第八話:インターミッション(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
ペリ達が、夜叉を率いてモロッコ要らずの大改造を行っていたその日、『天鳥探偵事務所』の所長である褐色肌の少年――天鳥コラキは、とある用事で事務所を留守にしていた。
――時はペリが部活に出掛けた後まで遡る……。
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時間は午前八時半。
休日と言う事で、普段より若干早めに起きたコラキは、家中のふすまを開き、窓を開け、早朝の空気を取込んでいた。
コラキ達、『天鳥三兄妹』は、二階建ての木造アパート――『二鷹荘』に住んでいる。このアパートは、コラキ達の母と言うべき人物が成した功績の報酬として『ファルマ・コピオス』から格安で提供されているものであり、兄妹は普段の生活はこちらで営んでいる。
――因みに、事務所開設前にこの『二鷹荘』を事務所として使おうとした所、後見人でもある『薬屋美空』から、「公私を分けないと、心が死にますよ?」と説得され、『二鷹荘』は完全に兄妹の住まいとして、機能している。
「うぁ……、まだ暑いな……」
一人呟いたコラキは、最後にふすまを開けた部屋でそう呟くと、ふと、いつもならそこに転がっている筈の、長女の姿が無い事に気が付いた。
そのただ事ではない状況を訝しんだコラキは、居間で「ヴァァァ――」と、扇風機に話し掛けている次女に声を掛ける。
「――イグルゥ……? ペリはどうした?」
「ヴェェェ~? 何か、部活に行ってくるって、言ってたです」
コラキに気付いた三白眼の茶髪少女――天鳥イグルは、いつもならポニーテールにしている髪をおろしており、服装も自宅である為か、パジャマ姿のままである。
「へぇ……、休日に、こんな朝早くからねぇ……? アイツにしちゃぁ、感心な事だな……」
コラキは、妹の成長を「うんうん」と頷きながら、喜び、少し遅めの朝食をとる。
そして、時間は午前九時。
「んじゃ、事務所行くぞ……って、お前……、いい加減に着替えろ……」
「んぇぇぇ……? ウチと、風ちゃんの仲を裂くなんて、コラキ、酷いですっ!」
「良いから着替え……ろっ!」
「アタっ!」
そんなやり取りを経て、二人は寂れかけた『幻想商店街』の一画に建つ古ぼけた三階建てのビル二階にある、自分達の事務所へと出勤する。
――そして……。
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時間は午前十時。
「――今日は……、暇です」
「まぁな……、夏休み明けはいつもこんなもんだろ……」
コラキ達の事務所は、所長を含めて職員が皆、学生であると言う事もあり、夏休みなどの長期休暇以外、平日の九時~十六時までは受付はメールのみ、実際の顔合わせは平日午後五時~午後九時までと、普通ならばとっくに客が離れているレベルの経営状態である。
――それでも、何とかやっていけるのは、事情を知っている後見人――美空が持ってくる『ファルマ・コピオス』絡みの高額案件と、平日の暇を持て余した『幻想商店街』の住人達が、『天鳥探偵事務所』名義で勝手に事件を解決し、いつの間にか報酬が振り込まれているお蔭でもある。
そんな負い目もあり、コラキはなるべく、休日の仕事は午前十時~午後九時までしっかりと対応しようと、心がけている……が、先の住人達による評判のお蔭で、逆に休日には依頼人が少ないと言う状態にも陥っている。
「早く……卒業してぇなぁ……」
「ふぉぉ? い、良い所で……って、何です? コラキ」
コラキがポツリと呟くと、顔を真っ赤にして、レディスコミックを読んでいたイグルが、顔を上げ、コラキに問う。
「いや、こうも依頼が無いとなぁ……、早く平日営業出来る様になりたいなぁっと」
コラキがオフィスデスクに突っ伏して、再度イグルに向けてそうぼやくと、イグルは顔を上げ、「うーん」と唸った後、そんなコラキに向けて――。
「何にしても、ウチは、生きていけるならいいです。贅沢は言わんです」
と、答え、再び読書を始めた。
コラキは「そんなもんかねぇ」と呟くと、ジッとしてても仕方ないと、オフィスデスクの掃除を始める。
――そして、時間は午前十時半。
コラキがピカピカになり、キラキラと光を反射するオフィスデスクを、ウットリと眺めていた時だった……。
「ごめん下さ~いなっ!」
「はいっ! いらっしゃい……って、何だ……ひっこか……」
依頼人かと、コラキが事務所の扉を開くと、そこに立っていたのは、水色のワンピースに、肩から赤いポシェットを下げ、赤みがかったショートカットの茶髪を、無理矢理ツインテール気味にした、コラキのクラスメイトの少女――『皇雛子』であった。
「む? 何だとは酷いよね?」
ひっこは、頬を膨らませて拗ねると、手を伸ばし、コラキの頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「――これは……怒りの一兆度! ギアで防ぐと良いよっ!」
「いや、よく分からんが……、どうした? 遊びに来たんなら、もう少しで昼だから、飯でも行くか?」
コラキが、乱された髪を適当に直しながらそう告げると、ひっこは、膨らませていた頬を萎ませて、パァッと笑顔になる。
「おぉ? それはよいよっ! ――じゃなくてっ、ちょっとした依頼を持って来たんだよ!」
「――っ! それを早く言え……じゃない……、いらっしゃいませ、お客様」
お客としてやって来たと言うひっこに、コラキは手の平を返す様に恭しく頭を下げ、その手を取って、オフィスデスクの前のソファにエスコートする。
「んむっ!」
そして、ソファに腰掛けたひっこは、一枚のパンフレットを肩にかけたポシェットから取り出し、ソファの前のガラステーブルに広げる。
「? これは……?」
「えっとね? この間、コラキちゃん達に新しいツアー企画のプレ、護衛してもらったじゃない? あれから、お父さん達と色々詰めて、正式に『ファルマ』系列の旅行代理店全体で、『異界化迷宮』探索ツアーをする事になったんだけど……」
「ふぉぉ……、感慨深いです……、でも、その様子じゃ、何か問題あるです? ひっこさん……」
ソファでゴロゴロするイグルは、パンフレットの一枚を手に取り、ボンヤリと眺めながら、ひっこに尋ねる。
すると、ひっこは、若干、顔を赤らめながら、ゴクリと喉を鳴らし、口を開く。
「へ、へっとね? それで……、企画もいよいよ大詰めなんだけど……、お、お父さんがね? まだまだまだ、アイディアを出す時間はあるって言っててね? でで、丁度良いから、私に色々調査して来いって言ってて、で、それなら、コラキちゃんとこにもう一度依頼した方が良いかなってね? えと、ほらっ、この間も手伝ってくれたから、大体分かるかなぁってね?」
ひっこは、そこまでをまくし立てる様に、手元の何かをチラチラ見ながら喋ると、そのまま、コラキとイグルの顔を覗き込み、「ど、どう?」と尋ねる。
「ん~……、良いと思うですよ? ただ、ウチ、ちょっとこれから腹痛になりそうなんで、事務所でお留守番してるです。――仕方ないから、コラキを連れてくです」
イグルは、ほぼ棒読みでそう告げると、ぎこちないウィンクをひっこに送り、それに気付いたひっこは、顔を真っ赤にして、同じ様に、ウィンクで返す。
そんな二人のやり取りを、ジト目で見守っていたコラキは、その後苦笑し――。
「ちょっと待ってろ……、すぐ準備する」
そう言って、依頼を受ける事を告げた。
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――時間は正午。
「なぁ……、ひっこ?」
「ん? なぁに、コラキちゃん?」
ひっこの依頼を受けたコラキは、疑惑の視線をひっこに向けながら、口を開く。
「これ……、『迷宮』ツアーの調査……だよな? 何で、俺らは、こんな子洒落たカフェで昼飯食ってんだ……? 行くなら、『探索』用の携行食とか売ってる『ギルド』に行った方が……?」
すると、ひっこは、慌てて手をブンブンと振り回し、怒りを顕わにする。
「な、何を言ってるのかな? これは……、そうっ! ツアーの集合時間が、昼時だった時の為に、カフェっぽいお弁当だったらどうかなぁって言う、女性視線のアイディアなんだよっ? け、決して、それ以外の理由は無いよっ! 調査、うん、これは重大で、センシティブな調査なんだよっ!」
「お、おおう……」
顔を真っ赤にして、「調査です!」と叫ぶひっこに負け、コラキは大人しく子洒落たカフェ飯を頂いた。
――午後二時。
「なぁ……、ひっこ?」
「ん? なぁに、コラキちゃん?」
昼食を食べ終えたコラキとひっこは、とある建物内で、四、五名の人が並ぶ行列の最後尾に立っていた。
「これ……、『迷宮』ツアーの調査……だよな? 何で、俺らは、映画館で……、しかも、さっき飯食ったってのに、ポップコーンの列に並んでんだ?」
「え? だって、映画観るならポップコーン買わなきゃ、え? 何か、可笑しいかな?」
キョトンと首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべるひっこに、一瞬、コラキは「え? 俺がおかしい?」と思考しかけた所で、慌てて首を振り、その思考を否定し、ひっこに問い掛ける。
「い、いや、映画にポップコーンは鉄板だから良いんだけどさ……、これ……『迷宮』と全然関係なくない?」
すると、ひっこは、先程と同じく、慌てて手をブンブンと振り回し、顔を真っ赤にして、怒りを顕わにすると、コラキに向かって諭す様に告げる。
「ち、違う、違うよコラキちゃんっ! ――さっき買ったチケットの映画は何? そう、『恋の剣』っ! 『冒険者』と、幽霊になってしまった少女のお話だよね? なら、えっと……………………そうっ! これは、『冒険者』と言う者を、客観的にどう表現するかって言う、ガイド役の為のガイドを作る為の、重大で何か、そんな感じの調査なんだよっ!」
「えっ? いや、流石に……それは――」
「ちょ・う・さっ! りぴーとっ! はいっ!」
その後、「調査」と繰り返し叫ばされたコラキは、混乱した頭を抱えたまま、チケットのシアター番号に従って、トボトボと歩き出す――。
――午後四時。
「――やっと……、やっと調査っぽい……」
コラキ達は、『冒険者養成学校』付近の図書館に居た。
そこで、コラキ達は各『迷宮』の事を調べていたのだが、漸く依頼内容に沿った活動が出来る事に、コラキは感動し、涙を浮かべていた。
「あはは……」
一方のひっこは、そんなコラキの姿に罪悪感を抱きつつ、満足な一日を送れたお蔭で上機嫌であった。
そして、暫くの間は、二人供ペラペラと『リーマン・クライシス』後の資料などを漁っていたが、ふと、話題に恋しくなったひっこが、コラキの後ろに立ち、その髪をいつもの様にかき乱しながら尋ねる。
「ねぇ、そう言えばコラキちゃん、『第二世代』って、本当に生まれつきスキルが使えるのかなぁ?」
――『第二世代』……、嘗て『リーマン・クライシス』によって『スキル』と『ジョブ』を後天的に得た人達から生まれた子供の中には、生まれつき強力な『スキル』を使える子供がいると言う都市伝説があり、そんな子供達、または『リーマン・クライシス』後に生まれた子供達を『第二世代』と呼んでいる。
「ん? どうだろ……?」
コラキはそう誤魔化しながら、資料をペラペラと捲っていく。
「んもぉっ! ちょっとは、相手してくれたって良いじゃない?」
ひっこは「つれないなぁ」と口を尖らせ、コラキに文句を言いつつ、再びコラキの隣の席に座る。
「はは……、まぁ、俺らの子供で分かるんじゃねぇの?」
コラキは、そんなひっこの様子を苦笑しながら見た後、再び『迷宮』の資料を見ながら、ひっこを宥める様にそう呟いた。
ひっこは顔を真っ赤にして、金魚の様に口をパクパクと動かしていたが、そのまま、何も話す事が出来ず、やがて図書館の閉館時間を迎える事となった。
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そして、時刻は午後六時。
「え、えっと、今日はありがとうね………………フフフフフフフフ……」
「怖ぇよ……、何か面白い事でもあったか?」
二人のクラスメイトが、密かに『勇者』としての最初の伝説を紡いでいたその時、そんな会話を最後に、二人は帰路についていた。
青春っぽいのにチャレンジしてみましたが…………慣れない事はするもんじゃないですね。
次回のインターミッションは、またSかAランクの話にしようと思います。




