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黒き女侍と白き男嫁の契約結婚 ~ 相思すれ違い浪漫譚 ~  作者: 初美陽一


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その二 悪童・乱の秘密

「さて、今晩から此処ここを自由に使ってくれていいからな、ユキ」

「……!! わ、わああっ……」


 ゆきが通されたのは、らんの持つ本家からは離れに建てられたという住居。一瞬、長く隔離されていたあばら家を思い出した雪だったが――その想像は、良い意味で裏切られる。


 そこは物置やぼろ小屋の風体は一切窺えない、立派な瓦屋根までついた邸宅だった。しかも二階建てで、まるで新築の装いですらあり、日当たりも風通しも良さそうな立地である。


 今は夜だが、月光の下にあってさえ、雪の目には煌めいて見えた。陽が出ている時間帯なら、桃源郷のように神々しいのではないだろうか。


 屋内に足を踏み入れれば、中央には四角形の囲炉裏と、その横に灰を蓄える壺が置かれている。居間からも見える吹き抜けの台所も設備は充分で、ただ眺めるだけでも落ち着ける造形だ。


 聞けば、何と御湯殿おゆどの(※風呂のような設備)まで家の中にあるのだという。これなどは高名な武家の屋敷にくらいしかないもので、今の時世においては珍しすぎるほどだ。


 床から屋根まで、何もかもがあばら家とは異なる家に、雪が赤みがかった瞳を爛と輝かせていると――横にいた乱が、何やら手のひらで顔を覆った。


「……はぁ~~~っ……」


(! ら、ランさまがため息を……呆れておられる? し、しまった、気を抜いてなどいられません。あまりにも突然な〝契約結婚〟とはいえ、機嫌を損ねれば放り出されてしまうかも。そもそも、せつは……)


 自身の性別に大きな秘密を抱える雪は、ぶるり、背筋を冷やしながら、居住まいを正して乱に告げた。


「――ららランしゃま、コンナ、ゴコーイ、アリガトございマシュ」


「落ち着けユキ。舌が巻いて目が泳ぎまくっているぞ。ここにはオレとおまえしかいないし、別にそんな畏まらなくて良いから、普通にしてくれ」


「ごごごめんなしゃい! こほんっ……ら、ランさま、このような過分な御配慮、痛み入ります。何とお礼を申し上げれば良いか……」


「普通にしろ、と言っているのに、まったく……まあ礼はいい、先にも言った通り、これは〝契約結婚〟だ。お互い様というやつだからな」


 雪の礼儀作法は母から教わったもので、落ち着いていれば堂に入ったものである。一方、乱はむしろ面倒くさそうに頭を掻いていた。


「ここは己が個人的に建てさせた、いわば秘密の別荘だ。本当に信用の置ける者以外は、決して近寄らせん。だからまあ、最初に言った通り自由に使ってくれていいし、安心して過ごすがいい」


「そ、それは……本当に、ありがたいです。何だか急に、こんなにも環境が変わって……心臓が止まっちゃいそうで――」


「ただし――他者が近づかんということは、ここで何が起ころうと外部には知られにくい、ということだ。己に都合の悪い真似をすれば、どうなるか分からんぞ……努々(ゆめゆめ)忘れんことだな、クックック……」


「ひっ!? は、はいっ……胆に銘じますっ」


 再び緩みかけた気を、雪が強制的に引き締めさせられる。

 悪童と評判の乱は、にやりと不穏な笑みを浮かべたまま、背を向けて二階へ上がっていった。


「この別荘には当然、己の部屋もある。仮初の夫婦とはいえ、己の部屋には絶対に入るな。入らば即座の手打ちも有り得ると心得よ、いいな?」


「はっ……は、はいぃっ……絶対、ぜ~ったい、無断で入りません!」


し。では、着替えてくる。己の傾奇かぶきぶりに魅了されたとしても、絶対に覗くでないぞ。絶対だぞ、絶対だからな」


「は、はい、もちろんっ、もちろんです~!?」


「分かればいい。では、また後でな――」


 言い終え、乱が今度こそ二階の自室へ向かった。

 ――直後、どっ、と疲れた雪は、その場にへたり込む。


「……は、はぁぁぁ~~~……き、緊張しました。うう、〝契約結婚〟だなんて、とんでもないことに……これから拙は、どうなってしまうのでしょう……」


 問題は山積みな気もするが、雪にとっての絶対条件は、とある()()を隠し通すことにあるだろう。


 ◆     ◆     ◆


 雪に宛がった別荘の、二階にある自室に入った乱は、その直後――


「……はぁ~~~っ……」


 先ほどしたのと同様、顔を覆って大きなため息を吐く。急に道端で嫁など拾ったようなもので、〝契約結婚〟に何やら後悔がある……という訳ではない。


「……可憐すぎるっ……何者だ一体、天界から降りてきた天女か……!? クソッ、胸の高鳴りが抑えられん、どうにかなってしまいそうだ……可愛すぎるだろ少しは加減しろ莫迦バカかっ!」


 昂りのまま鍛えた拳で床を〝どん〟と殴ると、階下から『ひゃああっ!?』という雪の悲鳴が聞こえてきた。反省、悪童、反省。


「くっ、あまりの愛らしさと……〝心臓が止まっちゃいそう〟なんて儚げなことを言われたせいで、心配になってなんか()()()()になってしまった。ユキに訝しく思われていないだろうか。いや……それよりも」


 反省すべき点は他にもある、と乱は改めて状況を整理する。


「はあ、あまりにも可愛すぎて放っておけず、思わず連れ帰ってしまった……いや、あのまま裏道なんぞに放置できるはずもないし、都合のいい嫁が必要というのも事実……とはいえ、さすがに拙速せっそくが過ぎたか。オレには……決して誰にも知られてはならぬ、()()があるというのに」


 はあ、と再度のため息と共に、乱は黒を基調とした派手な衣装の帯をほどく。厚手の着物は見た目以上に堅苦しく、脱いだ時の解放感も()()()()だ。


 乱雑、かつ適当に結んだ黒髪の紐をほどくと――粗野な結び方にもかかわらず、さら、と長い黒髪が清涼な河川のように流れる。

 あえて目立たせるようにと顔塗りした濃く派手な化粧を、水を湛えた桶で強めに洗い流すと、奥底に深い気品をそなえた美麗な面貌が露になった。


 解き明かせば、腰まで届く長髪と、厳粛ながら美しい相貌の持ち主。

 そして、押さえつけていた()()()を外すや、表れるのは――男性の硬い胸板()()()()、柔らかな胸元。


 着衣をはだけ、はあ、と更にため息を上塗りして、乱は独り言を吐いた。



オレは……本当はおなごだというのに、まったく……魔が差したもんだ」



 決して誰にも知られてはならぬ秘密を、他者からは秘したこの別荘で、呟くのだった。


「その三」(3話目)は短めの話です。この後すぐ、本日「20時40分頃」に投稿予定です。

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