第五話:燃えよ!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
「ふっふふ~んふ~ん♪」
――夕暮れ時の『幻想商店街』を、一人の少女が鼻歌まじりにスキップしている。
少女は、その右手を大事に、愛おしそうに見つめ、ポヤッとしたたれ目を輝かせ、恍惚の表情を浮かべながら、その豊かな胸にギュッと抱き寄せている。
「――今日は四本もゲットできたの♪」
少女――『天鳥ペリ』は、スキップの振動で、白いふわふわのショートボブを跳ねさせながら、改めてその右手……、指の隙間一つに一本づつ――計四本の、つくねが三つ刺さった串を前に、ジュルリと涎を垂らす。
――ペリの兄である褐色肌のツリ目少年――『天鳥コラキ』と、その友人――『梧桐玲人』、『皇雛子』、『レイ・ハーン』達四人が、『冒険者養成学校』の修学旅行へと出掛けてから早三日、ペリは普段ならコラキの目が合って出来ない『放課後幻想商店街食べ歩き』と自称したツアーを実施していた。
「ほっほぉっ! ――ケーキの在庫処分なの? これは、イグルにもお土産を買っていくしかないの!」
ペリはその目をギラリと輝かせると、いつの間にかつくねが消えている、指に挟んだ四本の串を、ヒュッと斜めに振り下ろし、そのままゴミ箱へと投げ入れる。
そして、お目当てのケーキ屋に突入し、「すいませんなの」、「あら二日振り」等と軽く挨拶を交わすと、ケーキのショーウィンドーに釘付けになる。
「ほぉ……、今日はメロンケーキが残ってるの……、ふふふ……つくづく付いてるの……。――すいませ~ん、このメロンケーキ、イートインで、モンブラン二つテイクアウトでお願いなのっ!」
「はいはい、えっと、もちろんコラキ君「全部内緒なの」……はいはい……と、イグルちゃんには「イートインは内緒なの」……はいはーい」
ペリはレジで注文を終えると、そのまま店内のイートインコーナーに座り、上機嫌でケーキを頬張り始める……。
「ふんふんふ~……ん?」
そんな時、ペリが店内のガラス窓から、外の様子を見てみると、一人の……、ポジティブな言い方をすれば『ぽっちゃり系』と言った体格の学ランを着た少年が、先程のペリと同じく、手につくねの刺さった串を右手に四本持ち、満面の笑顔で歩いていた。
「――ほっ? まさか……、しかも……、左手もなのっ?」
てっきり右手だけだと思えば、左手にも同様に串を持ち、計八本の串を握った少年に、ペリが驚愕の表情を浮かべる。
更に、少年は、一瞬で食べ終えた、八本の串を、やはり先程のペリ同様に、ゴミ箱へと投げ入れると、そのまま嬉しそうに、満面の笑顔で――。
「すいませ~ん!」
――ペリが居るケーキ屋へと立ち寄り、「ここからここまで」と、在庫のケーキを買い取っていった。
「――ダース買い……、何と言う猛者なの……」
ペリは冷や汗を流しつつ、ケーキを平らげると、そのままテイクアウトのケーキを受け取り、ケーキ屋を後にする。
そして、財布の中身を見て――。
「今日の所は、この位で勘弁してやるの………………」
――そう呟くと、妹が待っているであろう、ベージュ色のビルを目指して、トボトボと歩き始めた……。
「それにしても、先程の猛者……、買い物袋から見えたお惣菜からして……、中々良い趣味と、良い回り方だったの……、うん、私のライバルと認めてあげるの……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――『幻想商店街』の一画に、古ぼけた三階建ての、ベージュ色のビルがある。
「うぁぁぁぁ……、暇です……」
そのビルの二階テナント――『天鳥探偵事務所』では、今日も来ない依頼に嘆き、ダレて事務所の来客用ソファに寝そべった茶髪の長身少女――『天鳥イグル』が、その三白眼を細め、頭のポニーテールをクリクリと弄りながら、「暇です」と連呼していた。
「たっだいまなのっ!」
そんな時、事務所の扉が勢いよく開かれる。
「――あ、ペリ、遅いですよ? 何してたです……?」
「ん~? ちょっと、巡回警備してたの! ――はい、これお土産なの!」
事務所に入ったペリは、『冒険者養成学校』の制服を脱ぎ捨てながら、イグルにケーキの入った箱を差し出す。
「んん……? ――ま、まぁ、お疲れ様です……………………」
箱を受け取ったイグルは、それ以上の追求を止めると、口の端を緩ませながら、給湯室へと向かう。
「ペリも、紅茶で良いです?」
「ん~? 良いの!」
ペリは、白いノースリーブとバブルスカートに着替え、その上からセーターを着込むと、そのままソファになだれ込み、イグルに向けて手を振り、答える。
ペリの答えを聞いたイグルは、チューブトップに、デニム生地のホットパンツと言う、寒々しい格好の上から割烹着を着込むと、やかんに火をかけ始める。
そして、やかんの水がお湯に変わり、イグルが適当に紅茶を淹れると、今日の出来事を語り合う、暇潰しの時間が始まる――。
「――と言う訳で、ペリ、畏怖の象徴になってるですよ?」
「ほぁぁ? むふ……、むふふ……」
「何です? 気持ち悪いです……」
「――来年が楽し…………。――はっ! いやいや、何でもないの……、それよりイグルっ! 私は……、私は遂にライバルを見つけたのっ!」
――そして、ペリは、今日見かけたケーキをダース買いした少年の話を始める……。
「ふぉぉ……、ペリ以外にも、そんな変じ……いや、奇特な人が居たんですね……?」
「私は、彼を『食の暗黒卿』としてライバル認定する事にしたのっ!」
ペリが、フンフンッと鼻息を荒くして、闘志を燃やしていると――。
「――ごめん下さ~い……」
――事務所の扉を、ドンドンと叩く音が聞こえて来た。
「――はいはい、どなたです?」
イグルは、興奮気味のペリに苦笑しつつ、扉を開く。
「あひゃっ! あ、す、すいません……、こちら、何でも屋さんとお聞きしたんですけど……」
――イグルが扉を開けると、そこには、『ぽっちゃり系』の男子学生が、沈んだ表情で立っていた。
「うぅ……、何でも屋では無いです……、でも……、まあ、折角来たんだし、話だけは聞くです……」
「えっ? あ、そ、それは失礼しました……、えと……、お願いします……」
イグルは、悲しげに少年の間違いを否定すると、そのまま、少年を事務所内へと招き入れる。
「ペリ、お客さんです、ちょっと、そこ空けるです」
そして、未だソファでケーキを貪るペリにそう告げ、ケーキやら紅茶やらペリやらを片付けると、少年をソファに座らせ、自身は来客用のお茶を淹れる為に、「少し待っててです」と少年に告げて、再び給湯室へと向かう。
「イグル……、イグル……」
「あ、ペリ、どうせならお客さんのお相手するですよ? ――依頼人かもしれないです……」
ひそひそ声で話し掛けて来るペリに、同じくひそひそ声で返すと、イグルは右手でお金を現す形を作り、ソファに座る少年を指差す。
すると、ペリは少しだけ興奮気味に――。
「あれ……、さっき話してた『食の暗黒卿』なのっ!」
――と、告げた……。
「へぇ……、成程です……」
イグルは「あれがペリのライバルですかぁ……」と呟きながら、少年にお茶を差し出す。
「さて、相談と言うのは何です……?」
「は、はい……、実は……」
少年は、目から滲み出る涙をグッと溜め込むと、深呼吸を一つして、ポツポツと語り始めた――。
「えっと、まずは、自己紹介……ですよね? 僕は『奄美涼斗』です。丁度、ここから四、五キロ程先にある高校で学生してます……」
――事件は、涼斗が毎日の日課である『放課後食べ歩き』下校をしている時に起きたらしい。
「えっと……、恥ずかしながら、僕、同じクラスに好きな人が居まして……」
「ふぉぉっ? そ、それでっ、どうしたです?」
「えっ? あ、は、はい……、それで――」
涼斗が、帰り道の公園で、購入したケーキを食べていると、その思い人と出くわしたらしい。
思い人の少女は、涼斗を見つけると満面の笑顔で手を振り、声を掛け、涼斗はそんな思い人に対して、恥ずかしがりながらも、喜んで手を振り返したらしい。――しかし、思い人は、一緒に下校していたらしい友達と何かを話したかと思うと……。
「爽やかな感じで………………「余り太るとモテないよ」って……、それはもう……嬉しそうに……」
――笑われてしまったらしい……。
「それで……、あんまりにもショックで、買ったケーキも一つ残してしまって……、偶々通りかかった、ご近所の田中のお婆ちゃんに譲ったら、ここに何でも相談に乗ってくれる何でも屋があるって教えられて……」
「――で、今に至る……です?」
コクリと涼斗が頷くと、イグルは無言で何かを考え始める――。
「む……、むむむ……、食人を馬鹿にするとは……、許せないの……」
――一方、ペリは、頬をプクッと膨らませて、まだ見ぬ少女に怒りを募らせると、落ち込み、力無く笑う、自らがライバルと認めた涼斗に尋ねる。
「――君は……、どうしたいのっ?」
涼斗は、暫く俯き、考え込んでいたが、やがて、真っ赤になった目で、イグルと、ペリの目を見て――。
「――モテる様になりたい…………いや、痩せたいですっ! ――僕の……、僕のダイエットを手伝って下さいっ!」
そして、「お願いします」と勢いよく頭を下げる涼斗に対して、ペリはフッと笑い――。
「――このペリに……不可能は無いのっ!」
――ポヨンッと、胸を叩き、応えた。
――――『ダイエットを手伝って!』Start――――




