第十三話:迷宮実習に行こう!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
――早朝、残暑も衰えかけたとある日。
「――おわっ!」
寂れかけた商店街――『幻想商店街』内にある、二階建てのアパート『二鷹荘』の一室に、褐色肌のツリ目少年――天鳥家長男、コラキの声が響き渡る。
「え、マジで? これ……、マジで?」
コラキが携帯電話を握り締め、呟いていると、コラキの部屋のふすまがパシンと開く。
「ほぁっ! コラキ、うるさいの……」
開いたふすまの先では、白髪ふわふわショートボブのたれ目巨乳少女――天鳥家長女、ペリが仁王立ちをしており、寝ぼけまなこをグシグシとこすりながら、持っていた枕をコラキに投げつける。
「んぐぁっ!」
「ほぉ……、寝るの……」
どうやら、コラキの声で目を覚ましたらしいペリは、不機嫌そうにコラキをもう一度睨み付けると、その腕に抱えた金色のナニカをギュッと抱きしめ、そのままそこに寝そべってしまった。
「んぁ……? コラキ、ペリもどうしたです? 朝っぱらからうるさいです……」
「あ、ああ、悪いな? ちょっと……、まぁ、もう少し寝てくれ……」
コラキは、ペリを追って起き上がって来たらしい、茶髪の長身三白眼少女――天鳥家次女、イグルの頭を押さえ付けると、そのままイグルを隣室に押し込み、手に持っていたままの携帯電話のメール画面を再確認し、口元を緩め、鼻歌まじりに再び自室に戻る。
「今日は、すき焼きにでもすっかなぁ♪」
そして、自室前に寝そべるペリを跨いだ所で……、ペリが抱き枕代わりにしているソレに気が付いた……。
「………………ん?」
コラキは、何かの見間違いかと目頭を押さえ、頭を左右に振り、再び足元に目を向ける。
「……ポテト……」
「……………………………………んん?」
――見間違いでは無かった……。ペリに抱き付かれたソレは、両手で膝を抱え丸まり、その髪の色も相まって、まるで金色の幼虫の様であった。
「んふぅ……、栗きんとん……」
「むやぅ? んん……、シャワ……」
何かを食べる夢を見ているであろうペリによって、その首筋に歯形を付けられたソレは、その瞼を半分程持ち上げると、そう呟いてムクリと起き上がる。
「え? あ、えと……、おはようございます……」
コラキが突然の光景に、呆然としてそう挨拶すると、ソレはボォッとコラキの顔を眺め、カクリと首を縦に動かし――。
「おはよございます……、シャワ……どこぉ?」
「え? あ、あっち……」
そう言って、ミントグリーンで揃えた上下セットの姿で、ペタペタと風呂場を求めてその場から立ち去って行った……。
「夢……?」
そして、首を傾げたままコラキが二度寝に突入してから二十分後――。
「みっみみみみみみみみみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――『二鷹荘』に、ソプラノボイスが響き渡った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――で? どう言う事だ? 寝る前はいなかった……よな?」
――現在、登校前の『天鳥家緊急家族会議』を開催中である。
「え……、えっと……、実は、昨日、あの後、レイちゃんとアドレス交換してたの」
「はははっははははっはぃぃぃっ!」
ペリの言葉を補足する様に、部屋の隅っこで金色の物体がモゴモゴと蠢いている。
コラキは、ペリとソレを見比べると、「はあ……」とため息を吐き、質問を続ける。
「それで……? それが、どうして、ハーンさんが、ここに泊まる事になったんだ?」
コラキからペリに向けた質問に、金色の物体――森ガールファッションに身を包み、腰辺りまで伸びた緩い金色のウェーブヘアーで全身を隠そうともがく少女、『レイ・ハーン』はビクッと跳ねた後、金髪の隙間から碧の目を覗かせ、緊張のせいか、必要以上に瞬きを繰り返し、ブルブルと震えはじめた。
その様子を見ていたイグルは、いたたまれなくなったと言った表情を浮かべ、身振り手振りで、ペリに代わってコラキに答える。
「――え、ええっと……、実は、昨日、あの後、帰国するはずだったらしいです……けど、レイちゃん、帰れなくなっちゃったです。それで、コラキが寝た後、助けてってメールが来て、ペリとコッソリ招き入れた……です」
「イグル……、お前もグルかよ……」
「だ、だって……、お金も無いって言うです……、ここで助けなきゃ、女じゃないですっ!」
ムンっと、胸を張ると、イグルは若干涙目でコラキに「ダメ?」と小さく問い掛ける。
「いや……、だって……なぁ?」
「あ、じゃ、じゃあ、私とペリでちゃんとお世話もするの! ね? だからぁっ!」
「――犬かよっ! 思わず「元居た所に返してきなさい」って言いそうになっちまったよ……」
「ええええええええっと、えと、ななな……鳴いた方が?」
そして、コラキは再び大きく息を吐き、「きゅんきゅん」と鳴き真似らしきモノを披露する金色の物体を見て、口を開く。
「――何で、帰れなくなったんですか?」
「きゅんきゅっ? ――あ、あ、あの……、えええええええっと、マムが……、「お友達百人作っておいで」って……、そそそそそれまで、帰っちゃダメて……」
――その後、たどたどしく話すレイによると、どうやら、レイは自国では、人見知りが激しすぎて、ここ数年、引きこもっていたらしく、今回、気分転換してきなさいと、業を煮やした母の手によってほぼ強制的に日本に送り出され、そのまま騙し討ちの様に、カードを止められ、飛行機をキャンセルされ、留学の手続き等を済まされ、今に至る……との事らしい。
「――何か……、すげえな……?」
「マッマママム……、『Sランク』より、怖いででです」
ガタガタと震えるレイに、同情の念を抱かざるを得なくなってきたコラキは、小さく「仕方ない……か」と呟くと、両手で頬を軽く叩き、ペリ、イグル、レイに告げる。
「――取り敢えず、事情は分かったし、当分の間は、ウチに居ても良い……。――ただ、早めに新しい住まいを見つける事、ここは男もいるしな? 今日、学校が終わったら……、そうだな……『三茄子』とかの大家に空き部屋が無いか聞いてみるから、そのつもりで」
「ふぉぉっ! コラキ、太っ腹です」
「やぁん、偶にはお兄ちゃんぽいの」
「おおおおおおおお世話に、成りもす」
イグル、ペリ、レイが、それぞれに喜びを表現すると、コラキは「ふふん」と鼻を鳴らし、満足そうに頷くと、大きな柏手を一打ちし、三人の注目を集める。
「さ、取り敢えず、話はここまでだ、さっさと飯食って学校行くぞ? ――それと、今晩はすき焼きだっ!」
すると、ペリ、イグルの顔が輝き、レイがキョトンとした表情を浮かべる。
「コラキっ、今日のコラキは本っ当に、輝いてるですっ! 一体、何があったです?」
鼻息を荒くしたイグルが尋ねると、コラキはニヤリと口角を上げ、携帯電話のメール画面を見せつける様に、両手で突き出す。
「えっと……、『冒険者ギルド』からなの……。――ほぁっ! 『金紙依頼』の報酬っ? す、すごいのっ!」
「ふぉぉ……、『但し……、口外厳禁』? だ、誰が言うもんかですっ!」
――そしてコラキ達は、朝食を片付けた後、スキップしながら『砦が丘』の坂を駆け上って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ、ウチは行きがけに、レイちゃんを職員室に送り届けて来るです」
――『冒険者養成学校』の職員室は、一年生であるイグルの教室に向かう道中にある為、イグルはレイの手を握り締め、コラキとペリにそう告げる。
「ヘイヘイ、よろしくな?」
「レイちゃん、また後でなのっ!」
そして、三人はいつもの様に玄関の下駄箱で別れ、それぞれの教室へと向かった。
「すっきやっき♪ すっきやき♪」
――コラキは、今朝のメールの件で気分上々であり、校舎に入ってもスキップを続け、教室の扉を勢いよく開けると、一際大きく叫ぶ。
「イェアっ!」
教室に入り、朝の挨拶を終えて自席に座ると、コラキの姿を見つけた丸坊主のスケベ顔少年――『梧桐玲人』が、「よぉ」と手を上げ、コラキに近付いて来た。
「二学期入ってから、何か早ぇな?」
「おぅっ、商売繁盛って奴だ」
二人はそのままノリと勢いで「イェーイ」とハイタッチを交わし、そのまま雑談へと移行する――。
「――また『勇者』って言われちまったよ……、このままじゃ俺、『ジョブ』が本当に『勇者』とかになるかも……」
「ぷっ! も、もしかしたら、それでモテモテになるかもしんねぇぞ?」
「――マジでっ! イケる? 俺、ファーザーさん越えられるのかっ?」
――そんな他愛ない、バカ話をしていると、朝のホームルーム前の予鈴が成り始める。
「――セェフッ! コラキちゃんっ、私、セェフ?」
すると、勢いよく教室の扉を開け、赤みがかった茶髪を頭の上に二房、リボンで括った小柄な少女――『皇雛子』が、飛び込んで来た。
「お早うひっこ、多分、セーフ……と、思う」
「うぃっすっ、皇、ギリセーフだぜ?」
「いやぁ……、ちょっと寝坊したよ」
ひっこは、恥ずかしそうにそう申告すると、そのまま自席に鞄を置き、コラキの元に近付くと、その髪に手を突っ込む。
「涼しくなると、布団が恋しくて恋しくて……、ん、ほっこり二十五度」
そして、そんないつものやり取りを終えるのを待っていた様に、教室の扉がガラリと、今度はゆっくり開き、そこからコラキ達のクラス担任が、だるそうに入って来た。
「んぁ……、お前ら、席付けぇ? 今日のオレは、聖ちゃんに「やぁっ」と顔を背けられたから機嫌パネェぞぉ?」
担任はそう言って、手の平に黒い雷球を浮かべると、「席つけぇ」と、壊れた人形の様に呟き続ける。
そして、その異様な空気に、生徒達は迅速に自席に着く。
「――チッ……、従順な奴等だべ……」
隠すことなく舌打ちをすると、担任はスッと目を細めて教室の扉をチラリと見た後、一瞬だけ息継ぎをして、カッと大きく目を見開き、告げる。
「喜べ、野郎共っ! ――今日、我が三年S組に……、転校生……いや、留学生がやって来るっ! パツキンのガンヘキだっ!」
「「「「「――っ!」」」」」
担任の言葉に、『勇者』を中心とした男子生徒達が、その表情を強張らせる。そして、そんな『勇者』達の様子を満足そうに、一しきり眺めると、担任は「クックック……」と呟き、何処からか取り出したマントを肩に取り付け、翻す――。
「――出でよっ! RyuGakuSeiッ!」
「「「「「――っ!」」」」」
――その言葉と、男子生徒達の喉がゴクリと鳴る音を合図に、教室の扉が三度、ガラリと音を鳴らす。
そして、そこに居たのは……いや、在ったのは――。
「「「「「? ――コタ……ツ……?」」」」」
活躍シーズンにはまだ少し早い、真っ白なコタツであった。
最初はそのまま帰国させようと思ってたんですが、何か気に入ったので連投。
因みに、レギュラー入りさせるかどうかは…………どうしよう。




