その十三 雪の出生の秘密と、乱の逆鱗
『おゆきちゃんが男だなんて、どんだけ目が曇ってても言えやしないよ! それでも商家の出かい、情けないねえ!』
『ロクでもねぇ馬鹿野郎共だって聞いちゃいたが、いよいよ筋金入りだな!』
『とんでもない大嘘つきだぜ、まったくよ! しょっちゅうここで覗き見てるおれが言うんだ、間違いねぇ……おゆきちゃんの可愛さは正真正銘、間違いなく女のそれだ! 閻魔大王にこの魂を賭けてもイイぜ!』
「いえあの」
何やら周囲から援護が入り、勝手にえらいものまで賭けられて、当事者である雪は何か言いたそうに手を伸ばす。
そこで代わりという訳ではないが、馬鹿と評判の長男が反論した。
「な、なに言ってやがる……おかしいのは、手前らだろ! 〝拙〟とか言ってんじゃねぇか、そいつ!」
「! そ、そうですよね……それは男の一人称で……」
くっ、と雪が口惜しそうに表情を曇らせる……が、町人の反応は、次のようなものである。
『拙っ娘に決まっとるじゃろがァい!!』
『風趣を解さない頓珍漢だね、ああいうおゆきちゃんだから、尚更いいんでしょうが!』
『いとをかし』(※意訳:素直に萌えです)
「どういうことなんです!?」
雪が何も言わずとも、周囲の人々が自動的に言い返してくれる。いっそ熱気を高めて、宿場長の皆様は、大いに雪を弁護した。
『おゆきちゃんはねえ……誰がどう嘯こうと、女子だよ!』
『その通りだべ! もし違ったら、おらぁ腹を切ってもいいべ!』
『そうだそうだ、ここにいる全員、全く同じ気持ちだぜ!』
『もし違ったらこの町を燃やしたらぁ!』『ご公儀に届け出ても良い!』
『神明に誓うわ!』『天神様も納得だぜ!』『愛を知り申したゆえ』
「…………」
もはや収集がつかぬほどの大騒ぎになり、ついには何も言えなくなってしまう当事者こと雪が、心中で叫ぶ。
(……拙、いよいよ言い出せなくなってきたにも、程がありませんか~!?)
既に手遅れ気味だった気もするが、背中をもう一押しされ、崖から突き落とされた気分だったという。
とはいえ非難を受けているのは、仮にも雪の血縁者だ。いくら囂々と喚き立てられても、事実は変わらないはずで……
「な、なんなんだ、こいつら……おかしいんじゃねぇか!? おれらは、あの疫病神の兄だぞ……他人がいくらほざいたって……」
「ハ、ハアハア、ハアハア……ま、待ってくれ、兄貴ィ……」
「なんだ、うだつの上がらねぇ金魚のフンの次男坊!」
「お、落ち着いて聞いてくれ、長子に生まれたってだけで何の取り柄もない分際で威張り散らす長男……お、おれらは、ハアハア、とんでもねぇ思い違いしてたのかもしれねぇ……」
「? ???」
何やら雲行きが怪しくなってきて、雪も首を傾げていると、次男は震える口で言った。
「お、おれらが今まで、勘違いしてただけで……雪のやつ、ほんとは女だったんじゃねぇか……?」
「はあああ!!?」「はい!?」
これには当人である雪も声を上げてしまったが、長男の濁声に遮られたのか、幸い誰にも聞こえなかったようで話は続く。
「だ、だって、良く考えてみろよ……おれら、嫌がらせは散々してたけど、あいつのこと気味悪がって、そんな近づこうとはしなかったろ……あいつが小さい頃に母親共々、離れに追い出してからは、なおさら関わりもなくなってたし……そ、それにおれたち以外、全員がこんなに言ってんだぜ……?」
「ばっ……ばっきゃろう! 次男ならではの流されやすさで周りに迎合しやがって、恥ずかしくねぇのか!?」
「長男らしい頑迷さで決めつけてねぇで、現実を……現実を見ろよ! ほ、ほら、あいつ……」
次男が指をさした先には、白を基調とした清廉として可憐な着物を纏い、きょとん、と首を傾げる雪の姿。
「男に……見えるか……?」
「…………」「…………」
沈黙から、暫しの時を経て、長男がようやく口を開いた。
「……確かに……!」
「ちょおま」
ついには長男坊まで納得してしまい、雪にしては珍しい声が漏れた。
しかしさすがに、いくらなんでも、である。三男坊が周囲の喧騒に尻込みした様子で、けれど長男坊に問いかけた。
「で、でもよう……そんなこと、隠し通せるもんか? 誰かが気付いて、言うはずだろ……それこそ親父とかなら、知ってるはずじゃねぇか……?」
「いや……あの馬鹿親父も知らねぇはずだ。おまえら弟も小さかったから知らねぇだろうけど、雪の母親がうちに来た時の事情、おれは知ってんだよ……良く聞けよ、責任感に欠ける甘ったれの三男坊!」
「!? ど、どういうことだよ、長男信仰という悪習が生み出した魔物!?」
(今まで知りませんでしたが、仲悪いんですね、この人たち……)
内心で呆れる雪だが、そんな当人に関する重要な事柄を、長男坊は声高に明かした。
「雪は、おれらの親父の子じゃねえ……そいつの母親は夫を亡くした、つまり未亡人ってやつで、親類の縁を辿って親父ンとこ来たんだよ。その時にはもう、子を宿してたとか何とか……つまりおれらと雪は、真っ赤な他人、半分も血は繋がってねえってことさ!」
「…………えっ?」
「まあ助平親父はそいつの母親に首ったけだったからな、下心もあったんだろぉし、周りにも側妻みたいに吹聴してたが……生まれた子が真っ白けで近づこうともせず、母親ごと気味悪がって構おうとしなくなったって話だが。へ、へへへ、どうしたよ雪ぃ? おまえに兄弟なんていないと知って放心してんのか、そりゃそうだよな――」
「…………」
長男坊のお喋りは止まらないようだが、それよりも今、雪は自身の記憶の整理に集中していた。
(思えば、確かに商家の父は、拙をほとんど放置していました。口も利いてくれなかったことが、大半で……この長男さんも、確かに他より、拙への当たりが強かった気がします。なるほど、そうでしたか……そもそもこの人たちと、家族ですらなかったのなら、納得です。…………)
一応とはいえ、今まで血縁と思っていた者が、そうではなかった。
その事実に、雪は傘を持たぬ右手で胸を押さえて――思わず一言。
「……ああ、よかったぁ……!」
「はは、よかったな、こりゃあ」
「! ランさまっ」
思い違いしている長男坊よりも、〝契約結婚〟に依る関係である乱の方が、よほど雪の気持ちを理解して代弁する。
「ユキを虐げるだけ虐げてきた糞どもが、構いもせず存在を隠そうとまでしたがった陰険どもが、本当の家族じゃなかったからって、それで落胆するとでも思うか? 本気でそう思うンなら、そりゃあ、とんでもなく頭のおめでたい莫迦ヤロォだぜ。手前らみたいな大馬鹿と血を分け合ってねえと知って、むしろ僥倖ってなもんだ。なあそうだろ、ユキ?」
「はいっ……ランさまの仰る通りっ。本当の父のことは、分かりませんが……ですがユキにとって大切な血縁は、母上だけです!」
「ってことよ! ハッ――まあ手前ら盆暗どもも、最後にいいこと教えてくれたぜ。道化への餞別だ、特別、見逃してやる……これ以上は二度とユキの視界に入らないよう、とっとと消えちまいな」
しっし、と虫でも払うように片手を振った乱が、もう片方の手で雪の肩を抱き、背を向けて立ち去ろうとする。
言う通りに尻尾を巻いて逃げれば良いものを、安っぽい自尊心を捨てられないのか、長男坊は更に言い放った。
「……へ、へへ、そうはいくかってんだ……血が繋がってねぇとしても、そいつと母親をうちの家が囲ってやってたのは事実。元くらいは回収しねぇとな……!」
「……アアン? 身請け金でも払えってのか? ほとんど放置してたらしい分際で、恥も知らずに良くほざけたもんだ――」
「女だったってんなら、好都合だ……でかい街の遊郭にでも叩き売れば、相当の値がつくだろうぜ! 何たって、あの器量だ……真っ白けなのも、むしろ物珍しくて、更に値が吊り上がるかもな――!?」
「――――――」
その聞くに堪えない発言に、場の空気が張り詰めたことを、まさしく鈍い長男坊は気付きもしない。
町人たちの喧騒が、憐みを籠めつつ、遠巻きになっていく。
黒を基調とした着物を纏う〝悪童〟と恐れられる侍は、ゆっくり振り返った。
浮かべていた表情は、微笑――ただし、眼差しは闇の中から突き出した刃の如く、背に怖気が奔るような、ただならぬ仕上がりの冷笑だ。
「ククッ。ああ、もういい、それ以上は、何もほざくな。花のようなユキに、たかろうとするクソ蠅ども。二度と日の目を拝めなくして遣る――後悔し腐れよ――」
乱の右手は、既に刀の柄に、かけられていた――




