第二話:スパイをスパイして!(2)
続きです、よろしくお願いいたします。
――『冒険者養成学校』、夏季休暇、最後の一週間……、始まりの月曜日。
現在、午前九時。
コラキとイグル、ペリの三人は『天鳥探偵事務所』にて、出発前の最終調整を行っていた。
「んで……、調査期間っつうか、期限は今日から日曜まで、次の日は始業式だから、日曜の昼までにはケリを付けたい所だな……」
コラキが、カレンダーと睨めっこしながら、手帳に色々と書き込んでいくと、コラキが座るオフィスデスクの左手前方に配置されたソファの肘掛けに胸を乗せ、寝そべるペリが、足をパタパタと動かしながら、コラキに手を振り、そして――。
「ん~? なら、スキルはどの位まで使って良いの?」
と、尋ねた。
すると、ガラステーブルを挟んで、ペリの対面ソファに座るイグルもまた、少しだけ口を開き――。
「あ、そうです、申請は?」
と、尋ねる。
コラキは、そんな二人の顔を見る事無く、手帳、カレンダーと睨めっこを続けながら、ぼやく様にその質問に答える。
「あー、一応、美空さんが、非物理接触の幻惑系と、監視系スキルの使用許可を取ってくれてる……」
『スキル規制法』――増え続ける『ジョブ』、『スキル』持ち対策として、ここ数年で整備されつつある法律である。
まだまだ、取り締まる側の準備――主に人材――が整っていない事と、世間一般に余り浸透していないせいで、ほぼ守られる事の無い法ではあるが、基本的に、突発的な『魔獣化』現象への正当防衛目的以外で、スキル――特に攻撃スキル――の街中での使用は、刑事罰の対象である。
因みに、専業『冒険者』は、『冒険者ギルド』が万が一の場合、責任を持つという規約と、突発的な『魔獣化』現象対応への強制参加や、スキルの不正使用者摘発の協力等の社会貢献実績もある為、街中でのスキル使用は基本的に自由である。
そんな事情も有り、『探偵業』や、『金融業』等、業務でスキルを活用しようという専業『冒険者』でない業者は、その使用目的によって、事前の申請が必要な場合がある。
その分類は、大きく『物理接触』、『非物理接触』の二つがあり、それぞれの下に『殺傷能力有』、『行動補助』、『その他』があり、その下に、更に細かく色々と規定されている。
――ここで、コラキが語る『幻惑系』は『行動補助』に、『監視系』のスキルは『その他』に分類されている。
そして、『非物理接触幻惑系』と、『非物理接触監視系』の使用許可があると言う事は、『幻惑系』スキルと、『監視系』スキルに限定して、事前に申請された対象に対してのみ、更に、その身体に触れないと言う条件下でなら、街中でのスキル使用しても良いと言う事である。
「――と言う事だから、今回は俺の幻惑と、イグルの『鷹の目』は使用可能って事だ、そんでもって、対象は俺達三人と、例のスパイ嫌疑の掛かった三人の新人さんだ」
「うぇ~? 私はダメなの?」
「――駄目です。ペリは、圧殺、撲殺系のスキルしかないですよ? そんなの、街中で使ったら、損害賠償だけでウチも、ペリも、コラキも身売りするしか無くなるです」
イグルはそう告げ、「我慢するです」と、ペリの口に一口サイズのチョコを放り込む。
「――えっ? 俺も身売……? ま、まぁ、そう言う事だから、ペリ……、良いか? 今日から一週間……、お前はNINJA――KUNOICHIになるんだ……」
それまで不満たらたらで、頬を目一杯膨らませ、「つまんないの~」と、ぼやいていたペリは、コラキのその言葉を聞くなり、目を輝かせ――。
「――任せるのニンッ!」
そう叫ぶと、「準備してくるのッ! ニン」と宣言し、自宅へと飛んで行った。
それから、十五分ほど経っただろうか……。
「んじゃ、一人目は午後、連勤明けになるっつうコイツからいくか?」
「んんー、そう……ですね。ウチも、それで良いです」
「うしっ、じゃ、ペリが戻り次「お待たせなのっ! ニン」」
コラキとイグルが、「やっと戻って来た」と、声がした事務所の入り口に顔を向けると、そこには――。
「――おかしいな……、イグル……、お兄ちゃんの目には、何か忍ぶ気の無い様な格好の忍者が見えるぞ……?」
「奇遇です、お兄ちゃん……、ウチの目にも、ギッラギッラの忍者っぽいデカ乳が見えるです……」
二人の目の前には、ラメ入りで、テカテカと輝く紫の忍び装束を着たペリが立っていた。
ペリは、鼻を膨らませて「どうだっ」と言いたげに、二人の顔を見ていたが、やがて、見かねたコラキが、げんなりとした表情を浮かべて――。
「――ていっ!」
その頭に手刀を振り下ろした。
「ふぁたっ! い、痛いの……、コラキィ……」
頭部に衝撃を受けたペリは、その後、頭を擦りながら、コラキ同様にげんなりした表情のイグルに襟首を掴まれ、引き摺られながら再び自宅へと戻って行った――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、時刻は午後一時――。
『ペリ、ペリィ? 聞こえるですか?』
場所は『ファルマ・コピオス』、『仮想現実技術研究所』前の市民公園。
ペリは、あの後、いつもの服装へと強制的に着替えさせられ、その上で、コラキのスキルによる見た目の偽装を施して貰い、『研究所』入口が良く見えるベンチで、キャスケット帽を深めに被り、アイスキャンディを頬張っている。
「ふぇい、聞こえるの~。イグル、今どこなの?」
『ウチは、事務所で頑張ってるです、『鷹の目』の精度は、コラキとペリの頑張り次第です、マルタイ見失っちゃ駄目ですよ?』
「ふぅ……、分かってるの。ペリの追跡技術……、とくとお見せするのっ!」
――ペリのスキル『鷹の目』は、単体で使用した場合は俯瞰視点で、数キロ先の景色が見えると言うモノだが、ここに寺場洞子博士製の、スキルと同名である特殊機器『鷹の目』が加わる事で、その効果を少し強化する事が出来る。
強化されたスキルは、特定の条件を満たした『中継点』となる人物を介す事で、その『中継点』周辺の人や動物、カメラ等の視覚、聴覚、嗅覚などの感覚器官で得た情報を取得し、半透明のスクリーンに映し出し、場合によっては、強制的にそれらの感覚器官を借りる事も出来る様になる。
『――二人供、そろそろ時間だぞ……、じゃれ合いもその辺に……っと、来たぞっ』
じゃれる妹達にコラキの檄が飛ぶ。
すると、その声を合図にする様に、一人の青年が『研究所』入口から出て来た。
「ほぉ、ほぉほぉ、見えたの……」
『こっちでも確認、どうだ、イグル?』
『――はい、間違いないです。一人目、『利光原 宏介』です。『ジョブ』は非戦闘職の、『探究者』、『冒険者』登録は無しです』
イグルからの報告に、ペリと、コラキの視線はスーツ姿の男性――『利光原』に注がれる。
そして、三人による尾行が開始された――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――午後三時。
「アレは何してるの?」
ペリが三本目のアイスキャンディを舐め回しながら、空を見上げ、呟く。
すると、ペリが『鷹の目』の通信機代わりに使っているキャスケット帽から、コラキの声が響く――。
『ん? ありゃあ……、コレはいきなり怪しいな……』
ペリとコラキ達の前では、調査対象である『利光原』に、白いヒラヒラのワンピースドレスを着た女性が、「待ったぁ?」と、腕を絡ませている。
「ねぇ、コラキ?」
ペリは「早く教えて」とコラキを急かし、回答を待つ間、空を再度見上げ、近くの電信柱の上で羽を休める一匹の烏を見つめる。
『――おぉっ、悪い悪い……、えっとな? アレは……多分、キャバクラとかの同伴って奴だと思う……』
若干の気まずさを隠し切れず、コラキはしどろもどろになりながらも、ジト目を向けて来るペリに、予測ではあるが回答する。
『――っ! あ、アレが噂の同伴です? ふぉぉぉぉ……、お、大人だぁ……』
「ほぉ……、アレが……、成程なの……」
『おいっ! ボケっとすんなよ? マルタイ、動くぞっ』
鼻息を荒くして興奮する妹達に、呆れた様子の声を出しながら、コラキが大声を上げる。
「ふゃっ! ご、ごめんなのっ!」
『ふぉっ! ご、ゴメンです……』
コラキの大声で我に返ったペリは、寄り添う男女が遠ざかっていく姿を確認し、アワアワしながら、尾行を再開する。
そして、イグルもまた、事務所内でアワアワと狼狽え、オレンジジュースの入ったカップや、鉛筆立て等を倒しているのだが、幸いにして、その音まではペリとコラキに聞こえていなかったらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――午後六時。
「お腹ぁ……、コラキ、イグル、私、お腹が寂しくて鳴いてるの……」
『フォグフォグ……、予想外です……。同伴とは、一緒にお店に入るだけじゃなかったです』
キャスケット帽から響いて来る、イグルの咀嚼音に反応し、ペリのお腹が「クゥゥゥゥ」と、小さな音を立てる。
すると、ペリの背後にバサバサと、何かが羽ばたく様な音が聞こえ――。
「――取り敢えず、お前……、飯食って来い、流石に中の様子は……その……、な? 俺が行くから……さ?」
いつの間にか、ペリの隣にコラキが立っており、目を潤ませるペリに向かって、そう告げた。
「ほ? 良いの?」
ペリは、神を見たかの様な表情を浮かべると、コラキのスラックスの裾をギュッと握り締め、何度も繰り返し、「良いの?」と尋ねた。
そんなペリを優しく見つめると、コラキはグッと親指を立て――。
「――あぁ、任せろっ! こんな時は遠慮なくこの兄を頼れよっ!」
そう答えた。
そして、ペリは「ちょっぱやで、行ってくるの!」と、怒涛の勢いで飲食店を求めて旅立っていく。
「じゃ、そんな訳で、俺はちょっと、偽装して中に潜り込んで来るッ!」
『あ、大丈夫です。中に繋がるですよ?』
ペリが走り去った後、コラキが顔を緩ませてそう告げると、イグルは、何の感情も込めない声で、冷酷にそう告げる。
こうして、コラキの純粋な好奇心は、末妹の冷静な判断によって打ち砕かれた――。
『――あ、ウチ、今晩のデザート、お高めの、バニラビーンズが入ったプリンが良いです。それがあったら、ウチ、この事は、お向かいさんとかには黙っていられそうです』
「――はい……」
止めを喰らい、イグルに屈したコラキは、その後、中々帰って来ないペリに関して、「白っぽいのは皆、食い意地が張るのかなぁ」と、妹の将来と、家計の将来を案じながら夜空を見上げていた。
――やがて、ペリが戻り、『利光原』が店を出て帰宅するまでを見届け、その日の調査は終了した……。
※2014/10/11 一番目の『鷹の目』のルビがずれているのを修正。
ご指摘、ありがとうございます。




