と言った感じで、スプリギティスは、ペコリと頭を下げる。
スプリギティスは、不思議そうに、首をかしげていたが――
「みそらちゃん、ちゃんと、できた?」
「はい、良くできました」
――イクトミは、既に、そんなスプリギティスから、美空へと、視線を移していた。
「じゃあ、あのね……?」
そして、イクトミは、隣に座る美空に、おずおずと、その頭を差し出す。
「はいはい♪」
美空が、イクトミの頭を、これでもかと、なではじめると――
「あ、そうです、ごめんですよ、健祐君、それで、一体、どうしたです?」
――それまでずっと、黙っていたイグルが、健祐に、改めて質問する。
「あ、えっと、その――」
自身も、イクトミたちに注目していた健祐は、突然、話が自分に戻ってきた事に驚いた。
そして、ソファと自身の間に挟まっているペリを気にしながらも、少しずつ語り始めた。
――事の発端は、幼稚園から、自宅に戻った時であったらしい……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま~!」
「おじゃましま~す」
長崎家の玄関ドアが、勢いよく開き、そこから、二人の幼い声が響く。
「あら、イクトミ君、いらっしゃい」
「はいっ、こんにちは、おくさん!」
健祐の友人である幼児の、ませたあいさつに、健祐の母は、思わず、吹き出しそうになりながら、笑顔で返す。
そして、幼児たち二人は、そんな健祐の母に見送られて、健祐の部屋へと入っていく。
「ねぇねぇ? けんちゃん、ポチは?」
「え? どこだろ? さいきん、お庭に、よくいるよ?」
イクトミは、それを聞くなり、「じゃあ、ごあいさつしたい」と、健祐に告げる。
健祐としても、それは、友人を呼んだ時の恒例であるため――
「うん!」
――と、二つ返事で、イクトミの手を引っ張り、そのまま、庭へと駆けていく。
そして、ちょこちょこと、二人が庭に出ると、そこには、一匹の犬が居た。
「ポチっ、ただいま!」
健祐が、元気よく、そう語り掛ける。
すると、ポチと呼ばれた、白いマメシバは、ずっと空に向けていたであろう首を――
「わぁふっ」
――まるで流し目を送る様に、健祐に向けて、ほえた……。
そんなポチは、健祐の隣に立つ、イクトミを見つけると、再び、健祐に視線を合わせる。
そして、前脚で、イクトミを指し示すと、さも、「この子は?」と言いたげに、「わふ?」と、鳴く。
「あのね、おともだちの、イクトミ君だよ?」
そう健祐に紹介されると、イクトミは、その場に正座し、手のひらサイズの画用紙を、取り出す。
そして、その画用紙を、ポチに向けると、笑顔で告げる。
「イクトミです、よろしくね?」
ポチは、そんなイクトミを、不思議そうに、眺めていた。
しかし、ふと、気が付けば、ポチは、その画用紙をくわえていた。
「わ、わふ」
ポチは、その画用紙を、丁寧に、地面に乗せると、そう一ほえした。
無事にあいさつが終わると、イクトミは、その両手を大きく広げる。
「わぁ、ちっちゃいね?」
そして、イクトミが、ポチに抱き付こうとした時、それは起こったらしい……。
「わ、なんだか、かぜがつよいね?」
「ちがうよ、けんちゃん、そゆときは、きょうはかぜがさわがしいなっていうんだよ? パパのおともだちが、おしえてくれた!」
そうして、二人が、ポチを囲んで、はしゃいでいると……。
『見つけたぜ?』
突然、茶色い煙が、長崎家の庭を、包み込んだ。
その煙は、まるで蛇の様に、うねうねと、健祐たちを中心に、漂っていたが――
『来い!』
――そう叫ぶと、健祐たち目がけて襲い掛かって来た。
しかし、次の瞬間……。
「――っ! わふっ!」
「うぁっ!」
「ポ、ポチっ?」
二人を突き飛ばし、ポチが、その煙の前に立ちはだかる。
それは、あたかも、二人の幼児をかばっている様であった。
そしてポチは、煙に襲い掛かられる前に、フイッと振り返り――
「わっふ、わん!」
――「さあ、お行きなさい!」と言いたげな鳴き声を出す。
そしてポチは、そのまま、煙に包まれて、消えてしまったらしい……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ポチ、どこにいったのかなぁ……」
全てを話し終えた健祐は、悲しげにつぶやくと、周りの人間たちに、すがる様な視線を送る。
「ポチさん……、犬に戻っても、やっぱり漢なの……」
ペリは、そうつぶやくと、そのまま、健祐をギュッと、強く抱きしめる。
「コラキ……」
イグルは、コラキの判断を仰ごうと、コラキの顔を、しっかりと見つめる。
そして、皆の視線が、いつのまにか、コラキに集中していく。
コラキは、しばらくの間、目をつぶって、そのまま黙っていたが……。
「後の事……、頼まれたしな……」
そうつぶやくと、ゆっくり目を開ける。
そのまま、健祐と、イクトミの頭に、手を乗せると、あえて強めになで回す。
「おにいちゃん……」
「いたいよ、コラキちゃん」
そして――
「探してやっから、良い子で待ってろよ? とくに……、イク!」
――そう告げると、スッと、ソファから立ち上がり、ペリとイグルを見る。
「イグル、『鷹の目』の準備、ペリ、二人の護衛」
「はいです!」
「はいの!」
そして、ペリとイグルに指示を出すと、次にスプリギティスを見て、申し訳なさそうに、告げる。
「母さん、そんなわけで、ちょっと、美空さんと、暇つぶし、していてください」
スプリギティスは、そんなコラキに対して、ほほ笑みかける。
そして、イクトミの頭に、あごを乗せると、さも当然と言った感じで、口を開く。
「あらぁ? 良いのよぉ? 何か、お手伝いはいるかしらぁ?」
「いいいいい、いや、さすがに、それは……ちょっと……」
コラキは、母からの提案に、まるで天変地異でも起こりかねない程に動揺し、遠慮する。
「え~? えん……りょ? なんて、しなくても良いのよ~?」
スプリギティスは、そんなコラキの態度を見て、不満そうに、頬っぺたを膨らませていたが――
「ティスさんは、ボクと、ペリと一緒に、この子たちの、護衛ですよ?」
「あら? じゃあ、そっちが良いわ~」
――と言う言葉に、たちまち笑顔に戻り、コラキに「頑張って~?」と、声援を送り始める。
「さて、先ずは……、ハムスターの所かな……?」
こうして、コラキたちは、『ポチ捜し』を開始したのであった……。
――――『うちのポチ、知りませんか!』Start――――




