第二十話:凶愛者に明日は無い!(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
※本日(10/29)の二話目です。一話目は「第十九話:凶愛者に明日は無い!(2)」になります。
――夜空に一つの黒い影が浮かんでいる……。
黒革のライダースーツと言った風貌のソレは、二房のマフラーをたなびかせ、頭部の鋭いバイザーと胸部のレンズを赤く光らせ、バイザー越しに足元の『聖剣使い』を睨み付けている。
ソレ――『Sランク』序列第五位、『八咫烏』としてのコラキは、そのスーツの着心地を確かめる様に、手足を軽く動かし、首を左右に傾ける。
『――どうです? 不具合ないです?』
すると、バイザー部分から、イグルの声が流れる。コラキは、その声に反応する様に、再度、首を左右に傾け、口を開く。
「ああ……、前回と比べると大分仕上がった感じかな? 念の為に、データ取っておいてくれよ?」
『ラジャです! ――後は……頼むです』
「ラジャ」
そして、コラキはイグルとの通信を終了させると、足元の『聖剣使い』――ストーカー犯である、『高野 直師』を再び睨み付ける。
直師は、突如、目の前に姿を現した『Sランク』に、口をパクパクとさせ、驚いている様であったが、やがて、その口を閉じ、ギリギリと音がするほど歯を擦り合わせると、その手に持った大剣で地面を抉り、コラキに向けて叫び始めた――。
「お前……、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ――たかが、他人の色恋に……、何で『Sランク』なんかが出て来るんだっ! この卑怯者っ!」
「いや……、アンタに言われたかないっつうか……、そもそも――っと……、忘れる所だった……。――元『冒険者ギルドxx支部』所属ギルド職員、『高野 直師』、お前にはスキルを使った『甲賀 星奈』に対する付きまとい、ストーカー行為と、『魔獣』未発生の状況における攻撃スキルの不正使用で、警察と『冒険者ギルド』から捕獲命令が出ている、大人しくお縄に付けば良し、抵抗するなら……メンドイ、以下略っ! 一応伝えたからな?」
コラキはそこまでを、感情を込めず、棒読みで話すと、宙に浮いたまま、手に持った錫杖を肩に乗せる。
「――『聖斬爪』!」
「――フッ!」
直師がスキルを発動すると、コラキの頭上から白く輝く斬撃が落ちて来る。コラキはそれを錫杖の柄で受け止めると、そのまま、一回転して斬撃を直師へと送り返す。
「――チッ! 『聖刹』!」
直師は、跳ね返された斬撃を避けると、そのまま飛び上がり、コラキに向けて突きを放つ。
「――遅ぇっ!」
コラキは、その突きを、錫杖の杖頭で受け止め、直師を押し返す。
「――っ!」
突きを受け止められた直師は、驚きながらも、その身をクルクルと回転させ、着地する。その後を追う様に、今度はコラキが宙から直師を目がけて、錫杖の杖先を放つ。
「クッ!」
「――チッ!」
ギャリギャリと言う、金属が強く擦れ合う音が響き、直師は自らの頬に飛び散る火花に顔を歪めるが、すぐに両手で大剣を構え、コラキと正対する。
コラキもまた、今の一撃で仕留めきれない事に舌打ちし、錫杖を斜めに一閃すると、そのままの態勢で直師と正対する。
――そのまま、一分程睨み合い……。
「――フッ!」
先に動いたのは、直師であった。
直師は、大剣に意識を集中させると、その刀身を白く輝かせ始め、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「クク……、私に時間を与えたのが……、運の尽きだったな? ――見るが良い……、コレが……『聖剣』だっ!」
直師が剣を地面に向けて振ると、白光の残滓と共に、地面に小さな亀裂が入る。
コラキはその様子を、無言で見つめていたが、直師はそれを、驚いているのだろうと感じ、更に喜色満面の笑みを浮かべる。
「ぜぁっ! ――大っ体! 私は『聖剣使い』だっ! そして、彼女は『聖女』っ! ならばっ! 私を勇者と崇め、奉仕する……のがっ! 『聖女』としての務めだろうがっ!」
直師は興奮し、『聖剣』と化した大剣を振り回す。
コラキはその斬撃を、只々無言で受け止め、受け流し、躱したりしていたが、やがて、そのコラキを見て、自分が有利だと確信した直師は、大きく一歩下がり、『聖剣』の切っ先をコラキに向けて、叫ぶ――。
「アレは……、私の……、『聖剣使い』の勇者である……私のモノだっ! 誰にも……渡す……もん……かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! ――『聖龍斬』!」
――『聖剣』の刀身から、白い蛇が放たれ、コラキを喰らおうとその口を開き、襲い掛かっていく。
コラキがその蛇を見て小さくため息を吐くと、次の瞬間、バイザーが赤く輝く――。
「――『灰』……」
――コラキが小さな声で呟き、スキルを発動させると、コラキが握っていた錫杖に付いている遊環が、シャラシャラと音を立て、回転する。
やがて、錫杖は遊環と、コラキが握った柄だけをそのままに、ボロボロとその形を崩し始め――。
「――『金剛牙』!」
――コラキの一言と共に、柄の長い一般的な形状の錫杖から、柄が短く、杖頭の輪部分が人の頭ほどで、外輪の外縁部が鋭い刃となった形状へと変わる。
そして、その輪が高速で回転を始め、コラキがそのまま錫杖を振ると、直師が放った蛇が、頭から縦に真っ二つにされ、靄の様にその姿を散らせてしまった。
「――な……」
コラキは、蛇を斬ると、そのまま錫杖の輪を回転させ続け、直師へと近付き、そして、呆れた様な、汚らわしいモノを見る様な声色で、直師へと語り掛ける。
「――ジョブや、スキルは、只の道具……、それ自体に意味は無くて、『教師』や、『銀行員』とか、そんな職業の違い程度のモノだ………………って、受け売りだけどな……」
コラキは、そのまま小さな声で「でも」と、呟き、回転する輪を直師に突き付ける。
「――クッ、『聖斬爪』! 『聖龍斬』!」
直師は、歯をカチカチと鳴らしながら、必死の形相で『聖剣』を、スキルを振り回す。
しかし、コラキは、それら全てを、錫杖で弾きながら、歩き続ける――。
「お前は……、自分のジョブが特別だと勘違いし、相手の都合も考えず、攻撃し、それがどれだけの悪行であるか、省みもしない……お前に、ソレは必要ない………………『縛』!」
――コラキが、再び白い蛇を斬り伏せ、スキルを発動すると、錫杖頭の輪、その内輪部から赤い光の縄が飛び出し、直師を縛り上げる。
「うぁっ! は、放せっ! 解けッ! この……クソガキィ!」
「――直に……、あの子から離してやるよ……『灰』!」
再び錫杖の形がボロボロと崩れ、灰の様になると、今度はコラキが握った柄の両端から生える様に、コラキの腕に絡み付いていき、やがて、手甲の様な形状になる。
そして、コラキは腰を低く構え、縛り上げられた直師の腹めがけて、手甲状の錫杖を叩き付ける。
「うぅらぁぁぁっ!」
――そのまま、コラキが直師の腹深く、錫杖を突き入れると、コラキの胸部にはめ込まれた赤いレンズ――『午王宝印』が、機械音声を伴って眩く輝き始める。
『――『過労嗣』フォース・リプロダクション………………『起請文』……スタート……』
「が……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
やがて、コラキが直師の腹から錫杖を引き抜くと、その腹から、赤色と青色のカラス像がコトリと落ちる。コラキは、その二つの像を拾い上げると、未だ悶える直師に向けて告げる。
「赤は『スキル』、青は『身体能力』……だそうだ、お前は今後、あの子に対してスキルを使う事は出来ないし、襲おうとしても、彼女の方が強い、『ジョブ』はそのままだから、『適性武具』に関してもそのまま……だが、持ち上げられないし、他の刃物も『適性武具』じゃないから、使えない……大人しく罪を償うんだな……」
「――な、馬鹿なっ! 嘘だっ!」
直師は、真っ青になり、大剣を持ち上げようとするが、大剣はビクともしない……。続けて、恐らく監視系のスキルであろうスキル名を「聖視、聖視!」と叫ぶが、何も反応が無い様で、更に真っ青な顔になる。
「後、最後に一つ言いたい…………何にでも、『聖』って付ければ良いと思うなっ! ――お前のスキルっ、微妙にセクハラっぽいんだよっ!」
「――ぶぉっ!」
直師の顎を下から突き上げたコラキは『大千世界』を解除し、そんな直師を、呆れた様な、スッキリした様な表情で見つめ、宙に向かって話し掛ける。
「――終わった、踏み込ませてくれ……」
『了解です……、お疲れ様です』
イグルがそう答えるとほぼ同時、赤い光と、けたたましいサイレンが公園に届く。
「ねむ……」
――とうの昔に日付は変わっており、薄っすらと朝日が差し込む公園で、コラキは「はぁ……」とため息を吐き、その場を後にした……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――と言う訳で、これ、どうしよう?」
――依頼人である陸人に、犯人を捕まえた事、そのスキル諸々を封じて、戦えない様にしたから、もし来たら返り討ちにしてやれと告げた後、コラキ達は事務所へと帰還していた。
コラキは、事務所の、来客用ガラステーブルの上に、二つのカラス像を置き、イグルと、ペリに、その取扱いを相談していた。
「ん~? 割ったら良いと思うの……」
既に意識の大半が夢の世界に踏み入れているペリは、コラキが座っているのとは反対側のソファに寝そべり、胸を枕に、ポヤポヤと、そう答えた。
「いや、もしかしたらですけど、割ったら持ち主に戻る………………かもですよ?」
「――俺……、あんまり腹立ったから……、知ったかドヤ顔で「お前はもう終わりだ」みてぇに言っちゃったんだけど……?」
――コラキは「どうしよう?」と呟き、再びカラス像に視線を落とす。
「でも……、このままにしておくと、何かあった時にマズイです……」
コラキとイグルが、カラス像を前に頭を抱えていたその時、事務所の電話がけたたましく鳴り始める。
「ふぉあっ! っとっとぉ!」
慌ててイグルが、受話器を取ると――。
『やあ、やあやあ……、改良版の使い心地はどうかな? 色々新機能を付けてみたんだけど?』
「あ、博士です? ――丁度良かったです! 聞きたい事があるですよ!」
『うん? うんうん……、そうだろうね? 私も、説明し忘れた事を思い出してね、眠いから手短に話すよ? 新機能でカラス像が出来る筈なんだが、ソレ一晩経ったら熟成して玉になる筈だから。――で、そうなったら、もう、そのスキルやらは、玉を割っても、持ち主には戻らないから要注意だよ?』
その言葉で、コラキとイグルの表情が明るくなる。――因みに、ペリは既に、夢の世界へと旅立ってしまった。
『で、ついでにその玉を使って、使い捨てになるかもだけど、『午王宝印』の起動も可能……だと思う……設計上は……うん……』
二人のはしゃぐ様子を、電話越しに聞いていた洞子博士は、苦笑しながら、補足する様に告げる。
「使い捨て……ですか? まぁ、好都合と言えば好都合ですけど……、何で?」
『うん? それはまぁ……、『起請文』の元になったスキルが、元々、スキルを失う代わりに、スキルの超強化を行う様なスキルだったしねぇ……、まあ、取り敢えずは暫く使って見て、また不具合があったら教えてくれたまえ。――じゃ、私も寝るよ……』
――チンッと言う音と共に、洞子博士との通話が終了すると、コラキとイグルは、それまでの疲れと、事件がひと段落した安堵からか、そのままズルズルと、意識を手放していき……。
「コラキちゃんっ! 生きてるっ?」
――夕方、コラキを心配した雛子が現れるまで、眠り続けていた……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――取調室は、不思議な静寂に包まれていた……。
取調べを担当していた筈の刑事達は、皆、倒れ込む様にイビキをかいており、取調室の椅子ではただ一人、机をボォッと見つめ、ブツブツと呟く青年だけが眠っていなかった……。
「――お邪魔しますよ?」
ブツブツと呟く青年の前に、白衣を着た初老の男性が声を掛ける。
男性の声に、青年は何の反応も示さず、ひたすらにブツブツと呟き続ける――。
「主ぃ……、コイツァ……もう、ダメじゃね?」
青年の様子に、白衣の男性の後ろに控えていた、執事服の青年が「ありゃ」と呟き、青年の前で手をヒラヒラとちらつかせ、白衣の男性に告げた。
白衣の男性は、両手を持ち上げ、肩を竦めると、その執事服の青年に向かって答える。
「――ボゾア……、私もそう思いますけどね? クリス君も張り切って準備してくれてますし……、ブローカーにも宣伝済みですし……、成功させる為にも一応、意志を確認しないと……、『力を求める』かどうかは、新しいプロジェクトには必須ですからね」
その言葉に、青年がピクリと反応する――。
「ち……、から……? くれるのか……?」
「――っ! ええ……、ええっ! そうですよ? 君が望むなら……、君の身体に……、強大な力を、沢山の『伯』を憑けて上げますよ?」
――『力』と言う言葉に反応した青年に、白衣の男性は、口を三日月の様に吊り上げて微笑みかける。
「どうですか? 私達と一緒に来ますか? ――暫くは、海外ですが……」
「――行くっ! 力をくれるなら……、アイツらを地獄に叩き落とすためなら……何処へだってっ! 何だってしてやるっ!」
青年はその瞳に輝きを取り戻し、濁った輝きを放ちながら、白衣の男性が差し出した手を握り返す。
その様子を、白衣の男性の背後に控えていた男性は、冷めた目で見つめて――。
「――可哀想に……」
――そう呟き、その身体を茶色い煙へと変え、白衣の男性と、濁った青年を包み込んだ……。
本日投稿分は、後一話になります。




