第一話:案内と研修!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
――夕方。
放課後を告げる鐘の音が、『冒険者養成学校』の校舎から鳴り響き、『砦が丘』を包み込んでいき、『冒険者養成学校』の生徒たちは皆、部活、下校と、それぞれの目的に向けて、教室を後にし始める。
そして、『三年S組』でもまた、一組の男女が教室から離れようとしていた……。
「――やっと、終わったぁ……」
窓際の席のツリ目少年――『天鳥コラキ』は、大きく背伸びをすると、その褐色肌の横顔に、夕日を反射させ、妖艶な雰囲気を醸し出しながら、今日一日の授業をふり返り、解放感に浸っていた。
「ん……、お疲れ~……」
「おう、ひっこもお疲れ」
――そんなコラキの元に、スマフォのシャッター音をコラキに向け、赤みがかった茶髪ツーサイドアップを揺らしつつ、小柄な少女――『皇雛子』が駆け寄って来た。
「帰ろ? コラキちゃん」
「ん、帰るか」
そして、雛子に促されてコラキが立ち上がると、誰かが廊下を走って教室に近付いて来る音が響く――。
「――やっべやっべ、後輩への餞別忘れちまったよ……」
――教室に駆け込んで来たのは、頭部の毛穴から白光を放つ、コラキ、雛子の同級生であり、コラキの親友と言う立場でもある丸坊主の野球少年――『梧桐玲人』であった。
玲人は、自席横のフックに引っ掛けていたかばんから、何冊かの本を取り出し、ペラペラとページをめくり、内容を確認すると、小さく「よしっ」とつぶやき、かばんを手に取った……所で、コラキと雛子に気が付いた……。
「よ、よぉ……」
「おう」
「――え……えっと……、えへへ……」
――三人の間に、微妙な空気が流れる。
「え、えっと……、こたつちゃんは?」
玲人は手元に視線を集めない様にと、手に持ったかばんを自身の背後に隠し、この場にいない、白いコタツ――『レイ・ハーン』の所在を、コラキと雛子に問い掛ける……。
「ん? いや、俺は知らないけど……ひっこは?」
コラキは、視線で玲人に「分かってる、でも、後でよろしく」と語り掛けながら、玲人の質問に対する回答権を、コラキの隣に立ち、コラキの制服のそでを摘まむ雛子へと移す。
すると――。
「ん、んんー、こたつちゃんなら、何か美術部に興味があるって、見学に行ったよ?」
――雛子は、玲人のかばんから視線を逸らさず、瞬きすらせず、答える……。
「え、えぇ、そうなんだ……、この時期になぁ……」
玲人は必死でかばんを隠そうとするが、雛子の興味は一向に離れる気配を見せない……。
すると、コラキがスッと、制服のそでを摘まむ雛子の腕を解き、両手で雛子の目を覆い隠す――。
「…………」
「――っ! じゃ、じゃあ、俺……、部活あるからっ!」
――コラキは無言で、玲人の目を見て「ここは、俺に任せて先に行け」と告げる。玲人は、コラキが何を言いたいかを察すると、目に涙を浮かべ、敬礼しながら教室を飛び出してしまった……。
「ん……、コラキちゃんの手も、なかなかあったかいね……でも……、三度!」
玲人が飛び出して、しばらくすると、雛子が「えへへ……」と、微かな笑い声を上げながら、コラキに語り掛ける……が――。
「――ヒッ……」
ググググッと、コラキの両手を引き剥がす雛子の、その表情はほほ笑みを浮かべてはいたが、その瞳は一切の柔らかさを含んでいなかった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あらら……、それでひっこさん、お怒りなんです?」
「――怒ってはいないんだけどね? 私にバレてないつもりで、隠し事しようって言うのが、ちょっとムッて感じかな?」
「いやいや、あれはだな? ――男の情けと言うか……、玲人のプライバシーを守ったと言うか……な?」
――あれから、コラキと雛子は、下駄箱で待ち合わせていたコラキの末妹、長身の三白眼少女――『天鳥イグル』と合流し、『砦が丘』の坂を下っている。
「ふぉぉ……、それにしても、ひっこさん、最近、良い匂いが強くなったですね……」
イグルは現在、先輩でありながら、自身より背の低い雛子を後ろから抱きかかえ、持ち上げる形で歩いている。
「んん? そうかな? ――特に何も変えてないんだけどなぁ? コラキちゃん、どーお?」
「い、いや……、うん……、良い匂いだぞ?」
「ふーん……、なら、良いかなぁ……、あ、そう言えば、ペリちゃんは?」
スンスンと不思議そうに自分の腕を嗅ぎながら、雛子は顔を動かし、イグルを見上げて、コラキのもう一人の妹、フワフワショートボブの白髪と、豊かな胸が特徴的なたれ目の少女――『天鳥ペリ』が、この場にいない事を、不思議そうに尋ねる。
「ん、ペリなら、何か「来年度の部活勧誘用にぐらびあさつえいするの」って言って、部室に行ったですよ? ――で、今日はお夕飯は、要らないらしいです」
「へぇ~、ペリちゃん頑張ってるんだねぇ……、入学した時は、お菓子と、避暑地に釣られて仕方なくって感じだったのに……」
雛子が感慨深げにつぶやくと、コラキが何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
「多分……、現在進行形で、餌に釣られてると思うんだが……」
「ですよねぇ……」
「あはは……。――あ、そう言えば、イグルちゃんは何処か部活に入らないの?」
――ペリの性格を読みきったコラキとイグルに、雛子はしばらく苦笑していたが、ふと、思い出した様に、今年度の新入生であるイグルに、部活への興味を問い掛ける。
「ん~……」
イグルが、その問い掛けに少しだけ迷う様子を見せると、コラキがヒョイとイグルの顔をのぞき込み、口を開いた。
「――事務所の事なら、ちょっと位何とかなるぞ? ば、バイトを雇うとか……」
「イグルちゃんなら、良い足してるから、陸上部とか似合いそうだよね?」
――二人が「どう?」と、尋ねてみると、イグルは……。
「ん~……、やっぱり、良いです。――この足は、意中の人を射止める為に磨き上げているだけですし、何だかんだで、お仕事が好きですしね?」
「――そっか、そっか、イグルちゃんが遠慮とかじゃなくて、好きでやってるんだったら、私たちが、これ以上、余計な事を言う必要はないね? コラキちゃん……」
「そうだな……」
そして、三人はそのまま、寄り道をしながら、『幻想商店街』へと足を進めていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふぃぃぃぃ……、お夕飯、食べられるかなぁ……」
「さすが、ペリの一押し……、侮れないです」
――下校最後の寄り道にと、『幻想商店街』に店舗を構えるケーキ屋に立ち寄っていたコラキたちは、わずかに膨れたおなかを押さえながら、満足気に目的地、『天鳥探偵事務所』前に到着していた。
「ひっこは? 今日は実家の手伝いか?」
――コラキは『天鳥探偵事務所』の前に店舗を構える『皇ツアーズ』の看板を見上げながら、雛子に尋ねる。
「うん、ちょっと会計……って言っても、データ入力だけなんだけど、人手が足りないらしくってねぇ……」
「そっか、じゃあ、また明日な?」
「――うん、またね……」
手を振り合うコラキと雛子だが、二人はその場から一向に動こうとはしない……。
「――コラキ、諦めて入るです……」
そんな二人に……、正確に言えばコラキに、イグルは早く事務所に入る様に促すが……。
「――いや、だってよぉ……」
コラキは、イグルの言葉に抗う様に、先程から『皇ツアーズ』の看板、雛子の顔と、ひたすらに目を逸らしていた場所――『天鳥探偵事務所』が二階テナントとして存在している、古ぼけた三階建ての、ベージュ色のビル前の道路……に、停車している黒塗りの高級車を指差す。
「あれ、絶対面倒臭い人たちだって……」
「その分、報酬を吹っかけられるかもです! さあ、行くです!」
「――ちょ、待ってっ? あああああああああああ――」
――そのまま、コラキはイグルに引きずられて、ベージュ色のビルの中に消えて行ってしまった……。
「あはは……、ファイトだよ、コラキちゃん……」
そして、後に残された雛子は、コラキの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ん? んん? おひさだね? ねぇ、カラス君!」
――コラキがおっかなびっくりと言った感じで、事務所の扉を開けると、そこには白衣の女性――『寺場洞子』が、所長用のオフィスチェアに腰掛けてクルクルと回っていた。
「な、なんだ……寺場博士か……」
「どうしたですか?」
予想された来客でない事に安心したのか、コラキは安堵の表情を浮かべ、イグルは慌てて給湯室へと駆け込み、お茶をいれる。
「いや、いやね? 今日は依頼しに来たんだよ」
「お、それこそ、久しぶりですね? で、内容は?」
――ここ最近は、『大使』関連の騒動(修学旅行での襲撃や、『三度笠』との戦闘など)によって、割に合わない依頼が多かった為、コラキは身を乗り出して寺場博士の話に食いつく。
「お? おお? 珍しいね、君が私の依頼を喜んでくれるとはっ」
「はは……、俺も一つ……、大人になったんですよ……」
「そうか、そうか……、じゃあ、早速! ――依頼内容は二つなんだ」
そこで、イグルがいれたてのお茶が入った湯飲みを、寺場博士の前にコトリと置き、コラキとともに、依頼内容を聞き始める。
「――まず、一つは……、護衛――と言うか、観光案内かな?」
「「観光案内?」」
「うん……、『xx実験』……」
コラキたちが首をかしげると、寺場博士はコクリとうなずいて、スキルを発動する。――すると、寺場博士の前に、ドロドロとした紫色の光があふれ始め、ギルドカードがその胸元に浮かび上がる。
「――『目押し』! ――当たれ、『転送』!」
「「――っ!」」
そして、事務所内が紫色の光に包まれ――。
「あっらぁ……? ちょ、か、かわいい坊やじゃなぁい?」
「――スファーノ、少しお黙りなさい……」
「……狭い……ね……?」
「パ、パルカっ、失礼だよ?」
――やがて、光が収まると、事務所には四人の男女が現れていた……。
「えっと……?」
コラキは驚きに目を見開いて、寺場博士の顔を見る。
すると、寺場博士は――。
「うんっ、この人たちの観光案内! ――よろしくっ!」
そう言って、親指を立てていた……。
――――『案内よろしく!』Start――――




