第五話:バイトしない? Part1(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
『冒険者養成学校』――コラキ達が住居と事務所を構える『幻想商店街』から、徒歩で十五分程、『砦が丘』と言う小高い丘の上にその学校は存在している。
そして八月半ば、早朝の『砦が丘』の坂を、褐色肌の少年――コラキ、ふわふわショートボブのたれ目少女――ペリ、ポニーテールの三白眼少女――イグルが、コンクリートで舗装された坂の上を、日差しの照り返しと戦いながら歩いている。
「――登校日……、それはせんせー達の嫌がらせだと思うの……」
ペリは、制服のブラウスのボタンを、二つ目まで外し、パタパタと仰ぎながら、背中を丸めて隣を歩く妹――イグルに話しかける。
――話しかけられたイグルは、だれるペリとは対照的に、ブラウスのボタンを全てしっかりと止め、涼しげな顔でペリに答える。
「フ……、フフフフフフフフ……、心頭滅却すれば、何とやらです。そうだ……、汗が鬱陶しいなら、ペリもその胸の肉にサラシを巻けば、イイと思うです……」
「ふぁ? そうなの? イグルちゃん、物知りなの……」
何だかんだで、会話する余裕のある姉妹達に挟まれ、コラキは無言で、汗を流しながらフラフラと坂を上り続けている。
ペチャクチャと、お喋りをしていた姉妹は、そんなコラキの、まるでゴルゴタに向かうが如き様子を訝しみ――。
「コラキ……? 生きてるです?」
「失礼するの……。――あっ、何か、熱いの!」
「――大丈夫だ……、イケる……、大丈夫だ……、イケる……」
コラキは心配そうに、顔を覗き込んでくる姉妹に向けて、ニッと笑い掛けると、その虚ろな目で呟き、その後下駄箱に辿り着くまで、同じ言葉を繰り返し、呟き続けていた――。
そして――。
「――じゃあなっ! ペリ、寝るなよ? イグル、羽衣達と仲良くなっ!」
冷房の効いた校舎に入った途端、コラキは見る見るうちに元気を取り出し、それぞれの教室へと向かう姉妹に声を掛け、自らもまた、教室へと向かう。
「何なの……?」
「何か、身体が熱を吸うって、言ってたです」
ペリとイグルは、そんな兄の背中を見送り、それぞれの教室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うぃーっす」
教室に入ったコラキを、クラスメイト達が短い挨拶や、挙手だけで出迎える――。
「おっ? 今年は無事教室に辿り着いたか?」
「――はいはい、恒例の熱チェックーっ!」
自席に座ったコラキの元へ、クラスメイトの男女二人が近付いて来る。
その内の一人、坊主頭の少年は、さり気なくコラキにスポーツドリンクを差し出し、もう一人である、足りない長さの髪を、無理矢理ツインテールにした様な小柄な少女が、コラキの頭に両手を当て、「うーん」と唸っている。
「サンキュー、玲人。――で? 何度だった、ひっこ?」
「お礼は、ペリちゃんとのデートでよろし――グホッ!」
玲人と呼ばれた、坊主頭の少年は、そう言うと、スケベ顔を晒し、隣の少女にボディブローを喰らい、蹲る。
「うーん、三十五度かなぁ……」
一方、ひっこと呼ばれた少女は、玲人にボディブローを喰らわせた後で、改めてコラキの髪に両手を当て、ワシャワシャと揉みしだきながらそう答えた。
「――やっぱ、染めるかなぁ……」
コラキは、目にかかる前髪をつまみながら、深刻そうに呟く。
すると――。
「お前……、髪は大事にしろよっ!」
「そだよっ、梧桐君の言う通りだよ! ――こんな艶の良い黒……、滅多に無いんだよぉ?」
玲人とひっこが、そう捲し立て、コラキの髪に頬ずりを始めてしまった。
「――おま……」
――ひっこはともかくとして、玲人からの頬ずりに、背筋を震わせたコラキが、立ち上がり、抗議の声を上げようとした、その時だった――。
「はいよ、お前ら、座れぇっ! ホームルーム始めっぞぉ」
ガラガラと、教室前方の扉を開け、担任教師が入って来た。
「――お前ら……、今日はオレら教師にとっちゃぁ、ざまぁな気分の登校日だっ、こんのクソ暑い中、毎日頑張ってた、オレらの苦労……、少しでも味わって帰れよぉ!」
――そして、担任はそう言い放つと、ミミズの這う様な字で、今日の予定を書き込んでいく。
「…………あんにゃろぉ……」
コラキは、教壇に立つ担任に向けて、今すぐ錫杖を投げ付けたい衝動をグッとこらえ、黒板に書かれた予定をチェックし、メモ帳に書き写していく。
すると、コラキの背中をツツゥっと、何かが這う感覚が襲い掛かり――。
「――オフンッ!」
思わず声を上げてしまった。
「何だコラキ?」
「い、いや、何でも無いッス!」
「? まぁ、何でも無ぇなら良いけど……」
担任が、再び黒板に集中し始めた事を確認すると、コラキは背中を襲った張本人、真後ろの座席に座ったひっこを睨み付ける。
「――何だよ……ひっこ」
「いやぁ、小耳に挟んだんだけどね? コラキちゃん……、また『借金返済地獄』突入したんだって?」
「――まじかっ?」
右手で口を隠し、「んふふ」と笑うひっこに、コラキの隣の席である玲人が、目を見開いて食いつく。
すると、ひっこは口を押さえた手と反対の手をパタパタと、玲人に向けて仰ぐ様に振ると、「マジよぉ」と答える。
コラキは、暫くあんぐりと口を開け、何故、ひっこがその事を知っているのかを考え始めた――。
ひっこは、そんなコラキに向けて――。
「あ、『商店街』の皆、知ってるわよ? ペリちゃんが「ここだけの話なの」って、皆に教えてくれたからっ」
――そう告げた。
「――はぁ……」
コラキは、考え無しの妹を、帰宅後折檻しようと決意し、担任が最後に注意として書いた「安全第一」の注意書きをメモの最後に書き写すと、その後始まった、担任の愚痴を聞き流し、ホームルームの終了を待った――。
その後、体育館で校長先生の苦労話を聞かされた後、昼前には下校する事になり、コラキ達は雑談をしていた。
「そっかぁ……、またやられたかぁ……」
玲人は、ペリが持たされてしまった『棍棒の様なモノ』の話を聞き、ドン引きしながら、コラキの肩を叩くと、一転、白い歯を惜しみなく見せつけ――。
「まっ、頑張れっ! 俺は部活に行くっ!」
そう言って、バットを担ぐと教室を飛び出て行く。
「――チッ……、他人事だと思いやがって……」
「まあまあ、梧桐君だって、コラキちゃんの実力を信じてるから、ああ言ってるんだよ? ――多分………………きっと………………うん…………」
不貞腐れるコラキの髪を両手で押さえつけ、「うりゃぁ」とかき乱しながら、ひっこはそう言って、コラキを宥める。
しかし、コラキはそれでも渋い顔を崩さず、机に突っ伏して、唸り声を上げながら、ひっこに愚痴をこぼす。
「いや、時間があれば良いんだけどさ……、今回の場合、九中までに少なくとも、後期の学費分は稼がねえと……」
その言葉で、コラキの髪をワシャっていたひっこの手がピタリと止まる。
そして、関節が錆びたロボットの様に、ギギギ……と、コラキの眼前まで顔を運び――。
「もしかして……、退学?」
と、尋ねた。
「お、おぅ……」
そして、コラキがそう答えると、その場で素早く携帯電話を取り出し、何処かに電話を掛け始める――。
「――あ、お父さん? あんね? 例の……そう、ツアーの奴、うん、うん、そうそう、バイト扱いで……、どうかな?」
「? ひっこ?」
何事かと机に突っ伏していた顔を見上げるコラキの頭を、クシャクシャと撫でると、ひっこはニッカリと笑い、コラキに向けて「ねぇ……」と呟き、告げる――。
「――バイトしない?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後の、ひっこの説明によると――。
ひっこの実家――『幻想商店街』に店舗を構える、『ファルマ・コピオス』系列の旅行代理店である『皇ツアーズ』で、一番近くの『異界化迷宮』探索ツアーが企画されているとの事。
そして、企画したは良いが『戦闘職』でない客もいる為、護衛用に優秀な『冒険者』が欲しかったとの事。
そこで、丁度いいタイミングでコラキが、金に困っていた。
――と言う訳で、バイトの誘いを出したとの事。
それらの話を聞いたコラキ、そして、一緒に帰ろうと合流したペリ、イグルは、顔を見合わせてコクリと頷き――。
「「「よろしくお願いいたします」」」
と、土下座をして懇願した。
そして、その足で職員室に向かい、急な申請にめんどくさがる担任に向けて、ひっこに向けたのと同様の土下座を披露し、夏季休暇中の『冒険者』活動申請書を差し出す――。
「――お前ら……、ソレ……、はぁ……、良いけどよ……」
と、ため息を吐き、許可を出す担任の言葉を背に、三人とひっこは職員室を後にした――。
――――『迷宮探索ツアーを護衛して』Start――――
基本的に、サブタイトルは依頼内容にするつもりでしたが、一エピソードに複数依頼の状況もあり得ると気付きました……orz
因みに、コラキのクラスメイトについては、その内また、改めて……。