第十八話:凶愛者に明日は無い!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
――『砦が丘』と言う、小高い丘の上に存在する『冒険者養成学校』、その校舎に夕日が差し掛かり始めた頃、全ての授業が終了した事を告げる鐘の音が、校舎を中心に『砦が丘』の麓まで鳴り響く。
「んんぁむ……」
『冒険者養成学校』の二階、二年B組の教室では、帰宅するなり、部活に向かうなりで、ほぼ全ての生徒達が姿を消していた。
「ん……ぁ……、ほぁぁぁっ! 抜けない……、抜けないのぉ……」
そんな中では今、一人の少女が悪夢にうなされ、ビクンビクンとその身体を小刻みに震わせていた。
赤ん坊に襲われる悪夢にうなされ、悶えているのは『天鳥 ペリ』、白いふわふわのショーボブヘアーと、のほほんとした雰囲気のたれ目、見る者の目を強く引き付ける胸が特徴的な少女である。
――そんなペリの机元に今、一つの影が迫りつつあった……。
「ペリちゃん? ペーリーちゃーん? もう授業終わったよ? 先生泣かせのペリちゃんーん? おーい、起きないと……………………揉むよぉ……?」
その影の名は『影平 智咲』、女子水泳部部長であり、昼食後からの全授業で、悪夢にうなされていたペリの同級生でもある、健康的な小麦色の肌が艶めかしい、ミディアムヘアの少女である。
「んぁっ? 私、出ない……、揉んでも出ないのぉ……」
「ペリちゃん、私、起こしたよ? 起こしたからね?」
智咲は小声で、ペリの眠りを妨げない様に……、そろり、そろりと、その両手をマジックハンドの様に開閉させ――。
「いっただっきまぁす……」
――そのままペリの胸元をモニュモニュと弄り始めた。
「んぅっ? ――あれ? 智咲ぃ……? 何してるの?」
「おごっ! え、な、ナニって? た、ただ……、ペリちゃんを起こそうとしただけよ?」
「んん………………、もう放課後なの……、智咲、ありがとなの……」
ペリは眠気まなこを擦りながら、両手をワキワキとさせる智咲にお礼を告げると、そのまま「ん~っ!」と大きく身体を伸ばす。
智咲がその様子を見ながら涎を垂らしていると、そんな二人の元へ、一人の男子生徒が近付いて来た。
「え、えっと……、ちょっと良いか?」
男子生徒は、挨拶をする様に、片手を上げながらそう言うと、その顔を真っ赤にしながら、更に二人に近付こうとする。
すると、智咲が男子生徒とペリの間に立ち塞がり、ペリを守る様に両手を広げ、少し声を低めにして、男子生徒に告げる――。
「えっと……、アンタ誰? 取り敢えず、話は聞くけど……、その前に鼻……拭きなよ?」
「えっ? あ、わ、悪い……」
男子生徒は先程までとは別の理由――羞恥によって赤くした顔を隠す様に背けると、ポケットからティッシュを取り出し、こよりを作って鼻の穴に詰め込む。
そして、そのまま両膝を地面に付けると、勢いよく額と地面を擦り合せると――。
「――お願いしますっ! 天鳥さんっ! 助けて下さいっ!」
――地面スレスレの位置から、懇願する様にペリを見上げ、そう叫んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――で? 最初から話してみて?」
「話してみるのっ!」
地面スレスレの視点と言う事は、「見えるモノは見えた筈」と、智咲に制裁を加えられた男子生徒――『甲賀 陸人』は、床では無く椅子の上に正座させられていた。
「う……うぃっすっ!」
チラチラと、ペリの胸を気にしながら話す内容によると、陸人は『冒険者養成学校』の二年A組の生徒らしい。
そして、今年十五歳になる、中学三年生の妹がいるらしいのだが、助けて欲しいと言うのは、その妹の事らしい。
「――視線は、もう少し上にしてよね……」
「妹さん? どうしたの?」
智咲の若干温くなった冷たい視線と、ペリの柔らかい視線を受けて陸人はゴクリと緊張する様に、話し続ける。
「実は……、妹が……、ストーカーにつけ狙われているみたいで……」
陸人によれば、陸人の妹、『甲賀 星奈』は中学三年生で、『聖女』と言う、中々希少なジョブを得る事が出来たらしい。
その事もあり、来年度の『冒険者養成学校』への入学を目指し、受験を控えているらしいのだが、最近、場所を問わずに、誰かからの視線を強く感じて、精神的にかなり追い詰められているとの事……。
「そんな時に……、最初に相談した『幻想商店街』の駐在さんが、「あそこの探偵事務所の兄妹達なら、何とかしてくれるかも」って教えてくれて……、どうしようか迷ってたんだけど……」
迷っている内に、妹さんの衰弱が激しくなっていき、そんな時、ペリ達の噂――『勇者』事件を聞き、相談してみようと考え、なるべく人が少ない時をと狙った結果、今日を迎えたとの事らしい。
「アイツ……、今朝……、遂に血まで吐いちまって……、俺、もう、どうしたら良いのか……分かんなくなっちまって」
そこまでを、吐き出す様に語ると、陸人は悔しさからか、無力感からか、嗚咽し始める。
そして、そんな陸人を暫くの間見つめると、ペリはその目を細め、携帯電話を取り出した。
「智咲……、今日は先に帰ってて欲しいの……」
「――うん……、分かった、お願い……」
――そして、ペリはまず、イグルに電話を掛け、そこからイグルの『鷹の目』で、コラキとも連絡を取り、イグルとコラキがまだ校舎内にいる事を確認し、校舎の玄関口で集合する事となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ご、ゴメンなさい……、私の為に……」
――布団の中から上半身だけを起こし、前髪をぱっつんと揃えたセミロングの少女が、やつれて青ざめた表情のまま、そう告げて、頭を下げた。
「気にする必要ないのっ!」
「そうです、女の敵は……、社会的にも、肉体的にも、精神的にも死すべきですっ!」
――現在、コラキ、ペリ、イグルは、陸路の家にお邪魔しており、二階建ての二階に位置する陸人の部屋にコラキと陸人、陸人の妹、星奈の部屋にペリとイグルがおり、それぞれの部屋で事情を聴いていた。
ペリとイグルは、カラカラと笑いながら、星奈に「気にするな」と告げ、その口にお土産のケーキを放り込む。
「えっと……、辛いかも知れないけど……、分かってる事を教えて欲しいです……」
「あ……、はい……、何から話したらいいのか……」
そして、星奈はポツポツと語り始めた――。
異変を感じたのは、誕生日を迎えて行った『天啓』によって、『聖女』のジョブを得た五月末からであったらしい……。
その頃から、自室だけでなく、学校でも、塾でも、それこそ、トイレ、風呂……、ともかく、ありとあらゆる場所で、不可思議な視線と、不快な息遣いが聞こえて来たらしい。
最初の一月は、気のせいだと思い……いや、思い込もうとして、気にしない様にしていたが、ある日、ポストに「全て分かっているよ」、「君は私のモノだ」と告げる手紙が投げ込まれていたらしい。
「それで……、怖くなって、近所の駐在さんに相談したんですけど……」
そこから一月、駐在さんは尽力してくれたらしいが、周辺に不審者は見つからず、その間も視線や息遣いは止まず、駐在さんも頭を抱える事となる。
「そこからは、「邪魔者が増えたね?」って言う手紙が投函されてて……」
そして三分おきの無言電話が、非通知で星奈の携帯電話に掛かり始めたらしい。怖くなり、携帯電話の電源を落としてみたが……。
「その……、「勝手な事をしちゃ駄目だ」って……、怖くて、電源は入れっぱなしにしていたんですけど……、留守番電話に……その……、私やお兄ちゃんを馬鹿にするような、機械音声が入り始めて……」
そして――。
「――今は……、毎日……、その……、下着が似合う、似合わないとか、「私の趣味はこれだよ?」って……、色々送り付けられて来て……」
――そして、衰弱し、やつれていく少女を見かね、自身の無力を悔いた駐在さんが、陸人にコラキ達の事を教え、放課後の状況になった……と言う事らしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「コラキ……、甲賀先輩、終わったです」
「あぁ……、こっちも大体の妹さんの様子は聞いた」
全ての話を聞き終えたイグルは、「男がいたら話し辛いだろう」と、陸人の部屋で待っていたコラキと、その相手をしていた陸人に、「合流するです」と、星奈の部屋へと集まる様に伝える。
そして、星奈の部屋に集まると、コラキはイグルに問い掛ける――。
「――で? 判定は?」
「アウトもアウト……、つきまとい、行動の監視、交際の要求、無言電話、名誉棄損、セクハラ……、その他諸々……、多分、フルコンプでアウトです……」
コラキに尋ねられたイグルは、手元のチェック表に印を付けていき、最終的にチェックを付けていたペンをへし折り、若干の苛立ちを含ませながら、コラキにそのチェック表を手渡す。
「そうか……」
恐らくイグル達が聞いたモノよりは、多少、大まかな情報なのであろうが、それでも、兄と言う立場から聞いた情報と、そのチェック表の結果は、同じく兄と言う立場であるコラキを怒らせるには十分であったらしく、その目は普段以上に吊り上がり、不思議な輝きを放っていた……。
「あ、あの……、態々すいません……」
掠れた声で、申し訳無さそうに頭を下げる星奈を見ると、コラキは吊り上げていた目を、フッと細め、布団の脇にしゃがみ込むと、その頭を撫でて、子守唄を唄う様に、優しく告げる。
「――大丈夫だ、よく頑張ったな……、後は……、俺達に任せておけ? 君も……、君の兄貴も……、絶対に守り通して見せる……」
そして、コラキは微笑みを浮かべたまま、ペリとイグルの顔を見つめると――。
「ペリ、イグル……、この依頼……、最安値で受けるぞ……? ――そのふざけた野郎……、潰すぞ?」
――そう告げて、ペリ、イグルと共に、事務所へと向かった……。
――――『妹を救けて!』Start――――




