第四話:インターミッション(11)
続きです、よろしくお願いいたします。
――『幻想商店街』の一画に建てられた、古ぼけたベージュ色の、三階建てのビル。その二階テナントには、『天鳥探偵事務所』が事務所を構えている。
現在、その中では、『冒険者養成学校』から下校したばかりの、褐色肌のツリ目少年、『天鳥コラキ』と、その妹、『天鳥イグル』が依頼主である、『寺場洞子』と対面している。
――それはそれとして、『天鳥探偵事務所』の向かい側には、『皇ツアーズ』と言う旅行代理店が、店を構えている。
コラキ達が、寺場博士たちと対面している現在、『皇ツアーズ』内でも、一人の少女が、懸命に働いていた……。
「お父さんっ! 事務所内は禁煙にしようねって、この間、決めたじゃない」
「はっはっは……、ついつい、癖でねぇ」
「もぉ、田中のお婆ちゃんも、何とか言ってあげてよ」
『皇ツアーズ』の事務所内では、閉店の時間が近いと言う事もあり、客はほとんどいない。――しかも、その客と言うのも、半ば『皇ツアーズ』の社長――『皇大樹』の話友達である。
そして、そんな大樹に、リスの様に、頬っぺたを膨らませて怒っているのは、大樹の娘にして、コラキの級友である、『皇雛子』である。
「あらあら、ひっこちゃん、お婆ちゃんは、気にしていないから、良いのよぉ? ウチのおじいさんも、若い時はもう、幾ら言っても禁煙なんかしなかったんだからねぇ……」
「そうは言うけど、お父さんはもちろんだけど、田中のお婆ちゃんも、この間の健康診断で気を付けようねって、言われたんでしょ? ――私、心配だよ……」
――雛子は、そう言うと、耳の上に括った、ツーサイドアップの髪をヘニャリと垂れさせ、口をとがらせる。
大樹と、田中のお婆ちゃんは、そんな雛子に「ごめんごめん」と謝る。
そうこうしている内に、『皇ツアーズ』の事務所内に、営業時間の終了を告げる、ベルが鳴り響く。
「あらあら、もうこんな時間かねぇ……、どれ、お婆ちゃんは、そろそろ帰ろうかね」
「おぉ、もうお帰りですか?」
「まだ、ゆっくりしてても良いよ?」
「いやいや、ちょっと、お友だちが泊まりに来ててねぇ……、そろそろお夕飯の用意をしないと、「にゃあにゃあ」って、寂しがるのよぉ……」
田中のお婆ちゃんは、そう言って、うれしそうにほほ笑むと、『皇ツアーズ』を出ていった。
それを見送った雛子と、大樹は、そのまま、閉店作業を進めていく――
「うぅし、ひっこぉ、後はお父さんがやっとくから、そろそろ上がって良いぞ?」
「はぁい!」
――そして、雛子の担当する作業が終了すると、それを見越した大樹が、雛子に帰宅する様にと告げる。
雛子は事務所の、従業員通用口から、外に出ると、チラリと向かいのビルの二階に、視線を移す。
「あ、コラキちゃん、まだ居るんだ……、どうしよっかなぁ……」
雛子は、帰宅前に一度、同級生であるコラキに、あいさつしようかどうかと、考えるが――
「――やっぱり……、お客さんが居たらお邪魔かな? やめとこう……」
――そうつぶやいて、自分を納得させる様に何度も、何度も、首を縦に振り、自宅へと足を進めた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「たっだいまぁっ!」
「はい、お帰りなさい、お父さんはまだ事務所?」
「うん、ちょっと、『ファルマ』のお偉いさんに、相談するって言ってた! こたつちゃんは?」
「ん? 部活体験してきますって、遅くなるみたいよ?」
「ふーん……」
――そして帰宅後、自室に戻った雛子は、今日の出来事をふり返る。
「むむむ……、コラキちゃんのお母さんか……、どんな人なんだろう?」
雛子や、コラキ達の通っている『冒険者養成学校』では、毎年、年の瀬が近付くと、生徒の進路相談が行われる。
雛子は毎年、母――『皇明子』が参加しているが、コラキは毎年、後見人と言うか、暫定保護者と言った立場の女性――『薬屋美空』が、参加している。
「小六から今まで、見た事がないんだよね……」
雛子は、そうつぶやくと、何とも言えない、漠然とした不安を感じて、自室から飛び出し、ダイニングキッチンで、夕飯の用意をしている母の元へと駆けだした――
「こら、ドタバタしないのっ!」
「った……、ゴメン……」
「それで? どうしたのよ? そんなに、慌てて……」
右手に持った菜箸を、カチカチと合わせながら、明子は雛子に問い掛ける。
「うぅん……、ちょっと……、あのね――」
――そして、雛子は、来週の進路相談に、コラキの母が来る事、その事を聞いて、なぜだか、とても不安になってしまった事を、明子に話していく。
それらを聞き終えた明子は――
「――プッ……、アンタ……、今から嫁姑問題を気にしてんの?」
「――プァッ?」
――そう言うと、菜箸を、忙しなく動かしながら、腹を抱えて笑い始めた。
「ち、違うよ? そんなんじゃないもんっ」
「あぁ……はいはい、じゃあ、そうねぇ……、コラキ君のお母様の、好きなものでも聞いてみたらいいじゃない? ――男でも、女でも、狙うはボディよ?」
――そして、翌日……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『おはようございます』
『冒険者養成学校』、『三年S組』の教室を、白いこたつ、『レイ・ハーン』が、勢いよく開き、ピコンッと言う音とともに、こたつの天板にメッセージを表示させる。
「お、おっはよっ!」
その隣で、雛子は、キョロキョロと、不審なそぶりで、教室に飛び込んだ――
「うぉう……、ひっこかぁ……、おはよう……」
――早朝から、コラキは、疲れ果てていた。
「? どうしたの、コラキちゃん……二度?」
「ちょっとなぁ……、昔の知り合いが依頼人の一人でさ……、ちょっと疲れた……」
「ふーん……?」
そんなコラキの様子を心配そうに眺めながら、雛子は、口を開き掛けるが……。
「ウィっス……」
『あ、玲人君……、お、おはようございます。――何だか、疲れてませんか?』
ガラガラと、扉の開く音によって、そのタイミングを逃してしまった。
そして、そのまま、昼食の時間となり――
「そ、そう言えば、コラキちゃん、す、好きな食べ物は何かね?」
「ん? マヨネーズと、たまご……って、ひっこ、知ってるだろ?」
「――あ、い、いやいや、そうじゃなくてさ、ふと、コラキちゃんのお母さんも、同じものが好きなのかなって……、ちょっとした……、うん、ちょっと気になってさ……」
――雛子は、「コラキの母が」と言い忘れた事に気が付き、慌てて付け加える。
「ん? ん~……? 多分、ティスさ――母さんも、同じだと……思う……うん……」
コラキは、記憶を振り絞る様に、眉間にしわを寄せて、雛子の質問に答える。
雛子は、それを聞いて、小さく「よし」とつぶやき、ガッツポーズを取る。――その様子を、ニヤニヤと見ている、こたつと、玲人に気が付かず……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、コラキ、玲人、ともに忙しいと言う事で、雛子は、こたつと二人で下校する事になった。――それは、いつも通りではあるのだが……。
『で、で? 次は、コラキ君の、お母様を撃沈させるんですか?』
「えぇっ? げ、撃沈って……、人聞きが悪いよ……」
そんな感じで、こたつからのからかいが激しく行われ……、家に帰り着く頃には、雛子の顔は、真っ赤に染め上げられていた……。
「え~? 一緒なのぉ……? お母さん、ちょっと、ツマんないなぁ……」
「うぅ……、ツマんないって、お母さん……」
本日何人目だか分からない、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる明子に、雛子は、無言で抗議する。
そして、明子は涙目の雛子に、「ごめんね?」と、こたつと一緒に謝り――
「じゃあ、明日の朝、いつもみたいに、お弁当……それも、コラキ君の為に、専用のお弁当でも作っていっちゃう?」
「――っ!」
そして、さらに翌日――
『ふぁ……、こんな早くから、頑張ってますねぇ……』
「ふぅ……、何だか、テンション上がって来ちゃった、こたつちゃんも、梧桐君に作ってみる?」
「ななななななななななななな……、まままままままだ、はやははは早いですっ!」
――そんなやり取りが行われて、一時間とちょっと、雛子は満を持して、自分とコラキ、二人分の……、おそろいの弁当を作り上げ、いつもより、少し早めに登校し始めた……。
そして、『冒険者養成学校』が建っている、『砦が丘』の麓に差し掛かった時の事だった――
「あら? あらあらぁ……?」
――道端に、女性が行き倒れていた……。
『………………えっ? これ、救急車呼びますか?』
「そ、そうだね、ちょっと、待ってて」
戸惑うこたつと、雛子であったが、雛子は、まず、どの程度の行き倒れなのかを確認しようと、女性に近寄る。
「だ、大丈夫ですか?」
「あらぁ……? 何で、わたしはこんな所でおねんねしているんでしょうかぁ?」
女性は、そう答えると、そのおなかから、「くぅおおおおおおおおおおおおおお」と言う、尋常でない腹の虫を鳴らす――
『――な、何の音ですか? しゅ、襲撃っ?』
「あら? あらあら? これ、何でしたっけぇ……?」
「えっと、もしかして、おなか……空いてます?」
どうやら、女性は空腹で倒れてしまったらしく、そのおなかからは、絶え間なく腹の虫が、叫び声を上げている。
「………………」
雛子は、少し……いや、かなり迷っていたが、やがて、通学カバンから、ピンク色の布に包まれたモノと、黒い色の布に包まれたモノ……、二人分の弁当箱を取り出し――
「食べます……か?」
――女性に向けて、差し出した。
「あら? あらあら? 良いのかしらぁ?」
「――えぇ……、多分、ここで知らん顔しちゃったら、駄目ですから……」
『ひっこさん……』
そこからは、あっという間の出来事だった。
女性は、二人分の弁当を、ペロリの、ペロ……辺りで、一気に平らげてしまうと、不思議そうな表情で、モッキュモッキュと消化し――
「あらあらぁ……、とっても、とっても、おいしいです。――これ、何だったかしらぁ……」
――と、雛子に頭を下げた。
そして、女性はスッと立ち上がると、そのままグイグイと、雛子の顔に、自らの顔をくっつける。
「ふぇ? あの……?」
戸惑う雛子に、女性は、申し訳無さそうに、告げる。
「あのですねぇ……? わたし、どうにも、忘れっぽいものでしてぇ……、こうやって、匂いだけでも覚えようと思うんです~……」
「は、はぁ……?」
――そのまま、女性は、雛子の全身くまなく、鼻を近づけ、匂いを嗅ぐと、そのまま、お礼を告げて、立ち去って行った……。
「ふふ……」
『ひっこさん……、良かったんですか?』
「――うん……、むしろ、何だか、良い気分かなぁ……」
そして、二人は登校を再開する――
「ふっふんふん~♪」
――女性は、スキップしながら、道を歩いている。
なぜ自分がスキップしているのか、なぜ自分が上機嫌であるのか、その理由は、既に覚えていない……が……。
「――この匂い、何かしら~♪」
ともかく、上機嫌であった。
「――あ、見つけたっ! 何してるんですかっ?」
――その時、女性の背後から、別の女性が、声を掛けて来る。
「あらぁ……? どなたぁ?」
「――はぁ……、さっきから一時間と、たっていませんよ? 朝ごはんを一緒に食べようねって、ボクと約束した事まで……当然、忘れてますよね……」
「――あらぁ……、何だか、ごめんなさいね~?」
女性は、もう一人の女性の匂いを、クンクンと嗅ぐと、申し訳無さそうな表情から、一変、うれしそうな表情へと変わる。
「はぁ……、じゃあ、良いですよ……、もぉ……、取り敢えず、彼らが帰って来るまで、おとなしく待っていましょうか? さ、行きますよ?」
「? はぁい……」
――そして、二人の女性は、そのまま、『幻想商店街』にあるぼろアパート、『二鷹荘』を目指して、歩き始めた……。




