推しは押しても、結婚は解釈違いっていうか
異世界に転生しましたから始まった私の人生ですが、幸い推しのいる知っている世界なので楽勝と思っていました。
つい、先日までは。
「え、結婚してほしい?」
そう言われる私、30才。現地では行き遅れのおばさんである。なお、現役冒険者兼傭兵。鋼の女、トロール、ギガンテス、と中々にひどいあだ名がある。
なお、この地のトロールは赤毛の美人である。神話系のいいとこ取りの世界観がいい仕事をした。しかし、ギガンテスはただの巨人なので、バカみたいにデカいという意味でしかない。それも一人なのに複数形とか意味わからんという。
い、いや、それはいいんだ。
そんなおばさん冒険者に、ぴちっぴちの若い子が結婚を申し込んだことが問題。
……もしや、幻聴。
「そうです! 結婚してください」
煌めく指輪も用意されての公開プロポーズ。
気が弱い人なら了承してしまいそうだ。
「ごめんなさい。無理です」
気の弱くないどころか神経鋼鉄と言われる私は断れる。
いや、そもそもの話、解釈違いだ。
私は、推しが幸せになるハッピーエンドを後方腕組みで見たいのであって、私がしあわせにするわぁっと言うタイプではなかったのである……。
事の発端、というのは、よくありがちに推しの少年がいるはずの地域をさまよっていた頃である。ストーカーかといわれたら、すみません、犯罪者ですという自信はある。
予定調和のように怪我をしている少年を拾い、怪我が治るまで面倒を見て、適正があると冒険者ギルドへ紹介した。その後は、程々の付き合いだったはずだ。
……いや、ちょっと構いすぎたとは思わなくもない。いわゆる師匠的立場。私を超えていくが良い、というタイプの。
さらば推しとの楽しい日々。思い出を胸に遠くから見守るよ。ストーカーじゃないよ! 危機に偶然駆けつけるだけだよ! いや、それやっぱり犯罪。
「なんでですか!」
「師匠と弟子的な感じだから」
「強くなればいいんですか」
「そういう話でもない」
「大人になれば」
「強いて言うなら、趣味じゃない」
がーんと効果音でも付きそうなくらいにショックを受けた顔で、崩れ落ちていった。それを支える美少女。きっと睨まれた。
そうそう、これこれ。素晴らしいリアル止め絵、ありがとうございます。
推しっていっても、ニコイチで、なんだ。
「じゃあ、そういうことで!」
私はモブに戻る。そういうつもりだったんだけど……。
なぜか、私、モテだした。
「……ええと、将軍、近衛隊長、ギルドの支部……」
仕事で。
ものすっごい、スカウト来てる。
「どうしてかな?」
付き合いの長いギルド長に聞く。同じ街からやってきて、私はまだ冒険者やってんのにやつは支部のギルド長に収まっている。要領の良いやつだ。
やつの眉間にお住まいのシワが深くなった。
「どうしてもこうしても、この数年、少年を鍛えて婿にすると噂だったからじゃね?」
「……は?」
「ひょろっとした使えなさそーな、でも、可愛い感じの男の子を囲っている、ように見えた。
まあ、1年後にはそんなアホな認識のやつはこのギルドにはいなかったがね。それでも、結婚引退確実と言われてたぞ」
「それ、知らない」
「で、エイドのやつも否定しながらもまんざらでもなさそうでな。
イラッとしたから箝口令敷いといた。実際、フローラに聞けるやつはいなかっただろうが」
「そーかもねー」
遠い目をして応答した。なお、フローラは私の可愛すぎる名前だ。生まれてこの方一度も慣れたこともない。可憐でなくて悪かったなという気分になるのだ。いつもはルビーとか呼ばれている。赤毛から取られたあだ名だけど、みんな本名と思っているっぽい。
「俺は違うとは思ってたけどな。年下を可愛がりはするが、それ以上はない」
「信用していただき幸いで……」
「それはそれとして愛玩しているたちの悪いやつとは思ってたよ」
「言ってよ」
「言ってもやめないし、俺の心象も悪くなるし、時期を見計らうのも大事だ」
「なんの時期」
そう聞くと居住まいを正された。いつものぐだぁという感じはなく、そこにいるのは威厳のあるギルド長だ。私もつられて背を伸ばした。
「さて、当ギルドにも指導員枠が空いていてね。少年を一人前に育てた手腕を見込んで君に指導員をやってほしい」
「いいよ」
「待遇は……は?」
ぽかんとした顔をされた。
「育てるのは嫌じゃない。それにジェイだけが苦労するのも可哀想だし」
「そ、それは、どうも?」
「なんでそんなに困った顔してんの?」
「君を口説き落とすための会議が無駄だったなと」
「あなたのお願い断ったことあった?」
「……そういえば、ないな」
「そういうこと。
あなたも私のお願い断らないのだもの。仁義は通さないと」
「その信頼を裏切らないように心がけよう」
「それは信頼、じゃないんだな」
「なんだよ」
「なんでしょうね。腐れ縁?」
まあ、そういうことにしておこう。ひとまずは冒険者をしつつ暇な日は指導という話にした。
それから数日後、推しに再襲撃された。
「冒険者やめるって本当ですか!?」
「やめないよ。どうして?」
「え、僕のせいで気まずくなって」
「大丈夫だから。
エイドのほうが気まずいでしょ」
「ルビーさんに意識してもらえるまで頑張るつもりなので!」
……推しが、私を推し始めている。それ、やっぱり違う。困ったなぁ。
現在地、ギルドの1階受付近く。人が多い。助けておくれと知り合いを探すがにやにやしているだけだ。困ってるの楽しんでる。
「なにを騒いでる」
その声にホッとした。ギルドの治安の守護者であるギルド長だ。気だるそうな表情でエイドを見てため息を付いた。
「ルビーが困ってんだろうが。
振られたんだから大人しくしてろ」
傷口に塩塗り込んでるぅっ! 慌てた私を見ると過保護と吐き捨てられた。
塩対応がひどい!
「そういう中途半端がだめなんだよ」
「そうは言っても可愛い弟子だし」
「ほらな、男として意識すらされる可能性ないぞ。
そもそも、好きな男の一人もいなそうで」
「いるが」
「え」
なぜか、場が凍りついた。非情に不本意だ。
「だ、だれですか」
「誰でしょうかね」
ふふふと笑ってごまかそうと思ったが、なぜか、ギルド長にがしっと腕を掴まれた。
おう?
反対側を推しに掴まれた。
ど、どういう?
と思っているうちに引きずられていった。ち、力強いな……。
「たすけてー」
自業自得と誰かが言っていた。
行き先はなぜか訓練場だった。誰もいなかった。
「で?」
で? から始まる尋問。一応、両腕は離してもらった。いやぁ、二人がかりとは卑怯な。一人ならぶっちぎって逃げたけどさ。
「いや、別に誰でもよくない? 誰も気が付かないんだから良くない!?」
ほんとびっくりするくらいに、誰にも気が付かれてなかったらしい。特別対応が特別対応と思われていないとは。
「その鈍い男を捕まえてきてやるから、言え」
苛ついたような、おまえだよ! おまえ!
そういうのも腹が立つ。
「鈍い男は鈍いので、無理。
ほんとー、もー、何年一緒にいるんだって感じの」
そのあたりで推しが、あれと首を傾げた。君は鈍くない男だ、よかった。
ギルド長は鈍すぎて眉間にシワを刻む。
「ヒントは差し上げます。
私と二十年の付き合いがあります。私がなんであっても、いいと言ってくれました。以上です」
んー?とまだわかっていないやつを置いて私は出ていく。
「あの人のどこがいいんです?」
「そうだねぇ……私が何でもいいって言ったからかなぁ」
かつて、この世界に転生したと知って奇行に走った私を馬鹿かといいながら、付き合った人だしな。冒険者になるといっても止めるでもなく、一緒に行くと言ってくれた。
それが、腐れ縁だからとか、そういうものだと知ってても。
「とても、大事なんだ」
「僕よりもですか」
「ごめんね」
「もっと先に会っていればよかった」
ふてくされたような推しの頭をがしがしと撫でてやった。それを目撃されたまた例の美少女に睨まれた。いやぁ、役得。
「あの子はいい子だよ。大事にしなよ」
推しの耳にこっそり囁いてやる。痴話喧嘩の一つでもしてくっついてしまえ。
それをギルド長にも目撃されて、激詰めされてしまうことまでは予想してなかった。いや、未練とかないですよとわからせるには苦労しそうである。
その後。
ティリトの町には冒険者ギルドがある。ギルド長はその役職に就くには若すぎるように見えた。色のついた眼鏡をかけていつも眉間にしわを寄せている。落ち着いているというより老けてると言われそうな雰囲気がしたが、本人は気にした風でもない。
威厳あるギルド長と眉間にしわをせた神経質そうな指揮官と知るとか呟くけだるげモードがある。と、秘書官となって僕は知った。
一番ヤバいのは知るかというとき。てめえらの後始末するためにいんだよと嫌そうに言い捨てて、立ち上がるときが最高にブチ切れてる。
さらにルビーを呼べというなら、それは。
「お呼びと伺い馳せ参じました」
おどけたような調子でやってくる赤毛の女性は、歴戦の勇者というべきだ。名誉ある称号のすべてを断り、この町にずっといる。弟子がいるからと言ってはいるが、それだけでは絶対にない。
誰もかれもが勘違いしている。
「竜の巣に落ちたやつがいる。
拾ってきてほしい。無理そうなら捨ててこい」
「おやおや。あ、これ資料ね、いつもありがと。助かるわぁ。
わお、中堅なのやらかしたね。なんでかな」
「身内が病気で金がいるらしかった。相談すれば都合したものを」
「まあ、全員助けるわけにもいかないから大っぴらに言えないよねぇ。
オーケー、知り合いのお姫さまにお願いしとくわ。お願いチケット余ってんの」
「最悪、捨てろよ」
「ん。
行ってくるねぇ。お土産の竜鱗おたのしみに!」
捨てろというのは見捨てて帰ってこい、であることは知っていて無視していった。
この世の最悪というのはいくつかあるが、竜の巣もかなりの最悪だ。竜と名のつくあらゆる種が住む、禁則地。その地に足を踏み入れ、さらに霊薬の元となるタマゴの欠片を手にしようとするなど餌にされて当然である。
そこに気軽にお出かけしてくるねぇと言える。規格外以外のなにものでもない。そして、その人物を相棒にしているからこの地のギルド長をしているという面もある。
「……神殿に行ってくる」
眉間にしわを刻み込んだままに宣言してギルド長は部屋を出て行った。
ほんと、素直でもない人だ。
心配だからと言えない。辞めて欲しいとも言わない。
それなのに無事を祈りに行く。
さて、僕は始末書の用意をすることにした。規格外は規格外。通常の規約なんてぶっちぎって帰ってくるんだ。




