第六話:制裁させて!(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
――午後三時。
『冒険者養成学校 水泳部』の部室前には、『もぐ!』と、力強く書かれた看板が立て掛けられていた。
「――入るぞ…………………………って、お前ら……、一体何事だ……?」
そんな、怨念が込められたかの様な、看板を訝しみながら、『冒険者養成学校 女子水泳部』の顧問――『磯開 昭代』が、部室に入ると、その中は更に異様な光景が広がっていた。
三十~四十人程が入れそうな広さの、木目調のタイルが敷き詰められた部室内では、長机が幾つか繋げられ、何かの会議が始まりそうな配置となっており、それらの連結した長机では、本日部活に参加した女生徒達が、皆、水着のまま着席し、ブツブツと「もぐ、もいでやる」と怨嗟の声を上げていた……。
そして、そんな決戦前の空気を醸し出す部室内の奥では、左の席に黒髪に橙のラインを走らせたショートカットの少女――『幸 ピト』、右の席にミディアムヘアの小麦色に日焼けした女子水泳部部長――『影平 智咲』と言う、二人の少女を侍らせた、白髪ふわふわショートボブのたれ目少女――『天鳥 ペリ』が、司令官の如く鎮座していた。
「ほぁ……、昭代先生なの」
「あ……、お疲れ様です、先生」
上官席に座る、ペリと智咲から声を掛けられた昭代は、部室内に漂う異様な空気に、頬を引き攣らせながら、口を開く。
「おぅ……、影平、天鳥……、これはどういう事だ? ――と言うか、お前ら、ジャージにでも着替えたらどうだ?」
すると、昭代の言葉に反応した智咲が、涙ながらに答える。
「――その……、持ってる子もいるんですけど、「持ってない子もいるから、自分達だけ逃げる訳にはいきませんっ!」って、遠慮しちゃって……、それと、時期的にジャージの下持って来てる子がいなくて、その……、ハーフパンツだと……、隙間が不安で……」
「――うん? そうなのか……、で、表の看板と、部室のこの空気は、どういう事だ?」
「ぴゅぅ……、えっと、そのですね――」
続けて投げ掛けられた質問には、気まずそうにピトが答える。
ピトは、生徒達からペリに向けて、『探偵』として動いてくれないかとお願いがあった事、ペリが勢い任せで、ソレを引き受けてしまった事、ペリだけに任せるつもりは無いと、生徒達が決起し、今の状態になった事などを説明する――。
ピトからの説明を全て、黙って聞いていた昭代は、少しの間だけ、瞑目し、やがて、カッと、目を見開くと、その白い歯を生徒達に向ける。
そして、スゥッと息を吸い込んだ後――。
「――お前らっ! よくぞ決意したっ! それでこそ、『冒険者』の卵達だっ! 私は……、私は今、猛烈に感動しているっ! いいだろう……、ポリ公は、私が応対して時間稼ぎをしてやろう、その間に、下衆野郎をひっ捕まえろっ! スキルの使用も、殺傷能力の少ないものまでは許可する……、『冒険者養成学校』の『女子水泳部』に喧嘩を売った事を、存分に後悔させてやれっ! 合言葉はっ?」
――そんな檄を飛ばした。
一方の檄を飛ばされた部員達は、一斉に立ち上がり、昭代に向けて敬礼し――。
「「「「「もげっ!」」」」」
――叫んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――部室内で、(男性にとっては)最凶の自警団が誕生しようとしていた時、ペリはコソコソと部屋から這い出し、電話を掛けていた。
その相手は、勿論――。
『はい、天鳥探偵事務所です』
「ほぁ……、イ、イグルゥゥゥゥゥ……」
『ん? その声、ペリです? どうしたです? 今日のご飯は、栗おこわですよ?』
ペリの泣き声に、イグルは冷静にいつも通り、今日の夕食を伝える。
「――あっ、そうなの? やったのっ! ――………………じゃなくてっ、コラキはいるの?」
ペリは一瞬、我を忘れはしゃいだが、部室内から聞こえる「もいで、第三の道を歩ませてやるっ!」と叫ぶ、食糧庫の声で我に返り、慌てて兄であり、事務所の所長でもあるコラキと電話を代わってと頼む。
しかし、電話口から返って来たのは――。
『んぇ? コラキです? コラキなら、例の『迷宮探索ツアー』の企画が本格的にスタートするから色々と調査する……って名目で、ひっこさんとデートです』
――そんな答えであった……。
「ほぁぁぁぁ? こ、こんな時に、あの『リアビースト』はっ! ――お、終わったの……、このままでは、私も、私のブラも、パンツも、靴下も迷宮入りなのぉ……」
『――ん? どういう事です? ペリ、ちょっと……、泣いてないで事情をウチにも分かる様に説明するです』
イグルが電話口から、ペリに事情説明を求めるが、ペリは電話を床に落とし、そのまま「どうするのぉ?」と、床を転がって嘆いている。
『ペリ? ペーリー?』
「――ぴゅふふ……、事情は私……じゃない、我が説明するよ? イグルちゃんっ!」
電話口で叫ぶイグルに声を掛けたのは、ペリがいない事に気が付き、廊下に出て来たピトであった。
ピトは、事件が起きた事と、先程の昭代へ説明した様な状況になっている事などを説明し、その後――。
「と言う訳なんだけど……、お、お安くしてね……?」
恐る恐る、イグルに話しかける。
イグルは、ピトの話をずっと黙って聞いていたが、やがて、その沈黙を破り、ピトに向かって告げる。
『――ペリは、良く履き忘れるから、まだ良いです……、しかし、ウチの親友に手を出す輩は……、例え母が忘れてもっ! このイグルさんが許さんです! 見せるですっ! 『鷹の目』!』
イグルが叫ぶと、電話はプツッと音を立てて通話を終了し、直後――。
『立つです、ペリっ! 色ボケガラスに頼らずとも、ウチ達で事件を解決……いや、犯人を滅するです!』
――廊下の床から声が響き始める。
「――っ! イ、イグルっ!」
「イグルちゃんっ!」
そして、捜査――と言う名の『魔女』……いや、『魔男』狩りが始まった――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『まずは、現場百回……、荒らされた更衣室を調べるです、それと、結界系のスキル持ってる人は、敷地内から人っ子一人、逃がすなです』
「「「「「はいっ、イグルさんっ!」」」」」
そして、水泳部は三つの班に分かれる事となった。
まずは、四方に結界を張る班。
次に、不審者がいないか探し回り、同時に敷地内に残った生徒、教師達に事情を説明する班。
最後に、『鷹の目』越しのイグルと共に、更衣室を調査する班である。
――数分後……。
「結界班、スキル展開完了しましたっ! 次の指示をっ!」
『お疲れ様です、先輩。一先ずは、結界の維持に集中するです』
「「「「「はいっ、イグルさんっ!」」」」」
――そこから更に数分後……。
閉鎖が完了した『冒険者養成学校』の敷地内では、出会った人物――特に男性――や、学校の敷地内から出ようとする人物――特に男性――を、親の仇の様に睨み付け、名前や、所属クラス、部活などを問い質すスクール水着の集団がかっ歩し始めている。
――徐々に敷地内が殺気立つ中、ペリ達は、現場維持と警察に指示されたため、荒らされたままの更衣室に足を踏み入れる。
『――これは……、酷いです……』
「ね? 腹立つよねぇっ!」
イグルが、ペリの目を通して見える更衣室の惨状に思わず呟くと、怒りが再燃したらしい智咲が、地団駄を踏みながら答える。
そんな智咲を「どぉうどぉうなの」と宥めると、ペリは『鷹の目』越しに、イグルに尋ねる。
「――とは言っても、まず何すれば良いの、コラキ?」
『え? いえ、単純に『中継点』のペリに、更衣室まで動いて貰いたかっただけですよ?』
「? じゃあ、私、何もしなくて良いの?」
イグルからの『はいです』と言う答えに、ペリはホッとして、更衣室内のベンチに腰を掛ける。
そして、ピトと智咲にも座る様に促し、そのままイグルの説明に耳を傾ける。
『流石に、更衣室付近のカメラ映像を見るのは、事務所から直だと、難しいです。――なので、ペリは、何も触らず、そこでウチの指示に従ってちょろちょろするです』
「え? 動くの……? ――まぁ仕方ないの……、指示があるまでは大人しく、智咲におやつを貰っているの……」
そう呟くと、ペリはそのまま横に座る智咲の膝に倒れ込み、口をパックリと開け、おやつを要求する。
「えっ? ペリちゃん、それで良いの……? ――まぁ、私は良いんだけど……ね……」
「イグルちゃん、イグルちゃん、わた……我は、何をすればいいの?」
『ふぉ? そう……ですねぇ……、じゃあ、時系列的に、もう一回説明して欲しいです』
「――はぁいっ!」
そして、更に数分後……。
更衣室の三人は、静かにイグルからの調査結果を聞いていた。
「……んぁ……、頂くの……」
――若干一名は、ちょろちょろとし過ぎたせいか、既に脱落済みである……。
『えと、智咲先輩、取り敢えず、ペリはほっぽってて良いです。――で、更衣室から取れた情報は、まずロッカー視点から得た、指紋とかです、正直、これは警察に任せるです。で、重要なのは、カメラの情報です、調べてみたら、どうにも、何らかのスキルで、映像記録が封印されてたっぽいです』
その言葉に、智咲とピトの顔が強張り、智咲が震える声で、イグルに問い掛ける。
「じゃ、じゃあ、犯人は映ってなかったのっ?」
ピトに至っては、『スキルを使ってまで下着泥棒』と言う、犯人の意図が分からず、嫌悪感を顕わに、プルプルと震えている。
しかし、イグルは小さく「チッチッチです」と呟き、怯える二人に告げる。
『――ふふふ、ウチの『鷹の目』のジャック機能に逆らえるモノはないですよ、しっかりと部活が始まってから終わるまでの間に、更衣室近辺をうろついていた人物の映像を浚いあげたです』
イグルは、事務所で、一人ドヤ顔を浮かべ、腰に両手を当ててふんぞり返ると、そのまま『鷹の目』を利用して、智咲の太ももをマイク代わりにして、大声を上げる。
『――すぅ……っ! ペリっ! 起きるですっ! ハンディプリンタ出すです!』
「ひゃぅっ! あ、あいあいなのっ!」
そして、慌てたペリが、部室に置いておいた荷物を取りに駆け出し、やがて、その手に、二の腕サイズの四角いハンディプリンタを持って戻って来ると、イグルは『お疲れ様です』と言って、ペリの視覚を通して、その四角い箱に意識を集中する。
すると――。
「おぉ、何か出始めてるっ! イグルちゃんのスキル便利だねぇ……」
「ふふふ……、智咲先輩、我の親友は凄いんだよ?」
「――ゼヒュ……、ゼヒュゥ……、す、少しは……、部活して、ちょろちょろした後、全力ダッシュで……、頑張った私を、褒めても良いと、思う……の……」
「あっ……、あはは……、ゴメンね? 今度、新作のお菓子持ってくるから、許して、ペリちゃんっ!」
肩で息をしながら、いじけるペリを智咲が宥めている間に、イグルの作業が終了したらしく、ハンディプリンタがピーッという音を鳴らす。
「ペリちゃん……? ――ピュゥ……、仕方ないよね、わた……我が取るね?」
智咲とペリがじゃれ合っている為、苦笑しながらピトが、ハンディプリンタに近付くと、そこには、まるで賞金首の如く一面に顔が印刷された用紙が四枚――。
『それが、容疑者です……』
「これ……が……?」
ゴクリと喉を鳴らすピトは、ベンチの上に四枚の紙を並べる。
「ほ? 犯人さんなの?」
「ペリちゃん、まだ容疑者さんだよ? ――どれどれ……?」
そして、三人はベンチの上に視線を向ける。
一枚目には、水着姿のベリーショートの女性――水泳部顧問『磯開 昭代』。
二枚目には、高級そうなカメラを構えた、ロングの髪を三つ編みにした赤毛の主婦っぽい女性。
三枚目には、バットを背負い、野球部のユニフォームを着た、坊主頭にスケベ顔の野球部三年。
四枚目には、大きな袋を抱え、作業着っぽい服装の知らないおじさん。
――それらの写真を、現地の三人が見終わった気配を察したイグルは、胸を張って告げる。
『――犯人は、多分、この中にいそうです!』




