第五話:母、参戦!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
ちょっと、説明回っぽいです。ご容赦ください。
――『幻想商店街』の一画にひっそりと存在する、古ぼけたベージュ色のビル、その二階テナントである『天鳥探偵事務所』は、その日の営業を終了しようとしていた。
事務所の所長である、褐色肌のツリ目少年――『天鳥コラキ』は、先程帰っていった依頼人、灰色の肌の『スファーノ』を思い出して、げんなりしていた。
「あ~……、もう、しばらくの間、筋肉とか、見たくねぇ……」
「ほぁぁっぷ? スファーノさん、結構面白いから、私は良いと思うの」
白髪ショートボブの少女、たれ目巨乳の妹――『天鳥ペリ』は、帰り際に、スファーノからもらったらしい、アイスキャンディをペロペロとなめながら、そう答え――
「――パルカちゃんを見ていると、よだれが……、なぜです……?」
――事務所の窓にかかるブラインドを下げながら、長身で、スレンダーなポニーテールの少女――『天鳥イグル』は、解せないと言った表情を浮かべている。
そんな彼らは、本日、無事に終了した『オーシからの来客』を、観光案内すると言う依頼を終えて、帰宅する所である。
先程までは、コラキの親友である、『梧桐玲人』も、事務所内の清掃を手伝ってくれていたのだが、バスの時間が近いと言う事で、先に帰ってもらっている。
「――じゃあ、帰るか」
「今日は、何が良いです?」
「ぬぁ……、うどんが良いの……」
過酷な労働によって、疲れ果てていたコラキ達は、夕飯を何にしようかと、話し合いながら、自宅である『二鷹荘』へと、帰っていき……。
「あれ、電気が……?」
『二鷹荘』に着いた時、自分たちの部屋の明かりがついている事に気が付いた。
「あっれぇ? ウチ、確かに、消したですよ……?」
「あっ、もしかして、今はやりの、かでんの、じどーかってやつなの?」
「――んなわけあるかよ……。多分、美空さん辺りだろうけど、一応、慎重に行くぞ?」
「「うぃっ!」」
そして、三兄妹は、不審に思いつつも、恐らく、中にいるのは自分たちの親代わり、後見人である『薬屋美空』だろうと考え、自室の、玄関ドアの前に立つ。
「――二人とも、良いか? 開けるぞ?」
「ほぁ、どうぞなの」
「任せるです」
――コラキは、二人の少女に託されて、玄関ドアの、ノブをゆっくりと回し、わずかに空いた隙間から、中の様子を伺う。
すると、そこには――
「あら、結構いける口なんですね?」
「こけっ、こけっここっ!」
――コラキよりも大きな鶏が、おちょこをくわえて、翼をバッサバッサと振り乱していた……。
そして、固まるコラキに気が付いた、鶏と飲み会を開いているらしい女性、件の美空が、コラキに気が付き、ひらひらと手を振り始め――
「あ? コラキ、やっと帰って来――」
――そこで、コラキはバタンと、扉を閉めてしまった……。
「? コラキ、どしたです?」
「お部屋、間違えたの? 私も、一緒に謝ってあげようかなの?」
固まった表情のまま、玄関ドアの、ノブを握り締めているコラキに、イグルとペリが、不思議そうに、首をかしげて、コラキを見つめる。
すると、コラキは――
「――何か来てる……、来てた……」
――そうつぶやきながら、複雑そうな表情を浮かべて、イグルにドアノブを握らせる。
「ふぉぁ? 開けるです?」
キョトンとしたイグルに、コラキは無言でうなずき、ドアを開ける様に促す。
――そして、イグルもまた、先程のコラキと同様に、静かにドアを開き、わずかな隙間から、中の様子を伺う……。
すると、そこには――
「ハリがあって、いいですねぇ……、ボクも、もう少しピッチピッチが良いなぁ……」
「あらぁ? ん……、うふふ……」
――もみもみしている美空と、全裸の女性が、そこに居た……。
「あ、イグ――」
――イグルは、速攻でドアを閉めると、そのまま、ペリにドアノブを明け渡す。
「あ、次、私なの?」
わくわくとした様子のペリに、コラキとイグルが、コクコクとうなずき、ドアを開ける様にと、ジェスチャーで促す。
――そして、ペリは勢いよく、扉をバタンと開く。
すると、そこには――
「ちょっと、ボクのシャツだと、裾が短いかなぁ……」
「――あらあら~? おしりが、スゥスゥって、するわ~?」
――酒瓶を片手に持ち、白いタンクトップ姿の美空と、美空のワイシャツを着て、ペロンと、桃が丸見えとなった女性がいた……。
「だ……だああああああ」
思わぬ光景を見られ、美空が勢いよく、ペリを突き出し、ドアを閉めた。
――美空に突き倒されたペリは、目に涙を浮かべながら、コラキに抗議の視線を突き付け、ドアノブを指差す。
「――え、あれで……? 俺?」
「不公平なの……」
――そして、順番が一周し、コラキが再び、ドアノブを握り締める……。
「これで……、最後だ!」
コラキは、カッと目を大きく見開くと、そのまま、勢いよく、扉を開ける。
すると――
「んんんんんんんんんんんん~」
「「「プギャッ」」」
――色白肌の女性が、赤色のストレートヘアを振り乱しながら、コラキ、ペリ、イグルの三人を、ギュラッと、音がするほどに抱きしめた……。
「あ、ちょ、ちょっと、ティスさん、三人とも死んじゃいますって!」
「あらぁ?」
美空にたしなめられた女性は、キョトンと小首をかしげると、その手から力を緩めて、三人から一歩離れる。
「ティ……」
「「「ティス様!」」」
すると、三人は、呼吸を取り戻し、ゲホゲホとせき込みながら、その女性を見て、うれしそうに叫んだ――
「あらぁ? ティス………………あっ、私だわぁ?」
――女性の名前は、『天鳥スプリギティス』……、一応、コラキ、ペリ、イグルの母親、と言うべき人物である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやぁ~、ママって呼んで~?」
コラキ達は、その後、近所の目を気にして、そそくさと室内に入っていった。
すると、スプリギティスは、コラキ達が、口々に「ティス様」と呼ぶことに、遺憾の意を示し、畳でジタバタと暴れはじめ、この様な駄々をこね始めた。
「ほぁ? ティス様、嫌なの? なら、ママなの!」
「あらぁ?」
あっけらかんと呼び方を変えるペリに、スプリギティスの駄々が、少し、控えめになる。
「ふぉ……、ふぉあ……。マ、ママ……?」
「あらあらぁ?」
イグルが、恥ずかしそうにそう呼ぶと、スプリギティスの駄々は止まり、畳に寝転がったまま、コラキの顔を見上げ始める。
「ちょ……、す、すみません……。さすがに、この年齢でママは……、ちょっと、せめて、母さんで……」
「あ……らぁ?」
コラキが真っ赤な顔で、そう告げると、スプリギティスは、ギギギ……と、駄々をこねるべきかどうか、迷い始めるが――
「ティスさん、ティスさん……、「ママ」と、「母さん」は、意味は一緒ですよ?」
「――あら!」
――美空の、その一言で、一気に機嫌を取り戻し、ニコニコとしながら、その場に正座し始めた……。
「――ふぅ……、『あ、船長、今鎮めましたけど……、はい、はい……、そうですかっ! 嵐は鎮まりましたか!』――ふぅ……」
――自分たちと母親の、そんなやり取りに、大陸一つの存亡が掛かっていたとは、つゆと知らず、コラキ達は、久々の母との出会いに、はしゃいでいた……。
そして、母子の会話は、迫り来る『冒険者養成学校』の、進路相談の話題となる。
――進路相談では、母子の名前が順番に呼ばれると言う、何気ない話になると、スプリギティスは、右手を右頬に当て、小首をかしげ、不安そうにつぶやく……。
「でもねぇ……、私も、行くつもりヤンヤンだけど~……、私のお名前、長いのよねぇ~……、覚えきれるかしらぁ?」
「ほぁ? じゃあ、いっその事、省略して、『プリティ』にしてみるの!」
「あらあら! それは、短くて、かわいらしい感じで良いわねぇ~?」
しかし、二人の会話を横で聞いていたコラキ、イグルは、反射的に、それを否定する――
「いやいやいや、ダメだろっ」
「そ、そうです、それじゃあ、『ティス』って、愛称が使えなくなるです!」
――コラキは、動揺して見当外れな意見を出すイグルに、「えっ、そこ?」と反応するが、それを聞いていたスプリギティスは……。
「あら、それは困るわねぇ~? どうしましょう~?」
そう言って、イグルの反論を認めてしまった。
「――まあ、どっちにしても、『スプリギティス』って、そのままじゃ使えませんからね? ――『プリティス』位で良いんじゃないですか?」
そして、その一連のやり取りを、苦笑交じりに眺めていた美空が、そうつぶやくと、スプリギティスは、大いに喜び、それを採用してしまった……。
すると――
「美空さん、どうして、本名はダメなの?」
――ペリが不思議そうに問い掛ける。美空は、そんなペリの頭をスッとなでると、「それはね」と、前置きして、説明を始める。
「――『五柱』に関して、ばれるかもしれないからですよ? 生徒はともかくとして、『冒険者養成学校』の講師のなかには、『五柱』の『獣』について、名前くらいは知っているって言う人が、結構いるんですよ……」
美空は、ペリと、そして、コラキ達に見える様に、指を一本ずつ立てていく――
『五柱』、それは――
――『北のヴィドラ』。
――『東のペタリューダ』。
――『西のもも缶』。
――『中央のアーグニャ』。
「――そして、『南のスプリギティス』と、呼ばれています。ですから、『スプリギティス』そのままではなくて、他の名前にするって言うのは、絶対に、必要な処置です」
美空の「良いですか? 天鳥さん?」の、言葉に、『天鳥家』の母子たちは、皆、手を上げて「はーい」と、答える。
そして、そう答えた後で、スプリギティスは、ふと、小首をかしげる。
「ねぇねぇ? 『天鳥』って、なあに?」
「――うっ」
「そこ来たですか……」
曇りのない瞳を輝かせる母に、コラキと、イグルが、気まずそうに目を逸らす。
――すると、いつの間にか、スプリギティスの膝枕に頭を乗せていたペリが、ビシッと手を上げる。
「アレは……、九年前? 十年前? ――ともかく、そんな辺りの事だったの……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――九年半前。
コラキ、ペリ、イグルの三人は、母――スプリギティスと、別々の場所で生きていく事となり、後見人である美空の手配によって、日本人として生きていく事になった。
その際、『名字』がないと……と言う話になり、当時の仲間が意見を出し合い、コラキ達の『名字』を決める事になったのだが――
「うーん、どれも、俺たちには、ピンとこねぇよ」
――難色を示す、コラキたち……。
そこに、一人の少女が、立ち上がった――
「はぁい、はぁい!」
「ん? 何だ?」
「あのね? とりさんなら、とりてんがきゅーきょくなんだよ? パパも、おじちゃんも、いってたもん、うい、しってるよ?」
――『究極』……。その一言が、コラキたちの運命を、決めてしまった。
「おいおい……、究極だと? ハッ、良いじゃねぇか!」
「「「「――えっ」」」」
その後、『究極』の言葉に取り付かれたコラキが、周りの制止を聞かなかったため――
「せめて、ごまかしてやんべ……?」
――との配慮によって、『とり天』……『天とり』……『天鳥』……『天鳥』へと、変化していき……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「結局、サッチーの、「『究極』は、そんな安売りしちゃいけねぇぜ?」の、一言で、納得したんだよなぁ……」
コラキは、昔を思い出し、悲しげにそうつぶやくと、小さな声で――
「いや、マジでごめん――」
――そう、ペリとイグルに謝った……。




