その十 ついに見られてしまった、雪の運命は――!?
その夜、事件が起こった。
乱と雪が二人で住まう秘密のお屋敷、その一階の廊下を、第三者が歩いている。
それは、日中は道場に近い乱の本宅に勤める奉公人(※お手伝いさん)である、〝おみつ〟という三十代半ばの女人だ。
このおみつ、乱が幼かった頃より既に奉公人として勤め、今やその性別の秘密を知る、唯一の理解者である。
乱のみでは行き届かぬ事情、あるいは隠し切れぬような儀礼や仕来たりに際して、彼女の援護があるおかげで、秘密は固く守られてきた。
乱の境遇を理解し、またその想いを尊重し、口も堅いおみつは、乱にとって最も信頼できる者の一人である。
「ふふ……若様(※乱のこと)ってば、最近は本宅より、ずっとこちらの隠れ家にいらして。例の嫁御さまのこと、随分と大切になさってるんですねぇ……本当、昔から気苦労の多かった若様に、ようやく春がきたよ……あんなお美しくてお優しい、良く出来た嫁御さま、そりゃあ嬉しいよねえ。性別の秘密は心配だけれど、いつかは話しても良いんじゃないかねぇ。まあそこは若様のお気持ちが一番……あたしゃあたしで、しっかりとお助けしないと! さあて、と」
口の堅さの割に独り言の多い彼女は、御湯殿(※浴室のような場所)の前で屈み、中にいる者の入浴を世話しようと考えていた。
こほん、と一つ咳払いし、引き戸に両手を添える。
そして、ゆっくりと開き――
「お雪さま、ご入浴のお手伝いをしま――」
「へっ? ……あ、えっ!? ひゃあっ!?」
「え。……――!!?」
おみつの目には困惑する雪の顔を、雪の目には驚愕に大口を開くおみつを、互いに映し合う。
暫しそのまま、時が止まったように硬直していたが、おみつが一言。
「ごゆるりと……」
「――――――」
ぱたん、落ち着いた音を立て、戸は閉められた。
背を向けて体を拭いていた雪が、その体勢で暫く硬直を続け、震える唇からようやく言葉を漏らす。
「……み、み……見られてしまいましたっ!? ど……どうしましょう――!?」
顔を青ざめさせながら、雪は焦燥のまま叫んだ。
◆ ◆ ◆
「若様……ご報告を申し上げたき議がございます……」
「おみつか……何やら重大らしいな。かまわん、申せ」
二階の乱の部屋にて、おみつは真っ先に、今しがた起こった出来事の報告に向かっていた。
恭しく平伏していたおみつが、座ったまま身を乗り出してくる乱に、丁寧に言葉を紡ぐ。
「今しがた、おみつはお雪さまの入浴をお手伝いしようと、御湯殿に参りました次第。先に許可を取らず、事後報告になってしまい、申し訳ございません。そのことでお雪さまを、驚かせてしまいましたし……」
「ふむ、ユキは淑やかな性格だからな、人に入浴を手伝わせるのも好かぬのかもしれん。よい、次からはせぬよう、気をつければ良い。で……報告は、それだけか?」
「いいえ、若様。おみつは、その際……とんでもないものを、見てしまったのです……!」
「!! とんでもないもの……だと? おみつ……それは、一体……!?」
「は、はいっ……お雪さまは……お雪さまは……!」
ごくり、喉を鳴らして緊張する乱に、おみつは只ならぬ様子で――とうとう、打ち明けた――!
「めっ……~~っちゃ綺麗なお肌をしておられましたっ……!!」
「もっと……詳しく……!!」
「はい、その肌たるや、格子窓から差し込む月光が反射し、まるで光り輝くかの如し……御伽噺に語られし幻想の光景や、かくやという様相で……!」
「もそっと……もそっと……!!」
「滑らかな背筋は新雪の積もるなだらかな丘陵の如し、身を隠さんと体を押さえたるは純潔を確信させる乙女の仕草。さりとて艶やかなる趣を帯びた柔肌は、見る物を惹きつける魔性の蠱惑。もはや伝承に語り継がれるべき、天女の美しさで――」
「えぇ~……そんなにぃ~……!?」
気の置けないおみつの熱がこもった喋りに、乱も珍しく素が出てしまうほどで、二人してきゃぴきゃぴと盛り上がる。
……果たして、入浴を覗かれてしまった雪ではあったが。
とりあえず、雪の抱える大きな秘密は――全く全然これっぽっちも、乱とおみつには気付かれていないのだった――!




