第十二話:インターミッション(4)
続きです、よろしくお願いいたします。
遅くなりました、申し訳ありません。……最近、少し忙し目です。
――『冒険者ギルド:地球本部兼日本支部』……、地球で最初に建てられた『冒険者ギルド』である。
幼児の依頼を片付けた翌日、『天鳥探偵事務所』の面々はこの『冒険者ギルド』へと足を運んでいた。
「いらっしゃいまッせぇ、冒険者ギルド砦市出張所へようこそっ! 本日は依頼ですか? 受注ですか?」
ギルドの玄関ドアが開くと、ピンク地に所々金色の線が走った、タイトスカートのギルド制服を着た、総合窓口のギルド嬢は、満面の営業スマイルを浮かべ、ぺこりと頭を下げ来客者を出迎える。
しかし、ギルド嬢は、頭を上げ、コラキ達の姿を見るなり、ガッカリとした表情を浮かべ、力が抜けた様に頬杖をつき、ため息を吐く。
「――何だ……、コラキ君達かぁ……」
「いやいや……、んなあからさまにガッカリしなくても良いじゃないッスか……」
「心外なの」
「ショックです」
コラキ、ペリ、イグルがギルド嬢にブーブーと不満の声を上げていると、ギルド嬢は面倒臭そうに告げる。
「だぁってぇ……、婚活上手くいかないしぃ……、やっと男っぽいのが来たと思ったら、コラキ君達だしぃ……」
肩まである髪を、指でクルクルと巻きながら、ギルド嬢は愚痴をこぼし始める。その様子を「あ、面倒臭そう」と判断したコラキは、両サイドの妹達の腕をガシッと掴むと――。
「あ、すいません、ちょっと急ぎなんで、今日はこれでッ!」
――足早にその場を後にした。
「ちょ、ちょっとぉ?」
背後に聞こえる声を無視して、三人はギルドの奥へと進んでいき、『依頼発注』、『依頼受注』、『登録窓口』と書かれた受付窓口を通り抜け、『その他』と書かれた窓口へと並ぶ。
「あれ? どうしたの? 昨日の件ならまだ調査中だよ?」
『その他』窓口の受付は、女性職員と同様に、ピンク地に金色の線が走ったハーフパンツの制服姿をした、バーコードを頭に乗せた男性職員であった。
「あ、佐竹さんだぁっ、いつ日本に返って来たです?」
「ほぉ、相変わらず見事なツヤと輝きなの……」
「お前ら……、し、失礼だろ? すいません、佐竹さん……」
その男性職員――佐竹を見つけたイグルが、コラキを押しのけ、身を乗り出して尋ねると、ペリがその後に続いて、佐竹の頭を撫で回し、コラキはその輝きにチラチラと目を奪われつつ、佐竹に頭を下げる。
すると、佐竹は頭をペチペチと叩き、「ふふふ」と朗らかに笑い。
「うん、一昨日かな? ちょっと、今から厄介な依頼があるから、その手伝いに……ね? それで、コラキ君達はどうしたの?」
「おっと……、そうだった、今日、こっちに寺場博士……、あっと、洞子博士がいるって聞いたんですけど?」
「ん? あぁ……、彼女なら丁度、その厄介な依頼の見学してみたいって言うから、ついでだし、一緒に来る?」
その佐竹の輝きと、誘いに心を奪われた兄妹達は、顔を見合わせた後、動きと声を揃えて――。
「「「行きますっ!」」」
――そう告げた。
「んで、厄介な依頼ってなんスか? 佐竹さんが厄介って言うなら……、それって、少なくとも『Aランク』以上の『冒険者』じゃないと、対処無理って事じゃ無いッスか?」
コラキは、僅かに冷や汗を流しながら、佐竹に尋ねる。
同時に、二人のすぐ後を歩くペリとイグルからも緊張している様で、強張った気配が佐竹に注がれる。
しかし、一方の佐竹は「うーん……」と、困った様な表情を浮かべた後、言い辛そうに口を開いた。
「――実はね……? タイミングが良いのか、悪いのか……、日本に滞在中の『Sランク』が今、一人いるんだけど……、その人が……、『金紙』に当たっちゃってさ……」
佐竹の答えで、先程までの強張った気配は緩んだものの、今度はコラキ達は……、正確にはコラキとイグルは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「――マジっすか?」
「お、お気の毒です……」
ただ一人、何のことか分かっていないペリは、キョトンとした表情で、三人に尋ねる。
「? 『金紙』って、何なの?」
「お前……、昇格した時に説明あっただろうに……。――良いか?」
そんなペリを、佐竹は微笑ましく、コラキ達は呆れ顔で見ると、その場に立ち止り、ペリに向けて説明をする。
――『冒険者』には、ランクが存在し、下から順に、F、E、D、C、B、A、Sと格付けされている。
そして、『Aランク』以上の『冒険者』は、税金の免除や企業との専属契約による高額収入など、『冒険者養成学校』の卒業特典をグレードアップさせた様な特典がある代わりに、様々な義務がある。
――その内の一つが、今回話題に上がった『金紙』である。
ある出来事を切っ掛けとして作られたその制度は、『Aランク』以上の『冒険者』に対する『とある強制依頼』の証しである。
『金紙』は、ある条件によって、その土地の管轄ギルド内でのみ発行される。『金紙』が発行されると、即座にギルド内で、その時点で、その土地に滞在している『Aランク』以上の『冒険者』を対象にした抽選が行われる。
そして、不運にも、当選した『冒険者』には、速やかに、その時点で、『金紙』が届けられる。
「――それが、『金紙』だ」
コラキが「分かったか?」と問い掛けると、ペリは、少しの間、首を左右に傾げていたが、やがて、大きくコクリと頷く。
「で、『金紙』の『とある強制依頼』って、何なの?」
「ん? それはな……?」
「あ、コラキ君、丁度、その『冒険者』への説明会が始まるみたいだよ? 同席させて貰おう?」
佐竹が、インカムで何かを確認すると、そう言ってコラキ達に向けて、少し離れた場所にある部屋の扉を指差す。
コラキ達は、またしても一斉に頷き、その部屋へと向かう。
「失礼します……」
佐竹がそう言って、部屋に入ると、ギルドマスターであり、『冒険者養成学校』の校長でもあるウピールと、数名のギルド職員、お目当ての洞子博士、そして、部屋の隅でガタガタと身を震わせる少女がいた。
素足に、上半分がブラウン、下半分がベージュのレイヤードワンピース姿の、いわゆる森ガールと言った感じの少女は、腰の辺りまで伸びた緩いウェーブヘアーを胸元でギュッと握り締め、体育座りで縮こまっていた。
少女はビクビクと震えながら、コラキ達に気付くと、一際大きくビクッと跳ね上がり、更に縮こまってしまった。
その様子を見ていたコラキは、「えぇ?」と小さく呟く。すると、佐竹がコラキの耳に口を寄せ、小さな声で耳打ちする。
「えっと……、紹介するね? 彼女が……、『Sランク』序列第十五位、『ホーム・ガーディアン』こと、『レイ・ハーン』ちゃんだよ? あ、あの子、人見知り激しいから……、気を付けてね?」
「え……、あれも……、『Sランク』……なんスか?」
「ほぁ……、フワフワなの……」
「ペリ、気持ちは分かるけど、よだれ……拭くです……」
コラキ達が、それぞれに感想を抱き、少女――レイを眺めていると、その視線に気付いたレイが、更にビクッと震える。
「んんっ! そろそろ、始めますよ?」
「「「「――っ!」」」」
そんなコラキ達を、ウピールが咳払いして注意すると、コラキ達は慌てて一番近い席に座り込む。
「さて、『八咫烏』に、『妖精王』に、『ホーム・ガーディアン』……、一所に『Sランク』が三名、『Aランク』が二名……ですか、珍しいと言うか、何と言いますか……、ともかくとして、これから『金紙依頼』の説明をさせて頂きます。――まずは、ターゲットは、この青年です」
そう言って、ウピールが合図をすると、部屋の前方スクリーンに、平凡な青年の顔が映し出される。
そして、ウピールは全員の視線が、その顔写真に注がれたのを確認すると、再び口を開き始める。
「――知っての通り、『金二郎事件』によって、高額な報酬目的で一般人から『冒険者』へと転職する際の危険性……、つまり、知識、経験、実力の不足が明らかになりました。――まぁ、以前から私は……、わ・た・し・はっ、指摘してたんですが、まぁ決定打になったわけです」
暗に『私のせいじゃないもん』と言いたげなウピールに、白い目が向けられているが、ウピールはその視線を無視する様に、コラキ達から目を背け、説明を続ける。
「そこで作られたのが『金紙制度』――つまり、先輩『冒険者』による、転職『冒険者』の適性診断試験です」
ウピールは金色の紙をピラピラと振りながら、室内の『冒険者』達に見せつける。
「――そう、つまりは、今回の場合、このスクリーンに映った青年が、転職『冒険者』志望の人物です。彼は、先程の『金二郎事件』の人達同様に、普通の高校、大学を卒業後、一般企業での勤めを辞め、『冒険者』になろうとしています」
スクリーンの顔写真に、『審査中』の赤文字が表情される。
そして、少しだけ間を置いて、再びウピールは口を開く。
「――現在、通例通り、彼には『冒険者』登録審査中と伝えております。ここにいる皆さんは知っていると思いますが、十五歳になったと同時に、もしくは、『冒険者養成学校』を卒業後に『冒険者』登録を行う人に対しては、この様な審査は行ってはいません……あくまでも、現状は……ですが。それは何故か? もちろん、その両者は、最初から危険な仕事をすると言う意志があると、私共『冒険者ギルド』は考えているからです」
そこまでを話すと、ウピールの傍に控えるギルド職員が、その手に持ったベルを「チーン」と鳴らす。
「――っと、すいません、話が逸れましたか? ともかくとして、転職『冒険者』志望の方に関しては、その資質や、人間性を見極める必要があります。――と言う事で、『金紙依頼』とはつまり、簡単に言うと、『新米に絡んで来い』……です」
ウピールはそう告げると、「以上っ!」と言って、コラキ達に手を振った後、部屋を出て行ってしまった。
すると、ウピールの退室に合わせる様に佐竹が立ち上がり、その手に持っていたクリアファイルから、何かの冊子を取り出す。
「うん……、じゃあ、僕はちょっと、彼女――レイちゃんに、台本渡してくるね? 一応、コピーがそこにあるから、興味があるなら読んでみなよ? ――いつか、当たるかもだし……」
そう言ってコピーの冊子を佐竹が指差した時、コラキの背後からヌゥッと、白衣の女性が現れた。
「ふむ、ふむふむ? 私も一緒に見せて貰っても良いかな?」
「――ぉわっ、寺場博士……、ビックリさせないで下さいよ……」
「あ、丁度良いみたいだね? 洞子博士、コラキ君達が何か用事があるみたいですよ?」
驚くコラキと、寺場博士の様子を苦笑しながら見ていた佐竹は、そう告げると、コラキ達にも目線で「ほら」と合図する。
すると、珍しく真っ先に用事を思い出したペリが、ペチンと両手を叩き合わせ、口を開く。
「――あ、そうなの、私達、博士を捕まえに来たのっ!」
「ん、んん? そうなのかい? まぁ、これを読んだ後にでも聞かせて貰おうかな?」
そして、佐竹が、コラキ達に「じゃぁね?」と告げて、レイに近付いて行くと、コラキ達はその台本と呼ばれた冊子を手に取り、パラパラとめくり始める。
――そこに書かれていたのは……。
「何々? まず、ターゲットを見つけたら、ターゲットが、『登録窓口』に並ぶのを待つ?」
「ほぇ~、動きまで指示するの?」
「ふぉぉ? それで? ターゲットの受付順番が回って来たら、その肩に手を乗せて、『オイオイ、こんな弱そうな奴が『冒険者』になるだぁ? 舐めてんのかぁ?』と、台詞を話す?」
「ほぁ~? 迷惑千万なの……」
「で? その後の対応を、ギルド職員が見守り、採点し、基準点クリアで合格か……」
そして、コラキ達は採点基準の部分に目を通す。
――最高なのは、相手――つまり高ランク『冒険者』――と、自分との力量差を把握し、礼儀正しく挨拶する事。
――次に高評価なのは、自分の力を見せつつ、相手を立てる事。
――微妙なのは、相手の気分を害さない様に、ヘコヘコとへりくだる事。
――最悪なのは、調子に乗って殺傷能力高めのスキルを発動する事。
それらを全て読み終えたコラキ達は何とも言えない表情を浮かべ、そして、コラキは、ペリとイグルに向かって告げる。
「――この『金紙』な……、通称『DQN紙』って呼ばれてんだよ……」
コラキは「その意味がやっと分かった……」と呟くと、ガックリと項垂れる。
「ふふふ……、どうにもよく分から無い制度だねぇ……? それで、カラス君達の用事って、何だったんだい?」
寺場博士にそう尋ねられ、コラキは「あっ」と小さく呟くと、懐から小さな丸く赤いレンズを取り出し、寺場博士に差し出す。
「――やっぱり、何か起動した後のスーツのサイズが合わないんですよ……、ついでに使用後に『牛王宝印』にもヒビが入っちまったし……」
コラキから、『牛王宝印』と呼ばれたレンズを渡されると、寺場博士は暫く考え込み、やがて、両手を天秤の様に、肩の辺りまで上げる。
「――少し調べてみないと何とも言えないねぇ……、もしかしたら、カラス君が成長しているのかもね? ――まぁ、取り敢えず、もう一度預かるよ」
「頼みます……」
――そして、用事を終えたコラキ、ペリ、イグルの三人は、『冒険者ギルド』の闇……らしきモノを決して口外しないと言う誓約書を書き、微妙な気持ちのまま、部屋を後にしようとして……。
「ちょ、ま、待ってっ、コラキ君っ!」
佐竹に呼び止められた。
「? 佐竹さん? まだ何かあるんスか?」
コラキに尋ねられた佐竹は、気まずそうな表情を浮かべ、コラキに向けて説明する。
「いや……、実はね? このドキュ――じゃない『金紙依頼』、姿を誤魔化す為に『幻惑系』のスキル持ちが必要なんだけどね? 実は、今日担当の子が、急に出られなくなったらしくて……」
「………………はぁ……、分かりました……」
佐竹の言わんとする事を理解したコラキは、小さくため息を吐き、協力する事を承諾した。
「ごめんね? 報酬、ちゃんと出るから」
「うん、うんうん、ちょっと録画して、コケ子ちゃんに送ってあげようかな?」
――そして……。
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「? 誰ですか?」
不意に肩を叩かれた青年は、訝しげに振り向く。
――すると、転職『冒険者』志望の青年の前には、革パンツに肩パット姿のモヒカン男が立っていた、コラキのスキルによって見た目を変えられた少女――レイ・ハーンである。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ『オイオイだ』、オイオイだぁ、ココココココココ『こんな弱そうな奴が』こんな良さそうな奴が、ぼぼぼぼぼ『『冒険者』になるだぁ?』『傍観者』になるんだぁ? ななななななななななななな『――舐めてんのか?』舐めてぇのか?」
コラキが、インカムで台詞を読み上げるものの、レイはガッチガッチに緊張――いや、人見知りを発動し、棒読みで間違えながら、青年に向かって告げる。
「え? な、何だコイツ……」
コラキは、「これ以上無理だな」と判断し、モヒカン男の幻を操作し、ニタリと笑わせ、その一部を盛り上げる。
それを見た、青年は――。
「――っ! ひ、ひぃぃぃ、こ、こんなガチ野郎のいる職場にいられるかっ! 俺は帰るっ!」
そう叫んで、逃げてしまった……。
そして――。
「ここここここここここここここここ怖かったぁっ! アアアアアアアアアディガドヴッ、ガダズグン~!」
ペタンとその場に女の子座りでしゃがみ込んだモヒカンを回収し、大爆笑の寺場博士を黙らせ、コラキ達は無事、無謀な青年を一人、死地から救い出した。
※因みに、『妖精王』は『Sランク』十四位になります。次回のインターミッションは、何位にしようか検討中……。




