第十七話:インターミッション(5)
続きです、よろしくお願いいたします。
――『幻想商店街』にひっそりと建つ二階建てのアパート『二鷹荘』。
その一室では今、「ドン・ドン・ドン」と、力強い音が響いていた。その音は、二人の少女が食卓を叩く事で発生していた。
「すき焼き……」
音の主の一人、たれ目の巨乳少女――ペリは、その白いふわふわのショーボブヘアーを左右に揺らしながら、空のすき焼き鍋を見つめ、この世の終わりを迎えたかの様に呟いていた。
「金づるはまだです……?」
そして、もう一人の主、三白眼のスレンダー少女――イグルは、未だに姿を現さず、連絡を寄越さない褐色肌の少年への苛立ちから、その茶色いポニーテールをクルクルと指で弄り回し、歯ぎしりをしている。
――現在、午後八時半……。
天鳥家長男である、褐色肌のツリ目少年――コラキと、新しい同居人である金髪少女――レイは、「今日は迷宮実習で遅くなる」との連絡後、音信不通となっている。
コラキ達は実習後の、よく分から無い気分の高揚によって、深めの生き地獄中であるのだが、その事をペリとイグルに伝え忘れた結果……。
「ひもじいの……」
「お腹と背中が結婚してしまうです……」
――二人は限界を迎えようとしていた。
そんな時、二人の生命を救う、救世主が訪れた――。
「こんばんは~?」
ピンボンと言うチャイム音と共に、女性の声がペリとイグルの耳に届く。
「イグル……、お願いなの……」
「はい……です」
そして、イグルが声のする玄関口に出向き、「ハイハイです」と、玄関の扉を開けると、そこには、生後間もなくであろう赤ん坊を抱えた、近所のママさんが立っていた。
見た目十代と言っても差支えないママさんは、その髪とお揃いの緋色の瞳をパッチリと開き、赤ん坊を抱えたのとは、反対の手で出迎えたイグルに手を振っていた。
「――あれ? どうしたです?」
キョトンとした顔で、イグルがそう尋ねると、ママさんは少し拗ねた様な顔で、頬を膨らませ――。
「ちょい……、旦那さんが出張で、悠はんもトミ君連れて帰省中どして……、こん子と二人でお留守番って言うんも、寂しいので、お御膳まやどしたら、一緒に焼き肉やてどうえ? おごるんやよ?」
そう言うと、ママさんは足元の買い物袋を指差し、ウィンクする。イグルは無意識の内に、床にひれ伏し――。
「ありがとうございますですっ!」
涙ながらにそう告げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「女神さまなのっ!」
――居間に通されたママさんを迎えたのは、イグル同様に涙を浮かべ、床にひれ伏したペリであった。
二人の様子に、ドン引きすると、ママさんは「どないしたん?」と、頬を引き攣らせながら尋ねる。
そして、ペリとイグルから、コラキがすき焼きの約束をしたけど、帰ってこない、お金がない事を聞くと、「はぁ……」とため息を吐き。
「後でお兄ちゃんは、叱ってあげなきゃあきまへんねぇ?」
赤ん坊に話しかける様にそう言った。
「それで……? 出張ってどこですっ?」
「ん? 何や、今度『オーシ』から大使が来はるとか言うて、そん諸々ん調整しに『オーシ』に出張って言うてたんやよ?」
目を輝かせながら尋ねるイグルに、ママさんは取り皿一杯に肉を盛りながら、そう答える。
「ぬぐぐ……、自由に行き来出来るのは羨ましいの……」
「それだけで食いッぱぐれが無いって聞いたです」
ペリとイグルは、ママさんに負けじと、鉄板の上を掃除しながら口々に「良いなあ」と羨ましがっている。
そんな二人の羨む視線に、ママさんは苦笑しながら――。
「――まぁ、苦労して作り上げたスキルやしねぇ……」
――そう答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ママさんが持ち込んだ食材を全て平らげると、ママさんは赤ん坊にミルクを飲ませ、その後……。
「ちょい、後片付けしはりますから、どっちゃか手伝っておくれやすな?」
「あ、じゃあ、ウチが手伝うです! ペリだと、何かが壊れるです……」
「んふふ……、もうすぐ大台に乗るのっ!」
「ほな、うちん子んお相手頼みますえ?」
――そんなやり取りを経て……。
「おぉぶっ! ぶぅぅぁ!」
「ヒィッ! 痛い……痛いのぅ!」
「ぶぁ? おぅおぅっ!」
「え、ちょ? 怖い怖いのっ! じ、ジッとするのっ!」
ペリは現在、両手で赤ん坊を持ち上げているのだが、予測のつかない行動と、壊してしまいそうな柔らかさにビクビクと怯えていたが、最終的にその口内に指を突っ込まれて、モゴモゴともがきながらも、一応の落ち着きを見せていた。
その微笑ましい様子に、食器の片づけをしながらイグルはクスクスと笑い、ママさんに語り掛ける。
「元気いっぱいです♪」
「悠はんに似たのか、旦那さんが甘やかすからなんか、おなごん子なんにやんちゃでね? おまけに――」
ママさんがそう言って嬉しそうに話し、続けて何かを言い掛けたその時――。
「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?」
ペリの叫び声が響き渡った。
「どしたですっ!」
イグルがその声に、慌てて居間の様子を伺うと、ペリはその腰から上を床から生やし、両手でイグルに助けを求めていた。
「だぁい! おっぉ?」
「い、痛い、痛いの! 爪は立てちゃ駄目なのっ! わ、私はお乳出ないのぅ!」
赤ん坊は楽しそうに、ペリの頬っぺたや胸を、時にペタペタと触り、時にガリガリと引っかき、時にギュッと抱き寄せていたが、ペリの叫び声に駆け付けたイグルに気が付くと、満面の笑みを浮かべて、両手をブンブンと振り回した。
「ぁおっ? でゅぁ? ヴぁおっ♪」
その次の瞬間――。
「――え? ふぉぉっ!」
――床に敷き詰められた畳がトプンと言う音と共に、粘土の様に形を変え、イグルの足元から、イグルに絡み付き、そのまま、イグルを畳に沈めていく……。
「え? な、何です? あれ? 固まったです? え? えぇ?」
「無駄なの……、腰まで落ちたら、何かそこで固まって抜けられないっぽいの……」
先に沈んでいたペリは、その目から光を失わせ、「ようこそなの」と呟きながらイグルに微笑む。
イグルは、混乱した頭で「え? え?」と周囲を見渡し、謎の襲撃者を探そうとしていたが……。
「ぉ~う~? っぶぶぶぶぅっ!」
「んぎゃっ! つ、唾を飛ばしたらダメですっ! え、ちょ、何するです? ス、ストップするです? は、話せば分かるです……、あ、ちょ……、よだれが……、よだれがぁぁぁぁ!」
ズルズルと、這いずって近付いて来る赤ん坊のなすがままに……、その顔面をよだれによって、塗り潰されてしまった……。
――その後……。
「う~ばぁっ! おっおっ!」
「――あっと……、かんにんな? うちん子達……、『第二世代』いう奴らしうて、スキルがもう使えるんやけど……、聞いとらんかった? 一応……、コラキ君には言うてたんやけど……」
まだまだペリとイグルに遊んで貰いたそうな赤ん坊を抱えたママさんは、虚ろな目でよだれに塗れるペリとイグルに、申し訳無さそうに両手を合わせながら謝罪の言葉を告げる。
その声が聞えているのか、いないのか、その後、赤ん坊が寝付くまで……、二人は床に埋まったまま「うふふ……」と、乾いた笑い声を上げていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………生還……出来た……」
「いいいいいいいいいいい一体、ななななななな何が……? ききききき記憶が、とと途中から……」
――午後十時過ぎ……、深めの生き地獄後、店内で介抱されていたコラキとレイが、よろよろと帰宅すると、家中の明かりはすっかり消えていた。
「ふ……ふふふ……、良い御身分なの……」
「ウ……、ウチ達が、どれだけ……」
その中から、ユラユラとペリとイグルが現れると、その後……、夜遅くまでコラキ、ペリ、イグルの――。
「俺の方が――」
「「いーや、こっちの方が――」」
――と言う不幸比べが続き、同居人であるレイはと言うと……。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
初めて見た兄妹喧嘩に只々、震えていた……。




