第三話:スパイをスパイして!(3)
続きです、よろしくお願いいたします。
大分回復したので、昨日分投稿……。
――午後九時。
『幻想商店街』の一画、周囲に並ぶ店舗が明かりを落としている中、『天鳥探偵事務所』が事務所を構える古ぼけた三階建てのベージュ色のビルからは未だに光が漏れ出していた。
「――で、これがキャバ内の会話?」
事務所内のほぼ中央に置かれたガラステーブルの上には、十数枚の紙が束ねられた資料が、事務所職員分である三セット置かれている。
事務所所長であるコラキは、それらの資料をざっと流し読みしながら、資料作成を担当したイグルに尋ねる。
「そうです。――意外とお客さんが多かったみたいで、対象絞るの苦労したです……」
イグルは、「疲れたです」と呟くと、そのままソファの隣に座るペリの太もも目がけて、倒れ込む。
「お疲れなの~。じゃ、コラキ、後は任せたの」
「はいはい、ちょっと待ってろ?」
自分を枕代わりにし始めたイグルの頭を撫でながらそう言うと、ペリもまた、目をトロンとさせ、スイッチが切れた様に、ガクリと項垂れる。
コラキはそんな妹達を呆れた様な、慈しむ様な複雑な視線を向け、苦笑すると、一転して真剣な顔つきになり、イグルが作った資料に目を通していく――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――そして三十分後。
コラキは首を回し、手で肩の凝りをほぐしながら、読み終えた資料をガラステーブルの上に放り投げる。
「――初っ端から怪しい……。コイツ……、キャバ嬢狙いなのは本当なんだろうけど、どのキャバ嬢と話してても、仕事の話を全部スルーしてやがる……」
「んぇ? お仕事の秘密守ってて偉い人です?」
コラキがそう呟いていると、その声に反応したのか、ペリの太もも上で微睡んでいたイグルが、コラキに向けて質問する。
「んー、そうかもだけど……、『おやっさん』曰く、一人でもキャバに行く男は、愚痴なり自慢なりで、絶対仕事の話をするんだってよ? ――だからっつう訳でもないが、そう言う前提で見ると、何か、コイツが意図的にその話を避けてる気がするっつうかな? イグル……、コイツ、『鷹の目』のマーキング条件は満たしてるか?」
「ふぇい、ばっちりです……」
イグルはペリの太ももの上で涎を垂らし、眠気混じりの目でコラキに返事すると、ゆっくりと起き上がり、小さく「『鷹の目』……」と呟く。
そして、空中に半透明のスクリーンを出現させる。
「えっと、こっちの隅っこが、今日追っかけた『利光原』の感覚情報です。ログは適度に印刷してくから、漏れはないはずです。――あっ、気になるなら、時間は掛かるですけど、さっきの会話資料の部分、映像化しとくです」
「オッケー、頼むわ……。んじゃ、後は明日の朝にして、帰るか……」
コラキは立ち上がり、「んー」っと背伸びをすると、そのままペリの頭をペチンと叩く。
「んがっ? か、帰るの?」
ビックリして飛び起きたペリを、イグルと二人して、苦笑交じりにソファから引っ張り起こし、三人はそのまま、事務所を後にした――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――明けて翌日……。
「んふぁ……、眠いの……」
『しゃっきりするです、イグル』
『――もう一本、ドリンク剤飲むか?』
時刻は午前七時。
ペリは、とあるアパート前の茂みに潜み、イグルとコラキに叱咤されつつ眠気と戦い、アパートから目的の人物が出て来るのを待ち伏せている。
『はぁ……、眠気覚ましに二人目の確認しとくぞ?』
「ふぇーい」
『二人目は『南 紗穂』、新人の中では紅一点です。――キャリアウーマンって奴です? 大人だぁ……』
『――どうにも、美空さんを思い出しちまうな……。ちょっと、やり辛い……』
「おぉ……? 二人供、世間話はそこまでなのっ! 出てきたッぽいの………………ふふ、今日は私が注意する側なの……」
ペリの声で、イグルとコラキの注意がアパートの入口へと向けられる。
ペリとコラキ、そして、二人の視界を通したイグルの目には、白いブラウスの上に真っ赤なジャケットを羽織り、タイトミニの、これまた真っ赤なスカートと、真っ赤なハイヒールを履いた、ひっつめ髪の女性が、アパートから出て来る姿が映っていた。
「あの人……なの?」
『――真っ赤だな……、アレで頭に角でもあったら……』
『二人供、チョイ待ちです、今、確認するです』
クールビズなんのそのと言わんばかりに、ピッシリとスーツを着こなす女性に、ペリは羨望の、コラキは歩く姿に『普通だな』と失望の眼差しを向けながら、イグルの照合が終了するのを待つ。
そして――。
『………………、はい、本人に間違いないです、追うですよっ!』
「――はいなのっ!」
『じゃあ、残りの情報は歩きながら確認だな?』
そのコラキの言葉を合図に、イグルは事務所から『鷹の目』を通して、ペリは女性の背後から、コラキはペリとは別ルートから、尾行を開始した。
三人は歩きながら、女性についての情報を確認する。
女性の名前は『南 紗穂』、『ジョブ』は戦闘職の、『秘書秘書』、『冒険者』登録はEランク。
『――どうやら、研究素材の採取目的で『冒険者』登録をしているみたいです』
『ふぅん……、個人的な研究かな? まぁ、何にしても調べるしかないよな』
「あっ、でも、今日は平日なのっ! お仕事するとこに着いたら、私達、どうするの?」
スキップで女性を尾行するペリは、「私、鋭いっ!」と、ドヤ顔を浮かべ、はしゃぎながら、コラキに尋ねる。
『あぁ、それなら大丈夫、ちゃんと対策済みだ』
――そんな会話をしている内に、一行は、前日も訪れた『仮想現実技術研究所』の前に辿り着いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、じゃあ、中に入るぞ?」
いつの間にか、ペリの隣に立っていたコラキが、そう言って、ペリの肩を叩く。
すると、ペリはキョトンとした顔で――。
「ありゃ? ――良いの?」
――そう言って、目をキラキラさせながら、コラキとイグルに確認する。
『許可は取ってるです』
そして、コラキとペリはそのまま、『研究所』の裏口へと回り込み、待ち構えていた白髪の男性に歓迎されると、そのまま、その男性について行く。
やがて、『研究所』内の『所長室』と書かれた表札をぶら下げた一室に案内されたコラキとペリは、男性に促されるまま、高級そうなソファに腰かける。
「――ようこそ……、私は当研究所の所長、桑田です」
――『桑田』と名乗った白髪の男性は、恐る恐るソファに座り込んだコラキとペリにそう言って名刺を差し出すと、「早速ですが」と前置きして、話し始めた。
「専務からお話は伺っております、私としても、あの三人には信頼と期待を寄せていましたので、衝撃的な出来事でして……。漏れた情報が大した物で無いのが、唯一の救いです……」
固まる様にソファに座るコラキとペリに、お茶とお菓子を差し出しながら、桑田は美空がコラキ達に送ったメールの内容と同じ程度の情報が書かれた資料を渡す。
それらを受け取ったコラキは、資料にざっと目を通し、何度か自分が知らない情報が無いかを再確認した後、桑田に告げる。
「まぁ、事前に色々と聞いていたので、事情などは分かっています。俺達としても、恩人からの依頼ですし、しっかりと仕事しますよ。――それで、お願いしていた物は……?」
コラキの言葉と態度に、桑田は少しだけ安堵の笑みを浮かべると、「少々お待ちを」と言って、机の引き出しから何かを取り出し、それをコラキ達に差し出す。
「――清掃員用のIDカードです。表記は『清掃員』となっていますが、入室だけであれば、どの部屋にでも入れます。どうぞよろしくお願い致します」
コラキは、差し出された二人分のIDカードと、清掃員用の作業着を受け取ると、ニコリと微笑み、桑田に頭を下げる。
「ありがとうございます、それじゃあ、次は、調査終了後にお会いしましょう? ペリ、行くぞ?」
「ほぁ? お話、終わったの?」
コラキが、お菓子を頬張るペリの頭上に作業着を乗せると、ペリは口の周りを手で拭いながら、口内に残ったお菓子をお茶で飲み込み、「よしっ!」と言って立ち上がる。
「――えっと……、一応、こんなんでも優秀な……はずなんで、安心して下さい……」
「え、ええ……、まぁ、専務の紹介ですから、ええ……、決して疑っては……ええ……」
苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべる桑田を、所長室に残し、コラキはペリを引っ張り、いそいそと、教えて貰った更衣室へと向かう。
――やがて、着替えを終えたコラキとペリは、念の為、コラキのスキルで二人の見た目を、誤魔化し、準備を終える。
準備を終えたコラキとペリは、清掃員用のカゴを押しながら本日の追尾対象『南』を探してうろつく。そして、イグルがどうやら、ソレっぽい反応を見つけ、二人を誘導すると、そこには――。
「ほぉっ! お、お、お……」
『ふぉぉぉぉ……っ! ペ、ペリっ、アレが、伝説の……?』
「お、お、おふぃすらぶなのぉっ!」
三人の視界には、現在、二人の男女が映っている。一人は、今朝から尾行を続けていた、二人目の女性『南』、もう一人は、三人目の新人『下荒 竜也』。
二人は、朝っぱらから、倉庫の様な場所で二人っきりになり、ガッツリとくっついて、熱い抱擁を交わしている。
その様子を見つけてしまったペリとイグルは興奮し、きゃあきゃあとはしゃいでおり、イグルに至っては、「カシャカシャ」と、『鷹の目』の能力をフル活用し、様々な角度からその光景を「記念ですっ! 記念です!」と、映しまくっていた。
「――うん……、あの二人の不審な行動って……、多分、コレ……だよな?」
呆れ顔のコラキは、ポリポリと気まずそうに頭を掻き、余り凝視するのはマズイかと考え、ペリを引き摺り、その場を後にしようとするが、そんなコラキの耳に、鼻息荒く興奮した末妹の声が響く。
『ふぉぉ? コラキ、ちょっと黙るですっ! 気付かれるですっ!』
「ほぉ……、ほぉ……、あ、でも、ハグだけなの……、ツマんないの……」
イグルの抗議の声にもめげず、コラキは歯を食いしばりペリを引っ張るが、ペリは一向にその場から動こうとせず、いつの間にか取り出した『棍棒の様なモノ』を重し代わりにして床に張り付き、食い入るように生のドラマを眺めている。
「お前ら……、ちょっと、冷静になれっ!」
目に余る妹達の暴走っぷりに苛立つものの、事務所にいるイグルには直接手を出す事は出来ない為、コラキは、手元のモップでペリの頭を打ち据える。
「ふぁたっ! コ、コラキ……、モップは武器じゃないと思うの……」
東部に走った衝撃に、ペリが涙目になっていると――。
『ふぉぉぉぉ? が、合体っ!』
――と、イグルがさらに興奮し始めてしまった。
コラキは「えっ! こんな場所でっ? 朝っぱらからっ?」と、驚きつつ、ドラマの現場に目を向ける。
すると、そこでは、抱き付いた『南』から何かを吸い上げ、取り込もうとしている『竜也』の姿があった。
「――っ! 何だ……ありゃ?」
つい数分前までは、コラキ達の目の前で繰り広げられているのは、生のラブドラマ――の筈であったが、今、目の前で繰り広げられているのは、ホラードラマであった……。
「ほぉ……、人間は、ああやって愛を伝え合うの?」
何を勘違いしたのか、ペリは顔を真っ赤にし、両手で覆いながら、「ほぁぁぁっ!」と叫び、指と指の隙間から、ホラードラマを眺めている。
すると、ペリの間の抜けた発言に、コラキが「はっ」と、我に返り叫ぶ。
「――馬鹿っ! そんな訳ねぇだろっ! えっと、イグルっ、周囲に人が来ないかの監視と、所長さんへの連絡頼むっ! それと、それが終わったら、もう一人の行動も監視っ! 場合によっては、ペリをそこまで誘導っ!」
『あ、はいですっ!』
そうして、コラキは倉庫に飛び込み、黒い錫杖を取り出すと、そのまま臨戦態勢を取り、錫杖の先を『竜也』に向ける。
いきなりコラキに突入され、錫杖を突き付けられた『竜也』は、一瞬だけギョッと、驚いた様な表情を浮かべたが、やがて、不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりとコラキに向かって語り掛け始めた。
「やっはっは……、バレちった? ――そう長くは持たねぇと思ってたが……、こんな早いとはなぁ……」
両手を上げ、降参のポーズを『竜也』が取ると、解放された『南』の身体がその場に崩れ落ちる。
「――殺したのか……?」
「いんや? 流石に、主の命っつってもなぁ……、俺ぁ、そこまで悪人にはなれんっつうか、そこまでの力もないしなぁ」
そう語る『竜也』の身体からは、先程の『南』が吸われていた物と同様の何か――茶色い煙の様なモノが吐き出され始めている。
「まぁ、ここらが潮時かな? ――大した情報は無かったけど……、まぁ、それなりに、取り込めた知識やら経験はあるから、総合的にプラスかなぁ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる『竜也』の足は、その余裕たっぷりの表情とは別に、ガクガクと震え始めている。
すると、今まで黙って『竜也』の言葉を聞いていたコラキが、『竜也』の頭上に視線を向けながら問い掛ける。
「――その『主』って言い方と、その中途半端な気配……、お前……、『伯獣』か?」
すると、それまで余裕たっぷりの表情を浮かべていた『竜也』の表情が、ギシリと固まり、目の前のコラキをギロリと睨み付ける。
『伯獣』――かつて、異世界に渡った『生物学者』が作り上げたとされる。人工的な『魔獣』であり、その存在は、一部の人間以外には秘密とされている。
「――おっさん……、お前……、何モンだ?」
「さぁな? で、お前は……?」
コラキは『おっさん』と呼ばれた事で、自分が施したスキルによる『偽装』がそのままであった事に気が付いたが、正体がバレてない事に安堵し、笑みを浮かべる。
「――はっ、余裕だねぇ……。ま、良いや……、三人の身体は、もう要らねぇから返すわ……、今日のところはそれ位で勘弁してくれよ……」
コラキの笑みを、余裕か何かと勘違いしたらしい『竜也』がそう話すと、次の瞬間、『竜也』の身体が、糸が切れた様にその場に崩れ落ちる。
すると、先程まで『竜也』が立っていた辺りに、茶色い煙がプカプカと浮かび、今度はその煙から、声が響き始める――。
「一応、名乗っておくぜ? ――俺はボゾア、自他共に認める……つっても、俺と主達だけだが、まぁ、ともかく『最弱の伯獣』、『菌伯獣』ボゾアだ……、また会う事があったら、そんときゃ気軽に『ボゾア』って呼んでくれっ! ――じゃあなっ!」
――そして、コラキが「待て」と叫ぶ前に、茶色い煙――ボゾアは、倉庫内の通気口に吸い込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――と言う訳で、逃げられてしまいました……」
「ごめんなのっ!」
所長室では、コラキとペリが土下座して頭を下げていた。
謝罪の対象である、『研究所』の所長、桑田は、苦笑しつつも、二人に頭を上げる様にと告げ、更に、嬉しそうに口を開く。
「いやぁ、良かった……、我が研究所に裏切り者はいなかったっ! それが分かっただけでも、十分な成果です……」
「そう言って頂けると、助かります……。――それと、三人に憑いてた奴は、皆逃げたみたいなんで、後の対策は、こちらからも話を通しておきますので、美空さんや、寺場博士に相談してみて下さい」
その言葉に、桑田は更に感謝してくれたが、事務所に戻り、それらを美空に連絡すると――。
『――え? 逃がしたんですか? それ、任務失敗ですよね? ――報酬? 要ります? 請求するんですか? まぁ、ボクは構いませんよ?』
――と、たっぷりとイジメられた後、成功報酬は半額払って貰えると言う慈悲を獲得したのであった……。
取り敢えず、踏ん張って今日の分書く予定ですので、よろしくお願いいたします。




