第八話:インターミッション(8)
続きです、よろしくお願いいたします。
――ギィギィギィと、小舟が海を進んで行く。
小船の上には人影が三人、一人は、胡坐を組み、その場に座る、身長百九十を超えるかの様な巨躯、もう一人は、身長百七十前後で、しきりに櫂を動かし船を漕ぐ中肉中背、最後の一人は小船から手を伸ばし、海に手を浸す、身長百五十前後の小さな影。
三人が乗り込んだ小舟は今、ゆっくりと、先に見える陸地を目指していた。
「――もうすぐで着くぞ? 準備……するほど荷物は無いか……」
船を漕ぐ男は、会話するでも無く、黙って船に同乗している男女を見て、若干の不気味さを感じながら呟き、二人の様子を改めて観察する。
巨躯の男の姿は、その頭からつま先まで――肌色が見える場所全てを、万遍なく剃りあげており、そのは虫類の様な目と、下唇にぎゅうぎゅう詰めに取り付けられた金の環が、その巨躯のお蔭で、ただでさえ恐ろしげなその男を、更に不気味なものへと仕立て上げている。
巨躯の男は、その恐ろしげな風貌で、小さな鼻息――森のくまさん――を口ずさみ、声だけを聴く限りでは、かなりの上機嫌に思えた。
――一方、もう一人の同乗者海に手を浸す小さな影、ストレートロングの銀髪を風に靡かせる、分厚い眼鏡の少女は、ひたすら無言で海を眺め続けており、まるで人形か何かの様に見えて来て、船漕ぎ男はどちらかと言えば、こちらの少女の方が不気味に思えていた……。
「――はぁ……、こんな奴らに任せて大丈夫かねぇ……、上の命令だからしゃあねえのは分かってっけど……」
「あら? 何か文句でもあるのかに――ございまして?」
船漕ぎ男の呟きは、人形の様な少女にしっかりと聞こえていたらしく、少女は、調整が上手くいってないのか、分厚い眼鏡を何度も持ち上げながら、船漕ぎ男の顔を見ていた。
「んぁあ? んだぁらぁ? んめぇっ、っれをっんよぉってんねんかぁっ?」
「い、いやいや、別に信用して無い訳じゃないさ! た、ただね? 人数少ないしさ、しかも、相方が、小さな子だろ? 不安に思うのも無理ないじゃないさ?」
少女の発言が切欠で、巨躯の男から詰め寄られた船漕ぎ男は、思わず櫂から手を離し、必死になって巨躯の男に向けて、謝罪する。
そして、何とか巨躯の男を宥めた船漕ぎ男の前に、少女がトコトコと歩き、近付くと、僅かに頬を上気させ――。
「――んにゃ……、今の分かるんだ……」
――何かを呟いた……。
「え? な、何か言ったか?」
波の音で、少女の声が聞き取れず、船漕ぎ男が聞き返すと、少女はプルプルと首を横に振る。
「え、いえ……、こちらの男性のお言葉が、わたくしには、少々、にゃ――難解でしたので……」
「あ? ああ、そりゃ、ダグさんとは何回も仕事してっからなぁ……」
「ダグ……さん……?」
船漕ぎ男は、ダグ……と呼ばれた巨躯の男に、再度頭を下げると、少女に向かって話を続ける。
「ん? 知らねえか? ――まぁ、俺達の依頼を受けるっつう事は、金に困ったBランク以下とか、そんなんだろうしなぁ……」
船漕ぎ男はそう呟きながら、少女を見て「まだ若いだろうに……」と呟き、うんうんと頷き――。
「――オーケー! 良いか、嬢ちゃん? 死にたくなけりゃ、この依頼が終わるまでは、ダグさんを怒らせちゃいけねぇぞ? 何を隠そう、この人――ダグ・ドルドは、『Aランク』序列七位、通称『さびしんぼう』だかんな? まあ、Bランク以下の『冒険者』含めて、世間じゃあ、AとかSの高ランク『冒険者』は、『二つ名』でしか知られてねぇから、知らねえのも無理はねぇが……」
――と、諭す様に話すと、最後に「ダグに逆らうな」と告げた。
「ふむ……、分かりました……、ご忠告、感謝するに――感謝致します」
そして、少女は船漕ぎ男に礼を言って頭を下げると、そのままジッとダグを見つめる。
ダグは、暫くボーっとしていたが、やがて、少女の視線に気が付くと、立ち上がり、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「っだぁらぁ? っめってっど、っちっまっすぞ?」
「――っ!」
少女が、その叫び声に反応して、慌ててダグから顔を反らす。
すると、船漕ぎ男が「まぁまぁ、ダグさん……」と言って、ダグを座らせ、少女の頭にポンと手を置く。
「まぁ、こう言う人だから、怒らすんじゃねぇぞ?」
すると、少女は、コクコクと頷きながら、震える声で、船漕ぎ男に尋ねる。
「ぁ、あの、い、今のは……何と?」
「ん? ああ、「何だオラぁっ? 舐めてっと、ブチ回すぞ?」って言ってんだ……」
「――っ! わ、分かりました……」
俯き震える少女の様子に、船漕ぎ男は、再度「大丈夫かねぇ?」と呟くと、再び櫂を手に取り、船を漕ぎ始める。
そして、また暫く無言の時間が過ぎていき、いよいよ上陸間近となった時、船漕ぎ男は再び櫂を動かす手を止める。
「――さて、そろそろ現地に着くわけだが……、お二人さん、今回の依頼内容は分かってんな?」
「ええ……、確か――」
「っろうと、っんなを、っらってっりゃっんだろ? (訳:男性と女性を攫って来れば宜しいんでしょう?)」
「そう……、依頼内容は『『異世界』から来る大使』の誘拐……だ」
――この小船には、現在、真っ当な方法で上陸をしようとしている者はいない。
一人は、『冒険者ギルド』を通さないで、『冒険者』に、犯罪を依頼する通称『ブローカー』と呼ばれる組織の小間使い。
「んのぁ、っれんい、っかっりゃ、いっべ? (訳:そんなのは、わたくしに、任せて頂ければ、良いでしょう?)」
もう一人は、『冒険者ギルド』に隠れて非道な行いや、『ブローカー』の犯罪依頼を請け負う『Aランク』序列七位、『さびしんぼう』のダグ・ドルド。
そして、最後の一人は――。
「『Cランク冒険者』、『トキワ・コーラ』です……」
――そう名乗った。
今回、『ブローカー』は、繋がりのある『冒険者』や、『冒険者ギルド』を除名になった、元『冒険者』達に、とある依頼をしていた。
それは、『異世界』の、とある一国『海上国家オーシ』から来るとされる、大使達の誘拐であった。
「大使なんて誘拐してどうするんですかに――ねぇ?」
「ん? お偉いさんの考えは知らんが……、噂だと大層な美男美女らしいからな……、まあ、良くて身代金、悪くて愛玩用売買、悪くて……研究……かな?」
「っゆぅっざ、っでぉっい、っれぁ、っばっるっけだっ! (訳:理由なんて、どうでも良いです、私は、暴れるだけです!)」
そして、『ブローカー』の小間使いは、もう一度、トキワとダグを見て、深くため息を吐き、考える「本当に、この二人で依頼を遂行できるだろうか」と……。
そんな小間使いの懸念を見抜いたのか、トキワは、フッと笑い――。
「――心配ですか……?」
――と、尋ねる。
自身の心境を当てられた小間使いは、僅かにその通りだと反応しかけ――。
「いや、まあ……、ダグさんがいるから心配はしてねぇが……」
――そう答え、その内心で冷や汗を流していた……。
小間使いが聞いた情報によると、今回の大使の護衛には、少なくとも『Sランク』序列一位から三位、そして十四位が居るとの事であった。
そんな護衛を突破して、大使を攫うとなると、最低でも戦闘能力はAもしくは、Sでないとキツイと言う見解も聞かされている。
ただでさえ難攻不落状態であるのに加えて、今回の依頼参加者は、ただ暴れたいだけの『攻撃力』と『狂気』だけは『Aランク』のダグ、そして、『Bランク』以上かと思えば、『Cランク』だと言う少女『トキワ』……。
小間使いは、「こりゃ、失敗するな」と、目の前の二人に同情し、一方で「ま、死ぬのは俺じゃない」と高を括り、再びため息を吐く。
すると、そんな小間使いのため息が気に障ったのか――。
「不安なら……、お見せしましょうか……?」
「あ? 何をだ?」
「――ふふ……、力を……です……」
少女はクスクスと笑いながら、今度はダグの方に向き直り、優しく声を掛ける――。
「――にゃ……ねぇ? ダグ様も、ご自分の力を疑われたら、腹が立つでしょう?」
「っだぁなっ、っきっこっ! (訳:そうですね、激おこです)」
「?」
「――ああ、頷いてるんだ」
「にゃら……、あそこでそのお力を、見て頂こうではありませんか?」
――そして、トキワは、目指す陸地の更に少し先、海に浮かぶ氷の島を指差す。
「――っ! っひっもっしっ! (訳:是非もなし!)」
「アレは……」
――海に浮かぶ氷島、それは日本最北端と言われる『異界化迷宮』であり、この数日間は数多の『冒険者』及び『『冒険者』候補』が集まる……。
「――そぉ、『雪ダル地獄』に……です……」




