第一話:スパイをスパイして!(1)
続きです、よろしくお願いいたします。
十年近く前に開発され、今となっては寂れかけた『ジョブ』『スキル』持ち、もしくは、その親族達で固められた通称――『幻想商店街』。
その商店街の一画に建つ、古ぼけた三階建てのベージュ色のビル、その二階テナントに事務所を構える探偵事務所――『天鳥探偵事務所』。
――今、その探偵事務所では、従業員達による会議――と言う名目で、とある戦場が展開されていた……。
「うぅ……、古文って……何なの?」
事務所のほぼ中央、えんじ色のソファ二つに挟まれたガラステーブルに、大量のノートやテキストを広げた、白髪ふわふわショートボブのたれ目巨乳少女――天鳥家長女ペリが、机に突っ伏して、顔を横にグリグリと動かしながら、唸っている。
「――哲学っぽいですけど、古文は古文です……、大人しくやるです……」
一方、ペリの反対側ソファに座っている、茶髪ポニーテールの三白眼スレンダー少女――天鳥家次女イグルは、姉とは対照的に、黙々と鉛筆を動かし続けている。
「何でなのぅ……? まだ夏休みは、一杯あるの……」
「しゃあねぇだろ……、最後の一週間は、美空さんからの依頼で埋まっちまうんだし……、内容によっては、課題やる時間なんか無いかも知れねぇんだから、今のうちに片付けるぞっ!」
顔中に黒い文字を転写させたペリが嘆いていると、黒髪で右前髪だけが目にかかっているツリ目の褐色肌少年――天鳥家長男にして、『天鳥探偵事務所』所長でもある、コラキがペリの顔をウェットティッシュで拭いながら、「頑張れ」と励ましている。
「コラキはズルいの……、何で終わってるの……?」
「――そうですっ、ズルいですっ」
「お前ら……、散っ々、やろうぜっつったのに……」
「「あたっ!」」
ブーブーと文句を垂れる妹達の頭を軽く小突くと、コラキはテレビの電源を入れ、一人ゆっくりと、所長用のオフィスデスクに座り、ノートパソコンを開く――。
『――本日、異世界に存在する国家乃一つ『海上国家オーシ』のパルカ殿下と、デルフィニ殿下の来日が、正式に決定した事を――』
耳に流れて来るニュースを聞きながら、コラキはノートパソコンのメーラーソフトを起ち上げ、依頼メールが来ているかどうかを確認していく。
『――お二人は、双子であり――』
「――あ、ひっこのとこから振込……、うぉっ!」
「んー、どしたの?」
メールを読み進めていたコラキは、振込を通知するメールに書かれている数字に驚き、椅子から転げ落ちそうになる。
すると、その様子に気付いたペリが、これ幸いと鉛筆を放り出し、ノートパソコンを覗き込む――。
「――ふぁっ? だ、大奮発なの……」
「あぁ……、ひっこ……っつうか、大樹さんに確認しなきゃな……」
振り込まれていた金額は『三百万』、最低難易度『迷宮』での護衛依頼にしては、桁が一つ二つ違うと思われる金額である。
『――で、アイドルとし――』
「あ、イグル、テレビの電源落としてくれ」
「はいはーい……です」
そして、コラキは電話を掛け始めた――。
「――どうせ、目と鼻の先なんだから、直接行けば良いと思うです……」
イグルは、「電話代が……」と、頬を膨らませてコラキが電話する様子を、ぼんやりと眺めている。
すると、そんなイグルに向けて、ペリが「ちっちっち」と口ずさみながら、人差し指と中指を立てドヤ顔を浮かべ――。
「んっふっふ……、イグルはまだまだお子様なの……、アレは、電話越しの会話を楽しむ、『リアビースト』達の高等テクニックなのっ」
「ふぉぉぉぉっ? そ、そうなんです? ぐ、具体的には? どんな事話すですっ?」
「ふぇ? え、えっと………………。――はっ! そうなの、きっと、高度なちゅ、ちゅーを――ブシュッ!」
「はっ! こ、コラキ、これは――だひゅっ!」
顔を真っ赤に染め上げ、興奮状態になった妹達の頭に向けて、無言のコラキが凍り付く様な笑顔のまま、錫杖を振り落とす。
「――ったく……、大樹さんとしか話せてねぇっつうのっ! 勝手にやんや言うのは良いけど、せめて本人が居ないとこで……な?」
笑顔のままそう告げるコラキに対して、ペリとイグルは、涙目で何度もコクコクと頷き、そのままコラキの迫力に圧され、課題に取り組み始める――。
コラキは、そんな妹達を見て、小さくため息を吐くと、先程の続き――メールチェックを再開する。
そして、一時間程が経過し――。
「ぅぅう…………やっ! 終わったですっ! これで、ウチは自由ですっ!」
「ん、お疲れさん」
大きく全身を伸ばし、解放感を味わっているイグルに、コラキは拍手を送り、「ほれ」と、買って来たばかりのアイスを投げ渡す。
すると、ペリが絶望したような表情を浮かべる。
「――ちゃんと、お前の分もあるから……、とっとと終わらせて、銭湯でも行こうぜ?」
「ふぅぅぅぅ……、あいすぅ……」
アイスに釣られ、漸くヤル気を見せ始めたペリに呆れつつ、コラキは自分のアイスを深めの皿に移し、そこにコーヒーをドバドバとかけていく――。
「――外道です……、幾ら『おやっさん』の教えでも……、ウチは、それだけは認められないです……」
「そうか? 俺は好きだけどなぁ……」
そんな二人を恨めし気に見つめる視線の主は、ギリギリと歯ぎしりしながら、恐るべき速度で課題の山を片付けていく。
コラキとペリは、上手くいったと思いつつも、そのペリの鬼気迫る様子に、冷や汗を流し、震えていた。
そして――。
「お、終わったの……」
「そうか……、良かった……、頑張ったな? ――本当に良かった……」
「――生きた心地がしなかったです……」
顔中真っ黒に染め上げたペリが、全ての課題を片付けたのは、豹変してから凡そ一時間経ってからだった。
「ってか……、マジでゼロからやり遂げたのか……」
「そんな事は、どうでも良いのっ! コラキ、出すモノ出すのっ!」
「――グェ……、分かった……、分かったから離せっ!」
締め上げられたコラキは、目を血走らせたペリを「どうどうっ!」と、宥め、冷凍庫に仕舞っていたアイスを差し出す。
そして、ペリは餓鬼の如くアイスに喰らい付き、ぺろりと平らげた事で、漸く平常心を取り戻した――。
「はぁ……、食い気優先のお前が心配だよ……」
「まあ、ペリはこれで良いと思うです」
「ん?」
キョトンとするペリを、コラキとイグルが微笑ましげに眺めていると、ノートパソコンからメールの着信を告げる音が鳴り響く。
「お、やっとか……」
「誰です?」
いそいそとメールを読み始めるコラキに、イグルが問い掛ける。
すると、コラキは、ノートパソコンをクルリと回し、ペリとイグルにも見える様にする。
「いや、美空さんからの依頼……、詳細を聞いて無かったから、メールで問い合わせてたんだよ。――その返信が……ほらっ」
「んー? あ、ホントなの、美空さんからなの」
「どれどれ……?」
美空からのメールには、依頼内容を伝えていなかった事の謝罪から始まり、依頼内容の連絡について書かれていた。
その内容とは――。
今年度、美空が専務として所属する企業――『ファルマ・コピオス』の『仮想現実技術研究所』と言う部署に数名の新人が配属されたらしい。
配属された新人は三名、どの人物も非常に優秀で研究所の所長も大満足だったらしい……のだが……。
新人配属から三か月程経った辺りで、研究内容が外部に漏れている可能性があると報告が来たらしい。
研究所内での挙動を見る限り、不審な行動をしているのが、その新人三名との事。
「つまり、その新人さん達を調べるって事です?」
「まぁ、そう言う事だな」
「? 会社内で締め上げちゃ、駄目なの?」
「――お前……、サラッと恐ろしい……。駄目に決まってんだろ? 犯人が分かって無いんだから……」
ため息を吐くコラキは、ペリの目を見ながらメールの続きを読み上げる。
そこには――。
まず、新人三名は、どの人物も政府や、社内のお偉いさんの推薦入社である為、その方々の面子を傷付けない様にしたい事。
その為、社内の人間がこれ以上を調べる事は、後々しこりが残る為、実行し辛いと言う事。
また、企業秘密等もあるので、通常の調査会社ではなく、色々と融通が効き、信頼性が高い、美空子飼いのコラキ達に依頼する事になったと書かれていた――。
「ほぉ……、取り敢えず、締め――調べれば良いの?」
「――ああ……、その新人達が情報を漏らしていないか、それ以外にも厄介な人間との付き合いが無いか調べろってさ……」
「んっ! 分かったです!」
「それで、調査開始はいつからなの?」
ペリの質問に、コラキはメールとカレンダーとを、何度か見比べた後――。
「――予定通り、夏休み最後の一週間……、つまり一週間後、来週の月曜からだな」
――そう言って、カレンダーに大きな赤丸を付けた。
――――『スパイをスパイして!』Start――――




