第六話:母、参戦!(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
――コラキ、ペリ、イグルたち、三人の母――『天鳥プリティス』こと、『スプリギティス』がやって来た翌日……。
「あらぁ……、たまごかけご飯って言うのぉ? これは、高級なお料理なのかしらぁ……」
「いや、ティ――母さん、わりかし、一般的な朝食です」
「でも、私は、朝食の王様だと思うの」
「……同感です」
――コラキたちは、日本に来てから初めての、一家団らんの時を、過ごしていた。
「お米ねぇ~……、お土産に良いかしら~……? そろそろ、食べ盛りなのよね~……」
「ああ、そっか、もうそんな歳か? ――あいつら、元気?」
スプリギティスのつぶやきに、コラキは箸を止めて、懐かしそうに尋ねる。
すると、スプリギティスは、眉間にしわを寄せ、必死で、何かを思い出そうと、苦しそうなうめき声を上げ――
「――あ、パギャちゃん、子だくさんよぉ? あと、教会の子、何人か、コラキちゃんに、大激怒よぉ~?」
――そう、にこやかに、告げた……。
「あぁ……、コラキ、慕われてたの……」
「なっ、んなの、ガキの頃の話だろ?」
「――九年たっても、朽ちない思いだって、あるですよ?」
「はは……」
そして、それから、コラキたちは登校時間を迎え、コラキ、ペリ、イグルの三人は、準備を整え、『二鷹荘』を出発する事になった。
「じゃあ、美空さんが迎えに来るまで、家で寝ててくれよ?」
「はぁい、おねんねしてれば良いのねぇ~?」
「じゃあ、行ってくるの、ママ」
「い、行ってくるです……ママ……」
「はいはぁい……、えっと……、気を付けてイッてらっしゃぁい?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅ……、相変わらずだな」
『砦が丘』の坂を上りながら、コラキがつぶやく。
「? ママの事なの?」
すると、ペリがコラキの顔をのぞき込みながら、聞き返す。コラキは、それにうなずくと、記憶をたどる様に、空を見上げながら、つぶやき続ける。
「忘れっぽいけど、忘れちゃいけない事は、本能的に刷り込んでるっつうか……」
「あぁ……、施設の事です? ――まあ、それに関しては、むしろ、コラキ、気を付けて……って感じですかね?」
「……俺?」
「……移動経路が出来つつあるっぽいですからねぇ……」
そして、その日の放課後――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――『冒険者養成学校』の校舎一階、『一年S組』の教室前に、複数の椅子が並び、生徒と、その父母が、腰を掛けている。
その中で、ひときわ注目を集める親子が居た。
生徒である少女、イグルは、その長身とスレンダーな容姿から、主に女子の生徒、そして、母親たちからの、熱い視線を受けている。
そして、その右隣に座る女性、美空は、小柄な容姿から、「なぜこんな所に子供が」と言う、訝しげな視線を受け――
「へぇ~……、丈夫そうな建物ねぇ~……?」
――イグルの左隣に座る女性は、『豊満』と言う言葉がしっくりとくる容姿から、男子の生徒、そして、父親たちからの、熱い視線を受けていた……。
「――はい、次、天鳥さん? 入るざますよ?」
絡み付いて来る、複数の視線に、三人がムズムズしていると、そこに、一年S組の担任――『江夏まなみ』から、救いの声がかけられる。
三人は、背中に差さり続ける視線に、そそくさと教室内へと入り込む。
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「お待たせして、申し訳ないざますね?」
三人を出迎えたまなみは、苦笑交じりに、三人に着席をうながす。
そして、話はイグルの学校生活について……。
「イグルさんは、生活態度、成績、ともに優秀ざます。――真面目で、素直でもあるのざますが……、なにぶん、問題児たちの抑え役みたいになっているので、ストレスをためていないかが、心配ざますねぇ……」
まなみは、イグルの頭をなでながら、そんな風に、美空と、スプリギティスに話し掛ける。
「あらぁ? そうなんですかぁ……」
「ああ、そうですね……、ボクもそれは、心配ですね」
まなみから聞かされた、イグルの評価について、美空と、スプリギティスは、少しだけ困った様な表情を浮かべて、イグルの頭に手を置き、まなみと一緒になって、なではじめる。
「えぇ? ウチ、そんなに、ストレスが、たまっている様に見えるです?」
三人から、頭をもみくちゃにされるイグルは、不服そうに頬を膨らませ、心外そうに訴える。
すると、そんなイグルを、スプリギティスがギュッと抱き寄せ――
「あらぁ、なら、私が褒めてあげる~……」
「ふぉあっ?」
――そして、ゴキャッと言う音を響かせながら、イグルの頭を、その胸に埋め込んだ……。
「あはは……、イグル……? ああっ、泡吹いてるっ?」
「た、大変ざます! ほ、保健室っ!」
――そして、イグルの面談は強制終了となり、イグルはそのまま、保健室へと、運ばれていった……。
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イグルを運び終えた美空と、スプリギティスは――
「取り敢えず、進路相談が終わり次第、あたくしが付き添うざますよ? ――それと、せっかくざますから、イグルさんのご兄姉の所へ、行って上げて欲しいざます……」
――まなみからの、そんな提案によって、後の事を、まなみに任せ、校舎二階にある、『二年B組』の教室へと向かう……。
美空と、スプリギティスが、『二年B組』の教室前に到着すると、ちょうど、ペリの順番が回って来ていたらしく、ペリが両手をブンブンと振りながら、二人を出迎えていた。
「こ~こ~な~の~!」
「あらぁ、ペリちゃん、こんな所で、どうしたのかしらぁ?」
「――ティスさん……、ボクたちの目的……、忘れてますか?」
そんなやり取りをしながら、三人は教室の中へと、入っていく。
「ウッス……、先輩……」
「あぁ、ペリの担任って、昭代だったっけ?」
――教室に入るなり、『二年B組』の担任は、背筋を伸ばして、美空に敬礼しながら、頭を下げた。
『磯開昭代』……、美空の高校時代の後輩でもある彼女は、憧れの先輩を前に、カチコチになりながらも、ペリの担任として、着席を促した。
「じゃあ、始めさせてもらいます!」
「お願いします~?」
「ほぁ? 昭代先生、何だか、いつもと違うの?」
「気のせいであります!」
そして、昭代は、敬礼を崩さず、ペリの生活態度について、報告書を読み上げていく――
「お嬢さん……、ペリさんは、成績こそ……、何と言うか、瀕死の状態ですが、性格としては素直で、純粋で、素直で良い子なのですが、その素直さが逆に不安になる事が、多々あります!」
「へぇ……、具体的には?」
美空がそう問い掛けると、昭代は、さらに敬礼を整え、報告を続ける。
「はっ、同じ部活、同じクラスの同級生、『K』によると、昼休み中、肩こりに困っていたペリさんに、男子の生徒が、「肩こり解消に良い」と告げて、胸を揉もうとしたらしいです!」
その報告に、美空のこめかみが、ピクピクと動き始める――
「――で? その野郎は?」
「は、はい、幸いにして、『K』の機転により、事なきを得ました!」
――昭代は、恐縮しながら、そう告げる。
「ほぁ……? ああ、智咲が、「じゃあ、私がやったげる」って、やってくれたの! 山内君、腰を痛めたみたいで、どこかに行っちゃったの」
「終始、こんな感じなので……、ちょっと、心配なんですよ……、先輩からも、気を付けてやってくださいよ……」
「うん……、そっか、何だか、ごめん……って……、ティスさんは?」
げんなりとした表情の昭代に、美空が気まずそうに謝り、ふと、隣を見ると、それまで居たはずのティスがいない事に気が付いた。
美空は、いつの間にか消えたティスに、焦りながらペリの顔を見る。
すると――
「ほぁ? ママなら、「あらあらぁ? もがなきゃ~?」って、飛んで行ったの」
――その時、廊下から叫び声が上がる……。
「うぁぁっ? な、何だ? ニワトリの『魔獣』だと?」
「ひ、ヒィ……、や、山内は……、アイツです……って、しゃべった?」
『コッケェェ!』
――数分後。
「あっれ……、俺……一体?」
「何か、頭が……」
美空と、ペリ、昭代が駆け付けると、そこには、ぼう然と空を見上げる、男子の生徒たちと――
「あらぁ? ここ、どこかしらぁ?」
――小首をかしげるスプリギティスが居た……。
その後、大慌てでスプリギティスを確保すると、美空は、ペリに後始末を託し、保健室で待つ様に告げると、そのまま、三階へと駆け上がって行った。
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「ぜぇ……、ぜぇ……、ちょ、ちょっとは、自重して……下さいよ」
「あらぁ? どうしたのかしらぁ?」
三階に上がった美空は、息を切らしながら、スプリギティスに抗議の視線を向けていた。
しかし、スプリギティスは、既に、数分前の事を忘れていたらしく、不思議そうに、何度も往復しながら、小首をかしげていた。
その時、『三年S組』の教室の扉が、ガラリと音を立てて開く――
「後輩ちゃ~ん、次ですよ……っと……?」
――そこから顔をのぞかせた、『三年S組』の担任――『幸敏行』は、キョロキョロと廊下を見渡し、美空の顔を見て、次に、スプリギティスの姿を見つけて、ギシリと止まる。
「お、オゥフ……、来たんスか……?」
「あらぁ? どこかでお会いしたかしらぁ?」
「いや、気のせいじゃないッスか?」
「――サッチー……」
そして、サッチーは、コラキにジト目で見られつつ、美空と、スプリギティスに着席を促す。
「んで、どうすんだ?」
「いや、サッチー……、もう少し、仕事しようぜ……?」
サッチーは、ぶっきらぼうに話し始めると、美空、スプリギティスを横目で見ながら、コラキの目を見て、告げる。
コラキは、そんなサッチーを、あきれ顔で見ながら、苦笑し、静かに口を開き始める――
「――卒業後の話なら、前から言ってる通り、事務所に専念するつもりっスよ?」
「そっか、了解。後輩ちゃんも、ティスさんも、それで良いッスか?」
「多少、進学してもとは思いますけど、まあ、決意は固いみたいですしね……」
「あらぁ? ――向こうに、帰っては来ないの~?」
「まあ、その内、帰省はするつもりですよ?」
――妹たちと違い、あっさりと、無事に終了した進路相談に、美空は、心底ホッとする。
そして、コラキ、美空、スプリギティスの三人は、「バイバ~イ」と手を振るサッチーに見送られて、教室を後にした。
すると――
「あ、コラキちゃん、終わったんだ?」
「おぅ、ひっこ、そっちはもう帰るのか?」
「いやいや、ちょっと、お母さんが遅れててさ、まだなの」
――コラキ達は、暇そうな雛子と遭遇し、その足を止める。
雛子は、しばらくはコラキに話し掛けていたが、やがて美空と、そして、スプリギティスに気が付き、小さく「あ」と声を上げる。
「ね、ねぇねぇ? コラキちゃん、あの人って、もしかして?」
「ん? おう、俺の……母さんだ」
少しだけ、自分の口から出た『母さん』という言葉を、若干気恥ずかしそうな表情で、コラキが告げると、雛子の顔は、何とも言えない、微笑ましそうな、ゆるんだ表情を浮かべる。
美空は、そんな雛子に対して、にこやかに手を振り、その隣のスプリギティスは――
「スン……スンスン……?」
――雛子に近付き、鼻をヒクヒクと動かしていた。




