第十一話:うちのポチを鍛えて!(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
コラキ達の元に『ポチを『魔獣』にして』と依頼して来た幼稚園児――健祐と、その友人であるつよしの目の前には、無人のトラックが迫っていた……。
コラキ達が、慌てて駆け付けようとするが、僅かに間に合わず、最悪の事態を想定したその時、ポチが、つよしの持っていた注射器を噛み砕き、中の薬液を飲み干して、健祐達とトラックの間に立ち塞がり――。
「――………………ポォォォォッッホォォォォォッアタァァァァッ!」
――ポチの身体から立ち上る紫色の煙が健祐達の周囲を覆い隠し、コラキ達にも中の様子が分からなくなり少し経つと、その煙の中から、低く……、くぐもった叫び声が響き渡り始めていた。
「――どう……なった?」
コラキはその足を止めず、イグルとペリはその場で、それぞれ紫色の煙を注視し、見守っていた。
「――あっ、見えて来た……で……す……?」
やがて徐々に煙が晴れていくと、そこには――。
「? ラッコの親戚な……の……?」
――人身犬頭のナニカが……、その右拳でトラックを打ち貫く姿があった。
「二人供無事だなっ?」
そしてコラキが駆け付け、健祐とつよしの無事を確認し、抱き寄せると、そのまま人身犬頭のナニカへの警戒を解かず、錫杖を構える。
シャランと、錫杖を一振りするとコラキは、ゴクリと喉を鳴らし、問い掛ける。
「お前……、ポチ……か?」
人身犬頭のナニカは、トラックにめり込んでいた拳を引き抜き、コラキ達に向き直る。
すると、その勢いによって、まだ少し残っていた紫色の煙が、完全に取り払われていき、その全身が顕わになっていく……。
その人身犬頭のナニカは、犬頭こそ元の犬――ポチの面影を残し、つぶらな瞳で健祐を優しげに見つめていたが、その人身部分は――。
「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」
――ムダ毛の無い……、艶々とした筋肉ボディであった……。
ペリとイグルは、人身犬頭の腰辺りに纏わりついた煙が晴れ始めた辺りで、目を背け、叫び声を上げていた。
「……………………」
「…………………………」
コラキは、何と言えば良いのか分からず、目の前の人身犬頭を見つめていた。
「ポ、ポチ……なの?」
漸くその場の沈黙を破ったのは……、コラキに抱きかかえられた健祐であった……。
「――っ!」
健祐の問い掛けに、隣のつよしが驚き、そのままコラキと同様に人身犬頭の動向を見守る。
――やがて、人身犬頭は、悲しげに微笑み、腰をくねらせながら、健祐に近付き、スッとしゃがみ込み、健祐と視線を合わせ、そして――。
「――そうよ……、健祐……」
――そう答えた……。
その一言は……、健祐には『ポチが『魔獣』になったっ!』と言う喜びを、つよしには『人型かっけー、良いなー』と言う羨望を、イグルとペリには『あれ? 女の子?』と言う疑念を、そして……。
「ポ、ポチ……、おま……え……、もしかして……?」
「――ええ……、注射を打つまでもなく……『改造済み』よ……?」
コラキには憐憫の情を抱かせていた。
ポチはコラキにバチコンッとウィンクを投げると、そのまま健祐の顔を見つめ、口を開いた。
「へぇい……、健祐……、道路に飛び出すなんて……悪い子ね? 気を付けなきゃ駄目だって、マァマに言われたでしょ?」
「う、うん……、ごめんなさい……。あれ? ポチ、おんなのこだったの?」
健祐の純粋な問いに、コラキも、ポチも目を逸らし、「大人になったら……分かる」と誤魔化し、更に告げる。
「へぇい……、健祐、どうして道に飛び出したの?」
「ん~? よく分からないの、ボク、きがついたらポチがまじゅーになってたの……」
「お、おれも、けんちゃんといっしょ……」
二人の幼児の答えに、コラキとポチが顔を見合わせ、厳しい表情を浮かべる。
「へぇい……、カラスの坊や……、後の事は……、頼んで良いのかしらん?」
「――っ! お前、どうして……?」
驚きの表情を浮かべるコラキに対して、ポチはバチコンッとウィンクをすると、「うふふ」と微笑みながら――。
「良い漢はね? 全てを見透かすのよぉ?」
ポチがそう告げ、自らの鼻先をチョンチョンとつつくと、同時にその足元から、再び紫色の煙が立ち上る。
「――っ!」
コラキが目を大きく見開くと、ポチは再び「うふふ」と微笑み、スッと立ち上がる。
そして、健祐とつよしの頭を優しく撫でると、その犬頭の耳をピクピクッと動かし、諭す様に告げる。
「うふふぅ……、どうやら、あれ位の量だと……、こんなものらしいわね? へぇい……、健祐、つよし、マァマの言う事を聞いて、良い子になるのよぉ?」
「ポ、ポチッ? また……、またお喋りできるよねっ!」
「えぇ……、健祐、ユーが良い子にしていたら……、いつか……、また……ね?」
――紫色の煙は既にポチの首元まで包み込んでいた。
「それじゃあ……、後は頼んだわよ?」
ポチは目の前で残骸となったトラックを指差し、コラキに三度目のウィンクをバチコンッと投げると、コラキ、健祐、つよし、ついでとばかりに、コラキの肩にジッと止まっているハムスターに向けて親指を立て……。
「――アイルビーバックッ!」
その全身に紫色の煙を纏い、元の、小さな白い犬へと戻っていた――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――その後、近所の通報によって駆け付けた警察、そして、健祐とつよしの両親に事情を説明し終えた頃には、既に日は沈みかけていた。
「――ありがとうございましたっ! ほら、けんちゃんも、お兄ちゃん達にお礼を言って?」
「つよしっ! アンタも、ほらっ!」
「うんっ! おねえちゃん、おにいちゃん、ありがとー!」
「ありがとー!」
――こうして、幼い子供からの依頼は、その第一幕を、取り敢えず下ろしたのであった。
そして、その夜――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――ったく……、妙なガキどもが嗅ぎ回らなきゃ、もう少し稼げたろうに……、しかも、この程度のデータじゃ、あの博士さんの嫌味も聞かされんだろぉなぁ……」
『幻想商店街』がある都市の外れを、一人の男が足早に歩いていた。
「しっかし……、もう少し値段吹っかけても良いだろうに……」
男の手には、銀色のアタッシュケースが握られており、男は道を急ぐ風でありながらも、チラチラとそのアタッシュケースを気にしている。
その男は、今回、つよしの母に『魔獣化する注射』と称した注射器を売った張本人であった。
「こん中から、ブローカーへの上納金って……、厳し過ぎんだろ……。――ったく、しかも、憂さ晴らしにも失敗しちまうし……、あのガキ共……、次見かけたらぜって――ぶぎゃっ!」
――ゴインッ!
「いつつ……、な、何だこりゃ? 見えない……壁?」
男は、突如として、何か……見えない壁にぶつかっていた。
「す、進めねぇ? どっかに通れそうなとこは……?」
男は首を傾げながら、どこか隙間が無いか確かめようとその足を止め、見えない壁をペタペタと触っていた。
――シャンッ!
その時、動揺する男の後ろから金属のぶつかり合う、高い、鈴が鳴る様な音が聞こえて来た。
「――っ! だ、誰だっ!」
「あ、引っ掛かったみてぇ……、そうそう、後は俺達でやるからさ、うん、じゃ、皆によろしく………………、で、聞こえるか? 周辺の監視頼んだぜ?」
男が振り向くと、黒いスーツを着た少年が、右手に何か槍の様なモノを持ち、誰かと会話をしながら、男に近付いて来ている。
少年は、誰かとの会話を終えると、その場で立ち止まり、男を睨み付ける。
「? て、てめぇは……?」
少年は、男の言葉に反応する様に一歩踏み出すと、静かに、男に向かって槍の切っ先を向けて告げる。
「――あぁ……っと、元『冒険者』の、『森 益美』だな? お前には『冒険者ギルド』と、警察から、『ファルマ・コピオス』総帥を通して捕獲命令が出ている、大人しくお縄に付けば、痛い目みないで済むぞ?」
少年が棒読みでそう告げると、森と呼ばれた男は、キョロキョロと周囲を見渡し、他に誰もいない事を確認し、少しだけ安堵した様に下卑た笑いを浮かべ始める。
「へ……、へへ……、一人か? あんちゃん? ――もしかして、俺が『冒険者』崩れの運び屋、売人としか聞いてねえのか? ――残念だったな? こう見えても、俺は、元『Bランク』だ……、わけぇのに可哀想だが……」
そして、森は懐からのこぎり刃のナイフを取り出すと、その切っ先を少年に向ける――。
「死んでもらうぜっ!」
「………………………………」
少年は、その様子をジッと見つめ、ポリポリと頭を掻き、やがて、口を開く。
「――で? そろそろ、捕まる覚悟は出来たか?」
「――っ! このっ、くたばれっ! ――『切断』!」
森は、少年の態度に腹を立て、遂にスキルを発動し、その刃に風を纏わせる。
それを見た少年は、呆れ顔で森を見つめ、ため息を吐くと、その手に持った槍を地面に突き立て、自らの懐をゴソゴソと漁り、そこから小さな物を取り出す。
「――よいしょっと……、『牛王宝印』……起動」
『――システム・ブート……………………モデル・クロウ………………ロード……OK』
少年が呟くと、その手に持った小さな物が、機械音声と共に、「ブゥン」と起動音を響かせ、眩く輝き始める――。
「――なっ!」
輝きと共に生じた衝撃波によって、森のスキルは弾かれ、森は驚愕の表情で目の前の少年を睨み付ける。
輝きは、徐々に少年に纏わりついていき、黒い革の様な材質のモノへと変わっていく。
「やっぱ……、これ……、サイズ合ってねぇって……」
そうぼやく少年の姿は、やがて、所々に赤い線が走った、黒いライダースーツを着込んだ様な姿へと変わっていく
そして、少年の生身の部分が見えなくなった頃、少年が地面に突き立てた剣と、足を少しだけ開き、マフラーをなびかせる少年の影が、輝きによって、夜空に映し出される。
「あ……、な……、三本足の……?」
「――『大千世界』!」
輝きが収まると、ガクガクと足を震わせ、何かを呟く森を一瞥し、少年は地面に突き立てた剣を引き抜く。
「ヒッ! ゆ、許し――」
「――殺しはしねぇよ? ただ……、後悔は……、存分にして貰うぜ……?」
そして、少年――『Sランク』序列第五位、『八咫烏』は舞い上がった……。
――――『うちのポチを鍛えて!』End?――――
モデルは当然ナイトブレイ〇ーです。




