第二十二話:春の訪れ!
続きです、よろしくお願いいたします。
――『幻想商店街』から徒歩十五分、『砦が丘』の上にそびえたつ『冒険者養成学校』の校舎からは、昼を告げる鐘の音が鳴り響いている……。
生徒達は皆、弁当を広げたり、購買の列に並んだり、食堂に出向いたりと、その飢えを満たすために学校敷地内をうろついている。
そんな中、校舎三階の一番奥の教室、『三年S組』の窓際では、四人分の机が繋ぎ合わさり、昼食時の団らんが始まろうとしていた……。
『――闇夜に光り輝く翼になれっ、『冒険者ギルド』は、君の勇気を――』
――現在、四つの机に座っているのは、白光の丸坊主、『梧桐玲人』と、褐色肌のツリ目少年、『天鳥コラキ』の二人だけ、残る二つの席の主二人は現在、四人分の飲み物を購入しに出掛けている……のだが……。
「――玲人……? お前、俺に何か怨みでもあんのか……?」
コラキは、スマフォで『冒険者ギルド』の勧誘動画を眺めている親友、玲人の事を赤面し、顔を机に埋もれさせながら呼びかける。
「ん? いや、こうして改めて見てみると、ああ、成程な……ってな?」
「やめろ……、やめてくれ、やっと家でも禁句になって、イグルも……、ペリまでもが茶化さなくなったんだ……」
興味深そうに動画を眺めている玲人だが、コラキの表情はどんな『敵』を前にした時よりも、絶望的なモノへと変わっていく。
――『冒険者ギルド公式宣伝冒険者』、それが『Sランク』序列五位、『八咫烏』の役割の一つであり、テレビCMを始めとした各メディアへの出演、『冒険者ギルド』のイメージアップ等々を担当しているお蔭で、『最も顔の知れてる冒険者』となっている。
「――そりゃ、話せねえよなぁ……」
「割の良いバイトと思えば……まあ、良いんだけどよ……」
苦笑しながら玲人は、対面の席で顔を伏せるコラキの頭をポンポンと撫でる……。
「――あ、何? 梧桐君、それは私の仕事だよっ!」
『お待たせしました……って、あ、『カラス君』のCMですか?』
その時、教室に二人……、正確には一人の少女と、一台のコタツが入って来た。二人は四人分のお茶を持って、コラキ達の元に近付き、それぞれコラキ、玲人の隣の席を確保する。
「――ふぅ……、そろそろ冷えて来たねぇ……二十八度……、ツヤッツヤだねぇ……」
「おぅ、ひっこ……って、手ぇ冷たっ!」
――席に着くと、コラキの隣に腰掛けたツーサイドアップの小柄な少女、『皇雛子』は、コラキの頭上に乗せられている玲人の手を不機嫌そうに引っぺがし、そこに自らの手を乗せ直し、ワシャワシャと撫で回し、その手の冷たさに驚くコラキを眺めると、今度は満足そうに頷く。
『あ、玲人君、これどうぞ?』
そんな雛子と一緒に戻って来た白いコタツ、『レイ・ハーン』は、コタツの天板にコトリとペットボトルのお茶を出現させると、ピコンッと天板に文字を表示させる。
「お、あ、ありがとう……レイちゃん……」
玲人は頬を赤く染め、ペットボトルを受け取る。
そして、四人が揃った事で話は先程の動画の話へと――。
「ああ、私の従妹が年明けに幼稚園に来るって、はしゃいでたっけ?」
「――そんな事までやってんだ……?」
『お蔭で『戦闘職』が怖がられる事も少ないんですけどねぇ……』
「……………………」
――三人が和気あいあいとした空気を醸し出す中、コラキは一人、遠い目をしている。事情を知るこたつと、新たに事情を知った玲人はそんなコラキを憐れむ様に、話題転換を図る……。
「そ、そう言えば、来週だろ?」
『あ、し、進路相談って奴ですか?』
「ん? 来週だっけ……? どぉれ? あ、本当だ」
玲人とこたつの必死の様子を訝しがりながらも、雛子は手帳を開いて確認する。――そして、コラキの口に自分の弁当箱から取り出したウィンナーを放り込むと、コラキに話し掛ける。
「――今年も、私んとこはお母さんかなぁ? コラキちゃんとこは、また美空さん?」
「ん? あ、ああ、美空さんも来るみたいなんだけど……、今年は……ティ――母さんも来るみたいなんだ……」
――モグモグと咀嚼しながら、コラキは雛子の質問に答える。すると――。
「へぇ……、コラキの母ちゃんか……、初めて見るかも……、まあ、ペリちゃんと、イグルちゃん見てると、結構な期待がって……、いたたたたたっ! れ、レイちゃん? ちょ、ちょっと、太ももは……やめ――」
『――へぇ、ミィはどうしようかなぁ……、佐竹さんかなぁ? マムは遠いし……』
――コラキの答えに玲人は鼻の下を伸ばし――直後、悶え始める。そして、その隣のこたつは、天板に笑顔を示す顔文字を表示させながら、隣の玲人の様子については言及せず、誰を呼ぶべきか悩んでいる事をアピールする様に、左右に揺れ始める……。
「――コラキちゃん……の、お母さん……? お義母さん?」
「痛っ、ひ、ひっこ、まずは箸を下げ……痛いってっ! オェッ、のど……ツラ――」
――そんな中、ただ一人、雛子だけが愕然とした様子で、コラキの口の中に突っ込んだ箸をプルプルと震わせていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――その頃、日本から遥か南……、東経百三十五度、南緯六十六度近辺の海域。
そこでは今、『冒険者ギルド』を擁する各国が、共同出資して作り上げた監視船が一隻、光る柱を前に佇んでいた……。
『――柱が、柱が輝いているッ』
――世界間を貫く五本の光柱……、『五柱』とも『ビースト・ピラーズ』とも呼ばれるその光柱の一本が今、眩く光り輝いており、『五柱』を見張る監視船の乗組員達はこの世の終わりであるかの如く、それぞれが信じる神に祈りを捧げていた……。
『――ミス・ミソラ……、アレは……大丈夫なのかっ?』
光柱から、光と共に、海に伝わって来る衝撃で船が大きく揺れる中、監視船船長は、パンツルックのレディスーツを纏う女性に対して、縋る様な眼差しで問い掛ける――。
『――問題ないですよ? それより、どなたか、ボクの船室から服を取って来てくれませんか? ――後、酔い止めのお薬…………うっぷ……』
船長からしてみれば、『少女』と言っても過言では無い容姿の女性――『薬屋美空』は、船酔いで青ざめた顔ではあるものの、眼前の『五柱』に関しては「全くの問題無し」と無い胸を張って主張している。
『一体……、何が起きているんだ……』
不安気な船長に対して、美空は指を一本立てて忠告する……。
『――起きるのは、これから……ですよ?』
『――やはりっ……、また、世界の危機……なのか?』
ギリギリッと歯を食いしばる船長に、美空は首をフルフルと左右に振ると、それを否定してポツリと呟く……。
『いやいや……、起きるのは……、只の「保護者同伴の進路相談」ですよ……、あ、これ……翻訳されないんだ……? 故障かな? ウェップ……』
『なっ? SINROSOUDAN? ――ソレは……一体……』
――船長が意味不明な言葉を発した美空に詰め寄ろうとした、その時だった……。
『――せ、船長……、柱が……柱が、開いて!』
『ど、どうしたっ? マイコォッ!』
操舵室に、甲板上の船員から通信が入り、その次の瞬間――。
『――あ、揺れが収まりましたねぇ……、良かったぁ……』
――監視船の……、海面の揺れが収まり、未だ青い顔のままではあるが、美空が安堵した表情を浮かべて、操舵室に備え付けられたモニター画面を眺める。
すると、そこでは――。
『あ、ああ……、柱が開いて……、中から……、中から人が出て来ました!』
――マイケルと呼ばれた甲板上の船員が、腰を抜かしたまま、眼前の光柱に釘付けになっている様子が映っている。
『人だとっ?』
『――はい、でも……、せ、背中に翼が…………、アレは……天使……? いや、女神……?』
船長が問い掛けると、マイケルは怯えた表情から、徐々に恍惚とした表情へと変わり、やがて、その鼻から一筋の赤い線を走らせる……。
『何だ……? 何を言ってるっ! それは……血か? マイコォ? 返事をしろっ、マイコォ!』
――マイケルの様子に、船長が必死で呼び掛けるが、マイケルはポーッとしたまま、返事をしようともしない……。
そして、そんな緊迫した様子の船長達を他所に、美空はと言うと……。
「あ、やっぱり……、お兄ちゃんから聞いてた通り、忘れっぽいと言うか……忘れっぽすぎですよ……。――まさか、服までとか……」
――そう呟いて、別の船員から、先程指示した、服と薬を受け取り、操舵室を後にする……。
そして、監視船の先……、光柱の根元では……。
「――あらぁ? 私、何してたんだっけぇ……?」
――翼を広げた全裸の女性が……、海面にパタパタと浮かんでいた……。




