その十二 雪が出ていったあと、以前の家に起こっていた出来事と――雪の秘密の暴露
隠れ家から人目につかぬ道を抜け、宿場町の通りを歩く。
そろそろ習慣化しそうなほど行ってきた夫婦道中で、乱は妙に上機嫌だし、蛇の目傘を差す雪も慣れてきて自然な微笑みを見せるようになっていた。
町内では評判の悪童剣士と美しい花嫁は、一目見ようと別の里や町から足を運ぶ者も現れるほどで、その人気ぶりは相当のものである。
だが、そんな噂が、伝わってはならぬ者にまで伝わってしまったらしい。
『オイッ……こんなとこで何してやがんだっ……雪ィ!』
「……え? ぁ……嘘、この声、まさか……」
「? ユキ、どうした。……顔色が悪いぞ、ユキ?」
乱は知る由もないが、雪にとっては見覚えのある、けれど見たくもない顔に呼び止められてしまった。
何せ相手は、幼少の頃に雪を虐げ続けてきた、母親の異なる三人の兄共だ。母親と共に離れのぼろ小屋に隔離されてからは、嫌がらせに石でも投げつけられる時以外は関わりもなくなったが、その嫌味たらしい面は忘れようがない。
……ただ、裕福な商家の者にしては、随分とみすぼらしい身なりなのが不思議ではある。しかしその理由は、長男が額に青筋を浮かべつつ叫んだ。
「この疫病神がッ……手前が出ていってから、うちの御家は散々だ!」
「…………はい??」
雪にしてみれば、全く心当たりのない非難だ。さすがに訳が分からず首を傾げていると、一応の兄である三人は口々に罵声を放ち始めた。
「手前が勝手に家を出ていってから、うちにもケチがついちまったっ……あれから悪いことばかり起きやがる、全部全部、手前のせいだ!」
「大親父が夜道で刺されて、今も寝込んでんだぞ、騙されたとか謂れもねえことでよオ! そりゃ口八丁で買わせたかもしんねぇが、安く買って高く売るなんざ商人の基本だし、買うほうが悪いってのに!」
「大店も借金のカタに取り上げられちまって、今やおれらは落ち目だっ……それもこれも、雪、手前が出てってからだ! だから全部、全部! 手前のせいだ!」
「…………」
雪も知らなかった、家出してからの彼らの顛末に、さすがに呆然とするしかない。
しかし何も言えず棒立ちする雪の前に、乱が眼帯で塞がっていない左目で睨みつけながら、悪童ぶって庇うように立ち塞がった。
「オイ口やかましいボケ糞どもォ、さっきからほざいてる手前っつうのは〝わたくし〟って意味でいいんだよな? 〝愚かなわたくしどもの自己責任でございます〟って供述なら許してやるよ。だが、もし万が一、仮にも……ユキのことを指してるなら、今からどんな地獄を見るか分かってるか?」
乱が分かりやすく殺気を叩きつけるも、頭も勘も鈍いのか長男が言い返そうとする。
「アアン!? なんだこの野郎、手前にゃ関係ねえだろ――」
「! あ、兄貴、ま、待ってくれ、アイツは……」
「なんだ家を継げない次男坊! 邪魔すんじゃねぇ!」
「家のことは今、関係ねーだろ! それよりアイツ、悪童だぜ……こ、ここらじゃ悪ガキどもの間で有名な、おっそろしい暴れん坊っていう」
「!? な……何だと、何でそんな悪童が、雪の奴と……」
ようやく状況を察せたらしい長男が慌て始めると、乱は眼帯をしていない左目で鋭く睨みつけた。
「さっきまでの威勢はどうした糞ども。……まあ、どうでもいい。手前らの悪態は目に余る。しかも、ユキに……己の嫁にだぞ、許されねぇよなぁ?」
「ア、アアン!? なんだテメ……えっ? ……えっ今なんて……嫁!? ……はっ、えっ!? ウッソ、そそ、それってつまり……しゅ、衆ど」
『――悪童様の言う通りだ、バカ言ってんじゃないよ商家の馬鹿息子共!!』
「!!?」
何か言いかけた長男だが、突然に割り込んできた声に遮られる。遠巻きに声を放ってくるのは、宿場町に住まう、今や雪とも仲良しのおばあさん達だ。
『アンタら馬鹿息子共の噂は知ってるよ。遊びに博打にとフラフラして、商いの手伝いもしねぇ、どうしようもねぇ奴らだってねぇ』
『借金のカタに大店を取り上げられたって言うけど、そりゃアンタらの作った借金だろが! 商家だって阿漕な商売やってたって有名で、今まで潰れなかったのが、むしろ不思議なくらいさ!』
『おゆきちゃんが出ていったせいで駄目になったとか、支離滅裂だよねえ。前の家じゃひどい目に遭ってたって、本人から聞いたよ。そんなおゆきちゃんが愛想つかして出てったのが、アンタらの落ち目で、自業自得じゃないのかい』
方々から口々に捲し立てられて、三人兄弟は何も言えず困惑する。
そんな情けない有様に、乱は呆れながら頭を掻いた。
「ばあさん達の言う通りだぜ、しょうもねぇ。手前ら馬鹿どもは責任転嫁してるが……そりゃ筋違いってモンだろォが。むしろユキは、疫病神どころか……家にとっちゃ福の神だったんじゃねぇか? それを追い出しゃ、ありのままの現状になっちまうのも納得だぜ馬~鹿」
『さすが悪童様、うまいこと言うねえ、きっとその通りだよ!』
『おゆきちゃんは天女様みたいだもんねえ、説得力があるよ!』
『そんなことも分かんねぇ、性根の腐った悪ガキどもは……ツラの皮でも剥いでぶら下げて見せしめにしちまおうかねぇ? イ~ッヒッヒッヒ……』
おばあさん達が歓声を上げ、一人は短刀の峰を舐めてすらいるし、取り囲まれている男どもはみっともなく慌てふためいている。
「ヒッ……あ、兄貴、どうすんだよ兄貴ィ!」
「う、うろたえんじゃねぇ! 家どころか田んぼの一つも貰えねえ三男坊が!」
「殺すぞ長男ってだけで威張り散らしやがって! そういうオマエだってもう落ち目で継げる店もねぇじゃろがい!! って、こんな一銭の得にもならねぇ言い争いしてる場合じゃねえ……ど、どうすんだよぉ、ヒイイッ」
「慌てんじゃねぇ……へ、へへ、あの馬鹿ども、さっきから聞いてりゃ……とんでもねえことに、気付いてねぇみたいだぜ……ヒヒヒッ」
何やらいやらしい笑い方をしている長男が、にたにたと笑いつつ乱に言葉を向ける。
「オ、オイ悪童さんよぉ……さっきそこの疫病神を、嫁とか何とか言ってたよなぁ……ヒ、ヒヒヒッ」
「次にユキを疫病神と呼んだら、その舌の根を斬り飛ばす。……で、それが何だ? ユキは間違いなく、己の嫁だが」
「ヒ、ヒヒッ……どうやらアンタ、気付いてないらしいがな……そいつは」
「! あっ……ま、待って! ランさま、聞かないで――」
呆気にとられた雪が、我に返って動き出す。
が、長男の口を止める術などなく――ついに、その言葉は放たれた。
「雪は、その出来損ないはなァ――男なんだぜェ?」
「――――あ、あ」
とうとう、隠してきた秘密を、明かされてしまった。
それも、一応とはいえ血縁である者から、しかもこんな最悪の形で、だ。
乱の顔も、周囲の様子も見られず、蛇の目傘で視界を覆い、雪は俯く。
(今度こそ、もう、おしまいです――この条件で、誤魔化せる術など、あるはずがない。……いいえ、これはやはり、罰なのでしょう。拙なんかが、こんな分に過ぎた幸せを享受してきた、その罰……ランさまのお傍にいるなんて、相応しくないって、分かっていたのに……拙なんかが――)
『『『そんなわけあるかいっ!!!』』』
「えっ」
周囲から揃って響いてきた大否定に、さすがの雪も、ひたすら呆気にとられるしかない。




