その十五 治癒の白光、贄ならぬ嫁御
今しがた尋常ならざる猛威を示した〝悪童〟――誰もが恐れ畏まり、親しい町人といえど遠巻きに見守るしかない。
そんな無双の達人の身を案じて、ただ一人、抱きしめる白き人がいた。
「……ユキ? ど、どうしたんだ、急に。はは、怖かったのか? 阿呆な連中は蹴散らした、もう何も怖く――」
「きゅ、急にごめんなさい、でもっ……ランさまが、あまりにも痛そうで……拙は、心配で……」
「! ……己のことを、心配して? …………」
血縁でもなかった例の三兄弟に浚われかけて、乱暴者どもに取り囲まれて――にもかかわらず、他者を慮ることができる優しさを持っている。
日を遮る傘すら放り出して抱き着いてくる雪が、乱の目には、光り輝いて見えた――
「……ん? あれ? 己の目の錯覚か!? ユキ、おまえ……体が、光っていないか!?」
最初、乱は右眼を酷使した影響で、錯視でも引き起こしているのではないか、と思っていた。だが、違う。雪の体は陽に当たって、微かな白光を放っている。
それこそ天界を彷彿させる光景の中、雪は微かに頬を赤らめつつ、おずおずと口を開いた。
「これは、その……拙の、特異体質といいますか……日光を強く浴びると、このように、ええと、光っちゃうのです。屋内であったり、傘を差していたりすれば、大したことないのですが……病のようで、お恥ずかしく……」
「や、病? こんな美し……けほんっ! いや、そんなこと、恥じるものではない。確かに不思議だが、生まれつきなのだろう?」
「は、はい。そして、これは拙にも良く分からないのですが……ランさま、お体の具合は、如何ですか? お目目、痛んでいたようですが……」
問われて、乱は気付いた。焼かれるようだった右眼の痛みが、不思議なほどに治まっている。まるで清らかな新雪を当てられ、右眼を冷やされたかのように、今は痛みどころか心地よさすら感じていた。
全くどうしたことか、と乱が戸惑っていると、雪が答えを口にする。
「拙の、この奇妙な光は……人を癒すような、そんな力があるのだと、母に教えられました。このことは他言せぬようにと、きつく言い含められてもいましたが……もし悪人に知られれば、利用されてしまうかもしれないから、と」
「なっ……そんな秘密を、こんな往来で……ユキ、何ということを!」
「それでも! 母の言いつけを破ってでも、拙は……ランさまに、痛い思いをしてほしくなくて……その、こんな奇妙な現象、気持ち悪いかもしれませんが……それでも」
「ば、ばか。気持ち悪くなんて……っ。……ユキ……」
後先も考えぬほど、咄嗟に、乱を気遣ってくれる。
そんな雪に優しく抱かれて、〝悪童〟と呼ばれた乱は、その異名とは裏腹に――まるで母に抱かれる幼子のような、安らいだ表情を浮かべていた。
……とはいえ、乱の並外れた眼力は、こそこそと逃げようとする者を見過ごさない。
「……ひっ、ヒエエッ……あの〝悪童〟も、雪も、とんだ化け物じゃねぇか……や、やっぱり妖怪だ、疫病神夫婦だ……さっさと逃げ――」
「――オォイ、そこの馬鹿三兄弟。こんな騒ぎ起こしといて、手前らだけ何の落とし前もつけず逃げようなんざ、道理に合わねぇよな?」
「「「……ヒイイッ!?」」」
声をかけられて尻餅をつく三兄弟に、雪に預けていた眼帯を付け直した乱が、左眼で斬りつけるように睨む。
「もはや言うまでもないが、手前ら馬鹿一家とユキは、何の関わりもねぇ。赤の他人だ。ユキが受けてきた仕打ちを想えば、八つ裂きにしても飽き足らんが、あの優しいユキにそんな無惨を見せるのは心苦しい」
「ヒッ、ヒッ……ヒンッ……ヒィンッ!?」
「ユキは、もう二度と、手前らのような糞どもの贄にはならん――たとえ何が立ち塞がろうと、この己が守り通すからな。二度と妙な気を起こすな。次は容赦なく四肢を叩き斬り、最後に首を撥ね飛ばしてくれる」
「は、はは、ハイィィィ! そ、それはもう、誓いまっ……」
「まあそれ以前に。……手前らが支払わねばならん落とし前は、これからだろうよ。自業自得だが」
「へっ? ……あっ」
意味が分からぬとばかりに素っ頓狂な顔をしていた長男坊だが、ようやく自分が取り囲まれているのに気づいたのか、見る見るうちに顔が青ざめる。
囲んでいるのは、先ほど乱に蹴散らされた、ならず者どもだ。金で雇ったらしい用心棒が、けれど依頼主の当てが外れたと知り、どのような行動に出るか。
「ようよう坊ちゃん共、アンタら、あの白いお嬢さんが借金を返す当て、とかほざいてたが……そりゃどういうこったい?」
「おれらも偉そうに言える身分じゃねぇが、人さらいや身売りの片棒を担がされようとはな。いくら落ちぶれ者っても、そこまで堕ちちゃいねぇよ」
「ちょいと向こうで、お話でもしようや……人目につかねぇとこで、ナ?」
乱によって武器を失ったならず者たちだが、拳の骨を鳴らして威圧する様子に、三兄弟は慌てて弁解を始めた。
「……い、いや、これは、その……わ、わかった! 次男と三男を預ける、その間に今回の仕事の代金を集めてくるから、一回おれを解放して……」
「ざけんな逃げる気だろ屑兄貴! こ、この長男を差し出すから、どうにでもしてやってくだせぇお侍さん方! そうすりゃ自動的におれが長子、むかつくこいつも片付いて一石二鳥! これが次男の要領の良さじゃァい!」
「すんませんお侍さん方、上の二人はどうにでもしていいんで、おれだけ助けてくれません? 全部こいつらの企みなんす、おれな~んも知らないんで、どうか一つ」
(わあ……なんだか、なんだかもう……)
(醜い……)
雪が何とも言えない表情で、乱が素直な心境で、責任を押し付け合う様子を眺める。
と、ならず者の中でも頭領らしき浪人者が、乱と雪に向けて遠間から平伏した。
「……此度の一件、誠に申し訳ござらなんだ。今さらに過ぎるが、〝悪童〟様の剣に、心奥の悪根を断ち切られた心地にござる。償いにもならぬが、これからは郎党共々、心を入れ替えると誓い申す。あの三兄弟の処分は、お任せあれ。然らば、もはや二度とお目にかかることもあるまいが、これにて御免」
「応、精々励め。別に期待しちゃいないがな」
ぱっぱ、と払うように乱が手を振ると、にっ、と笑みだけ残して頭領は背を向ける。
しわしわの表情で『もう終わりじゃあ……』と憔悴する三兄弟を引きずって、ならず者の郎党は去っていった。
大立ち回りを経て事態が収束すると、不意に雪が呻き声を漏らす。
「……う、っ。あ、熱つっ……」
「ん? ……! ユキ、どうした、肌が少し、火傷したように……」
「あう。す、すみません、ええと、陽に弱いのも本当でして……軟弱で、これもお恥ずかしいのですが」
「ばか、もうっ……ばかっ。体質だろう、そんな風に気にするな! ほら、傘に入れ……差していてやるから」
「あ、あわわ、そんな……ら、ランさま、少し、恥ずかしいのですが」
「いや。……このまま、ゆこう」
「! ……はいっ」
一つの傘に、黒と白、二つが入る。
その背を見送るのは、宿場の町人たち。
『ああ、もう行っちまうよ、悪童様におゆきちゃん』
『あんな大立ち回りのあとだってのに……何とも穏やかで、自然体なこと』
『いやあ……あの御二人は、ああいうもんさ。本当に、ねえ……』
相合傘を天蓋に、神魔すら立ち入れぬ結界の如き、二人だけの空間。
互いしか目に入らぬように、見つめ合い、微笑み合う両者。
『何て、お美しい夫婦だろうねえ』
思わず嘆息が溢れるほどの、神聖さすら垣間見える光景。
寄りそうに連れ歩く――黒き侍と、白き嫁御の、夫婦道中――




