第七話:制裁させて!(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
――午後四時半。
『冒険者養成学校 水泳部』部室内の黒板には、四枚の紙が張り出されている。
ベリーショートの女性、赤髪ロングの三つ編み女性、坊主頭にスケベ顔の野球少年、目深に被ったねずみ色の帽子と、帽子と同色の作業着っぽい服装をした中年男性。
それらの紙の上には、それぞれ『第一容疑者』から『第四容疑者』と書かれており、水泳部部員の女生徒達は、それらを見ながらウンウンと頭を捻っている。
「――流石に、昭代先生は……ねぇ?」
「玲人先輩は、正直……、やりかねないですよ……」
「――って言うか……、あのおっさんが一番怪しいって……、どう考えても部外者だもんっ!」
「え、それを言ったら、このおばさんは?」
部員たちは容疑者の画像に集中しているが、事件発生当初と比べると、犯人捜し、そして、犯人捕獲後の制裁内容を考えて楽しむ余裕が出て来ている。
――果たしてそれが怒りの果てに辿り着いた境地なのか、陸上でも意外と水着の着心地が良い事によるものなのかは微妙な所ではあるが……。
お蔭で、今現在、部室内はキャピキャピとしながらも、その会話内容は「どうもぐ?」、「こうやってもごう?」等と恐ろしいモノとなっており、彼女達の可憐な容姿、格好も相まって妖艶な空気を醸し出している。
そして、部室内の喧騒が、一際大きくなった時、部室の扉がガラリと開き、ミディアムヘアの、小麦色に肌を焼いた女子水泳部部長――『影平 智咲』と、白髪をふわふわのショートボブにカットしたたれ目少女――『天鳥 ペリ』が飛び込んで来た。
「――皆っ! 結界班から容疑者捕まえたって、連絡来たよっ!」
「――来たのっ!」
「「「「「「――っ!」」」」」
部室内が水を打ったように静かになり、部員達は皆、息を呑む。
それから数分後――。
部室内に引き摺ら――いや、連れて来られたのは、作業着っぽい服装の中年男性と、野球部のユニフォームを着たスケベ顔の少年だった。
「えっと、これ、私も容疑者なのか?」
二人の男から遅れる事数分、女子水泳部顧問である昭代もまた、戸惑いながらも部室に入って来た。
そして――。
「ぴゅぅ……、最後の一人も……連れて来ました……」
最後に、黒髪に橙のラインを走らせたショートカットの少女――『幸 ピト』が、顔を赤らめ、羞恥の表情を浮かべながら、赤髪ロングの三つ編み女性を連れて来た。
――部員達は、容疑者四人を部室前方に立たせ、少しだけワクワクしながら、事情聴取と言う名の尋問を開始した。
「えと……、イグル、始めるの~」
『――はい、オッケーです。じゃ、まずは、犯人の可能性が低い二人からいくです!』
――部員達から「二人?」と言う戸惑いの声が上がる中、イグルとペリは、その二人の内の一人、昭代を壇上に立たせる。
「――お前ら……、少し遊びも入ってないか……?」
「ウッ……、ま、まあ、先生……、こういう事も有りますよ……えへ?」
「まぁ……、私も嫌いではないが……。まあいい……、ケツは持ってやる……もげっ!」
昭代は、男性二人を睨み付けながら、智咲に向かってそう告げると、何処かからか響くイグルの声に、淡々と答え始める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『――では、その画像の時間は、やっぱり?』
「ああ、皆も気付いているだろうが、部活開始直後だ」
第一の容疑者、昭代に関しては、当然ながら部活開始から終了までずっと部員達と一緒だった為、尋問前に実は疑いは晴れている。
『こんな感じでいくです』
部員達から「へぇ~」と言う関心の声が上がり、事務所から尋問を行っているイグルは、人知れず胸を張る。
「――お前らやっぱ楽しんでないか……?」
ジト目の昭代が、ペリ、ピト、智咲を睨んでいく……。その目は「遊びでやるなら……分かっているな?」と、宣告している様で部員達の顔が青ざめていく。
「ひ……、ひえっ! そ、そんな事は無いです!」
「ふぉっ! そ、そんな事はないのっ!」
「ピュっ! 我……い、いえ、私もだよ!」
その後も部員達から「マジです」、「本気です」等の声が上がり、昭代は漸く――。
「――なら良しっ!」
――そう言って、続きを促した……。
そして、二人目――。
『えっと……、この人に関しては、ウチより……、ピトちゃんに任せて良いです?』
「うん……、私もそれが良いと思うの……」
イグルとペリに促され、ピトは再び羞恥に顔を赤く染め、コクリと頷くと、赤毛の女性の手を引き、壇上に立たせる。
そして、顔を更に赤く染め、部員達に向けて告げる。
「ピュ……、ママです……」
「うふふ……、恥ずかしがるピトちゃんもまた、これはこれで………………。――はっ! え、えっと、ピトちゃんの母……母の、『幸 ダリー』です……、いつもうちの天使がお世話になっていますっ!」
――ピトの母と名乗った女性――ダリーは、写真のシャッターボタンを連打した後、我に返り、部員達と顧問である昭代に向けて綺麗な敬礼を見せた。
そして、尋問が開始される……。
「えと……、ママ、どうして学校に居るの?」
「え? ダーリンがお弁当忘れてたからですよ?」
ダリーはここでシャッターをカシャリ。
「ぴゅぅ……、お昼……、かなり過ぎたけど、何でまだ居るの? ――って言うか、何で更衣室の近くに居たの……?」
「え? 勿論、ピトちゃんの部活姿とお着替えの記念写真を撮る為ですよ?」
「――えっ? マ、ママ、ちょっとソレ貸してっ!」
再びシャッターを押そうとするダリーの手からカメラを取り上げると、ピトはそのデータを確認していく。
「どれどれ………………うわっ!」
横から覗き込む智咲が、そのカメラの画像データを見て、引いている。
画像データの内容は、様々な角度から盗撮されたピトの写真であった……。
「――えっと、ピトちゃんのお母さんは、どうして、こんな事を……?」
智咲がドン引きしながら尋ねると、ダリーはビッと背筋を伸ばし、ニヒルな笑みを浮かべ――。
「だって、うちの子の部活姿を見たかったんです。――練習するうちの子プリティですよね? ペリちゃんに負けそうになって、悔しがる姿もまたイイじゃないですかっ! ねっ? ねねっ?」
部員達は皆ドン引きし、ピトは恥ずかしそうに俯き、「もうやめてぇ」と呟いていたが、やがて、何かを思い出した様にバッと顔を上げると、ダリーに向けて質問する。
「マ、ママ……、ママがここに居るって言う事は……、聖ちゃんと、純君は……?」
「クッ……、純君はまだ学校です……、見学に行こうとしたら追い返されました……。そして……、聖ちゃんは……、パパが……「オレが預かってやんよっ!」と奪われました……。不覚でしたっ! せめて、ピトちゃんだけでもと……」
心底悔しそうに告げるダリーの言葉の後半を、ピトは既に聞いてはいなかった……。
いそいそと、自分の荷物を纏めると、ピトは水着のまま、部室の扉に手を掛ける。
「ふぉぁ? ピトちゃん、どこ行くの?」
「え、ピ、ピトちゃん?」
ペリと、智咲がそう言って、ピトの腕を掴むと、ピトはスッと振り向き――。
「ピュ……、御免なさい……。――聖ちゃんが来ていると分かった以上……、我はもう……、ここにはいられない……、捜査と制裁は……、お任せします。――わた……我は、このまま旅立ちますっ!」
――そう言って、儚げに微笑み、部室を出ていく。
「え、えっと?」
「い、一名……脱落なの?」
『――しまったです……、出来ればウチもそっちを見に行きたいですけど……』
廊下に響く、「ひゃっほうっ!」と言うピトの声を耳にしながら、部員達は何とも言えない表情を浮かべ、残されたダリーを見る。
すると、ダリーは、ハッとした表情を浮かべ、物凄い勢いで、ペリ、智咲、昭代に詰め寄る。
「――す、すいませんっ! 天使達が集う以上、私もこうしてはいられませんっ! 画像データはカードごとお貸ししますので、今日はこれでっ!」
――唖然とする一同を他所に、ダリーは自らに強化スキルを施し、部室から消え去って行ってしまった。
『――たまに……、本当にピトちゃんが養子なのか、疑問に思う事があるです……』
「うん、私も同感なの……」
そして、残されたペリ達は、気を取り直して残り二人の尋問を開始する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『えっと、昨日ぶりです? 玲人先輩……』
イグルは、気まずそうに坊主頭の野球少年、コラキの悪友――『梧桐 玲人』へと声を掛ける。
「ん? その声……、イグルちゃん? いやぁ、何か、こう言うシチュエーションも良いもんだねっ!」
現在、玲人の目と鼻は塞がれており、イグルや、部室内の者達に聞こえるのは、若干くぐもった声である。
何故そうなったかと言えば、それは、連行され、部室内に入った時に玲人が言った「こ、これが、女子水泳部の匂い」と言う発言と、いやらしい視線のせいである。
イグルは、縄に縛られながら、興奮気味の玲人に怯えつつも、勇気を出し、更衣室付近で何をしていたかを問い質す。
すると、その質問に対して返って来たのは……。
「覗いてましたっ!」
その瞬間、周囲の部員達から、玲人に向けた殺気が強くなる。
――「もぐ」「もぐ」「もぐ」……と、強くなっていく殺気の中、玲人は「――でもっ!」と叫び、部員達に訴える。
「俺は……盗んでなんかいないっ! ――確かに、興味はある、人並み以上にあるっ! 最近親友に対して「爆発しねぇかなぁ」なんて思う事もあるっ! ――それでも……、それでも俺はやってないっ! ――何故なら……」
必死さと、誠実さを込めた玲人の熱弁に、部員達の殺気が僅かに収まっていく。
そして、玲人は、そんな空気を感じたのか、グッと声を溜めた後、声を大にして叫ぶ。
「何故ならっ、俺はどちらかと言えば、チラリと見える、履かれたパンツが好――ぶぎゃっ!」
見かねた……いや、聞きかねたイグルが、ペリに耳打ちをして、玲人の意識を刈り取る。
――彼が、どちらにせよ『狩り』の対象となった瞬間である。
そして、最後の一人……。
「ギルティ……」
『ギルティです』
「ミルキィなの」
彼に関しては、既に尋問の必要すら無くなってしまった……。
先程、ペリが玲人の意識を刈り取った際に、作業着っぽい服装のおじさんが持っていた、大きな袋から、大量の下着が出て来てしまった為である。
そして――。
「――あっ、これ、私のっ!」
「こっちは、アタシんだ……」
幸いにして、何も手を加えられた様子の無い下着達であったが、被害者である女子部員達は、もう、ソレを使う気などサラサラなく……。
「――燃えろ……『炎獄』!」
智咲の手によって、その全てが処分される事となった。
そして、何かに使われる事が無くなり、安堵する部員達とは違い、絶望に打ちひしがれるモノ達が居た……。
「き、君達は……、何と言う事をっ!」
一人目は、作業員っぽいおじさん。
「燃やす位なら、俺にくれよぉぉぉぉぉっ!」
もう一人は、即座に意識を回復させた野球少年。
二人は地面に額をガンガンと打ち付け、ひょっとしたら血の涙でも流すかも……と思われるほどの表情で、燃える下着を見つめていた……。
そんな二人を微妙な表情で見ていた、水泳部顧問の昭代は、おじさんの肩に手を置き、尋ねる。
「――やったんだな?」
「フッ……、やった? ――何をだ? 私は、決してやましい気持ちで、行動したわけではないっ! ――そうっ、例えるなら、希少な蝶を採取、保護する為に、紳士的に、正義の行動を――ヒッ!」
縛り上げられたおじさんは、そう叫び、自らの正当性を主張しようとするが、その前に、巨大なハンマーが振り落とされる――。
「――やった……の?」
おじさんの前には、クゥゥゥっとお腹を鳴らすたれ目の少女――。
『――あ、しまったです……、ペリが泣きそうです……』
「あっ、ご、ゴメン……、イグルちゃん、私、ペリちゃんにあげるおやつ、もう無い……」
そこには、一人の餓鬼が居た……。
クゥゥゥっと、お腹を鳴らし続けるペリは、空腹でイライラしているのか、作業着のおじさんの周囲の床を、ハンマー――『棍棒の様なモノ』でゴンゴンと叩きながら……。
「やったの? やってないの?」
と、ひたすら尋ねていた。
徐々に近付いて来る『棍棒の様なモノ』に、作業着のおじさんは、当初「はったりだろう?」と、余裕の表情を浮かべていたが、やがて、『棍棒の様なモノ』が、頬を掠め始めると――。
「――ひっ! や、やりましたっ! わ、私が盗みましたっ! す、スンマセン、ただ、人目を気にして恥じらう子が見たかっただけなんですっ! 悪気は無かったんですっ!」
――そう言って、自白し、罪を認めたのであった……。
そして――。
「――お前は、もいだ後、警察に突き出す。梧桐……、お前は一週間、懲罰クラス行きだ」
――昭代のその言葉を合図に、作業着のおじさんは、とある女子部員のスキルによって、作業着のおばさんへと変身し、この事件を切っ掛けに、「女子水泳部は夜叉の巣窟」との噂が広まる事となった。
そして、若干巻き添えの玲人は……。
「――おい……、『勇者』だ……、『勇者』が帰って来たぞぉぉぉっ!」
水泳部部室内での発言が広まり、男子生徒から『勇者』の二つ名で呼ばれる事となった……。
ちょっと、突貫作業です。
後日、書き直すかもしれません。




