第十三話:北の迷宮から!(5)
続きです、よろしくお願いいたします。
「――お? どうやら、こっからは、他の奴等もいるっぽいな……」
『第三階層:北のうさぎ小屋』に踏み入れたコラキ達の耳に最初に入って来たのは、何処かから聞こえて来る戦闘中であるかのような爆発音と、それに伴ってあちこちから聞こえて来る少年少女達の叫び声であった。
『良かったですね。――やっぱり、この位時間かかるのは仕方ないんでしょうか?』
「――そうかもねぇ……、何にしても良かったよ……、てっきり私達最後かと思っちゃった……」
こたつの天板にペタリと座り込んでいる雛子は、仲間が居ると言う安堵からか、ホッと息を吐く、すると、こたつの隣を歩いていた玲人も、コクコクと頷き、口を開く。
「んだな? 流石に『クリスタル・ウッド』であそこまで時間取られるとは思っても居なかったしな……」
そして、一行はまずはその場で立ち止まり、周囲の様子を伺う事にした。
「大分暗くなってっけど……、あんまり苦じゃなさそうだなぁ……」
「――ああ、って言うかなぁ……」
玲人とコラキは、雛子とこたつに後方の警戒を頼んでから、少し小高い丘に登り、そこから先の様子を、手持ちのオペラグラスで覗き込み、何とも言えない様な表情を浮かべる。
「ん? どったの?」
『もしかして、囲まれてますか?』
雛子とこたつも、そんな二人の様子を訝しみ、二人が居る丘の上まで登り、二人の視線の先を追う。
「――街……?」
『別荘街……?』
ほぼ同時に声を発した雛子とこたつ、そして、先程から微妙な表情を浮かべて立っているコラキと玲人の、計四人の眼下では、数十棟にも及ぶ小屋が建ち並んでいた……。
どうやら、『第二階層』で雛子が告げた様に、『雪うさぎ』達は小屋を建ててくつろいでいるらしく、あちこちの窓に、ティータイム、一家だんらん模様、プロレス中など、様々な影が映り込んでおり、確かに、あの中を確保出来ればゆっくり休めるだろうと言った感じであった。
「――にしても、多いな……」
「これは……、私もちょっと、予想外かなぁ……」
コラキと雛子は、揃って頬を引き攣らせながら、眼下の灯りを見る。
『――もしかして、さっきから聞こえて来る戦闘音って……』
「まず間違いなく……、小屋狙い何だろうな……」
一方、こたつと玲人は、先程から聞こえて来る戦闘音が、小屋がある方向からする事に気が付き、その先頭の激しさを想像し、ゴクリと息を呑む――。
――しかし、何時までも、遠くから様子を見ている訳にもいかず……。
「――よし……、あの小屋にしよう……」
一行は多数ある小屋の内、赤い屋根の大きな小屋を目指して、駆け出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――外をうろつくのはあんま居ないんだな……?」
なるべく戦闘を避けようと、静かに進んでいたコラキ達だったが、外を歩く『雪うさぎ』が居ない事を不思議に思い、注意しようと進行速度を緩める。
「そうだねぇ……、もしかして、時間が時間だから……?」
「うぇ? ――『魔獣』も夜は寝るってか? まぁ、有りそうだけど……、どっちかっつったら、夜動いて、朝寝るイメージが強えよなぁ……」
「――まぁ、『魔獣』も色々あっからな……」
コラキは『雪うさぎ』達の目を欺くために、自分達の周囲を幻惑で包み込み、ボンヤリと答える。すると――。
『――着きましたよ……』
何時の間にか、目的の小屋が目前にあった。
「どうする……? の、ノックする?」
「えぇ……? 返事してくれるの? それ……」
玲人と雛子が、そんなのんきに放していると、こたつが意を決した様に、カサカサと動き回り――。
「ごごごごごごごごめんくくくく下さいっ!」
「「「――っ!」」」
――小屋の扉をコタツの天板で大きくノック……いや、体当たりしていた……。
「――何し――」
「――ギュッ?」
雛子が、「何してるの?」と、叫びそうになったその時、小屋の扉がギィッと開き、中から、コラキの背丈半分程の、比較的大きめな『雪うさぎ』が姿を現した。
「――やだ……、ちょっと可愛い……」
雛子は、出て来た『雪うさぎ』の、つぶらで赤い瞳に、思わず手を伸ばし、撫で様とすると、『雪うさぎ』は……。
「――ギュゥゥゥゥウゥッ!」
まるで痴漢にあった女性の如く、身体をブルブルと震わせて叫び声を上げた――。
「――ギュ? ギュ?」
そして、その声は周囲にバッチリと聞こえていたらしく、外をうろついていた『雪うさぎ』達が集まって来る気配がしてくる。
「――クッ……、まずいっ! ひっこぉっ! そのまま、そいつを蹴って、中に押し込めっ!」
「え? ええっ? それ、やり辛いよぉ!」
集まり始める『雪だるま』達の気配と、扉の前に立つ『雪うさぎ』……、コラキは多くの敵に見つかるよりはと、このまま小屋になだれ込む事を決める。
「俺が行くっ! コラキは、警戒続けてっ! レイさんは、俺の後に来て下さいッ!」
『ら、ラジャっ!』
「あ、あぁぁぁ……、うさぎさんがぁっ!」
玲人は言うが早いかと言った感じで、扉の前の『雪うさぎ』を蹴り飛ばす。そして、そのまま、バットを構え――。
「――『抜刀』! 『性残想』!」
――バットを黒光りさせ、三連の斬撃を放つ……。
「ギュゥァアァァッ!」
玲人の斬撃をまともに喰らった『雪だるま』は、何か悲痛な叫びを上げ、キリキリと回転しながら、小屋の床に落ち、崩れ去っていく……。
「…………」
『何だか……、物凄く……悪い事をしている気がします……』
「梧桐君……、私達、この事……、他の女子には黙ってて上げるね?」
「ちょっ、何でそんな犯罪者扱いなのっ?」
――こたつ、雛子、玲人が、『雪だるま』の散り様に、何とも言えない罪悪感の様なモノを抱いていると、コラキが大慌てで小屋に駆け込み、扉を閉める。
「――あっぶねっ! マジで危機一髪だった……」
そして、三人の微妙な表情に首を傾げ――。
「どうした?」
――と尋ねて、一歩踏み出すと……。
「ギュ、ギューギュンッ?」
小屋の階段を、もう一匹、いや――。
「ギュ、ギュギューッ!」
二匹の『雪うさぎ』が駆け下りて来た。
「ギューギュンッ! ギューギュンッ?」
「ギュギュー、ギュギューッ!」
二匹は崩れ去った『雪うさぎ』の残骸に駆け寄ると、まるで、「かあさん! かあさん?」、「ママー、ママー」とでも言っている様に、残骸を揺さぶる……。
「――梧桐君……」
『玲人君……』
「ん? 玲人がどうかしたのか?」
「えっ? 俺? で、でも……だって……。――あぁっ、もうっ! 分かったよ……」
三人から一斉に見つめられた玲人は、何とも言えない理不尽さを感じながら、二匹の『雪だるま』に近付き――。
「な、なぁ……、わ、わるか――」
――取り敢えず、謝ろうと近付く。
すると――。
「「ギュッギュァッ!」」
――「掛かったなっ?」と言いたげに、二体の『雪うさぎ』が同時に飛び掛かって来た。
「――なぁっ!」
頭を下げていた玲人は、突然の豹変っぷりと、襲撃に驚き、思わずその場に尻餅をつく。そして、そんな玲人に向かって、『雪うさぎ』達は覆い被さろうとして――。
「何してん……だっ!」
――コラキの錫杖で、呆気なく吹き飛ばされ、崩れ去った……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「後味悪い……、悪いよコラキちゃんっ!」
小屋に居た『雪うさぎ』一家を一掃したコラキ達は、使えそうな食材や、毛布、そして、他に『雪うさぎ』が隠れていないかを確認し、リビングで今日の反省と、明日の予定を確認し合っていた。
「んな事言ってもなぁ……、そう言う『魔獣』なんだろ?」
雛子は、『雪うさぎ』一家を倒した事が、非常に後味悪いらしく、先程からコラキの髪をクシャクシャと揉みしだきながら、「キーキー」と喚いていた。
「そうかも……だけどぉ……」
「んじゃ、割り切れよ……」
「んんんんんがぁぁぁっ!」
そして、そんなじゃれ合う二人とは別に――。
『その……、元気出して下さい……』
「うぅ……、今日散々っすよ……、誰のか知んねぇけど、新『スキル』は妙なのだし、『氷の枝』は、股間狙いだし……、『雪だるま』相手に、痴漢冤罪の気分を味合わされるし……」
――こたつは、玲人の愚痴に付き合い、疲労を蓄積させていた。
そして、そんな四人は、流石に今日は疲れたらしく、予定は明日起きてから……とだけ決めて、男女別の部屋で睡眠を取る事にした……。
――明けて翌日……。
「ふぁぁぁ……」
一足早く目が醒めたコラキは、背伸びをしながら、寝室のドアを開ける。
「――ギュぁっ!」
「おぁっ!」
すると、昨夜倒したはずの『雪うさぎ』が、まるで「お早う、よく眠れた?」とでも言っているかの様に、コラキの腹部に突撃して来た。
「――なっ? コイツ……、生きて? いや……、生き返ったっ?」
無防備な状態で、腹部に突撃を喰らったコラキは、『雪うさぎ』から僅かに飛び退き、驚きの表情を浮かべる。
「ん? んだぁ? コラキィ……、ヤるなら……、別の部屋行けよ……」
「――起きろっ! 敵だっ!」
寝ぼけまなこの玲人に向けて……、他の部屋で寝ている筈の雛子と、こたつに向けて……、コラキは最大限大きな声を上げて、叫ぶ――。
「ぎゅあッ!」
「――グッ……!」
大声を上げるために、僅かに注意が逸れたコラキに、『雪うさぎ』は、再び突進してくる。
「――て、敵っ?」
二度目の突進は、コラキの顎に当たり、コラキは溜まらずよろめく。
「ギュゥゥゥゥウゥ――」
「――させっかっ!」
ふらつき始めたコラキに、『雪うさぎ』は止めと言わんばかりに、三度目の突進をしようとするが、タッチの差で玲人がバットを投げ付け、『雪うさぎ』に突き刺さる――。
「――大丈夫か……? コラキ……」
「あ、ああ……、助かった……」
――そして、玲人は『雪うさぎ』の残骸に突き刺さったバットを引き抜くと、そのままコラキに手を伸ばす。
そのまま、二人は手早く荷物を纏め、女性陣を迎えに行くが――。
「「きゃあああああああああ」」
――突如、女性陣の部屋で叫び声が上がり……。
「ひっこぉっ!」
コラキはふらつく頭を押さえ付け、部屋に飛び込む。すると、そこには――。
「つつつつつつつ次、っわわわわわ私ですよおよよよっ!」
「あ、あぁ……もうちょっと……」
――通常の『魔獣』でない『雪うさぎ』より、更に小さい、タバコサイズの『雪うさぎ』が、雛子とこたつに取り合われ、げんなりしていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「多分……、融け切っちゃったんだと思うよ?」
小さくなり、鳴き声すら上げなくなった『雪うさぎ』をツンツンとつつきながら、雛子はコラキに答える。
『連れては行けませんけど、害が無さそうなので……』
そして、こたつもまた、そう答え――。
「『見逃して上げて?』」
――二人は、コラキと玲人にそう言って、『雪だるま』を見逃させたのだった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ギュギュギュ……」
「うん……、またね?」
『大きくなるんですよ……?』
時間的には既に朝なのだが、未だ外は薄暗く、コラキ達は『雪だるま(小)』の、「あばよ……」と言いたげな見送りを受けて出発した。
「――あの戦闘音と、叫び声の正体って……、やっぱり……」
「突撃喰らった奴等と……、ちっちぇぇのにやられた奴等……だろうな……」
腹を押さえるコラキと、そのコラキを支える玲人は、『雪うさぎ』の強さの割に、叫び声が多かった理由を想像し、寂しげに呟く。
どうやら、小屋の『雪うさぎ』は手順を踏めば、しっかりともてなしてくれるらしく……、コラキ達がそれを知るのは、かなり先の事である。
「あ、看板めっけ!」
そして、小屋にあった薬屋、こたつの処置のお蔭で、昨日の怪我が響いていない様子の雛子のそんな声に、半信半疑になりながらも、コラキ達は、看板の指示に従って進み――。
「――マジで……か……」
――四階層への入口を発見した……。
「じゃあ、サッサと行くか?」
「おうっ」
「はいは~い♪」
『しっかり休んで、癒されましたからねっ! 行きましょう!』
そして、一行は第四層へと進み――。
「っだぁ? っめっら、っぎっの、っのっかっ? (訳:何ですか? あなたたちが、次の、獲物でございますか?)」
「――あっ……にゃっほ…………んんっ、……奇遇ですね?」
「――っ! 逃げろっ! おめーらっ!」
――金環の男と、銀髪の少女と、その足元でうずくまる同級生……、そして、金銀の異物と向き合う、担任に、遭遇した……。




