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黒き女侍と白き男嫁の契約結婚 ~ 相思すれ違い浪漫譚 ~  作者: 初美陽一


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7/10

その七 道場見学! ~ 格好つけたい男女(おとめ)心 ~

 宿場町の大通りを歩いたのは、実のところ遠回り。それも〝お披露目〟の一環だったのかもしれないが、本当の目的地は剣術道場だった。

 つまりらんが継いだという道場だが、看板に堂々と彫られている名前を、ゆきは少しばかり戸惑いつつ呟く。


「……ら、〝乱心流らんしんりゅう〟……ですかぁ……」


「ああ、ご乱心よ。ククッ、悪童と恐れられるオレらしい流派だろう? 糞親父の代は〝孝心こうしん流道場〟なんて巫山戯ふざけた名前だったからな。看板、斬り刻んで燃やして灰にしてやったよ。ははは」


「そ、そこまで。ランさまも過激な時は、とことん過激ですねえ……」


「だって糞親父の言う〝孝心〟の意味、〝子が親のために死ぬのは当然、むしろ御家のために喜んで身命を投げ打て〟って意味だぞ。手前テメェはのうのうとふんぞり返ってさ。やってられっか、だよ」


 乱はそう言うが、この時世の思想は儒教を基とする〝朱子学しゅしがく〟が一般的で、正誤の是非はともかくとして当然の風潮でもあった。その当然に逆らえる、乱の考え方が先進的すぎるのかもしれない。


 とはいえ隠されるように育った雪も常識には疎いほうで、過激さには震えるものの、乱の言い分に同調するものもあった。雪の父親も横柄かつ小狡くがめつい性格で、〝孝〟の気持ちは抱きにくい。唯一の味方だった母親にならともかく、だ。


 さて、門前で話し込んでいても仕方がない、と乱は雪を伴い、草履を脱いで道場へ上がる。

 すると、道場主である乱に気付き、稽古中の門弟が高らかに挨拶した。


『あっ! 若先生、おはようございます!』

「おう、やってるな。まあ気にせず続けてくれ」


『おお! 殿ォ! ご機嫌麗しゅうござるか!』

「殿はやめろ。ただの道場主だろが、先生とか師範とか悪童様にしとけ」


『おかしらァァァ! 今日もお元気ですかお頭ァァァ!』

「山賊か何かの呼び方じゃねーか。普通に呼べ普通に」


 さすが道場の活気というべきか、誰もが活力に満ち溢れている。何だか微妙におかしい気がしないでもないが。

 雰囲気に圧倒されている雪が、乱の背後に隠れるようにして付いていくと、その姿を見止みとめた門弟の一人が、歩み寄ってきて尋ねる。


「……あ、あの、そちらの、う……美しい女子おなごが、例の……若先生の嫁御よめごでしょうか? な、なんともお可愛らしい方ですな……!」

「――――」


 稽古場の中央を無遠慮に進んでいた乱の足が、ぴたり、止まる。話題の種となった雪が戸惑っていると、ゆらり、乱は無造作に振り返り――こう答えた。



「まあ――そうだが?」

 後に門弟曰く〝その面持ちには渾身の得意どやが滲み申してござそうろう〟。



 さて、そんな道場主の上機嫌と、天女の如く舞い降りた道場には珍しい美女に、門弟たちは俄かに色めき立つ。


『お……おおお! 若先生が、本当に……ついに嫁を取られるか!』

『なんとめでたい! お祝い申し上げる、お祝い申し上げる!』

『何と、小童しょうどうの頃より気苦労の多かった若君が、ついに……!』


「フン、騒ぐほどのことでもない。オレの苦労など、別に大したことでもなかったわ。ちのめしてやったしな。つまらん話は、よせ」


〝つまらん〟という言葉に偽りはないようで、乱は口々にはやす門弟たちにはそっぽを向いている……が、近くの門弟は雪を見ながら感嘆した。


「いやしかし、何ともお美しい嫁御で……真白の髪と肌が色めいて、目が覚めるほど幻想的な御仁ですな」


「であろ? で……あろ? まあユキの可憐さ美しさは天下一品だからな! はっはっは!」


『! おお、おゆき殿と申されるか、名は体を表すようじゃ!』

『むさ苦しい道場が華やぎ申す!』

『この汗臭い道場に、一輪の雪花せっかですな!』

『いやあ本当に愛らしい……稽古に擦り切れた心が、癒されるようじゃ……』


「えっ、えっ!? いえあの、それは言い過ぎと申しますか、そのっ」


「こらこら、ユキは大人しい性質たちなのだ。むさいおまえらが詰めかけると、怖がってしまうだろうが。まあ愛らしいのは確かだがな、わはは」


「ら、ランさままで!? もうっ、困りますってばあっ!?」


 雪は圧倒されるばかりだが、乱は軽やかに笑うだけだ。門弟たちも道場主の上機嫌が雪に起因すると察し、本心であることも加えて、褒めそやす口が止まらない。


 ……ただ、そこで不用意な発言をする者もいた。


「いやあ~まっこと可憐でごわすなぁ。おいどん、思わず猛り立つモノを抑えられんでごわす。こんな愛らしい女子おなごがおると、ついつい足を滑らせて抱き着いてしまいかねんでごわすぞ~! がっはっは――」


「――おし、そこのど阿呆あほう。稽古をつけてやるから構えろ。特別に蟇肌ひきはだでなく木剣で相手してやろう。ありがたく思え」

※蟇肌=皮を巻いた柔らかな竹刀。袋竹刀とも。


「な、なにゆえ!?」


 なにゆえも()()()()()も。

 だが、突如として始まろうとする稽古に、下がらされた雪は心配する。何せ相手の男は、乱を見下ろすほどの巨漢だったのだから。


 そんな雪の心配をよそに、泰然と構える乱と、巨体を縮こまらせるほど腰が引けている相手。見学する門弟たちは、むしろ巨漢に憐みの眼差しを向けていた。


「ら、ランさま……うう、あんな大きな人を相手に、大丈夫でしょうか……」


『ははは、若先生に、心配などいり申さぬ(何と可憐な……)』

『そう不安そうな目をしては、若先生も集中できませんぞ(愛らしすぎる……)』

『尻を揉みとうござる(はっはっは、おゆきどのは心配症にござるな~)』


「最後のは聞かなかったことにしますけれど……でも、眼帯を付けたままですし、片目が塞がっていては……あっ、始まってしまいますっ。ランさま……ッ!」


「う、う……ウワアアアアア!!」


 雄叫びを上げつつ木剣を振り上げる大男に、雪は思わず口元を両手で覆う。あわや脳天に一撃、と思われた。


 けれど決着は、刹那だった。涼やかな左目を向かい来る剣から逸らさず、すっ、とたいを傾けて最小限の動作で躱す。

 次の瞬間には、乱の手中にあった木剣が、目にも止まらぬ速度で奔っていた。どのような軌道を描いたのか、雪には見えていない。ただ後に残った結果は、ひっくり返って天地が逆さまになった、大男の姿だけである。


 乱は、及びもつかぬほど精密な剣筋で、両足を払ったのだ。本人にとってこの決着は当然として、少しばかり気になったらしいことを問いかける。


「……ところで手前てめぇ、素行の悪いならず者の兄弟とかいないか?」


「! な、なぜおいどんに、弟がいると……こ、これが若先生の眼力……ガクッ」


「そんな特殊能力は無い。はあ、世に阿呆の種は尽きまじ、か。まだまだ見回りが足りんかな」


『若先生、御見事にござる!』『流石さすがの一閃!』『感極まり申した!』


「やめい、くだらん世辞を上乗せするのは。手加減しすぎて凝っている肩が、なおさら重く感じるわ」


 やれやれ、とため息を吐く乱だが――出会った月夜以来、その剣技を改めて陽の当たる場所で見た雪は、爛と目を輝かせる。


 それは、悪童として殊更に粗暴を振る舞う言動とは、対照的な剣。道場の体躯に優れる男たちの力任せの剣とは、明らかに異種の太刀筋。

 流麗の剣術に――いっそ美しさすら覚え、雪は感激していた。


「す、すごいっ……ランさま、すごいっ、格好いいですっ――!」

「――――」

「あっ。せ、せつったら、はしゃいでしまって……申し訳ないです……」


 先ほど門弟たちの称賛に塩の如き反応を見せていた乱だ、不快に思うかもしれない。

 そんなことを考えて恐縮する雪に――乱は、顔を向けて言った。


「まあ、このくらい……オレには、容易たやすすぎるが? ユキの目には、そんなに見栄えよく映るか?」

「えっ。……! は、はいっ、もちろんです! 今まで見たことがないくらい、誰よりも格好よくて……美しかったですっ!」


「はっはっは……いやいや、こんな程度では消化不良。何せ手を抜きに抜いて抜きまくっていたからな。まあ出して……十分の一ほどだが? ユキが望むなら、もっと見せても構わんが?」

「えっ、よろしいのですか!? わあっ……はいっ、是非とも、ランさまっ♪」


「はっはっは、そうかそうか……ははは、はーっはっはっは!」


 後に門弟曰く。

〝一たび抜き放たれし刀の如くに得意どやは止まることを知らず、連続する剣閃の如し得意どやは新たなる奥義の誕生を予感させるとか別にそうでもないとか、まあとにかくそんな感じとご理解いたしそうらへ〟


 と、そんな光景だったという。


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